静岡県富士山世界遺産センター
昨年末の12月23日、静岡県富士山世界遺産センターがオープンした。富士山はその端正な山容から、古来より日本人にとって特別な信仰の対象であり、文学や絵画など様々な文化・芸術に登場することから、「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」の遺産名で2013年にユネスコの世界文化遺産に登録された。富士山は静岡県と山梨県の境にそびえ立っており、両県がそれぞれ世界遺産センターを整備している。本センターはその静岡県側の施設である。同センターは”世界遺産を「保護し、保存し、整備し及び将来の世代へ伝えることを確保する」拠点施設であり、学術調査機能などを併せ持つ施設“(同センターホームページより)、という位置づけである。
世界遺産センターは静岡県富士宮市に建設された。隣接する大鳥居をくぐって、北に約300m進むと、世界文化遺産の構成資産の1つで富士山信仰の総本山である富士山本宮浅間大社に至る。大社の湧玉池に豊富にわき出た富士山の伏流水は世界遺産センター脇を流れ、やがて駿河湾に注ぐ。
同センターの設計を担当したのは坂茂さん率いる株式会社坂茂建築設計で、静岡県が2014年に実施した公募型プロポーザルにより選ばれた。同センターは、展示棟、北棟、および西棟の3棟で構成されており、特に中央の展示棟の形がユニークで、太い木格子で覆われた逆円錐形である。その内側にらせんの回廊が仕込まれており、逆円錐壁に沿って富士登山のタイムラプス動画が映し出されている。訪問者はその動画を眺めながら回廊を登ることで、駿河湾から山頂に至る富士登山を疑似体験できるという趣向である。また、回廊の途中にはいくつかの展示フロアが設定されており、歴史、自然、文化、信仰など富士山にまつわる様々な事柄を学ぶことができる。そして、回廊の終点である展望ホールに登り詰めると、窓越しに絵はがきのように切り取られた優美な富士山本体を望むことができる。展示棟前面には浅い水盤が用意されていて、穏やかな日にはセンターの南側から、展示棟の逆さ富士と水盤に写り込んだ展示棟富士、遠くに望む本物の富士と水盤に写り込んだ逆さ富士、の4つの富士を楽しめる。
我々は坂茂建築設計からの依頼により、逆円錐の展示空間の室内音響と、北棟映像シアターの騒音制御と建築音響についてコンサルティングを行った。
展示棟
逆円錐に沿って回廊がらせん状に上に向かって延びており、回廊や途中の展示フロアにいる訪問者が戸惑いそうな現象―見えないところから発した音が回り込んで聞こえる、いわゆるささやきの回廊― が生じる可能性が予想された。3Dモデルを用いた簡単な幾何音響シミュレーションでも、逆円錐壁面、回廊下面や大天井を複合的に経由して展示フロアや回廊に音が集中する可能性が認められた。壁面は動画映写のためのなめらかさが必要なことからボードペンキ仕上げ(音響的には反射面)で、回廊下面と大天井にロックウール吸音板仕上げが施されている。ロックウール吸音板のトラバーチン模様は意匠上好まれないが、回廊や大天井は照度が低いためにほとんど目立たない。回廊途中に設けられた展示フロア下面も吸音が望ましかったが、照度の高い面なので最終的にスムースな反射仕上げとなった。動画投影用のプロジェクターのファンノイズが適度なマスキング効果を生み、結果として音響回廊現象は認められなかった。
映像シアター
74席収容の映像シアターは265インチのスクリーンを備え、曇りで本物の富士山が見えない日でも雄大な富士山を4K画質で楽しむことができる。内装仕上げは、床:カーペット、壁面:グラスウール緞子張りの一般的なシネマ仕様で、天井面は不燃紙管を並べた“うねる天井”である。うねる紙管天井はその音響散乱により見掛けの吸音効果が期待でき、さらに紙管の間を通過した音を吸音するために天井スラブ面にグラスウールが直貼されている。最近のシネマシアターと同様な、響きの少ない空間が実現出来ている。
竣工直前に、最終確認のために現場を訪れた。当日は水盤にはまだ水が張られておらず、また生憎の曇り空で、展示棟の逆さ富士しか見ることができなかった。近い将来の晴れた日に、本物や水盤に写る富士と展示棟富士を見に訪れたい。(小口恵司記)
“Open for All” 番町教会の新会堂が完成
日本キリスト教団番町教会は明治19年から132年続く歴史のある教会である。麹町駅近くの千代田区四番町の地から始まった番町教会は六番町に新会堂が完成して移転し、2月11日に新会堂で最初の礼拝が、3月18日には献堂式が行なわれた。
新会堂について
この新会堂の設計・監理を担当されたのは手塚建築研究所、施工は佐藤秀である。永田音響設計は設計・施工段階において礼拝堂の室内音響・騒音防止に関するコンサルティングを行なった。手塚建築研究所が設計された教会の音響コンサルティング業務を担当したのは茅ヶ崎シオン・キリスト教会、東八幡キリスト教会に続いて3件目となるが、施工段階まで参加したのはこの番町教会が初めてである。
新会堂は周辺の風景に馴染むような落ち着いた外観、そのエントランスは開放的な全面ガラスの扉で、来訪者を会堂の中へと誘う。この会堂を建築するにあたっての教会宣教基本方針の1つに「Open for Allの精神のもと、地域社会とのつながりを大切にします」と書かれており、その思いが建築に表現された会堂である。
エントランスからホワイエを抜けて礼拝堂に足を踏み入れると、3層吹き抜けの高い天井と天窓からの光で満たされたその空間に、しばらく静かにその場に佇んでいたいような気持ちになる。この柔らかく包み込まれるような雰囲気は、壁・天井一面に仕上げられた左官によって醸し出されているのだろう。左官職人の久住有生氏の手による仕上げである。そして、いくつかの小さな天窓にはオレンジや黄緑色などのステンドグラスがはめ込まれ、白を基調とした礼拝堂に彩りを添えている。これはステンドグラス作家の井上千恵美氏により制作・寄贈されたものであり、礼拝堂を出て2階へ上がる階段室の外壁にも何枚ものステンドグラスがはめ込まれて色とりどりの光を放っている。礼拝堂正面の壁には旧礼拝堂の十字架が掲げられ、その下には旧会堂から運び込まれた聖餐卓が聖書台として置かれて、教会の歴史が引き継がれている。後壁にはオルガンバルコニーが設けられ、今年12月にパイプオルガンが完成する予定だ。
礼拝堂の音響設計
礼拝堂では2つの音響的な課題の両立が求められる。1つは説教などの話が明瞭に聴こえること、もう1つはパイプオルガンや賛美歌が豊かに響くことである。更に付け加えるとすれば、礼拝堂として相応しい雰囲気を損なわない内装材でそれらを実現させることと言える。
番町教会の礼拝堂は鉄筋コンクリートの壁や天井で出来ている。直方体に見えるその室形状は、フラッターエコー障害を防止するために天井と壁面3面が数度ずつ傾けられている。そのコンクリートの壁・天井を久住氏の左官で仕上げていただくにあたり、音響面からは、柔らかい反射音を創出するためになるべく凹凸の大きい左官仕上げにしていただくようお願いした。人が触れる壁面の下部は小さめの凹凸に、それより上は大きめの凹凸になっている。左官の風合いや凹凸の程度については、久住氏にいくつものサンプルを作成していただいて意匠面だけでなく音響面からも確認を行なった。礼拝堂のコンクリートが打設され足場が取り払われた後には、その場に大きな左官仕上げのサンプルが持ち込こまれて、天窓からの光で左官がどのように見えるか、最終的な確認が行なわれた。
残響過多にならないように響きを抑制するための吸音仕上げとしては、まず、オルガンバルコニー下のルーバー天井内にグラスウールを設置した。ここでは、低音域まで吸音するようにグラスウールの背後に空気層を設ける納まりとしている。トップライトの立上りの壁面についても、グラスウールを基材とし表面を専用の左官で仕上げる吸音仕上げを検討したが、これについては、天窓から光が入った際の面の見え方を優先して、他の壁面と同様に久住氏の左官で仕上げることにした。そして、もう1つの大きな吸音要素がこれから設置されるパイプオルガンである。オルガンが入る前の現在は響きが長めの状態であるため、少しでも響きを抑えるよう、旧会堂で使用していた椅子のクッションをオルガンバルコニーに敷き詰めている。
最後になるが、響きの豊かさと話の聴き取りやすさの両立には、電気音響設備が果たす役割が欠かせない。引き渡し後、電気音響設備の設計・施工を担当された映像システムが取り扱い説明を行うのに合わせて教会に伺い、教会の方と共に話の聴き取りやすさについて確認を行なった。響きが長い空間でも明瞭な拡声音の得やすいパイプラインスピーカが採用され、比較的良好な状態ではあったが、当初設置が予定されていたバウンダリーマイク(机の上に直接置いて使用する指向性の広いマイク)では空間の響きを拾ってしまい、明瞭性が少し損なわれている状況であった。集音マイクを口元に近づけられるグースネック型マイクに変更することで明瞭性が改善されることを確認し、そちらが採用されることになった。実際に拡声テストで話をされた教会の方から、グースネック型マイクを使うことがマイクに向かってしっかり話そうと気を付けることにもつながるようだと伺い、なるほどと思う。その後に行われた礼拝や献堂式でも、話者の皆さんがマイクの使い方に気を付けて話をされていて、長い響きのわりに聴きやすさが保たれているように思う。
横野牧師の言葉
新会堂での最初の礼拝で、横野牧師から「新会堂に移転していろいろな変化に戸惑われると思う、それは自然なことであり、そしてその多くは時が解決してくれるのではないか」というようなお話があった。新しい物事を進めるとき、進める側がともすると忘れてしまう変化に対して感じる戸惑いへの配慮を、こうして伝えられた言葉がとても心に残った。献堂式では多くの方に賛美歌が気持ちよく響くと言っていただいたが、話の聴きやすさについては旧会堂からの変化に戸惑っている方もいらっしゃるかもしれない。今年12月にはイエーガー&ブロンマー社製のパイプオルガンが完成する。それによりまた礼拝堂内の響きは変わり、拡声状態にも影響があることと思う。今後も音響面から番町教会の力になれればと思っている。(箱崎文子記)
番町教会ホームページ: http://bancho.m78.com/