No.346

News 16-10(通巻346号)

News

2016年10月25日発行
台中国家歌劇院 (伊東豊雄建築設計事務所提供)

台中国家歌劇院 開幕

 9月30日、台湾の台中国家歌劇院が正式にオープンを迎えた。大劇場でのオペラ公演に先立ち、台湾副総統を迎えてオープニングセレモニーが、大劇場ホワイエで行われた。その模様は建物前面ファサードにも映し出され、ホワイエに集まった関係者のみならず、施設前広場に用意された客席で多くの市民も一緒にオープンを祝った。

台中国家歌劇院 (伊東豊雄建築設計事務所提供)
台中国家歌劇院 (伊東豊雄建築設計事務所提供)

 歌劇院のある台中市は、台北から台湾新幹線で約1時間南下したところにある台湾第三の都市である。当初、市のオペラハウスとしてプロジェクトは進んだが、2014年に中央政府が管轄する3つの施設と1つのオーケストラから成る「国家表演芸術中心」に組み込まれることが決まり、2016年8月に市から中央政府文化部に寄贈された。11年前の2005年にコンペで選ばれた設計者は伊東豊雄建築設計事務所、永田音響設計はコンペから設計・施工段階までの一連の音響設計を担当した。

オープニング公演

 歌劇院には主たる施設となる3つの劇場をはじめ、展示会場や多目的室、練習室、レストラン、ショップなど、様々な施設で構成されており、オープニングシリーズとしての様々な公演・イベントが、年末まで続く。

 オープニングセレモニーの後、オペラや京劇を主用途とする大劇場(2,007席)で、オペラ「ラインの黄金」(リヒャルト・ワーグナー作曲)が、スペインの前衛的パフォーマンス劇団 La Fura dels Baus とソフィア王妃芸術センターによる演出、台湾国家表演芸術中心所属のオーケストラである国家交響楽団(指揮/呂紹嘉)の演奏で催された。初日公演ではセレモニー同様、屋外にもオペラは同時中継された。充分な音量感、明瞭感ある歌声と同時に、オペラ用に本格的に計画された舞台を使用しての水や火を使った演出や、多数の人が吊られながらアクロバティックな動きをする演出などが楽しめた。

 翌日には、演劇やミュージカルを主用途とする中劇場(796席)が幕を開けた。催し物は向井山朋子氏とイタリアのスペルバウンド・コンテンポラリーバレエ団のメンバーによるピアノとダンスのコラボレーションパフォーマンス「La Mode」で、舞台美術を伊東豊雄建築設計事務所と歌劇院のテキスタイルのデザイナーでもある安東陽子氏が担当した。舞台では、布で作られた建物全体の象徴的な曲面を連想する形の舞台美術が、ピアノの上やダンサーの上を上下した。空間に響く音、音と呼応して動くダンサー、舞台美術が一体となって舞台を創り出していた。舞台側にも観客がいる演出で、固定段床の客席に座る観客はダンサーの動きとともに舞台上の観客の様子も見るという、普段あまりない経験がおもしろかった。

 ブラックボックス劇場形式の小劇場(着席200名程度)は、中劇場と同時進行で台湾バラードの父と呼ばれる台湾の歌手、胡コ夫氏のコンサートでオープンした。筆者は二日目の公演を聴いた。小劇場は舞台正面の大扉を開けると、その背後にすりばち状の野外劇場の客席が向き合う形で配置されている。コンサートでは開演と同時に扉が開き、室内と野外の両方から聴衆は鑑賞した。そのハートフルな歌声を聴いていると、劇場が無事にオープニングした感慨が湧いてきた。

 その他、公演に関連する講演会が催されたり、展示空間ではすでに8月中から伊東豊雄氏プロデュースの展示が行われており、たくさんの人が訪れていた。

プロジェクトをとおして

 ユニークな形をしているこの建物。特徴的なその曲面形状は、もちろん音の集中をもたらしたりする。劇場がその機能にふさわしい響きを持つためには、やはり、そのままの姿では難しかった。1/10縮尺音響模型実験なども含めた様々な音響面からの検討結果が、施設全体のコンセプトを維持しながら、柔軟にデザインに取り込まれたからこそ、このユニークな劇場が誕生できたのだと思う。(石渡智秋記)

開幕の乾杯
開幕の乾杯
開演を待つ大劇場
開演を待つ大劇場
中劇場 (伊東豊雄建築設計事務所提供)
中劇場 (伊東豊雄建築設計事務所提供)
中劇場ホワイエ
中劇場ホワイエ
小劇場
小劇場
伊東豊雄建築展「伊東豊雄的劇場夢」
伊東豊雄建築展「伊東豊雄的劇場夢」

特別支援学校の音楽指導

 都立特別支援学校の計画に協力する機会を得た。きっかけは、学校側から音楽指導の施設を充実させていくという方針が出されているとのことで、自由に大きな音の出せる空間を要望された。特別支援学校において音楽指導は、コミュニケーションの能力や自己表現能力の向上につながるということから、近年重要視されるようになってきているという。

 これまでの学校教育法において障害のある児童生徒等のための学校制度では、障害種別ごとに盲学校、聾学校及び養護学校(知的障害、肢体不自由、病弱)が設置されていたが、指導要領の教育、指導の多様化や障害の重複化に適切に対応する観点から、平成19年度より複数の障害種別に対応する特別支援学校に転換されることになった。この改正により、課題が多岐にわたり、現場の先生方はこれまで以上に児童生徒の一人ひとりに向き合い、個々の能力や人格に合わせた対応がもとめられている。

 そういった背景の中で、全国の特別支援学校で進められている音楽療法を含めた音楽指導の実践について、現場の先生方が行ってきた授業の記録レポートが、全国特別支援学校知的障害教育校長会の編集した「新時代の知的障害特別支援学校の音楽指導」としてまとめられている。本書を拝見すると、各学校の音楽指導あるいは音楽を用いた活動が画一的でなく、心から喜んで受け入れられなければならないとする立場の先生方の、強い意識と熱意により高い成果を上げられていることがよくわかる。

 これらの記録や文部科学省の特別支援学校の学習指導要領、あるいは障害者支援自立法などには「自立」という言葉がよくでてくる。この「自立」が音楽指導を考える上での一つのキーワードとなるようだ。個々が自立し、社会に参加できる資質を養うために、障害による困難を克服していく術を身につけなければならない。そのための方法論として音楽を含めた芸術指導が役立っているという。一方で、文部科学省側の意識として、その効果や成果の見えやすい何某かのテクニックを身に付ける訓練が、早く「自立」に繋げられる手段であり、本来的な考える能力や感性を育て身に着けるといった音楽活動や指導の意義を認識されていないのではないかという指摘もある。音楽を含む芸術活動とは、言語以外の、人の心にあるものを伝える媒体であり手段であると考えられ、それはまさに冒頭に記したように、コミュニケーションの能力、自己表現の向上に繋がる活動であろう。音楽にそういった力があることは多くの人たちがよく認識しているところである。

 この特別支援学校は文部科学省の管轄であるが、この書籍に書かれている活動にもみられる音楽指導の中での「音楽療法」は、「療法」という医療行為として厚生労働省の管轄であり、漢方医療やハリ・灸等と同様の統合医療として捉えられ、学校以外の医療機関や高齢者福祉施設でも取り入れられている。この音楽療法についてはこれまでいろいろな調査研究がすすめられているが、とくに三重大学医学部(佐藤正行准教授)では医学の見地から治療を含めた研究が行われている。佐藤先生によれば、音楽が心理的な影響を与えることは十分理解できることだが、「療法」という医療行為としてみたときに、科学的証明(エビデンス)が不十分という。このことは日本音響学会誌(VOL.69 No1 2013)の音楽療法の特集でも詳述されている。

 音楽を含む芸術の持つ力の可能性を疑うことはないが、現場で指導される先生方が肌で感じているその効果を統計的に示し、指導をマニュアル化するようなことは、その音楽指導や音楽療法が画一的でないだけに、困難なことのように思える。今後の成果について、もっと広い視野で見ようとする姿勢が必要ではないだろうか。(小野 朗記)

秋の音響学会 in 富山 スペシャルセッションの話題から

 9月14日から16日の3日間、日本音響学会2016年秋季研究発表会が富山大学にて開催された。永田音響設計からは、国内・海外の4つのプロジェクトについて音響設計の概要紹介を行った。ここでは、いくつかのスペシャルセッションから、最新のトピックについてご紹介したい。

 「2020東京オリンピックに向けた騒音振動分野が担うべき役割」と題されたスペシャルセッションでは、空港の航空容量の拡大に伴う航空機騒音問題がテーマのひとつであった。オリンピックでは海外から多くの旅行者の来日が見込まれ、空港の航空容量の拡大が大きな課題だが、一方でそれに伴う航空機騒音が問題となる。国土交通省航空局の宮川氏からは、国の航空機騒音対策と羽田空港における具体的な騒音対策事例が紹介された。航空機騒音の対策には、「発生源そのものの対策」、滑走路の移転や空港周囲に防音塀を設置する等の「空港構造の改良」、空港周辺を騒音の大きさに応じて区域分けをし、住宅側の防音工事や空調機器の設置等に対する補助、緩衝緑地帯の整備等の「空港周辺の環境対策」がある。そして、その3つを効果的に組み合わせる「Balanced Approach」が採用され、空港ごとにその特性に合わせた取組みが行われているということだ。また、今後の国際力の維持、首都圏の継続的な発展のために、羽田・成田両空港が一体的に機能向上していくことが重要であり、羽田空港では滑走路の運用・飛行経路の見直しをすることで、年間3.9万回の発着回数をさらに増加する強化策が検討されている。羽田空港の機能強化に伴い、飛行経路の高度を可能な限り高く(4000フィート=1.2キロメートル以上)したり、航空会社に対してより静かな機体の使用を促す等の騒音対策の他、住民への騒音状況に関する情報提供の充実や、落下物対策を含めた空港周辺の安全対策等、多面的な検討が継続的に進められているということであった。また、元空港環境整備協会の山田氏からは、GPSや衛星航法の活用によるr-NAV(広域航法)方式の導入で、羽田空港の離発着機がこれまで上空を分散して飛行していたものが、飛行経路の精度が上がったことで千葉市上空を集中して飛ぶようになり、一機あたりの騒音レベルは70dB以下とそれほど大きくはないが、数分おきに頭上を航空機が飛ぶことで、苦情が増えた事例があるということであった。このような「低レベル高頻度」の航空機騒音問題を解決するために、人間の音の到来方向の知覚に着目し、その人の真上を航空機が飛行したと認識させないように適度に分散させた飛行経路のコントロール等の可能性にも言及されていた。

 2日目の音バリアフリーの分野における「音響技術は音支援に役立つか」というセッションでは、視覚障害者向けの音情報サービスや、会議用マイクロホンシステムを利用した聴覚障害者への音支援の事例等が紹介された。なかでも、Shamrock Records(株)の青木氏による、音声認識技術を利用した「UDトーク」の紹介には驚かされた。スマホやタブレット端末用のアプリである「UDトーク」は、最近1〜2年で飛躍的に精度が上がった高精度の音声認識技術を採用し、会話やスピーチをリアルタイムに文字化していく。学会発表の際にも、青木氏が比較的早口で話した内容がスクリーンの画面上に文字化されていったが、青木氏の滑舌が良かったせいもあるが、発表を聞いていた印象では正解率は80〜90%を超えていただろうか、まったくストレスなく発表を聞くことができた。間違った箇所については遠隔操作でその都度修正ができるとのことであるが、修正なしでも前後の文脈からかなり意味は理解できると感じた。また、翻訳機能と音声認識・合成を実装しているため、「翻訳を含んだ音声言語と文字言語の変換」を双方向で行うことが可能とのことである。コミュニケーションでの利用だけでなく、キーボードを打つ代わりに読み上げることで、議事録作成等にも利用できる。現在では、会社や教育現場において聴覚障害者への音支援のために導入が検討されている他、一般の催しにおいても字幕等の機能として導入され始めているようだ。このように、音声認識技術は、聴覚障害者への音支援だけでなく、一般のコミュニケーションのひとつのツールとしての活用が期待でき、結果として、一般に普及することで聴覚障害者の音支援につながるとのことであった。近い将来、テレビの手話通訳にならび、音声認識技術が採用される日が来るかもしれない。(酒巻文彰記)