No.341

News 16-05(通巻341号)

News

2016年05月25日発行
現音楽庁(醇親王府)

北京・中央音楽学院の新音楽庁が竣工

 予ねてより建設が進められていた北京・中央音楽学院の新音楽庁が昨年末に竣工を迎えた。音楽学院は天安門のある北京中枢の南西、清朝・光緒帝の出生地(醇親王府)跡に建てられており、王府のファサードを残して入口とした音楽庁(600席)もある。新音楽庁は、その東側に用地を確保して学生寮とともに新築された。

 本ニュース14-01号でも触れたが、2012年6月に東京藝大音楽学部音楽環境創造科の亀川教授と中原講師に同行して同音楽学院を訪れたのが本プロジェクトに関わるきっかけである。当時音楽学院は学生寮と新音楽庁の躯体工事をスタートさせてはいたが、新音楽庁の室内音響設計と騒音制御を担当する音響コンサルタントを決める前で、その選定コンペに参加する機会を得て、中国建築設計院と弊社のJVが選定された。本プロジェクトの建築および設備設計は華通設計顧問工程有限公司、施工は中国建築工程総公司である。

現音楽庁(醇親王府)
現音楽庁(醇親王府)
外観パース(華通設計顧問工程有限公司 提供)
外観パース(華通設計顧問工程有限公司 提供)

 新音楽庁は主階席+バルコニー席の2層構成で客席数692、ソロ・室内楽・合唱・オーケストラなど様々なジャンルの音楽とオペラの教育および上演を想定したプロセニアムを有するホールである。当初客席数は800〜1,200で計画されていたが、オーケストラピットの前舞台利用と室内音響的に条件の厳しいバルコニー下の席をできるだけ少なくするための調整を経て上記席数に落ち着いた。プロセニアム開口高さは11mであるが、その客席側に位置するオーケストラピット迫りをステージレベルまで上げてコンサートステージとすることで、そのエリアの天井高さは約13mが確保された。

 断面図に示すように、フライタワー内には大掛かりなオペラ上演を可能にする舞台床・名物機構が設備されている。これまで北京の国家大劇院をはじめ中国国内のホールを幾つか訪れたが、このような舞台機構が標準のようである。また、フライタワー側でコンサートのステージ空間を形成する音響反射板には、中国で広く普及しているタワー方式が採用された(米・ウェンガー社製)。音響反射板で囲われたエリアでも余裕ある天井高を実現するために、天井反射板を水平にセットできる仕様とした。さらに、時間遅れの小さい反射音を演奏者に返すために、タワー方式反射板のステージから約5mの高さに音響庇を設けた。

 新音楽庁は竣工後、公的機関による検査が行われており、未だ正式オープンには至っていない。したがって観客・聴衆が入った運用状態を体験できるのは少し先になりそうである。ただし、昨年末の音響測定の際に、コンサート形式のステージ上の琥珀弦楽四重奏団(同音楽学院出身)と、オペラ形式のオーケストラピット内の中国民族楽器オーケストラの演奏を試聴することができた。いずれも、”音が近く、良く鳴る“印象で期待通りの響きであることを確認できた。

 現在ホールエントランスの地下では、亀川教授監修のもと、株式会社ソナと株式会社スタジオイクイプメント設計による録音スタジオの建設が進行中である。このスタジオも完成し、ホールと付帯施設全体が運用開始された時期に、また報告の機会を持ちたい。(小口恵司記)

中央音楽学院: http://www.ccom.edu.cn
琥珀弦楽四重奏団: http://www.amberquartet.org

新音楽庁内観
新音楽庁内観
平面図
平面図
断面図

飯山市文化交流館『なちゅら』オープン!

 北陸新幹線が開業して初めての冬を迎えた2016年1月、停車駅の一つである飯山駅近くの敷地に飯山市文化交流館『なちゅら』がオープンした。本施設の建築設計は隈研吾建築都市設計事務所、施工は清水建設である。永田音響設計は施設全体の音響設計を担当した。ここでは、二つのホールの室内音響計画について紹介する。

施設紹介

 飯山市には、寺社仏閣などとともに古くから親しまれてきた里山が点在しており、里山と千曲川が織りなす四季折々の景色は、穏やかな日本の原風景を想わせる。多くの日本人に親しまれている唱歌「朧月夜」は、東京音楽学校でも教鞭をとっていた高野辰之が、飯山の小学校での教職中に美しい山川の風景に感銘を受けて作詞したともいわれている。飯山市文化交流館『なちゅら』はこのような穏やかな景色の中に建設された施設である。その外観は、フライタワーと客席が共にコールテン鋼をまとったスラブですっぽりと覆われ、丘のように付近の里山の景色に溶け込んでいる。また、県産材のカラマツをふんだんに使ったファサードは、入口部分が来訪者を引き込むように大きくくぼんだデザインとなっている。この入口を入ると、ロビー・ホワイエ・カフェなどを一体の空間とした『ナカミチ』につながっており、大ホール(500席)・小ホール(171席)、多目的ルームなどの主要室はすべてこのナカミチを介して配置されている。これらの空間の天井にはファサードと同じカラマツの集成材による木組の架構がめぐっている。

飯山市文化交流館『なちゅら』の外観
ナカミチの内観
ナカミチの内観
施設の平面図
施設の平面図

大ホールの室内音響計画

 大ホールは、コンサートや講演会など様々な催し物が想定された多目的ホールである。クラシック音楽にも好ましい余裕のある響きを得る上で、天井を適した高さに設けることは非常に重要である。本ホールは前述の外観構成により、十分に高い天井を設けることができた。その内観は施設全体の特徴でもある木架構に加え、天井と側壁に板状の木パネルが設置されている。また、ホールの機能上必要となるキャットウォークやシーリングスポットなどの舞台関連設備はホール内に露出されているが、照明配置と天井を巡る木架構や木パネルによりその存在が目立たずに設置されている。室内音響計画では、天井の木架構と天井及び側壁の木パネルを効率よく利用することで、意匠と音響の調和がとれたホールとなることを目指した。

 高い天井を活かすため、天井の木架構及び木パネルの形状・大きさについて設計者と入念にやりとりを重ねた。中でも、天井から届く反射音の邪魔をせず、適度に音を散乱させる各部材の構成と、舞台の天井反射板と客席天井からの反射音がバランスよく到来するような反射面の配置が課題であった。そのやり取りの結果、木架構の形態は板状の鉛直部材を梁が繋ぐような構成となった。また、客席前部の天井木パネルは、天井からの反射音が届きにくい客席前方に反射音を届けるような角度をもって配置し、客席中後部については、設置する木パネルの数はなるべく少ない数にした。また、側壁に配置された木パネルは、天井の木パネルと併せて門型を形成するように配置されており、平面的な角度をランダムにつけることで、側壁に入射した音が散乱し、あらゆる方向からの反射音が客席に届くようにした。

大ホールの内観
大ホールの内観
大ホールの断面図
大ホールの断面図

小ホールの室内音響計画

 小ホールはクラシックコンサートを主目的としたホールである。その平面形状は舞台から客席に向かって広がる台形であり、客席は舞台側を中心とするゆるやかな弧を描くように配置されている。壁面が淡い色調の和紙によって覆われた本ホールは、室形状や客席配置とも相まって舞台と客席が視覚的に親密であり一体感が感じられる。

 小ホールの室内音響計画では、客席全体に均一な音量感が得られ、それぞれの席でも音に包まれた印象が得られるよう、天井と舞台正面壁から側壁・後壁を有効な反射面として積極的に利用し、反射音が室全体に届くように検討した。大ホール同様に天井を巡る木架構については、反射音を適度に散乱させるためなるべく細かい木束材による架構形態とすることを提案した。後壁の形状は内側に大きく傾斜するような短冊状の多面体として構成し、各短冊の出寸法を変えることで凹凸面を形成した。また、コンパクトなホールであるため、壁からの強い反射音を和らげる目的で、舞台正面壁から側壁にかけても後壁同様に短冊状の凹凸面を設けた。意匠計画からの壁面を覆う和紙には繊維の質感が荒めに残っており、特に高音域の音を散乱させる効果を期待した。

小ホールの内観
小ホールの内観
小ホールの断面図
小ホールの断面図

 両ホールの残響時間は、大ホールが舞台反射板設置時にて1.7秒(空席時)/1.5秒(満席時)、舞台幕設置時にて1.3秒/1.2秒、小ホールが1.4秒/1.2秒である。竣工時の聴感的な印象では、いずれのホールについても自然で、柔らかい響きが得られているように感じられた。各ホールの木架構やパネル、壁面の凹凸形状が適度に音を散乱させてくれたものと考えている。特に小ホールの短冊状凹凸形状と和紙による壁面は、意匠的な見た目の柔らかさと音響的な響きの柔らかさが上手く両立しているのではないかと考えている。

 飯山市文化交流館『なちゅら』は、「由紀さおり・安田祥子童謡コンサート」で幕を開けた。その後も大・小ホールでのコンサートや講演会をはじめ、施設内に屋台を出したり、敷地内の広場でアウトドアフェスタが開催されたりと、地域に密着した施設として動き始めている。スノーレジャーの拠点として盛り上がりを見せる飯山駅と共に、地域の文化発信の拠点として本施設も賑わい続けることに期待したい。(和田竜一記)

飯山市文化交流間『なちゅら』: http://iiyama-natura.jp/