鶴岡市文化会館「荘銀タクト鶴岡」
鶴岡市文化会館「荘銀タクト鶴岡」が、昨年8月に竣工、プレオープン期間を経て、3月のNHK交響楽団の公演でグランドオープンした。山形県の日本海沿岸南部に位置する鶴岡市。“くらげ”で有名な「加茂水族館」、「だだ茶豆」やブランド米「つや姫」の産地としてご存じの方も多いと思う。
愛称の「タクト」は公募により選定された。Tsuruoka(鶴岡)、Art(芸術)、Culture(文化)、Terrace(集う場所)の頭文字と指揮棒のタクトをかけており、新文化会館が鶴岡の様々な芸術文化の集う場所になり、また、それらをまとめて指揮し奏でていくようにとの思いをこめて命名されたものである。頭の「荘銀」はネーミングライツによるもので、本ニュース357号(2017年9月)で紹介した荘内銀行本店ホールを持つ、荘内銀行の略称である。
江戸時代より庄内藩が築いた城下町として栄えた鶴岡市には、今も市内各所に史跡が多く残っている。そのひとつ、城址公園にも近い場所にある国指定史跡の藩校「致道館」に隣接した敷地に旧文化会館が建てられていた。新文化会館は同じ場所での建て替えである。設計はSANAA+新穂建築設計事務所+石川設計事務所、舞台計画には本杉省三氏が参画した。永田音響設計は設計から検査測定まで一連の音響コンサルティングを行った。
施設概要
施設は、1,135席の大ホール、平土間に約200席の配置が可能な小ホール、練習室2室、会議室等からなる。前述の致道館を囲むようにL字型をした敷地の中央部に大ホールが配置され、そこから延びるロビーを通じて、2方向から施設へ出入りが可能で、通り抜けることもできる。以前は設けられていた致道館との間の塀がなくなり、美しい致道館の景色がロビーからよく見渡せる。
日常的に市民が立ち寄り、そこで時間を過ごせる施設となることをねらい、その工夫のひとつとしてホールで公演がないときには裏方エリアも有効活用ができるように考えられた。ホールの裏方と表方は大型扉で区切る計画で、扉を開放しておくと大ホール周りは一周つながった空間となる。広めに設けられた楽屋前廊下は、公演時の裏導線として余裕を持った計画であるとともに、公演のないときには訪れた人が気軽に休息できる場所ともなる。
ロビーとホール専用ホワイエを区画する壁はなく、メッシュで出来たドレープ形状を持つ移動可能な衝立によって区切られる。ホール周辺のロビー空間はすべて吹き抜けで、ホールの上階に行くための階段もその吹き抜け空間に開かれているので、ロビーの様子を見ながら階段を上がっていくのが楽しい。音響的には、客席側、舞台裏側すべてに前室付きの2重扉を配置し、ロビー空間との遮音を行っている。
大ホール
大ホールは、コンサート、演劇から講演会・式典など、幅広く使われる多目的ホールとして計画されている。左右非対称な室形状、ブロック分けされた段々畑状の客席配置が特徴的である。一度、客席の中に入ると、どこの席にもホールの外へ出ることなく移動が可能だ。壁、天井とも、曲率の大小はあるが、曲面で構成されている。客席と舞台の一体感を考慮し、最後部の客席と舞台との距離を旧会館と同様の30m程度までに抑えられたため、舞台間口18mに対して、客席での最大幅が約30mまでに拡がった案が提示された。いわゆる1階席が扇形に開いた壁を持つ、かつての多目的ホールのように、中央部の客席への初期反射音不足とならないように、客席ブロックごとの段差から生まれた手摺り壁からの反射音を活用した。手摺り壁からの反射音が強くなりすぎないように、拡散させることを意図し、壁にはリブの凹凸を施した。合唱のリハーサルなどを聴く機会があったが、ホールの響きは明瞭で音量感があった。
プロセニアムスピーカはホール内に露出して(昇降装置付)設置されている。内装の背後にスピーカを設置する場合、スピーカからの音を遮らないように前面に充分な開口が必要になる。室形状によっては、その開口がとても大きくなってしまう場合があるが、露出の場合にはそのような心配はない。本施設では採用されていないが、最近採用の多いラインアレイスピーカなどは、その形状がホールの室形状とうまくあわないこともあるため、今後はスピーカの露出設置も多くなるのではないだろうか。
鶴岡市ではコーラスやブラスバンドが盛んで、鶴岡北高等学校は昨年も全日本合唱コンクールで金賞を受賞している。そのような土壌からか、市民のホールへの関心は高く、8月末の竣工引き渡しの後、9月にいち早く催された見学会は予想を超える来場者数で、その後、追加開催まで行われるほどであった。
開館記念の様々な催しも続いてスケジュールされている。ホールでの数多くの公演が行われるとともに、舞台での練習や、施設全体の多用途での活用など、日常的に施設全体に人が出入りし、にぎわう施設となって欲しいと思う。(石渡智秋記)
トラストブリッジ室内楽ホールが上海にオープン
中国・上海の張江ハイテクパーク内に、小型のホール 「トラストブリッジ室内楽ホール」 がこのたび完工し、近日中にオープンすることになった。既に、大学の基金や年金基金等を運用する投資家グループ「トラストブリッジ・パートナーズ」が手掛けた複合施設内には、私立の小学校に加え、その他の教室および運動用施設が整備されている。今回は、5つの棟からなるこのキャンパスに新しい文化・学習施設棟が加わる形となった。一階から上階へと順に、オープン形式の木工ワークショップ用スペース、ラウンジ、各種教室および図書室が配置され、建物の一角を占める室内楽ホールは、新棟における中心的な役割を持つ。
我々がプロジェクトに参加した時点で、既に新棟の躯体はほぼ出来上がっており、内装のデザインと、構造の軽微な変更のみが可能な状況であった。ただ、施主が効率的に工事管理を進めており、上海に拠点を置く設計事務所 AIM Architecture とのあいだに良好な関係が確立されていたこともあって、内装設計の開始から施工完了まで、ちょうど一年しかかからなかった。ホール向けのプログラムとしては、クラシックの室内楽コンサートからレクチャーおよびプレゼンテーションまで、幅広い用途が想定されている。また、地元の音楽関係の生徒がこのホールを借りて、プロレベルの録音作業ができるようにも考えられている。
ホールは基本的にシューボックス型で、客席の下手側にやや浅いバルコニー席が設けられている。客席はすべて布張りの移動椅子で、計158席となった。チェロやコントラバス等の楽器との共鳴を考慮した木組床構造の舞台面と同じレベルに最前列の客席が配置されており、演奏者との距離がとても近く感じられる。舞台裏は2階建で、楽器や機材の保管スペースが、楽屋、録音室および調整室の下階に配置されている。
室内楽ホールの内装デザイン
AIM Architectureはキャンパス全体の内装設計を担当しており、暖色系の木材、テラゾ(磨き仕上げの人造大理石)、そして大胆な配色を使ったデザインを、ホールとその周辺諸室内にも一貫させた。ホールの平行する壁に起因するフラッタ・エコーを避けるため、アルミの横板で仕切られた壁の各層に沿って板を屏風状に並べ、その凹凸の奥行きがランダムとなるようにした。この屏風板については、低音域の反射に十分な面密度を確保するために背後をコンクリートで充填するとともに、表面を垂直のリブ仕上げとして高音域の反射音を拡散させるようにした。
音響設計で最も苦慮したポイントは、スペースが限られていてホールとして利用できる空間をほとんど拡げられなかったことである。室容積をできるだけ大きくするため、可能な限り天井を高く確保するよう努めたものの、舞台上の天井高は7.2mが限界であった。そのため、繊維強化石膏製の重いドーム形状パネルを逆さにしたものを、天井面全体に分散させて取り付けた。その凸形状によって入射する音を拡散させ、かつ反射音の経路長を大きくすることにより、できる限り遅めの反射音エネルギーを確保するようにした。こうして、音響的には空間が大きくなったのと疑似的に同等な効果を得ることに努めた。この逆さドーム形状の天井デザインは、キャンパスの他の場所に多くみられるドーム型天井のデザインモチーフでもある。ドーム天井が設置された上部の平らな部分については、高音域の反射音を拡散させるためにガラスビーズの吹き付け処理が全面に施され、視覚的にも均質な印象を保っている。
拡声設備を使うレクチャーの際には、電動昇降式の吸音カーテンを降ろすことによってホールの響きを抑えることができる。舞台の正面壁と客席上手側の壁を吸音カーテンで覆うと、0.6秒の残響時間(500Hz、満席時の計算値)を0.4秒まで短くすることができる。これらやや短めの残響時間は、室容積910m3の小さな空間としては妥当な値である。
スペースの制約により、ホールに隣接して予定されていたトイレの一部を変更して、ホール用の空調機を設置した。壁をホールと共有することになったにもかかわらず、空調騒音を非常に静かなレベルに抑えることに成功した(NC-15以下)。客席の蹴上部分のスリットと舞台床周縁部の隙間から給気する仕組みになっている。この舞台床の周縁からは、静かで穏やかな空気が舞台上の演奏者に届けられると同時に、舞台床が壁から切り離されてあたかも浮いているかのような視覚的な効果が生まれた。
ホールとホワイエのあいだには、幅2m、高さ3mの大きな扉が設置されている。この扉が開いているときには、アトリウムから通じる廊下の延長線上が、ホールのサイドバルコニー席となる。この建物を訪れた人は、上階の図書室に行く途中、ホール内で行われているレクチャーに思わず引き込まれる。クラシック音楽のコンサートのときには、この扉は閉じてホール前室の壁に変身し、観客は前室あるいはラウンジを通ってホールの側面から出入りすることになる。遮音性能を上げるためにガスケットを3重にしてかなり重たい扉になったが、驚くほど簡単に開閉できる。
最初のリハーサル
今月上旬、上海音楽学院の学生による弦楽四重奏の最初のリハーサルに立ち合い、演奏音がクリアーかつ繊細に聴こえることが確認できた。学生たちが徐々にリラックスして音の強弱を細かくコントロールできるようになると、アンサンブルはさらに良くなった。トラストブリッジの教育方針にもあるとおり、これから先、さまざまな演奏家や講師陣がこの場所を訪れるであろう。このホールがいろいろなアイデアを共有するための場の中心となり、また、生徒たちがクラシック音楽への関心を持つためのきっかけとなるに違いない。(原文英文、Erik Bergal 記)