No.345

News 16-09(通巻345号)

News

2016年09月25日発行
グランド・オープニング・コンサート

ロッテ・タワー&モール内にコンサートホールがオープン

 ロッテといえば、日本国内ではお菓子のメーカーあるいはプロ野球チームの親会社として御馴染みだが、お隣の韓国ではデパートやホテルなどのサービス業を中心に多岐にわたる事業を展開する大財閥として有名である。ソウル市南東部に1989年にオープンしたテーマパーク「ロッテワールド」にはデパートやホテルが併設され、既に観光名所として良く知られているが、現在、それらに隣接する形でロッテ・タワー&モールの建設が進められており、ほぼ完成に近づいている。

ロッテ・タワー&モールの外観
ロッテ・タワー&モールの外観

 総面積807,508m、総事業費3兆8千億ウォン(日本円で約3,700億円)のこの巨大複合施設は、超高層のタワー棟と低層の2つのモール棟に大きく分けられる。高さ555m、地上123階建てで、世界で6番目に高いビルとなるタワー棟は、ショップ、オフィス、マンション、ホテルおよび展望台で構成され、本年末に完工する予定である。モール棟には、高級ブランド街、ショッピングモール、レストラン街、映画館、水族館のほか、中央モール棟最上部の7階から11階にかけて、2,036席のロッテ・コンサートホールとその周辺諸室(リハーサルホール、練習室、録音室、楽屋、オーケストラ・ラウンジ、会議室、事務室など)が含まれている。この複合施設全体の建築設計はアメリカの設計事務所KPF(Kohn Pedersen Fox Associates)が手掛け、モール棟内のコンサートホール以外の商業施設は2014年10月に既にオープンして連日の賑わいを見せている。

ロッテ・コンサートホールの平断面図
ロッテ・コンサートホールの平断面図
ロッテ・コンサートホールの平断面図
ロッテ・コンサートホールの平断面図

 クラシック音楽の演奏会を主用途とするロッテ・コンサートホールは、韓国では初めてのアリーナ型の大規模なホールとなった。延床面積13,223m2のホール部分の建築設計は地元・韓国の設計事務所DMP(Designcamp Moon Park)が実施し、永田音響設計は室内音響、遮音および騒音防止についての音響設計を担当した。下階の地下鉄やショッピングモールなど、ホール外部からの騒音・振動を遮断するためにコンサートホール全体が防振ゴムで支えられた二重構造を採用している。

 ホールの内装は白と木の色を基調としており、壁にアーチ状の窪みを取り入れて客席ブロックの形と対を為すようにデザインされている。ステージ正面に設置されたパイプオルガン(Rieger社製、68ストップ、パイプの総本数は4,958)と深みのある赤い客席椅子が華やかだが、全体としては落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 フル・オーケストラを収容できる大きなステージを取り囲むように客席ブロックを配置し、天井には固定の音響反射板を設置した。またステージ上には電動昇降式の雛壇迫りを備えている。ホール平面形状が楕円に近く、反射音が特定の場所に集中しやすい形になっているため、室形状は慎重に検討した。そのため、2012年10月から2013年2月にかけて、1/10スケールの音響模型実験を実施している。天井は大きめの凸面が連続する形状として表面には細かなスリットを入れ、壁上部の白い部分にはやや小さめの連続した凸面を、また下部の木の部分にはランダムなリブ形状を配置した。

グランド・オープニング・コンサート
グランド・オープニング・コンサート
グランド・オープニング・コンサート
グランド・オープニング・コンサート

 ホールの室容積は32,600m3、また一席あたりの室容積は16m3で、数字だけみるとかなりのボリュームであるが、ステージの鼻先から正面バルコニー最上段席までの距離33mは、すり鉢状のアリーナ形式ということもあって、非常に近く感じられる。

 昨年末にコンサートホールの工事が完了してから先月のグランド・オープニングまでの期間は、プリ・コンサートと呼ばれる予行演習的な種々のイベントをこなしていくテスト運営のために費やされた。いくつかのコンサートとそのリハーサルに立ち合い、細かなチューニング作業を経て、最終的に実施した音響測定の結果、残響時間の空席時の測定値は2.9秒、満席時の推定計算値は2.7秒(ともに中音域500Hzの値)となった。残響時間が約3秒弱というのは確かに長めではあるが、聴感上は響き過ぎるということもなく、ステージと客席のあいだでストレス無く会話ができるほどの十分な明瞭さが確保されており、実際のコンサートの中でもクリアーな音質が実現されていることを確認した。

 電気音響設備を使用するコンサートの際には、サイド・バルコニー席の下天井に収納されている電動の吸音カーテンと、ステージ上に設置するために特別に製作したカーペットと吸音バッフルを使って、響きを抑えることができるようにしている。これらの吸音材とスピーカを適切に配置すれば、ポップス・コンサートにも十分に対応できる。

 8月19日のグランド・オープニングでは、チョン・ミョンフン(鄭明勲)指揮のソウル・フィルハーモニック・オーケストラによるベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番、チン・ウンスクの世界初演の委嘱作品「Le Chant des Enfants des Etoiles」、サン・サーンスの交響曲第3番「オルガン」、そして3つのアンコール曲が披露され、その聴衆の熱狂ぶりは感動的であった。本年末にかけてオープニング・フェスティバルが継続中で、11月13日にはN響の演奏会も開催される。格安航空券を使えば国内旅行よりも手軽に行くことができる。新しいホールの豊かな響きをご自身の耳で確かめていただきたい。(菰田基生記)

グランド・オープニング・コンサート
グランド・オープニング・コンサート

トッパンホール サントリー音楽賞を受賞

 第47回(2015年度)サントリー音楽賞を、トッパンホールが受賞した。サントリー音楽賞は、わが国の洋楽の発展に大きく貢献した個人あるいは団体に贈られる賞である。これまでは演奏家や作曲家が受賞してきたが、コンサートホールが受賞したのは今回が初めてのことである。

 トッパンホールは、凸版印刷株式会社の創業100周年事業の一環として設立されたホールで、2000年10月にオープンした。408席の小振りなコンサートホールである(本ニュース156号参照)。昨年、開館15周年を迎え、その記念事業として展開された30本以上の主催事業に対して、その数と内容の充実度が評価され、この度の受賞となった。受賞理由には、「親密な空間と優れた音響特性を有する日本有数の室内楽ホールだが、それに加えて、このたびは1シーズン30回を超える主催公演が高く評価された」とあり、音響設計を担当した私たちも一翼を担ったようで、嬉しい受賞であった。

 トッパンホールの主催事業は、チケット発売後、まもなくで完売してしまうコンサートが多く、急に思い立って行こうとしてもかなわない場合が多い。吟味された演奏者、独創的な企画で、これまでの室内楽の枠にとらわれない、ここでしか聴けない室内楽が提供されており、それを多くのお客様が心待ちにされているのだと思う。開館当初、アクセスの不便さや少ない客席数が運営に支障とならないか危惧していたが、そんなことは全く影響なく、今では多くの方々に愛されるホールである。

 トッパンホールは、設計の初期段階からコンサートホールとして計画されたのではなく、当初は凸版印刷株式会社の幅広い事業内容に対応できるようなマルチスペースとして計画されていた。しかし、クラシック音楽が世界的に普及した背景には印刷技術があったということから、クラシック音楽専門ホールへと方向転換された。クラシックコンサート用のホールに必要な余裕のある響きを得るためには、十分な天井高さが必要である。しかし、そのときの天井高さはそれほど高くはなく、また、周辺は住宅地であるためにホール棟の高さを高くすることもできなかった。そこで、天井裏のスペースをできるだけ小さくすることで天井高さを確保しようということになった。天井裏には照明器具などのメンテナンス用のキャットウォークが縦横に設けられているのだが、道具を持って移動するにはどのくらいの高さがあればいいのかを、工事現場の作業所で、関係者がテーブルの下に潜って決めたりした。懐かしい思い出である。その結果、コンサートホールとしては十分な高さではないが9.5mを確保できた。それでも他のコンサートホールに比べれば低い方である。そのためもあって残響はそれほど長くなく、比較的クリアーな音を楽しむことができる。しかし、それがトッパンホールの音の特徴にもなっており、この響きに合ったコンサートが企画されているようである。

 良いコンサートが多く行われることで、ホールの響きもさらに素敵に変わってきていると思っている。主催事業を企画されている西巻正史さんも仰っているように、ホールは生きていることを実感できる。(福地智子記)

散らして整える

 右の写真をご覧いただきたい。坂茂建築設計の執務室の天井である。坂さんといえば、大災害が起きた際、最低限のプライバシー形成のために素早く対応できる間仕切り、紙のシェルターやログハウス、紙の大聖堂(ニュージーランド)など、紙管を用いた建築・造形が有名である。先日、同設計に打ち合わせに訪れて、その紙管が用いられた空間を初めて体験することができた。紙管は天井躯体から少し離して等間隔で並べられており、うねる視覚天井を形成していた。

 この紙管天井が設置される前の天井は躯体表しで、空調機、ダクト、配管等が露出で設置されていた。音響的には、極端ではないもののブーミングと多少響きの多さを感じる空間であった。紙管天井が設置された後は、ブーミングも感じられず音響的に落ち着いた空間に変身していた。

 紙管天井の音響効果について少し考察してみる。まず、背後に多孔質材等の音響抵抗材は置かれていないので、リブ+多孔質材の構成で多目的ホールの後壁などによく用いられるいわゆる吸音仕上げではない。紙管の小口は閉じていないので、いわゆる共鳴管、すなわち管長が半波長となる周波数の音を吸音する吸音体、としては働いているであろう。一方、中高音域において紙管は吸音素材とは考えにくいが、紙管の列が音を散乱させることで空間が拡散状態に早く近づき、結果として素直な響きを生成させていると考えられる。また紙管の間を透過した音のエネルギーが背後空間で多重反射する間に少しずつ吸収されて、天井面としての吸音率注)が増したと見ることもできる。

設計執務室の紙管天井(写真提供:菅井啓太氏 @坂建築設計)
設計執務室の紙管天井(写真提供:菅井啓太氏 @坂建築設計)
鏡面反射と散乱の概念図
鏡面反射と散乱の概念図

注)吸音率は境界に入射する音のエネルギーに対する戻ってこないエネルギーの割合で定義される。すなわち、音が境界で吸収されても境界から外に逃げても、入射側から見ると吸音されたということになる。

 列柱という意味での似た例に、棒材を奥行きを持って並べた柱状拡散体がある(日本音響エンジニアリング:柱状拡散体AGS)。録音スタジオ調整室、ホームシアター、サロンタイプの演奏会場などの小空間で用いられている。この柱状拡散体の素材はソリッドな木材なので反射材であるが、残響室法吸音率は素材にイメージする以上の吸音性を示している。拡散体の音響的な振る舞いを調べた数値解析シミュレーションによれば、音のエネルギーが散乱体内部に“トラップ”される様子が見て取れる。すなわち、入射側から見ると”吸音“されていることになる。

 響の調整というとまずは吸音を考えるが、いかにも吸音するーすなわち孔が開いているように見えるー仕上げには意匠的な抵抗感もある。上記のような散乱と透過による響の調整にも期待したい。(小口恵司記)