川崎に新たな施設「カルッツかわさき」 オープン
10月1日、「音楽のまち・かわさき」に新たにスポーツ・文化複合センター「カルッツかわさき」がオープンした。この愛称は“スポーツとカルチャーを足して、心弾む軽やかな響きに”と、市内の中学生が考案したもの。足取り軽く弾むようなネーミングである。
カルッツかわさきが建設されたのは、川崎駅から臨海エリアへと続く市役所前の大通りを15分ほど歩いた富士見公園内。同敷地にあった川崎市体育館(平成26年に閉館)と大通りを挟んだ反対側に建つ築約50年の教育文化会館大ホール(大ホールのみ平成30年3月末に閉鎖の予定)の機能を引き継いだ本施設は、スポーツエリア・ホールエリアから成る。
スポーツエリアには、約1,800uのアリーナ面と固定席・移動観覧席を合わせて1,500席規模の観覧席を有し、各種スポーツイベントや練習等に利用可能な大体育室を始め、小体育室、弓道場、武道室やトレーニング室等が配置されている。ホールエリアには2,000席規模で2層バルコニー形式、オーケストラピットを有する多目的ホール、平土間形式で200席の可動椅子を有し、リハーサルやミニコンサートに使用出来るアクトスタジオ、音楽練習室2室や大・中・小の計8室の会議室等が配置されていて、文字通りスポーツ・文化に対する機能が充実した複合施設である。
PFI事業の概要
カルッツ川崎の建設は、富士見町周辺施設の整備と連携しながら、スポーツ・文化・レクリエーション活動の拠点機能の強化を図ることを目的として進められた。平成25年2月にPFI事業として実施することが決定され、同年7月に本事業の業務要求水準書を公表。入札では4グループが提案書を提出し、その内、代表企業が鹿島建設、構成員がオリックス・ファシリティーズ、コンベンションリンケージ、住友不動産エスフォルタとプレルーディオ、協力企業に日本設計を含むグループが選定された。その後、この鹿島グループが本PFI事業の特別目的会社(SPC)「株式会社アクサス川崎」を設立し、川崎市は同社と事業契約を締結すると共に、指定管理者として指名した。設計は鹿島建設と日本設計が担当し、永田音響設計は鹿島建設技術研究所と音響設計を行うと共に、工事監理・竣工時の音響測定を担当した。
施設全体の遮音計画
本施設は、前述のように様々な機能を持つ室から構成される複合施設であり、特に、ホールエリアの各室は近接して配置されているため、同時使用時の音洩れ対策が必須であった。合わせて、敷地のすぐ北側に集合住宅が位置することから、施設内の催し物による屋外への音洩れ対策も必要となった。また、設計時には京浜急行大師線のほぼ全線を地下化する立体交差事業により、将来、本敷地直下に大師線の敷設が計画されていたため、ホールに対する地下鉄走行時振動による固体伝搬音の低減も課題となった。
このような建物内各室間の遮音性能の確保、騒音・振動伝搬防止に対する総合的な対策として、ホール、リハーサル室、音楽練習室にそれぞれ防振遮音構造を採用した。この内、ホールについては、周辺諸室や地下鉄との配置関係から天井を防振対象外としても他室間との必要遮音性能の確保、及び地下鉄走行時の固体伝搬音の低減が可能であると判断し、床・壁面のみの防振遮音構造を採用した。また、ホール客席後方の斜め下に位置する音楽練習室については、電気楽器を使用したバンド練習等による大音量の発生を想定した室であるため、低音域に対して比較的音響透過損失が大きい押出成形セメント板を用いた独立フレーム方式の防振遮音構造を採用した。竣工時の音響測定においては、アクトスタジオ〜ホール間で95 dB以上、音楽練習室〜ホール間で100 dB以上(共に、500 Hz)の非常に高い遮音性能が得られている。
また、小体育室は直下階に会議室が配置されたため、飛び跳ねやドリブル等による床衝撃音への対策として小体育室の床スラブ厚の確保・防振ゴム浮き床の採用に加え、会議室に防振天井を採用した。これにより、バスケットボールでのドリブル時も直下の会議室で室内騒音低減目標値NC-35を満足している。
ホールの室内音響計画
本ホールは、教育文化会館を引き継いでポピュラー系のコンサートにも積極的に使用されることが想定されると共に、舞台に音響反射板を設置した際にはクラッシック等の生音のコンサートに相応しい音響空間を実現することが求められた。この音響反射板設置時に豊富な初期反射音を客席に到達させることを意図して、天井反射板から客席天井にかけて、また側面反射板から客席側壁にかけて音響的に有効な反射面を連続性を持たせて構成した。また、音響反射板には高さ方向に段差をつけることで庇の役割を果たす面を設け、舞台上の演奏者や客席前方に初期反射音を到達させるよう計画した。音響反射板設置時の残響時間(500Hz)は空席時に2.2秒(測定値)、満席時に1.9秒(推定値)である。
オープニング・イベント
10月1日から翌週の週末にかけ、オープニングのイベントが盛大に行われた。ホールでは、藤原歌劇団と市民合唱によるオペラ・ガラ・コンサート、東京佼成ウィンドオーケストラと一般参加者合同の「吹奏楽大作戦in川崎」という市民参加型イベントや米米CLUBのコンサート。アクトスタジオでは、後日開催されたオペラ「ノルマ」のレクチャー・コンサートなどホールでの催し物に関連した催し物、ジャズライブから落語まで。大体育室では旧体育館でも盛んだったというプロレスの開館記念興行、元川崎フロンターレの中西哲生氏がアンバサダーとして参加されたフットサルフェスティバルなど、盛り沢山である。10月22日に開催された藤原歌劇団等との共同制作のオペラ「ノルマ」も大変好評だったようだ。
カルッツかわさきのウェブサイトを見ると、今後も豪華な顔ぶれが並んでおり、個人的には来年1月に開催されるシルク・ドゥラ・シンフォニーの日本初上陸の公演も愉しみだ。このカルッツかわさき、初めて訪れる方には駅から少し遠そうという印象があるかも知れないが、実は、川崎駅前から頻繁にバスが出ており、建物のすぐ前がバス停というアクセスの良さ。ぜひ、気軽に足を運んで頂きたいと思う。(箱崎文子記)
カルッツかわさき: http://culttz.city.kawasaki.jp
蘇州交響楽団・金鶏湖コンサートホールのオープン
中国東部・江蘇省の蘇州市は、上海市の西側に隣接し、高速鉄道で30分ほどの通勤圏内という地の利を生かして大きく発展してきた。人口が一千万人を超える、同省経済の中心地である。本ニュース2014年3月号で紹介した文教地区や、由緒ある建築物が数多く残る旧市街とは対照的に、近年は、市内の蘇州工業園区(Suzhou Industrial Park, SIP)や蘇州高新区(Suzhou New District, SND)等に代表される特別投資区域の開発が急ピッチで進められている。これらの区域内には、会議場、展示場、文化施設、ショッピングモール、ホテル、オフィスビルおよび高層住宅等が次々と建設され、ハイテク都市の様相を呈している。
蘇州工業園区(SIP)の開発は、20年以上も前、1994年にシンガポール政府の協力によって開始された。開発区域内の核となるビジネス区の中心に位置する金鶏湖の湖畔には、2004年に国際博覧センター、また2007年に文化芸術センターが完成した。文化芸術センター内には、大劇場(1,222席)、小ホール(300-500席、席数可変)、IMAXシアターを含むシネマ・コンプレックス、アート・スクール、美術館および図書館など、さまざまなタイプのスペースが用意され、海外からのアーティストの公演等も含め、これまで数多くのイベントが活発に行われてきた。
クラシック音楽のジャンルでは、蘇州バレエ団が2007年の文化芸術センター完成と同時に発足し、カルメンやくるみ割り人形など、演目ごとにプロダクションを設立して、数多くの公演を国内・外で披露している。このバレエ団に続き、蘇州で最初のプロのオーケストラとなる蘇州交響楽団が、昨年11月18日、蘇州市とSIPの共同設立という形で誕生した。メンバーの約2/3が中国人以外で構成される国際色豊かなオーケストラが、文化芸術センターのレジデント・オーケストラとして演奏活動を開始したのである。
こうして蘇州交響楽団は、既存の文化芸術センター内に蘇州バレエ団と共存することになったが、諸々の活動スペースが不足することが当初から懸念されていた。そのため、文化芸術センター内の展示スペースとして使われていた場所を、オーケストラ用のリハーサル室を含む楽団用の施設に改修する計画が実施された。建築設計は同済大学建築設計研究院で、永田音響設計はプロジェクト全体を通して室内音響設計、遮音設計および騒音制御を担当した。
施主とのディスカッションが進んでいく中で、オーケストラのリハーサルだけではなく、室内楽やオーケストラの演奏会場として幅広く対応できるコンサートホールとして機能するように、我々のほうから計画の修正を提案した。フルサイズのオーケストラが乗ることができる電動迫り装置付きのステージを用意し、演目に応じてフレキシブルに対応できるよう、ステージ背後のバルコニー席の手摺りは簡単に取り外せるようにした。ソロ・リサイタルや室内楽など、演奏者の規模が小さいときには、ステージ上の最後列に移動型の客席を設置してバルコニー席と連続させ、一体感が得られるようにした。もちろん、ステージ迫り最後部から連続する形の雛壇コーラス席として使うこともできる。
最終的に完成した「蘇州金鶏湖コンサートホール」は、ステージを客席がぐるりと取り囲むアリーナ形で、メインフロアと二段のバルコニー席を合わせて509席となった。ホールのほかには、練習室が大・小合わせて16室、さらに楽団のラウンジやオフィス等が実現した。
ホールの天井については、既存建物の屋根を支える構造材を変更しないで済む範囲内でできる限り高く取り、ステージから天井最高部までの高さを約15m、また円盤状に浮かぶ音響反射板の一番低い部分までの高さを約12mとした。反射板の断面形状は大きく緩やかな凸面とし、その表面にはピラミッド型の拡散形状を配置した。凹面形状のバルコニー手すり壁による音の集中が懸念されたため、そのほとんどを音響的には透過な金属メッシュの仕上げとしている。客席の壁は大きなシリンダー状の凸面が連続するようにして、扇形をモチーフにした細かな拡散形状で全体を覆っている。残響時間は、空席時の測定値が2.0秒、満席時の推定計算値が1.9秒(ともに中音域500Hz)となった。
本件は新築工事ではなく、既存の建物の屋根と外壁をそのまま残す改修プロジェクトだったことを考慮しても、デザインに6ヶ月、施工に6ヶ月、合計でたった1年間というスケジュールが組まれたときにはさすがに唖然とした。とても間に合わないだろうと思っていたが、驚いたことにわずか3ヶ月の遅れでホールは完成した。
芸術文化センターの完成からちょうど十周年の節目を迎えた9月30日には、新しいホールのオープニング・セレモニーが開催され、弦楽、木管および金管の室内楽の演奏が披露された。11月3日から12日にかけては国際ピアノ・コンペティションも開かれている。才能ある若手演奏家が次々とこのホールから巣立っていくことを期待したい。(菰田基生記)
蘇州交響楽団のホームページ:http://www.suzhousso.com