ラ・セーヌ・ミュージカル、出帆!(フランス・ブローニュ-ビヤンクール市)
「ラ・セーヌ・ミュージカル(La Seine Musicale)」は、フランス・パリの西、ブローニュ-ビヤンクール市セガン島に建設された新しい音楽センターで、2017年4月22日にオープンした。クラシック音楽用のAuditorium、多目的利用の大ホール、リハーサル室や練習室等から構成されている。
このプロジェクトは、本ニュース308号(2013年8月)で報告したとおり、2010年にジャン・ヌーヴェルによって発表された都市計画をコンセプトとし、パリ西部の郊外一帯をカバーする地方行政部門であるオー・ド・セーヌ県によって2011年に開始されたものである。そして、フランスにおける文化施設の建設事業としてはめずらしく民間投資公共事業(PFI)として進められた。フランスの大手ゼネコン3社がそれぞれ有名建築家や専門家とチームを組み事業コンペが行われた結果、Bouygues Bâtiment IDF 社を筆頭とするShigeru Ban Architects Europe+Jean de Gastines Architects グループの設計案に決まった。その後2014年7月に着工し、2017年1月には建物が施主と運営者に引き渡されている。コンペとその後のプロジェクト全体を通して、永田音響設計は坂茂氏が率いるデザインチームで室内音響設計を担当し、遮音設計と騒音制御はパリのLamoureux Acoustics が担当した。劇場コンサルタントはフランス・リヨンのdUCKS Scéno である。
建物に近づくと、まずはそのユニークなシルエットに驚かされる。その輪郭は、軽快でダイナミックな帆船の姿をモチーフとしたクルーズ船のようである。全長は320m以上にもなり、北側にはブローニュの森、南側にはムードンの丘を眺めることができる。敷地面積は25,000m²、建物の延床面積は36,500m²である。島に足を踏み入れると、巨大なLED スクリーンが見下ろす大きな広場が出迎えてくれる。その左側は広大な屋上庭園に繋がっており、右側は施設内の多様なスペースに通じる内部通路の入口になっている。河岸の遊歩道沿いには、いろいろなショップやカフェが並んでいる。
Auditorium
木材とガラスが織りなす構造の透き通った卵形のシェルで覆われた1,150席の「Auditorium」は島の端に設置された灯台のようであり視覚的なシンボルである。そのモザイクのような表面は玉虫色の光を放ち、内部のホワイエからはセーヌ川と庭園のパノラマ・ビューを楽しむことができる。卵の横に設置されている巨大な帆の形をしたソーラーパネルは太陽の動きに合わせて移動し、ホワイエを影で覆う仕組みになっている。
Auditoriumについては、デザイン開始当初から聴衆と演奏者の間の距離をできる限り小さくして、親密で温かみのあるコンサート体験を創り出すという明確な目標が、設計チームによって掲げられていた。座席のレイアウトは、ヴィニヤード型のデザインからの発想によってごく自然にサラウンド・タイプのホールが検討された。メインフロアの傾斜は、テラス壁からの重要な初期反射音を聴衆に有効に届けるために急勾配となっている。メインフロア後部は一段目のリング状のバルコニー席に繋がり、それがステージも取り囲んでいる。その上部には二段目のリングが浅めのバルコニー席を形成しており、聴衆とステージに対して有効な初期反射音を供給している。
Auditoriumに入ると、まず、交互に波打つような縞模様の蜂蜜色をした温かみのある木の壁が迎えてくれる。客席に目を転ずると、赤いヴェルヴェットに覆われた円筒形のクッションを使って製作された座席が目に入る。これは、もちろん坂茂氏のデザインの特長の一つである紙管がモチーフとなっている。そして、天井を見上げると、吊り下げられた約1,000個の木製の六角形に息を呑むであろう。六角形それぞれの内側には様々な大きさの紙管が取り付けられ、その上部の白い曲面天井に影が映る。この天井のユニークな波型形状については、ホール内の他の部分と同様に、独自の3Dシミュレーションソフトウェアと1/20縮尺の音響模型実験によって初期反射音やエコー発生の有無などから慎重に検討した。
ステージには、フルサイズのオーケストラに対応できる電動迫り装置が設置されており、オーケストラ・ピットも装備されている。上部には照明器具を追加設置できる昇降式のキャットウォークが3ヶ所設置されており、壁に収納されている昇降式の音響カーテンと併せた利用で、電気音響設備を使用するプログラムにも対応できるようになっている。
Auditoriumの下には、レジデント・アンサンブルであるInsula Orchestraが使用する様々な用途の練習室群とそのオフィスが配置されている。また、その周囲には外部に貸し出すためのリハーサルやレコーディング用の音楽練習室も用意されている。
大ホール「La Grande Seine」
大ホールは屋上庭園の下、内部通路とメインホワイエの上部に位置している。4,000席のこの大ホールでは電気音響設備を使用する大規模なイベントやコンサートが計画されており、立ち見の場合は6,000人まで収容することが可能である。扇形の平面で急勾配の段床がステージとの距離感を小さくし、カーブした客席のレイアウトが親密感や空間を共有する感覚を強めている。
Auditoriumでの最初のコンサートは、レジデント・アンサンブルのInsula Orchestraによって開催された。音楽監督で創設者のLaurence Equilbeyの指揮、4人のソロ歌手、Accentus合唱団およびBertrand Chamayouのピアノにより、モーツァルト、ウェーバーそしてベートーヴェンの曲目が披露された。豊かで温かみのあるクリアな音質を実現し、楽器演奏音とボーカルのバランスが上手く取れるようにするという、施主と設計チームが目標として掲げていた音響特性がいかんなく発揮されていた。
2014年秋にはラジオ・フランスの新しいオーディトリアムが、2015年初めにはフィルハーモニー・ド・パリがオープンし、それらに続き、また一つユニークな音楽の拠点がオープンした。このエキサイティングで意欲的なプロジェクトに参加できたことを大変誇りに思う。(原文英文、Marc Quiquerez 記)
La Seine Musicale: http://www.laseinemusicale.com
武蔵野音楽大学 江古田 新キャンパス
武蔵野音楽大学の新しい江古田キャンパスが完成し、本年度から利用が開始された。新キャンパスのプロジェクトでは、1,043席のコンサートホールである「ベートーヴェンホール」のみを残し、その他の校舎がすべて建替えられた。新校舎には、423席のコンサートホールである「ブラームスホール」、リサイタルや室内楽のための約100席の3代目の「モーツァルトホール」をはじめ、オーケストラ、コーラス、ウィンドアンサンブルのための3つのリハーサルホール、その他、多数のレッスン室や練習室、図書館、楽器ミュージアムなどが計画された。校舎は閑静な住宅街にあるため、地下1階に掘り下げられた中庭「リストプラザ」をキャンパスの中心に設け、その賑わいのある空間を校舎棟が取り囲むことで、近隣の環境に配慮した計画となっている。大林組による設計・施工のもと、永田音響設計は、ベートーヴェンホールとブラームスホールを中心に、基本設計から施工段階の音響監理、完成後の音響検査測定まで、一連の音響コンサルティング業務を担当した。
ベートーヴェンホールの改修
1960年に建てられたベートーヴェンホールは、50年以上の歴史とともに、優れた音響性能をもつコンサートホールとして長く親しまれてきた。今回のプロジェクトでは、その慣れ親しまれてきた雰囲気と音響性能を維持するという大命題のもと、改修工事が進められた。改修工事の内容は、耐震補強や防災設備設置による安全性の向上、各種設備の更新を行うことによる快適性や静けさの向上、エレベータや車いす席の設置によるバリアフリー化などである。ホールの天井については、音響性能を維持した上で、地震時の天井落下防止対策が求められた。意匠上の理由から、既存のモルタル天井の下に設置された落下防止ネットを、アクリル樹脂塗装で既存天井と一体化することによって見えなくする方法が採用された。一体化に用いられたアクリル樹脂は、ひび割れ防止や施工性の観点から追従性が良く比較的柔らかい素材であった。ホール天井の大部分の仕上げが柔らかい素材に変わることで、ホールの音響性能が大きく変わることが懸念されたため、施工段階にて、1/1モックアップによる天井材の施工方法の確認と、アクリル樹脂への骨材(硅砂)の混入率、塗厚を変えた数種類の小サンプルを用いた垂直入射吸音率の測定を行い、アクリル樹脂塗装の表面ができる限り硬くなるような施工方法を選定した。
ベートーヴェンホールの響きについては、改修前と大きく変えないことを前提としながらも、クラシックコンサートによりふさわしい空間となるよう、客席天井後部の有孔板を一部中止して、若干響きが長くなるようにした。改修後のベートーヴェンホールの残響時間は空席時1.9秒(500Hz)で、改修前より0.1秒ほど長くなった。
ブラームスホール
新しく計画されたブラームスホールは、ワンスロープの客席をもつ423席のコンサートホールである。近隣への日影の条件より、ホールの天井高を上げるのが難しい中、クラシックコンサートでの豊かな響きを得るため、天井高をできる限り高く確保した。天井高は舞台上の最も高いところで舞台から約14m、それを頂点として舞台正面、客席後壁、側壁に向かってなだらかに低くなっており、4つの大きな三角形が組み合わされたような天井形状となっている。天井のジョイント部分や側壁の最上部に設けられた間接照明で照らされた天井は印象的である。ホールの側壁は外側に大きく傾け、さらにその中に舞台と客席に初期反射音を到達させる音響的に有効な反射面を設けた。この反射面は、木の練り付け材、木リブ材、御影石、大谷石、磁器質タイル、ガラスといった音響的な特性が異なる様々な材料を組み合わせてデザインされており、現代的な印象を受ける。
ブラームスホールの室容積は、約6,000m³(1席あたり約14m³)であり、クラシックコンサート等の生音の演奏に対して十分大きな室容積が確保できている。一方で、大学の施設であり、コンサート以外の授業・試験で使われることも想定し、あまり長すぎる響きとはならないように配慮した。壁の一部や、側壁上部の反射面として有効でない面に吸音材を分散配置し、響きの長さをコントロールしている。
完成後のブラームスホールの残響時間は空席時1.9秒(500Hz)であり、クラシックコンサートの演奏にふさわしい豊かな響きが得られている。奇しくも、ブラームスホールとベートーヴェンホール(室容積:8,500m³)の残響時間(500Hz、空席時)は、客席規模、室容積が異なるが、どちらも1.9秒である。しかしながら、その響きの印象はまったく違う。ベートーヴェンホールの響きは明るく開放的な印象だが、ブラームスホールの響きは繊細で緻密な印象である。残響時間、それも500Hzの値だけでは説明することのできない響きの違うコンサートホールが同じキャンパス内に実現したことになる。
4/17(月)に大学の先生方による木管楽器のアンサンブルコンサートがブラームスホールで催された。ブラームスホールのホワイエには、1960年に建てられた初代モーツァルトホールのクリスタル照明が、武蔵野音楽大学の伝統の象徴として再設置されており、その歴史を感じることができる。2019年には創立90周年を迎える武蔵野音楽大学の新しい歴史が、江古田新キャンパスからまさに生まれようとしている。(酒巻文彰記)
武蔵野音楽大学: http://www.musashino-music.ac.jp/