No.386

News 20-02(通巻386号)

News

2020年02月25日発行
サービス付き高齢者住宅「ウィステリア南1条」 外観

札幌の小さなホール 「ウィステリアホール」

 札幌の小さなホール「ウィステリアホール」を紹介したい。ウィステリアホールは、サービス付き高齢者向け住宅「ウィステリア南1条」に併設されたホールで、地域の交流のために多目的に利用できるものとして計画された。高齢者向け住宅およびホールを運営するのは、医薬品事業を扱う(株)メディカルシステムネットワークで、施設には高齢者向け住宅の他、クリニックや調剤薬局、保育園が併設されている。設計はグループ会社である(株)パルテクノ、施工は大成建設(株)である。永田音響設計は、ホール部分について、設計と施工段階の音響コンサルティング業務、および音響測定を担当した。

サービス付き高齢者住宅「ウィステリア南1条」 外観
サービス付き高齢者住宅「ウィステリア南1条」 外観

 180席のウィステリアホールは、本施設の地下部分に計画された。最初に弊社に音響設計を依頼された際には、クラシックコンサートができるホールで、朗読劇や講演会、高齢者向け住宅の集会などにも利用したいというお話しを伺った。しかしながら、ホールが地下部分に計画されたことで天井高に制限があり、天井高は舞台床から5m弱と、クラシックコンサートのためには十分ではない天井高であった。クラシック音楽専用ホールのような豊かな響きを目指すならば、10m以上の高い天井高が望ましいため、地下部分をさらに掘って高い天井とするなど提案したものの、施設全体の工事の制約などから、これ以上天井を高くすることはできなかった。このように、天井が低いという条件のなかで、いかにクラシックコンサートにも対応できるホールとするのかが音響的な課題であった。

 ホールの室形状については、天井の低いホールであるが故に、直接音からの遅れ時間の早い反射音が多くなる。そのため、少しでも客席に届く反射音を遅めの時間帯に到達させるように、舞台の正面壁と側方壁は5度外倒しとし、反射音の壁と天井を経由する距離を少しでも長くする計画とした。また、客席の側壁については、基本的な形状が平行であったことから、フラッターエコーを防止しながら有効な反射音を得るため、縦方向にいくつかに分割し5度内倒しとした。また、天井と壁は高い音の反射音を和らげるため、表面仕上げをザラツキのある塗装とした。

ウィステリアホール (舞台から客席を望む)
ウィステリアホール
(舞台から客席を望む)
ウィステリアホール (客席から舞台を望む)
ウィステリアホール
(客席から舞台を望む)

 ホールの吸音については、電気音響設備スピーカからの拡声音の明瞭性確保のために、当初は客席後壁にグラスウールを設置して吸音仕上げとしていたが、少しでも響きを長くするために、竣工後に客席後壁の吸音の手前に石膏ボードを設置した。現状では、客席椅子が布張りの劇場椅子である他は、天井も壁もすべて反射面となっている。

 ウィステリアホールでは、札幌出身のピアニストである新堀聡子さんが、施設1階にあるピアノ教室「ウィステリアピアノサロン」で講師を務める傍ら、ミュージックディレクターとしてウィステリアホールにおける様々なクラシックコンサートを企画されている。中でも、“プレミアムクラシック”と名付けられたシリーズは、一流の演奏家によるコンサートで、過去3回(声楽、ピアノ5重奏、弦楽アンサンブル)のコンサートは人気シリーズで、今後も魅力的なプログラムが企画されている。

 1月19日(日)に開催されたプレミアムクラシックVの弦楽アンサンブルのコンサートを、前日のゲネプロから聴くことができた。コンサート直前に、コンサートマスターが東京藝術大学学長の澤和樹先生に交代となる緊急事態ではあったが、前日のゲネプロにかなり長い時間をかけ、入念な音作りが行われた。演奏者同士が意見を交わしながら、それらを澤先生が見事にまとめられ、アンサンブルの音がどんどん変わっていくのが客席にも伝わってきた。本番では、超満員の観客の中、素晴らしい演奏で大変盛り上がったコンサートとなった。ホールの響きは天井の高いコンサートホールとは違うが、クリアで充実した響きであり、一流の演奏家のアンサンブルを十分に堪能することができた。コンサートでは、舞台上には高さの低い平台が置かれ、弦楽アンサンブル全体が平台に上がって演奏していた。これらは、高齢者向けの施設であるが故に客席の勾配が緩いため、サイトラインを確保するという理由と、平台が舞台の床となり弦楽器の音が良く鳴るためという2つの理由がある。舞台上、とくに小さなホールの舞台については、様々な演奏条件にトライしながら、より演奏しやすい空間となるように試行錯誤することが必要に思う。それらは時間のかかるものであるが、そのホールに適した演奏条件を探すのには必要な時間である。

演奏会の様子 プレミアムクラシックⅡ (ピアノ5重奏)
演奏会の様子 プレミアムクラシックⅡ
(ピアノ5重奏)
演奏会の様子 プレミアムクラシックⅢ (弦楽アンサンブル)
演奏会の様子 プレミアムクラシックⅢ
(弦楽アンサンブル)

 ウィステリアホールは、SMAPの楽曲の作詞者としても有名な作詞家の森浩美さんが主宰する朗読劇「家族草子」の札幌公演のホームグラウンドにもなっている。森さんの短編小説を森さん自身で戯曲化した朗読劇は毎回大盛況で、5月と11月にウィステリアホールでの公演が決まっている。また、3月と4月には、次のプレミアムクラシックが予定されている。意欲的で魅力的なプログラムが満載のウィステリアホールにぜひ足を運んでいただきたい。(酒巻文彰記)

ウィステリアホール:https://www.msnw-wishall.jp/