マリーコンチェルトの完成
2021年4月、板橋区に「マリーコンチェルト(Maly Koncert)」という小さな音楽サロンが完成した。収容人数は100席程度のコンパクトな空間である。建築設計はRyo Otsuka Architects、施工は和田建築である。
施設概要
この施設は、スズキ・メソード音楽教室でヴァイオリンの指導をされている印田礼二氏のプライベートサロンである。サロンは東武東上線の中板橋駅北口の商店街を抜けたところに建っており、石神井川にも近く、静かな住宅街の一角にある。この商店街には、100件ほどの様々な店舗が軒を連ねている。また、板橋区の7つの商店街が合同で開催している食べ歩きイベントの「板橋バル」や、付近を流れる石神井川の桜をライトアップして行われる「なかいたさくら祭り」などのイベントを開催しており、活気が感じられる商店街である。
敷地はカギ型に入り組んだ形状をしており、サロンへはちょうど敷地形状がすぼんだ部分にあるピロティを通りアプローチする。外観は黒で統一されており、内部はコンクリート打放しを基本としたシックな印象である。施設の構成は、一階部分のエントランスホールに接して事務室やトイレがあり、二階がサロンのメインフロアと出演者控室、三階部分がメザニンと調整室となっている。
室内音響計画
マリーコンチェルト(Maly Koncert)はポーランド語で小さな音楽会を意味する。小さいながらも、豊かさと明瞭さを兼ね備えた響きを目指した。
このサロンの音響上の特徴は床の構造にある。本格的なクラシックコンサートホールの舞台床は、コンクリートスラブの上に木束をたて、その上に大引き・根太を組み床材を張る仕様である(当然、金属部材は用いず、すべて木材による)。このような束立て床は、特にチェロやコントラバス、ピアノのように床に振動が伝わる楽器の”鳴り”をよくする効果があることが、聴感実験によって確認できている(本ニュース67号(1993年7月号)参照)。そこで、このサロンでもメインフロアの床全面を束立て床とした。
次に、豊かな響きを得るためには、できるだけ天井が高いことが好ましい。しかしながら、法令上建物の高さが低く制限されている住宅地では、床下に大きな空間を要する束立て床を採用したうえで天井を高くすることは難しい。本サロンでは下階の天井高を最小限にとどめることで、束立て床を採用しつつも、天井高を最高で6.3m確保することができた。
生音のコンサート空間でも響きの調整のために一部に吸音仕上げを用いることが多い。これまでの小空間の音響調整の経験から、本サロンではオーナーに説明を行ったうえで、施工後(終盤)に響きを確認しながら調整を行うという手順を踏んだ。具体的には、音響測定および試奏・試聴から中音域から低音域にかけての響きを多少抑えた方が良いという判断のもと、低音域まで十分な吸音が期待できるよう、断面が250mm×240mmの吸音体(グラスウール)を天井と壁が取り合うコーナー部に設置した。調整後の残響時間は中音域(500Hz,空席時)で1.0 秒である。
小さなホールながらも、デザイン・音響ともに工夫やこだわりの詰まったホールが出来上がった。マリーコンチェルトは、すでに運用が始まっており、各種コンサートも予定されているほか、録音のニーズにも応えられるように設備が整っている。落ち着いた空間の中で豊かな響きを味わっていただきたい。(和田竜一記)