No.402

News 21-12(通巻402号)

News

2021年12月25日発行
なはーとの外観

国際通りの近くに「那覇文化芸術劇場 なはーと」がオープン

 那覇市の中心部、ゆいレールの県庁前駅から徒歩数分の国際通りとゆいレールに挟まれた久茂地(くもじ)エリアに、10月31日、「那覇文化芸術劇場 なはーと」がオープンした。(ゆいレール:那覇空港から那覇市中心部を抜けて浦添市に至るモノレール) この施設は、那覇市の新たな文化芸術振興の拠点として、また街づくりの中核施設として整備されたものである。施設の愛称「なはーと」は”那覇市の心(Heart)を揺るがす芸術(Art)の発信拠点として人々に親しまれ、文化芸術が発展するように”という願いを込められてつけられた。

 設計・監理は香山・久米・根路銘設計共同体、建築工事は國場組・大米建設・金城キク建設・ニシダ工業共同企業体である。永田音響設計は室内音響・遮音・騒音防止について、設計・施工段階の音響コンサルティングと竣工時の音響検査測定までの一連の業務を行った。

なはーとの外観

なはーとの外観
なはーとの外観

なはーとの施設概要

 施設内に足を踏み入れると、吹き抜け空間の共通ロビーに迎えられる。このロビーは「ウナー」(沖縄の方言で庭を意味する)とも呼ばれ、ロビーを取り囲むように、大劇場、小劇場、大・小スタジオや練習室が立体的に配置されている。「大劇場」は最新の舞台設備を備えた約1600席の多目的ホール、「小劇場」は移動観覧席を備え、劇場形式・平土間形式の両方に対応する約260席のホールである。小劇場は後壁を移動間仕切とすることで平土間形式時にロビーと一体で使用できるよう計画されている。大小2つのスタジオは共に平土間の室で、ロビー吹き抜けの最上階に張り出して配置された「大スタジオ」は、大ホールの主舞台と同程度の大きさの床を持ち、リハーサル・稽古や小規模の催し物に対応できるブラックボックス型のスタジオである。1階に配置された「小スタジオ」は明るい色調の内装で、移動間仕切や建具を開放することで、ロビーや屋外と一体で使用できるように計画されている。また2階・3階レベルには、練習室4室が配置されている。各スタジオや練習室2室はロビー吹き抜けに面する壁がガラスで構成され、ロビーから室内の活動の様子が見えるようになっている。

共通ロビー(ウナー)

中央上:大スタジオ,中央下:小スタジオ,右上:練習室3
中央上:大スタジオ,中央下:小スタジオ,右上:練習室3
左:小劇場,右中央:練習室1,右奥:大劇場
左:小劇場,右中央:練習室1,右奥:大劇場  

施設の遮音計画

 大劇場・小劇場、スタジオ2室、練習室4室と多数の室を備えるこの施設において、出来るだけ各室の同時使用を可能にするための遮音計画として、まず、各劇場~スタジオ・練習室間に通路や吹き抜けのロビー空間を配置することで離隔距離を確保した。また小劇場の周囲に1階床レベルからエキスパンション・ジョイントを設けて構造的に縁を切ることにより、大劇場やスタジオ・練習室との固体伝搬音の低減を図った。小劇場はロビーと一体で使用するため、劇場後壁に遮音仕様の移動間仕切を2重に設置することで、機能と遮音性能の確保を両立させた。上下に重なって配置された大・小スタジオは、両室間の遮音性能を確保するため、上部の大スタジオに防振遮音構造を採用した。下部の小スタジオは、共通ロビー側の壁面に遮音仕様の移動間仕切を2重に設置し、屋外側の壁面にも遮音仕様の引戸を2重に設置することで、共通ロビーや屋外と一体での使用を可能にしつつ、閉じた場合には遮音性能を確保できる計画とした。練習室4室のうち、大劇場・小劇場・各スタジオの近傍に位置する3室(練習室1~3)については防振遮音構造を採用することで、各劇場・スタジオとの遮音性能を確保する計画とした。

 これらの計画により、大劇場~小劇場間はDp-80~Dp-85、大劇場・小劇場~大スタジオ間はDp-85、大スタジオ~小スタジオ間および各練習室間もDp-85の遮音性能が得られている。

施設のプラン

施設のプラン(2階)
2階
施設のプラン(1階)
1階

大劇場の特徴と室内音響計画

 大劇場は舞台音響反射板やオーケストラピットを備える約1600席の多層バルコニー形式の多目的ホールである。この多層バルコニーは、正面バルコニーが2層であるのに対して、サイドバルコニーが6層設置されているのが特徴となっている。サイドバルコニーには客席が1列ずつ配置され、舞台へのサイトラインが確保しやすい計画となっている。

 舞台音響反射板設置時には、生音のコンサートに適した音響を実現するため、舞台から客席にかけて天井や側壁が連続した反射面で構成されるよう室形状を計画した。プロセニアム開口の高さは舞台床から約12 m、客席後方最上部の天井は舞台床から約21 mの高さで、音響的に重要な反射面として、プロセニアム上部からこの最上部天井の間に適切な高さに設定した天井を2段設けた。天井反射板から段階的に天井高を上げることで、メインフロア席からバルコニー席にかけて均一に反射音を到達させることを意図したものである。また、多層のサイドバルコニーを設置するという劇場計画は、サイドバルコニー下面と側壁を介して豊富な側方反射音を得たいという音響面からの要望にも合致するものであった。

大劇場 断面形状
大劇場 断面形状

大劇場

大劇場:舞台(舞台音響反射板設置時)
舞台(舞台音響反射板設置時)
大劇場:客席
客席

 客席天井や側壁の主要な反射面はボード3層貼りで構成した。壁の表面には細かい凹凸のある左官仕上げが施され、バルコニー手摺壁にはモザイクタイルが用いられて、高音の散乱効果が期待できる仕上げとなっている。また、上階の正面バルコニーの後壁はエコー障害を防止するために吸音仕上げとした。グラスウールを基材として表面に専用の塗材を左官で施工するBASWAアコースティックシステムを採用することによって、側壁の左官仕上げと連続した面として見せたいという意匠的な要望に応えることができた。

 残響時間(満席時・500Hz)は、舞台音響反射板設置時に2.0秒、舞台幕設置時に1.6秒である。

大劇場の内装仕上げ

バルコニー手摺壁のモザイクタイル
バルコニー手摺壁のモザイクタイル
側壁の左官仕上げ
側壁の左官仕上げ
後壁の吸音仕上げ
後壁の吸音仕上げ

小劇場の特徴と室内音響計画

 小劇場は1層のバルコニーを持つ約260席の多目的ホールで、客席上部には技術ギャラリーが設けられている。メインフロアの客席を前方の客席ワゴンと後方の移動観覧席で構成し、これらを収納して客席前方の床を電動迫りで舞台床レベルに揃えることで、劇場形式から平土間形式へ転換し、フレキシブルな利用を可能にする計画である。

 舞台の側面反射板については、劇場形式のコンサート仕様時は客席側壁と連続するよう平面的にハの字に開いて設置し、平土間形式時にはセンターラインに平行に設置して直方体の室形状に近づけることで、舞台エリアまで利用しやすくなるよう計画されている。音響的にはコンサート仕様時に反射板として機能させると共に、平土間形式時にフラッターエコー障害を防止するよう、側面反射板の表面を連続した傾斜面で構成した。その他、水平に設置された天井反射板や対向面が平行になっている客席側壁についても、フラッターエコー障害を生じないよう、表面を連続した傾斜面で構成した。

 この劇場では平土間形式時の多様な演出を可能にするために、側壁上部に2層の技術ギャラリーが設けられると共に、客席上部を横断する技術ギャラリーが4列設けられている。音響的にもこれらを利用し、側壁上部ギャラリーについては、その下面と側壁を介した側方反射音が得られるよう計画した。また、客席を横断する技術ギャラリーの下には曲面形状の反射面を設けた。

 劇場形式における残響時間(満席時・500 Hz)は、舞台音響反射板設置時に1.3秒、舞台幕設置時に0.9秒である。

小劇場:舞台(舞台音響反射板設置時)
小劇場:舞台(舞台音響反射板設置時)
小劇場:客席(劇場形式)
小劇場:客席(劇場形式)
小劇場:客席(劇場形式)
小劇場:客席(劇場形式)

大・小スタジオの特徴と室内音響計画

 大・小スタジオは共に基本形状が直方体の室で、壁面中段に技術ギャラリーが設置され、共通ロビー側および外壁側の下部壁面が2重のガラス窓で構成されている。音響的には、これらのガラス面と鏡が設置された壁面の前に吸音カーテンを設置出来るようにすることで、利用内容に応じた響きの調整とフラッターエコー防止の対策を行っている。ブラックボックス型の室として計画された大スタジオについては、暗転状態での公演も想定されているため、高い遮光性能が得られるように2重に設置したガラスの間に遮光ロールスクリーンが設置されている。小スタジオについては、吸音カーテンを遮光にも利用する計画である。

大スタジオ 
大スタジオ
小スタジオ
小スタジオ

建物に散りばめられた沖縄らしい意匠

 芸術文化振興の拠点として劇場をはじめとする充実した施設を有する「なはーと」のもうひとつの大きな魅力は、外壁や内装に散りばめられた沖縄らしさを感じさせる意匠である。最後に、その魅力の一部をご紹介したいと思う。

 設計チームの方々は、建築のテーマは「布地を織り上げていくように素材を作っていくこと」と語る。建物外壁を柔らかな曲面で取り囲む帯状のルーバーは、首里の伝統的な織物をイメージしてデザインされたもの。600年近く前から約450年に渡って栄えた琉球王国には、東南アジアや中国との交流により織物の技術が伝えられて沖縄県内の各地に織り継がれた伝統的な織物があり、首里織はそのひとつである。

 また、建物内外の各所に使用されているのが、沖縄特有の建材である花ブロックである。日差しの強い気候のもと、日差しを和らげると共に通風が得られる花ブロックの塀は、沖縄で広く使用されており、街を歩いていると様々なデザインの花ブロックを目にする。建物の外壁や共通ロビー、小ホールの壁面は、種類が豊富な花ブロックを組み合わせることで豊かな表情が生み出されている。これらは単にブロックを積み上げるのではなく、縦糸横糸を感じさせるよう、花ブロックで織物を作るようにデザインされたという。小劇場は、花ブロックの背後の壁が首里城の赤い彩色に近い色味に塗装されて、間接照明により、温かみのある光に濃灰色の花ブロックが透かし模様のように浮かび上がる様はとても美しい。

外壁の意匠 上:首里織りをイメージしたルーバー 下:花ブロック
外壁の意匠
上:首里織りをイメージしたルーバー 下:花ブロック
花ブロックを用いた内装の意匠(共通ロビー壁面)
花ブロックを用いた内装の意匠(共通ロビー壁面)
花ブロックを用いた内装の意匠(小劇場壁面)
花ブロックを用いた内装の意匠(小劇場壁面)

 大・小劇場の客席椅子もまた沖縄らしい意匠となっている。大劇場の椅子の座面や背もたれには、深海をイメージした紫がかった青に珊瑚の赤みのある色が織り込まれた布から、沖縄の海の明るい水色が織り込まれた布まで、海から着想を得た4種類の織地が用いられて、ランダムに配置されている。海面のきらめきを感じさせるような天井のデザインと合わさって、沖縄の海を感じさせる空間になっている。大劇場に行く際には、ぜひ開場直後に劇場に入って、まだ観客の少ない劇場で雰囲気を感じていただきたいと思う。一方、小劇場の椅子の織地は首里織の高貴な黄色の織物が意匠に取り入れられたもので、赤に塗装された壁や花ブロックと合わさって上品な華やかさの空間を作っている。

大劇場の客席椅子
大劇場の客席椅子
小劇場の客席椅子
小劇場の客席椅子

 「なはーと」のウェブサイトやYouTubeでは「那覇文化芸術劇場なはーとプロモーションビデオ」が公開されている。その中で、那覇市文化振興課の事業担当者や設計者の方々が「なはーと」への想いを語られており、このプロジェクトに長く関わってきた筆者にとっても、建物の魅力を再発見するきっかけとなった。こちらをご覧いただくと、より建築を愉しみ、施設の魅力を感じることが出来るのではないかと思う。

なはーとのオープンにあたって

 このプロジェクトの施工期間の多くは、コロナ禍で緊急事態宣言が出された状況であった。その間、本来であれば観光客で賑わっているはずの国際通りも歩いている人をほとんど見かけず、シャッターを閉めたままの店舗が少しずつ増えていった印象を受けた。この施設がどのような状況の中でオープンを迎えるのか、関係者は緊急事態宣言の動向をかたずを飲んで見守ってきたことと思う。幸いにも、9月末に緊急事態宣言は解除され、その約1か月後に「なはーと」はオープンを迎えた。

 来年2月初めには劇作家・演出家の藤田貴大氏が率いる演劇ユニット「マームとジプシー」と「なはーと」の共同制作プロジェクト「Light house」が3日間に渡って上演される。沖縄から得たモチーフで、現代の沖縄に流れる時間が描き出された作品になるそうだ。また、2月末には琉球王朝時代の幻の宮廷音楽「御座楽」の演奏会、3月には20年前に沖縄初のプロオーケストラとして設立された琉球交響楽団の演奏会も予定されている。筆者はこの3月の演奏会に伺う予定にしており、その時には以前のような活気を取り戻した那覇の街と、人々が集う「なはーと」に出会えることを心から願っている。(箱崎文子記)

「那覇文化芸術劇場 なはーと」 ウェブサイト:https://www.nahart.jp