秩父宮記念市民会館 オープン
埼玉県最西部に位置する秩父市に、新たなホールがオープンした。市役所本庁舎に併設された、秩父宮記念市民会館である。敷地はもともと旧庁舎と市民会館が建っていた場所だが、老朽化と東日本大震災の被害により閉鎖せざるを得ない状況になったため、建替えが計画された。庁舎閉鎖中の期間は、その多くの機能が隣の秩父市歴史文化伝承館(2003年竣工)に移転されていた。新庁舎および市民会館の設計は佐藤総合計画・丸岡設計JV、施工は大成・高橋建設JVであり、永田音響設計は、市民会館の設計から竣工時の音響検査測定まで、一連の音響コンサルティングを実施した。
秩父市では、毎年12月に秩父夜祭というユネスコ無形文化遺産にも登録された祭りが開催される。この祭りは、山車の曳き回しと花火大会が同時に行われる冬のお祭りとして、全国的にも有名だろう。そして、秩父神社を出発した山車の終点である御旅所が、本施設南側の秩父公園である。旧市民会館の緞帳には、その祭りの様子が描かれていた。緞帳は新市民会館でも利用することとなり、夜祭の花火や秩父を象徴する武甲山の絵柄が、新しいホールの高くなったプロセニアム開口に合わせて継ぎ足された。
建物の概要
隣の歴史文化伝承館との統一感に配慮したボリューム感やガラスを多用した近代的な外観、秩父地域産の木材を積極的に活用した内観が特徴的な建物である。構造はRC造で、西側に庁舎、東側に市民会館が配置されている。互いの一般的な使用状況における音漏れが支障とならないよう、庁舎とホールの間に廊下や楽屋を配置すると共に、エキスパンションジョイントを設けている。
施設は今年2月に竣工し、庁舎および市民会館のオープン記念式典が3月26日に行われた。市民会館は8月までをスタッフの習熟期間とし、一部の利用者に対して無料で貸し出しが行われていた。そして、8月20日、市民会館開館記念公演が開催され、今月から一般利用が始まっている。
ホール
メインフロアと1層のバルコニーフロアで構成される1,007席のホールは「大ホール フォレスタ」と名付けられた。市内には秩父ミューズパーク音楽堂という、主としてクラシックコンサートに使われるホールがあることを考慮し、このホールでは演劇やオペラ、講演会などにおける音声が客席に明瞭に届くことを意図して設計を行った。ただし、クラシックのコンサートにも対応できるように、舞台には吊式の音響反射板も備えている。舞台床仕上げと大臣柱は無垢の桧、客席側の壁のルーバーは不燃処理をした杉材で、いずれも市有林から切り出されたものだ。このルーバーは 30 mm 角材の小間返しで、背後の躯体から少し離して設置され、音響的には音を透過・散乱させることを意図した仕上げである。ただし角材の寸法やその間隔が均等なため、リブ鳴りなどの異音が発生しないよう 900 mm の高さごとに頂点をずらした折れ壁状とすることで、均一性を崩している。
開館記念公演
8月20日、ホールは記念公演オペラ「ミカド」で幕開けした。W.S.ギルバート脚本、A.S.サリヴァン作曲のこのオペラには “Town of Titipu” という副題があり、秩父が舞台なのではないかという説もある。監督、キャストから演奏者まで、全員が秩父地域出身者による市民オペラで、2001年の市制50周年記念事業としての初演以来、何度も再演され、磨きのかかった非常に質が高い公演であった。もともと支配階級に対する辛辣な風刺を含んだコミック・オペラだが、最近の時事ネタもそこかしこに散りばめられた仕上がりになっており、痛快で明るく華やかで、オープニングに相応しい公演であったと思う。1階席最後方、バルコニー下の筆者の席では、各キャストの台詞や仮設オーケストラピットからの管弦楽の演奏が明瞭に聴こえ、意図した音響性能を得られていることが確認できた。
このホールは舞台機構としてのオーケストラピットを備えていないが、この公演では客席前方の椅子を取り外し、簡易な衝立を置くことで対応していた。さらに、客席からの視線が演奏者に遮られないよう、舞台床レベルを少し嵩上げしていた。またユニークだったのは、側壁サイドスピーカ用のサランネット面が、歌詞の字幕スクリーンとして用いられていたことである。
今後、市民の皆さんに親しまれ、活動の拠点として大いに利用される施設となることを期待してやまない。(鈴木航輔記)
荘内銀行本店 荘銀本店ホールのこけら落し
荘内銀行本店が本年5月山形県鶴岡市に竣工し、8月26日27日に本店内の荘銀本店ホールにおいて記念コンサートが行われた。本施設の設計は久米設計、施工は前田建設工業他3社JVである。永田音響設計は本ホールの設計・監理の音響コンサルティングを行った。
荘内銀行
荘内銀行は、1878年に設立された第六十七国立銀行を前身とする、来年140周年を迎える歴史ある地方銀行である。このような名前に数字がついた銀行は、維新直後の明治政府が、お金の流通が混乱状態にあった事態を収拾するために「国立銀行条例」を制定し、民間の銀行にこれまでの紙幣を新しい銀行券と交換させて旧紙幣を回収するために設立された。名前の番号はその認可の順に付けられた。ちなみに、国立銀行とは国営のようだが「銀行券を発行できる民間の銀行」を指すのだそうだ。
ホールの計画
新本店は鉄骨造の6階建てで、社屋内には銀行の店舗のほかに市民が気軽に立ち寄れるエントランスホールや市民展に利用可能なギャラリー、2〜3階には416席のホールが計画された。本建物の計画当初から「地域とともに発展する銀行」を目指して地域への貢献に取り組むという将来構想により、こういった施設を併設している。ホールは、行員の研修、講演会や研修会の利用のほかに、市民に開放することで公益的機能も担うということから、小規模の演奏会などにも利用できるように計画されている。ホールの室形状はワンスロープのシューボックス型(CH:9.5m x W:15m x D:27m)である。舞台正面には間接照明を組み込んだルーバー状の壁面を設け、その背後に吸音のカーテンを設置している。通常の研修や講演会などの拡声設備を用いる利用ではカーテンを出して正面壁を吸音面とし、クラシックコンサートではカーテンを収納して反射面にして利用されることを想定している。また、ホールは2〜3階にあることから、ホールの発生音が4階の執務空間へ影響を与えないように、また、執務空間からの歩行音がホールに聞こえないようにという配慮から、ホール天井には内装天井の他に防振遮音天井を設置している。
ホールのこけら落しコンサート
新本店竣工記念として山形交響楽団(指揮:飯森範親、ピアノ:花房晴美)によるコンサートが行われ、筆者も8月26日 (土) の演奏会を聴く機会を得た。演奏曲はベートーヴェン/「献堂式」序曲 作品124で始まり、グリーグ/ピアノ協奏曲 イ短調 作品16、メンデルスゾーン/交響曲第3番 イ短調「スコットランド」作品56。そして、アンコールではモーツァルト「フィガロの結婚」の序曲が演奏された。山形交響楽団(指揮:飯森範親)はこれまで10年をかけて「モーツァルト交響曲全集」を完成させ、それが評価されて全国のCDショップ店員の投票で決まる「CDショップ大賞2018 クラシック前期推薦盤」に選出されたという。この「フィガロの結婚」はこのホールの響きにぴったり合った演奏だった。今後もこのホールで「モーツァルトシリーズ」などを定期的に演奏して頂き、ホールがこれからも市民の方に愛され支持される施設になることを望んでいる。(小野 朗記)
北九州国際音楽祭30周年!
北九州国際音楽祭が今年30周年を迎える。この音楽祭は昭和63年(1988年)に北九州市制25周年を記念して創設された。創設当初はフィンランドのクフモ室内音楽祭と提携して催されていたが、1998年からは独自に教育プログラムを充実させた音楽祭になり、現在、@「総合音楽祭」の確立 A芸術性の追求・発信 B“北九州らしさ”の創造 C顧客満足度の向上 D若者世代の取り込み E情報発信の強化(北九州音楽祭ホームページより)を掲げて、その実現を目指している。
この音楽祭の主会場として使用されている “北九州市立響ホール” は、1993年にオープンした720席のコンサートホールである。設計は石井和紘建築研究所、音響監修は橘秀樹東大名誉教授で、永田音響設計は実施設計からの音響設計を担当した。響ホールはJR鹿児島本線八幡駅から歩いて15分ぐらいのところの傾斜地に沿って建つ北九州市立国際村交流センターの中にある。ホールの内装には、1階側壁面に溶鉱炉の使用済レンガ、バルコニー上部壁面にガラス、また舞台前面と客席後壁のリブ格子には鉄パイプという、ホールの建つ地にゆかりの特徴ある材料が使われている。天井高は舞台上で約12m、室容積8,300m3のゆとりある空間に、座席はゆったりと配置されている。初代音楽監督は、若くして亡くなられたヴァイオリニストの数住岸子氏で、現代音楽も含めた独自企画のコンサートなども多く行われた。1998年には「響ホール室内合奏団」も結成され、“響ホール” を中心に、国内・海外で活動している。オープンから24年、“響ホール” の響きは、音楽祭や様々なコンサートを通じて、多くの人達から好評を得てきている。
音楽祭では通常のコンサートの他に、特別プログラム、教育プログラム、市民企画事業も提供されている。例えば、子ども達の鑑賞教室、実演付きレクチュア講座、公募による市民参加のマラソンコンサート、また、地元出身のNHK交響楽団コンサートマスター篠崎史紀氏と指揮者の広上淳一氏の対談など、多種多彩である。
今回、特別プログラム中の企画に「クラシック音楽企画講座《基礎編》」があり、音響設計を担当した縁もあって講演をした。この講座は「クラシック音楽コンサートに携わる人に、より良質なコンサートの運営を目指す上で必要な知識を…」という主旨で企画された。参加者はコンサートの企画に携わっている一般の市民の方や、北九州市内ホール関係者、本国際音楽祭関係者など、いろいろであった。2日間の講座で、私の他に、音楽祭のミュージックアドヴァイザーを務めておられる青山学院の広瀬大介教授と、音楽事務所AMATI代表取締役の入山功一氏が講演された。
1日目には広瀬教授から、クラシック音楽の変遷や、国内外ホールの特色ある取り組み、また実践的な内容として、曲目タイトルの見方や表記の方法などの話があった。特色あるホールの取り組みの話の中では、すでに広く知られているベルリンフィルハーモニーのライブ配信についての話や、日本国内オーケストラとベルリンフィルなどの予算規模の違い(10倍!)などについての話があった。
私は「ホールについて」という話題で、広瀬教授の音楽史関係の話に続き、ホールの歴史的変遷について、現在クラッシック音楽として演奏されている曲が作曲された当時のコンサート会場の図版の紹介や、近代市民社会の成立に伴うコンサートの一般大衆化による会場の収容人数の拡大、加えて、楽器編成の大型化や楽器改良によるコンサート会場の変化などにふれながら話をした。また、ホールの響きの設計、コンサートホールと多目的ホールの違い、そして“響ホール”についての話もさせていただいた。
続く2日目は、入山氏からのより実践的な話として、コンサート企画の作り方、演奏者手配や海外招聘にまつわる話、コンサート当日の準備などに関わる話があった。トラブル対応の心構えや保険の話など、忘れがちであるけれど、コンサートを主催するにはやはり考えておかなければならない話題が含まれていた。また、“響ホール”のピアノの調律を長年担当されている村山幸穂氏から、ピアノの調律作業についての話があった。実際にステージ上にピアノを置いて、参加者は様々な道具やピアノの中のしくみなどを見ながら、興味深く話を聞いていた。このような企画が音楽祭とともに行われていることは、市民企画事業の発展や、ホール利用者を増やすと言う意味で、とても意義深いと思う。
音楽祭の本番、各種コンサートは10月7日から始まる。今年も楽しみなコンサート企画が満載である。今年は、北九州市立美術館のリニューアルオープン記念も兼ねて、“響ホール” 以外のコンサート会場として、美術館でのコンサートも盛り込まれている。詳しいコンサート情報については、北九州国際音楽祭のWEB頁(下記にリンク)に掲載されている。北九州国際音楽祭30周年にお祝いを申し上げるとともに、この先も“響ホール”と共に、長く音楽祭が続いていくことを願いたい。(石渡智秋記)
北九州国際音楽祭のHP:http://www.kimfes.com/