No.379

News 19-07(通巻379号)

News

2019年07月25日発行
外観

かみす防災アリーナ オープン

 6月1日、茨城県神栖市の神栖中央公園内に、国内最大規模の防災施設「かみす防災アリーナ」がオープンした。神栖市は茨城県最南東端に位置し、千葉県との境にある。市内に鉄道の駅はないが、東京駅から神栖市内へ向かう高速バスが、10~20分おきに運行されている。

 施設が建てられた神栖中央公園は、第二次世界大戦中に国が軍事用地として取得した広大な土地に、飛行機開発の研究所として格納庫や滑走路を設けていた場所だ。公園内には当時の航空機もひっそりと展示されている。戦後は旧建設省土木研究所鹿島実験場という名称で河川や海岸関係の土木技術を研究していたが、その研究所が移転してからこの土地は有効利用されずにいたそうだ。市町村合併により神栖市となった2005年頃からこの土地を市の防災公園とする構想が練られており、東日本大震災に見舞われてからはその必要性がより一層重要視され、2014年にこの公園が開園した。

 公園内には備蓄倉庫や、災害時にトイレ、パーゴラ、かまどとして利用できるようになっているベンチ、地下の貯留槽から水をくみ上げられる手押し式ポンプなどが随所に配置されてはいるものの、屋内の避難所としての機能がなかった。その不足していた機能を持った本施設の設計が始まったのは公園の開園後で、先月、ようやく「防災公園」が完成したと言えよう。

外観
外観
神栖中央公園 (かみす防災アリーナウェブサイトより)
神栖中央公園
(かみす防災アリーナウェブサイトより)
施設レイアウト(1F)
施設レイアウト(1F)

施設概要

施設はアリーナ、プール、ホールなどで構成されている。観覧席2500席を持つメインアリーナ、バスケットボールコート1面分のサブアリーナ、25m×8コースのメインプール、300席の音楽ホールがあり、他にもトレーニング室やカフェなど、日常的に市民が集まれるよう計画された。建物は2階建てで、1階はバリアフリーのため段差が無いように設計されている。

 『「もしも」のときも、「いつも」のところへ。』というキャッチフレーズは、市民にとって普段から馴染みのある場所となることで、緊急時に避難する際、少なからず気持ちに余裕を持つことができるようにとうたっている。災害時には約一万人を一時受け入れることができ、停電時に三日間運転できる非常用発電機を備えている。様々な箇所に配置されたベンチなどの家具は災害時用の備蓄庫なども兼ねており、すべてがキャスター付きで固定されておらず、随時必要な場所に移動できるようになっている。

 施設の整備運営事業者は、清水建設を代表とする「神栖防災アリーナPFI株式会社」である。設計を清水建設・梓設計設計共同企業体、施工は清水・大平建設共同企業体が担当した。永田音響設計は、音楽ホールに関して、設計から竣工時の音響検査測定まで、一連の音響コンサルティングを実施した。

メインアリーナ
メインアリーナ
サブアリーナ
サブアリーナ
プール
プール
備蓄倉庫を兼ねた家具
備蓄倉庫を兼ねた家具

音楽ホール

音楽ホールは、平面形状がほぼ長方形のエンドステージ型で、300席の小規模なホールである。他の大きな室とは少なくとも廊下を挟む形で直接隣合わないように配置されており、外部にも特別大きな音や振動の発生源となるものはない。そのためホールには防振遮音構造を採用しておらず、施設全体と同じ鉄骨造で計画された。

 音楽ホールはプロや市民によるクラシックコンサートを主目的とし、講演会などにも対応するように音響設計を行った。舞台上の音響反射板は固定で、講演会など響きを抑えたい場合には舞台上の各扉を開くこととし、舞台奥の壁際に大黒幕を設置することを想定した。

 基本的な室内の寸法は、舞台の奥行き9m、幅約15mで、客席の奥行約17m、幅約15m、天井高約14m(舞台床面から屋根面まで)である。内装天井は舞台上だけに設け、客席側は屋根スラブ用のデッキ表しである。側壁同士が平行なため、フラッターエコーが生じないよう、角度がランダムな大きな凹凸が欲しいという音響的な要望から、設計者と何度もやり取りを重ねた。木調パネルの割り付けが決定したのは、施工段階に入ってからである。材料は客席の後壁を化粧グラスウール仕上げとした以外には、ほとんどの面が音響的な反射面として仕上げられている。また客席イスは、防災施設としての機能を優先し、座面がフラットに連なり、肘置きを立てられるような製品が選択された。

音楽ホール(コンサート形式)
音楽ホール(コンサート形式)
音楽ホール(講演会形式)
音楽ホール(講演会形式)
音楽ホール(客席側)
音楽ホール(客席側)

開館記念式典とオープニング公演

5月31日、関係者に向けた開館記念式典が開催された。メインエントランスでのテープカット、音楽ホールでの記念講演やピアノ選定を行った地元ピアニストの牧野真弓氏と根本奈緒子氏によるコンサートが行われた。その翌日からの週末のオープニングイベントは、音楽ホールでソプラノ歌手の森麻季氏のリサイタル、サブアリーナでは かけっこ教室、プールでは北島康介氏の平泳ぎレッスンなど、様々な催し物が企画された。

 式典の講演は、舞台上の扉が全て閉じられたクラシックコンサートを想定した状態で開催されたが、拡声音の聞き取りにくさなどは一切無く、客席でしっかりと聞き取れることが確認できた。また司会者や登壇者とお話をする機会があり、舞台上で喋りやすかったと仰っていた。

 6月1日の森麻季氏のリサイタルは、客席の中央付近で拝聴した。ピアノからフォルテまで、伴奏のピアノや歌声は余裕を持ってとても豊かに響き、その響きの方向感には偏りがなく、音に丸く包まれるような感覚が得られた。良く響くが細部も明瞭に聴くことができ、コンサートを楽しめる空間であることを確認することができた。またこの日は同じ時刻にサブアリーナや屋外でもイベントが開催されていて、それぞれどの程度の音量を出していたか把握できてはいないものの、音楽ホール内で支障となるような音は聞こえず、遮音性能に関してもほっと一安心した次第である。

 これから多くの方が頻繁に訪れ、市民に愛される施設となることを願っている。(鈴木航輔記)

 かみす防災アリーナ ウェブサイト

サントリーホール「BELCA賞 ロングライフ部門」、「日本建築学会賞(業績)」を受賞

 「サントリーホール」は、この度、「第28回BELCA賞 ロングライフ部門」(主催:公益社団法人ロングライフビル推進協会主催)ならびに、「2019年日本建築学会賞(業績)」を受賞した。

BELCA賞 ロングライフ部門

 サントリーホールは竣工から33年経ち、これまで建物の保守維持管理を続ける中で、常に建築・設備の機能、性能、をさらに向上させ、クラシック音楽の殿堂として輝き続けることを心掛けてきた。ホール所有者、設計、施工、維持管理の各担当者による会議体が構成され、なかには、客席案内スタッフ一人からの意見、観客一人からのクレームも議題に上げられ、その理由を探り、次の改修に向けての課題が話し合われてきた。現在も35周年の改修に向けての定例会議が月一度行われており、この35周年改修が終わると40周年の改修に向けての定例会議が始まるという将来に向けての会議が永遠に続けられる。築33年のサントリーホールが「ロングライフ部門」での受賞ということで、「ロングライフ」というにはまだ早いと思えるが、この先も続く定例化された会議体を想像すると、このBELCA賞は、これから先のロングライフを見通したこの会議体のシステム、ホール運営管理者の姿勢に対する受賞とも思える。

サントリーホール
サントリーホール

 これまでの歴代のBELCA賞受賞作品には、既存の名建築と言われる施設が名を連ねているが、中には永田音響設計が音響コンサルとして携わった施設もいくつか見られる。その中で、音響コンサルティングがその評価の対象として受賞者に加わることもなく、建物を長く維持管理していくということに関して我々が大きく貢献しているという強い意識もなかった。今回、サントリーホールで初めてBELCA賞受賞者の一員として評価され、音響コンサルタントの立場からも建築の価値を維持し、さらに高めていくことの役割を担っていることを改めて意識させられた。この受賞に際し、サントリー文化財団、安井建築設計事務所他の関係者の方々に感謝申し上げたい。

BELCA賞選考委員会副委員長 深尾 精一氏からの選考評
主催である公益社団法人ロングライフビル推進協会側からのメッセージ

日本建築学会賞(業績)受賞 「サントリーホールの施設運営を通じた長年にわたる音楽文化への貢献」

 この日本建築学会賞の受賞においては、コンサートホールの「音楽文化への貢献」が評価されている。サントリーホールは、建物を維持していくだけでなく、その建築・設備のもつ機能、性能を維持するための日々の様々な努力を怠らず、常に進化した創造の場を提供することによって、音楽文化の発展に貢献してきた。すなわち、ハードがソフトを刺激し生み出す、優れた音楽文化を生むことのできる器を常に新しい形で提供できている、ということではないかと思う。ここで、ホールの維持管理における音響コンサルタントの役割としては、改修によってこれまでの静けさと響きが損なわれないことを維持管理の前提として、その確認を続けるということを期待されている。サントリーホールでは、さらに、その後の経験により蓄積されてきた知識と技術を改修の度に少しずつ還元し、伝統の響きを守りつつも常に新しい最先端のホール音響に進化させる努力を続けてきた。基本的なサントリーホールの響きのキャラクターは変えないが、オーケストラ雛段を拡張することでオーケストラのみならず様々な演奏者が音を出しやすくしたり、特にピアノやコントラバス、チェロなどの低音がより出るように舞台床面の構造を工夫して響きに厚みを加えている。

 和菓子の老舗である虎屋の社長が、「伝統の味と言われる虎屋の羊羹は常に味を変えている」と仰っていた。多くの音楽家、聴衆に愛されるサントリーホールの伝統の響きと共通する何かを感じた。(小野 朗記)

日本建築学会賞(業績)受賞理由 (PDF)