No.336

News 15-12(通巻336号)

News

2015年12月25日発行
“River”全景

緑豊かな自然の中に流れる川 Grace Farms “River” building

 アメリカ、ニューヨークから北に1時間程度のところにあるコネチカット州、New CanaanにオープンしたGrace Farms 財団のコミュニティ施設の紹介をしたい。New Canaanという町はフィリップ・ジョンソンの「The Glass House」がある町としてご存じの方もいるだろう。施設がオープンした10月初旬は紅葉の時期で、ガラスで囲われた建物の中から見る、天井と床の間に切り取られた借景は、見事な絵巻物のような美しさで、錦秋という言葉を久しぶりに思い出した。

 New Canaanに住む数軒の家族の聖書勉強会として始まったグループは、その活動拠点としての施設を持つことをひとつの目標とし、今回の施設が建つ土地を取得する。そして施設の設計者として日本の建築事務所、妹島和世+西沢立衛/SANAAを選んだ。計画地は元競走馬の飼育等を行っていた高低差約30mのある傾斜地である。全体敷地は75エーカー(東京ドーム約6個分)だそうで、散策路や池などもある。そこにたゆたう川のような、ランドスケープと一体となる建物”River”がSANAAによって提案された。一番高いところから建物を見ると、シルバーの屋根が川のように見える。教会とコミュニティセンターを一緒にしたような施設であるRiverには、その流れる川のような屋根の下のいくつかの部分にガラスの壁がはめ込まれ、また、必要な高さに応じて地下に室を潜り込ませるような方法で、体育館、食堂、図書館、事務スペース等とSanctuaryと呼ばれる700人を収容できる日曜礼拝他に使用される空間が創られた。施設全体の音響コンサルティングは地元アメリカのコンサルタントが行っているが、永田音響設計はSANAAの強い要望により、クライアントからSanctuaryの室内音響について依頼を受けた。

“River”全景
“River”全景
川のように見える屋根
川のように見える屋根

 Sanctuaryはぐるりと周囲をガラスで囲まれた空間で、ガラスからの反射音による音響障害などが懸念された。来日したクライアント、設計事務所とともに用途(主として礼拝などスピーチでの利用)の確認なども含めて相談し、また、コンピュータシミュレーションなどを用いて詳細に検討した上、本Sanctuaryではカーテンを用意するなどの対応によって音響障害の回避を行うことにした。

 響きの長さはスピーチ利用に適した中庸な響きを目標とし、天井の一部へ吸音構造の配置を行った。天井の吸音構造に使用したあなあき板は、下から見上げると小さな孔があいた木パネルであるが、裏からは大きな孔があけられている。前に、本ニュース276号2010年12月でも紹介しているTOPAKUSTICなどと同様の材料で、孔あき木パネルの上にはグラスウールを敷いた。日本ではまだ普及していないが、見た目に孔が目だたないため、意匠的に受け入れられやすいようである。体育館や食堂などの天井にも同様の素材が使われていた。

 また、Sanctuaryの着席人数は催しによって大きく変わることが想定されたため、人数の多い時と少ない時の差が少なくなるように、いわゆる教会でよく見られる木製のクッションのない椅子ではなく、座・背に布張りのクッションがあるものとした。施工中に革張りの椅子はどうか?というような話もあったが、空席時の吸音力が少なくなること、また着座中に汗などをかくと背中やお尻が動くたびにキュキュッと音が鳴ったりすることがあるため、このような室には不似合いなことをアドバイスし避けてもらった。

 10月9日(金)に迎えたオープニングの前に、リハーサル等を通じてSanctuaryの完成状況を確認するために現地をはじめて訪れた。オープニング初日には、Sanctuaryで招待客を対象としたセレモニーや体育館でのダンスパフォーマンスなど、また、夜にはソウルシンガーAloe blaccによるベネフィットコンサートが催された。続く2日目は朝から一般客も入場フリーで、施設内の見学ツアーやSANAAによる講演、ジャズトリオの演奏・合唱・ダンスのコラボレーションパフォーマンスなどが行われた。この施設で初めて迎えた日曜日の朝には記念礼拝が行われ、Sanctuary一杯の人が集まった。さまざまな催しで聴衆のみなさんから聞こえてくる音響についての感想は良好であり、ひとまずほっとした。

Sanctuary
Sanctuary
Sanctuary
Sanctuary
記念礼拝
記念礼拝

 オープニングイベントでは当初想定していたより幅広い用途でSanctuaryが使われた。クライアントからはチャレンジだよという言葉を聞きながらも、私たちとしては若干の心配もあったが、結果としていろいろな用途での音響の状況が確認できた。どの催しも音響的に良好であったが、向き不向きや、使い方に関する工夫などいろいろ感じるところはあった。帰国後、それらをオープニングイベントを通して感じたSanctuaryの音響面からみた運用に関するアドバイスとして、クライアントに届けた。

 見学ツアーや様々な企画も引き続き行われている。それらの情報、また施設全体の美しい様子が見られる動画などは下記に示すホームページ上で見ることができる。(石渡智秋記)

南陽市文化会館がオープン

 建設中から木造耐火構造のホールとして注目を集めていた山形県南陽市の新文化会館が、本年10月にオープンを迎えた。同文化会館は、大ホール(1403席)、小ホール(500席)および市民文化活動に利用される諸室で構成されている。設計・監理は(株)大建設計、施工は戸田建設(株)を中心とする施工JVで、弊社は大建設計からの依頼で主に設計段階における音響コンサルティングを行った。

外観
外観

 今年で終戦から70年。戦後行われた植林が伐採の適期を迎え、林野庁を中心に同木材の利用推進が図られている。そうした中、南陽市は林野庁所管の補助を得て、地場産を中心とする木材で主構造を構成する文化ホールの建設を進めた。木造の大空間建築というと奈良の大仏殿を思い浮かべるが、現代の公共建築物では何らかの耐火対策なしに木材を使うことはできない。本文化会館では、杉の芯材を無機質耐火ボードで囲い、さらに杉材を1層まわした3層構造の部材を、建物を支える柱・梁に用いている。またRC造や鉄骨造に比べて構造部材や補強材が密に配されている。これらの構造部材は最終的にメンブレン層と呼ばれる耐火のための厚みの中に収容されているので、外からその複雑さを伺い知ることができない。

 木造で大型ホールが建築できたことの意義は認めるところではあるが、特に大ホールについては予算も含めて木造であるがゆえの課題もいくつか見えた。その一つは舞台空間の制約である。同木造部材では荷重の大きな舞台吊り物を支えることができないために、木造舞台フライタワーの内側に舞台機構を支える独立の鉄骨フレームが組まれている。すなわち、建築は木造ながら劇場の機能を支える構造は鉄骨造なのである。また、この荷重の制約と限られたスペースの中でバトン本数を確保するために、側面および正面の音響反射板は吊り込みタイプではなく、床面移動式が採用されている。

 予算の関係もあり弊社が関わったのは主に設計段階で、検査・測定を含む完工時の音響確認はできていない。来年2月には地元山形交響楽団の演奏会も予定されており、実際の催し物を通じてホールの響きを確認できればと考えている。また、同市漆山地区には「鶴の恩返し」が語り伝えられてきたということもあり、オペラ「夕鶴」の上演も期待したい。(小口恵司記)

大ホール内観
大ホール内観
大ホールへのアプローチ
大ホールへのアプローチ
木造耐火部材
木造耐火部材

アオーレ長岡 長岡市議会「議場」でのコンサート

 アオーレ長岡(本ニュース294号2012年6月)は、長岡市役所、議場、大型アリーナ、文化ホール、展示室などの複合施設で、それらの施設に囲まれた中央にナカドマと呼ばれる広場があり、各種イベントなどの利用が想定されている。長岡駅近くの敷地に計画されたこの施設は、無料駐車場など車の利便性のよい郊外型のショッピングセンターに集中しがちだった人の流れを、どうにか駅前に留め、駅周辺の活性化を図りたいという期待がかけられていた。2012年のオープンからこれまで、長岡市やアオーレ長岡の運営を担うながおか未来創造ネットワークの努力により、アリーナ、ホール、展示場を含めたナカドマでのイベントは頻繁に行われており、計画当初の期待に答えていると言えそうである。

 2015年10月25日、この日はこのナカドマで鍋祭りが行われ、新潟県内や東北各県の鍋自慢の町が様々な鍋料理のお店を連ね、多くの人で賑わっていた。そして、本施設内の「議場」では、震災復興の思いを全国に発信するとして、長岡市議会議場としては初めてのクラシックコンサートが開かれた。演奏は東京フィルハーモニー管弦楽団 (以下東フィル)。長岡市と東フィルは音楽活動を通じて文化交流を進める事業提携を結んでおり、その事業の一環として定期的に市内各地において演奏会を開いている。これまでにも、東フィルによる長岡市の小学5年生全員のためのコンサートを催すなど、長岡市は多くの市民に質の高い音楽に触れることの機会を提供している。

ナカドマでのイベントの様子
ナカドマでのイベントの様子

 この日の演奏は8名で、メンバーはコンサートマスターの三浦章宏氏に加え、セカンドバイオリン、ヴィオラ、チェロの各パートの首席弦楽奏者が集まる豪華な顔触れであった。約1時間の演奏会であったが、曲と曲の合間に三浦さんが各楽器の紹介をするなど、親しみやすい音楽会にされていた。観客は、市内の高校生や一般市民約140名が抽選で選ばれた。この議場は、拡声の明瞭性を重視し、壁天井のほとんどを吸音材で仕上げ、床もカーペット仕上げと響きを抑えており、弦楽八重奏には適した音響空間とは言えなかった。しかしながら、さすがにぴったり息の合った演奏は素晴らしく、さらには、長岡の花火をイメージしたという天井に設けられたパネルにより、適度に音が散乱し上手い具合にブレンドされて、音響的にもよい効果をあげているように感じた。

議場内でのコンサートの様子
議場内でのコンサートの様子

 議場でのコンサートは、最近いろいろな地域で行われてきているようで、議会が開催されていない間を有効に利用しようという試みとして、新しい議場の計画でも、コンサートを行うことを前提とした音響計画を要望されることもある。長岡市では、選挙年齢が18才に引き下げられることもあり、若い人にもっと議会に親しんでいってもらいたい、という意向から長岡市議会も有効活用に賛同し、実現されることになった。長岡市では、これからも「議場コンサート」を続けていく方針のようだ。(小野 朗記)