「ロームシアター京都」(旧京都会館)が竣工
京都市の中心街からやや東にある岡崎地区は、東に大文字山を望み、鴨川に向けて穏やかに流れる琵琶湖疎水や桜並木に囲まれていて、市街地にいながら自然を近くに感じることができる。また、京都府立図書館(1909年竣工)や京都市美術館(1933年竣工)といった近代建築も並び、京都を象徴する自然と近代建築が共存する。この岡崎地区のランドマークともいえる京都会館が、今夏に再整備工事を終え、「ロームシアター京都」として新たなスタートを迎えた。
1960年に開館した京都会館は、前川國男氏設計のホール建築のなかでは、神奈川県立音楽堂(1954年竣工)に次ぐ2作目であり、最近大規模改修された東京文化会館(1961年竣工)や弘前市民会館(1964年竣工)がこれに続く。それらの施設と同様、築50年を超えた建物には老朽化がみられ、耐震化が必要とされていた。また、国際会議場として計画されたこともあり、大規模公演に対応出来るような舞台の大きさや舞台設備が備えられていなかったため、建物の建て替え案も含めた再整備計画が2006年より検討されてきた。一方では、前川國男氏設計による建物の文化・歴史的な価値、岡崎地区の景観保全等から、建物の継承・維持を求める声もあり、整備計画をまとめるまでに多くの議論がされたと聞いている。
最終的な再整備計画は、耐震化、バリアフリー化、舞台機能の充実(オペラ・バレエ・大規模コンサートへの対応)等を基本項目として、建物のメインファサードとなる二条通り側の第2ホールと会議棟を残して全面改修し、北側の第1ホール棟を建て替える方針としてまとめられた。その方針をもとに、基本設計および監修を香山壽夫建築研究所が行い、実施設計から施工までを大林・藤井・岡野・きんでん・東洋熱工業特定JVが受注した。実施設計は大林組と東畑建築事務所が担当し、弊社は実施設計から参加した。新名称「ロームシアター京都」は、命名権を取得した地元企業・ローム株式会社によるもので、50年間で52.5億円という破格の契約は大きな話題となった。
施設概要や音響計画についてはまた改めてご紹介するが、約2年間の工事を終え、9月13日に竣工式が開かれた。竣工式では、小劇場の性格をもつ約700席のサウスホール(旧第2ホール)での式典のあと、会場をメインホールへと移し、小澤征爾氏の指揮による記念演奏会が行われた。同時期に開催されていた「セイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)」から小澤征爾音楽塾オーケストラと合唱団を迎え、京響コーラスも加わって、ベートーヴェンの第九・第四楽章が披露された。前日にもプレ・オープニングイベントとして二条城で同プログラムが演奏されたのだが、OMFの公演の合間の2日間にこれらの2つの演奏会を組み込み、バスで5時間もかけて移動してきたというハードなスケジュールだったそうである。
演奏会は竣工式典の厳かな雰囲気から一転して和やかな雰囲気に包まれた。まず演奏前には各パートが楽器紹介を兼ねて舞台袖や客席から演奏しながらの登場である。「あまちゃん」のテーマを行進しながら演奏するフルート、両脇を持ち上げられて移動しながら叩くティンパニー等、これらの演出はOMFでのプログラム「子どものための音楽会」でもされていたそうである。この手作り感のある演出や若いオーケストラメンバーによるMCによって、改修後初めての演奏会を前に緊張していた私もリラックスでき、1つ1つの楽器のホールでの響きを確認出来る良い機会にもなった。また、前日の二条城での演奏会は拡声設備を使った屋外演奏だったのだが、それと比べると、響きのある空間で音に包まれる安心感、心地よさ、ホールの響きの重要性を改めて実感できた。
施設のオープンは来年の1月10日だが、すでにホームページではたくさんのプログラムが紹介され、予約受付が始まっているものもある。年々観光客が増える京都市内では週末になるとホテルをとるのも困難だ。ご興味のある方には早めの計画をおすすめしたい。(服部暢彦記)
- ロームシアター京都
http://rohmtheatrekyoto.jp/
新国立劇場 技術セミナー報告
2015年10月9日に、新国立劇場において開催された技術セミナーに参加した。技術セミナーは、2012年から始まり今回で4回目となる。主催は(公財)新国立劇場運営財団、共催は(一社)日本舞台音響家協会、公共劇場技術者連絡会、(一社)特定ラジオマイク運用調整機構、(公社)劇場演出空間技術協会(JATET)、(公社)日本照明家協会、協賛はラジオマイク(ワイヤレスマイク)を製造・販売する8社となっていた。会場はオペラ劇場で参加者は約230名、その内90余名がJATET会員であった。
今回のセミナーは、特定ラジオマイク(A型)の電波帯域の移行に関する諸問題がテーマである。近年スマートフォンの急速な普及に伴い、そのデータ通信量が急激に増加し、逼迫する携帯電話用の周波数帯を拡張するため、総務省は700MHz帯の既存のFPUおよび特定ラジオマイクの周波数を他に移して、移動通信サービスへ割り当てることを2012年に決定した。通常、移行期間は10年ほど必要なのであるが、移行時期を短縮するため、通信事業者が新しい機材を提供(無料交換)しても良いことになった。そのため、認定を受けた携帯電話事業者4社で(一社)700MHz利用推進協会が設立された。当初は、新周波数帯で使用するワイヤレス機器がまだ開発されてない状況で、実際の運用実験もままならなかったが、現在では国内メーカ2社、海外4社の製品が出そろい、移行も円滑に進んでいるようだ。
ワイヤレスマイクは、放送業界、エンターテイメント業界、劇場・ホールで欠かせない機器となっている。激しいダンスの振り付けで歌う歌手やグループをテレビで見ない日がないほどである。大学の教室や講堂、ホールでも、マイクケーブルの付いたマイクで話をする姿はほとんどみられない。それほど普及したワイヤレスマイクには、様々な種類がある。電波帯域でみると、放送等業務用では免許の必要なA型と免許の不要なB型、一般拡声用のC型がある。A型は770~806MHzで放送中継機器と共用のため、運用調整が必要である。B型は806~810MHzと帯域が狭いので使用できるチャンネル数も少なく、電波干渉や混信などの問題は使い方で解決しなければならない。C型も免許は不要であるが322MHz台の狭い帯域のみに限られる。今回の電波帯域の再編では、B型とC型は変更ないが、A型(特定ラジオマイク)は、470~714MHzのホワイトスペース(TVの再編で空いた帯域)、1,240~1,260MHzの1.2GHz帯に移行することになっている。いずれも地デジやFPUとの運用調整が必要であり、一部使用できない周波数もある。最近、TVの司会者や歌手、演奏者は、広い範囲を移動しつつ話したり歌ったりしている。そのため、ワイヤレスのインイヤーモニタ(はね返り)が主流となっており、これにもA型の周波数帯域が使用されている。
ワイヤレスマイクに使用される電波は、FM放送と同様のアナログ方式とデジタル方式に分かれている。アナログ方式は他の電波の影響を受けやすく、混信や相互変調歪みにより同時使用チャンネル数が制限されたり、ノイズが音となって問題を生じることが多い。デジタル方式はノイズの影響を受けにくく、周波数帯域あたりのチャンネル数も多くとれる利点があるが、伝送の遅延が少しあり、電池の減りが早いそうだ。インイヤーモニタでは音の時間遅れが問題となり、システム間で4~5ms以内の遅延しか許されないようだ。そのため、アナログ方式のワイヤレスシステムがほとんどとなっている。
ワイヤレスマイクの電波は、環境ノイズ、同一周波数の信号、電波干渉により生じるノイズなどに妨害されるとノイズが音となったり伝送が途絶えたりする。問題なく運用できる搬送波と妨害波の強さの比(CI比、CNR)は、アナログ方式では40dB以上、デジタル方式では20dB以上が必要といわれている。セミナーでは、実際に妨害波を生じさせて拡声音に生じる問題を体現させてくれた。送受信アンテナ間の距離を増してゆくと電波(搬送波)が弱まるためCI比が低下し、アナログ方式では、「ザーッ、ゴーッ」とノイズ音が大きくなる。ところが、デジタル方式では音には特に変化が無く、ある距離でフッと音が切れる。当たり前のことではあるが、送受信アンテナ間の距離が短い方が相対的に妨害波の影響が減ることが良く理解できた。
このセミナーでは、干渉波や妨害波を出すノイズ源も用意されていた。実際に現場で問題を生じた例がある演出用のLED電飾装置や携帯抑止装置を、拡声テストを行いながらON/OFF動作させ、その影響をスペクトルアナライザで観測するなど、具体的に見ることができた。最近のコンサート、演劇、テレビなどの舞台では、LEDを三面に広げて様々な光、映像、画像を表示する演出が一般的となっている。LED電飾装置では、複雑な点灯を制御する電子回路や接続ケーブルから強力な高周波ノイズが放射されており、受信アンテナが近づくと妨害波のレベルが上昇し受信状態が悪化する。その妨害波は広い周波数帯域で生じており、ワイヤレスマイクのチャンネルを大きく変更しなければ避けることができない。特に、アナログ方式には影響が大きく、イヤーモニタを装着した出演者は大きなノイズ音に驚いてしまうだろう。
LEDだけでなく、携帯電話やWi-Fi、各種の通信電波であふれている現状では、周波数の異なる無数の電波が干渉して広範囲に厄介なノイズ源として現れる。携帯電話の電波で生じる干渉波は、携帯抑止装置で防止できるため、その有用性は高い。ワイヤレスマイクにノイズが混入したり途切れるリスクを減らすには、現場の電波状況を把握する必要がある。新しい1.2GHz帯のワイヤレス機器も試されたが、今のところ環境ノイズレベルも低く、干渉波の影響も見られず、快適に使用できそうな帯域である。今回のセミナーは、電波ノイズに関し、そのトラブル防止に役立つ知見が豊富で、充実したものであった。(稲生 眞記)
パイプオルガンの不思議を求めて
本ニュース329号(2015年5月)でもご紹介したように、永田音響設計が後援していたオルガンコンサートが本年8月で最後となった。そこで、このコンサートを主催していた高尾 豊さんに、始めたきっかけやコンサート作りのこだわり、思いなどを綴っていただいた。(福地智子)
「1本のパイプからたった1音が出る。」「大きな形状なのに繊細な音色。」素人にとって、パイプオルガンは形も仕組みも、音の作り方も謎である。音楽ホールの誰もいない客席で、この不思議な楽器の魅力を探したい(不思議を追求したい)と思ったのが、「オルガンコンサートシリーズ」を作るきっかけだった。
たった1つの仕事しかしないパイプの束だからこそ、「音」は無限大に広がるのではないか、オルガニストによって(選ぶパイプの音色によって)、その違いも際立つのではないか。
オルガンについての入門書を開いたら「一つでオーケストラの音を出す」とあり、だから最初のタイトルは「オルガン・オーケストラ」。それから少しずつタイトルを変え、また何人かのオルガニストにご協力をいただき、15回を様々なアプローチで続けてきた。選曲や内容、もちろん音色もオルガニストにお任せし、私は周辺整備を楽しませていただいた。
音楽事務所やホールの主催と違って、使える経費は限られている。そこで広報宣伝はオリジナルにこだわった。まず、多くのコンサートチラシからたった1枚を選んでいただくために、オルガンを主役に毎回オリジナルイラストを依頼した。次に、このコンサートを次回まで覚えておいていただくために、プログラムも毎回工夫を凝らし、後半は「飛び出すプログラム」にこだわった。また、照明は「(株)シグマコミュニケーションズ」にご協力いただき、毎回新しい照明の試みを重ねた。照明の当て方一つで、オルガンとホールが一体となった。
また、後半の8回(うち1回は東日本大震災が公演3週間前に起き、やむなく中止とした)にご登場いただいた山口綾規さんの「オルガンエンターテインメント」では、山口さんの私物であるカメラやプロジェクターを有効活用、背中を向けたオルガニストの表情や、演奏中の手足を3台のカメラで舞台上の大スクリーンに映した。
ぜいたくに、カメラのチェンジもオルガニストの荒井牧子さんの協力でとても効果的なカメラワークとなった。この試みはお客様からも大好評だったが、それが図らずもパイプオルガンの仕組みや音の出し方、音色の違いなど、オルガンの魅力発見に大いに役立ったと思う。
最初は手探りの状態から始めたこのシリーズも、独自性にこだわったせいか、多くのお客様からのアドヴァイスをいただくことができ、また、次々に仲間が増えて、それぞれが大きな力を貸してくださった。15回を終えた今、改めて客席に座って音の鳴らないパイプオルガンを眺めても、やっぱり第1音にどんな音が出るのか想像もつかない。
大きなホールで、個人がオルガンコンサートを作ることには無理がある。しかし、多くの仲間ができたこと、大勢のお客様と毎回の幸せを共有した時間は、今、私の宝物である。これからも、パイプオルガンがそれぞれのコンサートホールで華やかな主役でいてくれることを心から願っている。(高尾 豊記)