白河文化交流館「コミネス」オープン
みちのくの玄関口として知られる、福島県白河市。かつて松平定信が治め、小峰城や日本最古の公園と言われる南湖公園があることでも有名である。新幹線を利用すれば東京から約1時間半で行くことができる。
白河市には、50年以上にわたり市民に親しまれてきた市民会館があった。ここは建物本体や舞台設備を含む各種設備の老朽化が著しく、バリアフリーの整備など、現代のニーズに合わせた更新が求められていた。そうした中で東日本大震災が起き、施設が使用不可になるほどの被害はなかったものの、耐震化など大規模な改修工事は免れず、市はこれを機に市民会館を移転、新設することを選んだ。
新施設の基本構想は震災後すぐに練られた。その後、設計・監理を日本設計、施工は大成建設を中心とするJVが担当した。永田音響設計は基本設計から竣工時の音響検査測定までの一連の音響コンサルティングを行った。新たな文化施設、白河文化交流館「コミネス」は、そうして10月23日にオープンを迎えた。オープン直前の10月8日には、市民の芸術活動の精神・魂が能楽師や市民らの手によって旧市民会館から新施設へと移管される「コミネス 魂の渡御」という儀式的なイベントが開催され、旧市民会館の歴史に幕を下ろした。
コミネスには、大ホール、小ホールと2つの練習室がある。敷地はJR東北本線南側の鉄道沿いで、東側の大ホールと西側の小ホールが舞台を突き合わせる形で配置されている。各ホールの舞台の間には、中庭を挟んでそれぞれの楽屋が設けられている。施設の入口は、楽屋口を除き2つある。JR白河駅から向かう大ホール側のメインエントランスと、駅と反対の駐車場からのアクセスとなる小ホール側のサブエントランスである。これらの2つのエントランスは、日常的に市民が集うことのできる広場「カギガタモール」につながり、この広場に各ホールの入口や練習室、中庭などが面するように配置されている。
JR東北本線の軌道は、ホール建物から約10mしか離れていない。旅客列車よりも貨物列車が多い路線であるため、鉄道車両走行時の騒音・振動が非常に大きく、それらを防止する対策が必須であった。対策として、線路と建物間には弾性体の地中防振層を設け、さらに大小ホールとも防振遮音構造を採用した。その結果、鉄道走行時の騒音は、ホール内が非常に静かな時には感知できるものの、運用上支障のない静けさにまで低減されていることを確認した。
大ホール(1,104席)は、プロセニアム形式の生の音楽コンサートを主目的とする多機能なホールである。可動式の音響反射板を設置することで生音のコンサートに、収納することで拡声設備を用いた各種公演に適した空間へと転換する。プロセニアム開口高さは約12mで、天井形状は音響反射板と客席天井が滑らかにつながるような形とした。客席は1階席(多目的鑑賞室8席を含む735席)とバルコニー席(369席)に分かれ、バルコニーの前方両脇は1階客席に張りだすような客席形態である。この平面形状により主階席の幅を狭めることで、客席中央エリアにも遅れ時間のごく短い反射音を供給している。壁全体には、反射音を柔らかくするための凹凸が木リブでデザインされている。
小ホール(客席設置時321席)は、室内楽、リサイタルを主目的とした多目的ホールである。このホールは1階客席がスタッキングチェアと移動観覧席からなり、2階両サイドの観覧スペース席は固定席で、1階客席を設置した劇場形式と、収納した平土間形式に転換できる。その基本形状は、2階両脇の観覧スペースを除けば幅約12m×奥行き約25m×天井高さ約10mの箱形である。天井は、舞台から客席まで仕上げ面を連続させ、テクニカルギャラリーをできるだけ音が透過するような造りとしホール内に露出させた。舞台側壁は3分割された回転式の扉とし、閉じたときには音響反射板、90度開いたときには袖幕として機能し、プロセニアムを形成できる。壁間や床・天井間でフラッターエコーが生じないよう、壁や天井は音波の散乱を意図した凹凸形状とした。また各種イベントに合わせた残響調整用に、吸音カーテンを2階観覧スペースの壁際とギャラリーレベルに設置した。
練習室には、バンド演奏などの大音量を想定してアンプやドラムセットを備えた練習室1と、演劇やバレエの練習など多目的な利用を想定して、鏡を一面に設置した練習室2がある。練習室1は、隣接する練習室2や他のエリアへの影響を考慮し、防振遮音構造を採用した。
10月23日のオープニングは、小ホールにおける開館式典と、大ホールにおけるバイオリニスト大谷康子氏と弦楽アンサンブルによるコンサートであった。その一週間後の10月31日には、大ホールで小林研一郎氏指揮・ハンガリー国立交響楽団のコンサートが開催された。それぞれを通し、小ホールは明瞭で自然な響きが、大ホールは暖かみのある豊かな響きが実現できたと感じている。また、市民の方々が司会の問いかけにしっかり反応していたり、積極的に手拍子で参加したり、オーケストラにスタンディングオベーションを送ったりする姿は、今後、この施設が親しまれていくことへの期待を膨らませてくれた。オープンして約2ヶ月。大小ホールとも、多種多様のイベントが企画されており、練習室の利用も盛況のようである。3月に大ホールで開催予定のオペラ「魔笛」など、観に行きたいイベントも多い。今後のいろいろなイベントに、また足を運びたいと思っている。(鈴木航輔記)
白河文化交流館コミネス: http://www.cominess.jp/
マニラの劇場
11月下旬、Cultural Center of the Philippines(CCP)の拡張整備プロジェクトの一環で新設されるブラックボックス劇場の打合せでマニラを訪れた。CCPは1969年オープンで今年47年目を迎えた。演劇系・音楽系・ダンス系の9つのレジデント・カンパニーを有して様々なジャンルの公演を行うとともに、国内各地へのアウトリーチ活動の拠点でもある。施設はフィリピンの建築家Leandro V. Locsin氏の設計で、コンクリート造の大きなボリュームが空中に浮く独特な重厚感・存在感を感じさせる。施設内には、プロセニアム型のメインシアター(1,821席)とリトルシアター(421席)、ブラックボックス型のスタジオシアター(客席可変)、の3つの劇場が収容されている。音響コンサルタントはBBN(ボストン)で、本年10月に102歳で逝去されたBeranek氏が関わられている。メイン・リトルの2つの劇場の天井・壁はメッシュ仕上げで、その裏側に多目的用途への対応のための音響可変の仕掛けが設けられているとのことである。BBNの室内音響に関する提案の一つにタングルウッド・ミュージック・シェッドに代表される浮雲型反射パネルがある。同じ考え方に基づく複数枚の円形浮雲パネルを、メインシアターの天井メッシュ越しに見ることができる。各パネルは角度調整が可能とのことである。
打合せと前後して、今回のプロジェクト関係者とともにマニラ・エリアのいくつかの劇場を視察した。周辺との遮音に悩むショッピングモール内の小劇場、音声については拡声を前提とする中規模劇場、最新の音場支援設備(Meyer社Constellation)を導入したカジノに併設された大劇場などである。フィリピンが演劇の盛んな国であるという実感を持つとともに、フィリピンで一般に用いられる建築工法や材料、シンプルかつ合理的な舞台設備の考え方など、今回のプロジェクトに参考になった点が多い。
CCPは、マニラ湾南側の埋立地に、既存のコンベンションセンター、ホテル、テーマパークを取り囲む形で約1,500haの広大な敷地を所有している。現施設はその敷地内の東側一画に位置している。今回のプロジェクトは、残りのエリアに芸術文化施設と関連するオフィス・住宅・商業施設を整備するという計画である。その第一弾として、Ignacio B. Gimenez氏の寄付を得て新しいブラックボックス劇場の設計がスタートした。本劇場を含む新設Performing Arts Theaterの建築設計は現CCP施設も担当したLeandro V. Locsin Partners社、劇場コンサルタントはBarbara M. Tan-Tiongco氏である。新ブラックボックス劇場は客席数最大300席で演劇・ダンス用途に計画されている。我々は音響コンサルタントとして建築音響及び騒音制御を担当する。関係者とのやりとりやマニラ・エリアの劇場視察を通じて、自由な客席配置だけでなく、背景・セットの自由な配置も想定して、方向性を持たないフレキシブルな内装仕上げを提案したところである。今月中には着工し、来年中にに完成予定である。なお、今回の我々の参画について、CCPは国際交流基金のサポートも受けている。(小口恵司記)
Cultural Center of the Philippines: http://culturalcenter.gov.ph
詳しく知ろう!移動間仕切 ― B 吸音仕上げ ―
移動間仕切シリーズ1、2回目(本ニュース338号、340号)では、遮音性能について取り上げた。本号では、意外と知られていない移動間仕切の吸音仕上げについて紹介したい。
吸音仕上げを施すことが望ましい状況とは?
移動間仕切が設置される室として思い浮かぶ代表的なものは、大きな会議室やホテルの宴会場ではないだろうか。この内、会議室は床をカーペット仕上げに、天井を岩綿吸音板にするなど、床・天井に吸音仕上げを施すことが一般的で、壁面にまで積極的に吸音仕上げを計画した事例はあまり多くない。まして、移動間仕切に吸音仕上げが施される事例は少ないと言える。だが、このような内装を持つ大会議室の中には、話が聞き取りにくいという悩みを抱えているところもあるようだ。一方、ホテルの宴会場については、10年近く前から移動間仕切に吸音仕上げを施す事例が増えているという。それはなぜだろうか。
会議室や宴会場のように通常直方体の形状で計画される室では、天井が高くなると床や天井の吸音仕上げのみでは室全体としての吸音量が不足して響きが長くなりやすい。特に宴会場では5 mを超える天井高の室が多い一方で、意匠的に天井全面に吸音仕上げを行うことが難しい場合もあり、吸音不足の状態になりやすい。また、反射性の壁面が平行に対向しているためにフラッターエコーが生じ、その影響によって響きをより長く感じたり、鳴き竜のような尾を引くように残る音に対して違和感を感じたりすることもある。会議室や宴会場はスピーチの明瞭性が求められる室であるが、壁面・移動間仕切が反射性の場合、これらの両方の要因により話が聞き取りにくいと感じられる可能性がある。
吸音仕上げの仕様と移動間仕切特有の配慮
移動間仕切の吸音仕上げについては室の用途に適した仕様が選ばれており、ホテルの宴会場等の意匠性が求められる室の場合は、グラスウール(GW)やモルトン等の吸音材の表面にジョイナーを使用してインテリアファブリックを張る仕上げが多くみられる。これにより周辺の壁面と意匠を揃えることも出来る(事例1・2)。会議室等、その他の用途の室では、GWの表面に有孔合板やパンチングメタル等の音響的に透過な表面材を採用する仕様や、GWを見栄えのよい厚手ガラスクロスで包んだ仕様等が用いられる(事例3)。
ここで、表面をファブリック等の柔らかい仕上げにする場合には、間仕切パネルを移動する際に手がかかるパネル端部や足元に、耐久性や汚れ防止に対する配慮として堅木・金属等の硬い材料が用いられる(事例2)。また、吸音仕上げの厚み分パネル厚が増すため、パネル収納部のスペース確保も考慮しておく必要がある。
既存の宴会場や大会議室で移動間仕切に吸音仕上げを施していない室の中には、スピーチの明瞭度を改善するために改修を検討されているところもある。しかし、収納スペースが確保出来ないなどの制限により、その実現は容易ではない。吸音仕上げを設計の段階から選択肢の1つに加えていただければと考えている。(箱崎文子記)