No.332

News 15-08(通巻332号)

News

2015年08月25日発行
新しい施設の外観

ラ・ホーヤ音楽協会の新しいホール

 ラ・ホーヤ(La Jolla)は、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴのダウンタウンから車で約15分のところに、富裕層の邸宅をはじめ、美術館、ホテル、レストラン、画廊、ブティックなどが立ち並ぶ、全米一、二を争うほどの高級住宅街として知られている。ビーチ・ボーイズのSurfin’USAの歌詞に登場することからもわかるとおり、風光明媚な海辺の高級リゾート地でもある。カリフォルニア大学サンディエゴ校もこの地域にキャンパスを構える。

 ラ・ホーヤ音楽協会(La Jolla Music Society – LJMS)は、1941年にこの地に設立された。その活動の使命としては、益々多様化するコミュニティのために広範囲なパフォーミング・アーツを制作・提供することによって、サンディエゴにおける文化的な生活を活性化し、より深いものにしていくこと、と謳われている。

 このLJMSが毎年夏に開催しているクラシック音楽祭「サマーフェスト」は1986年に開始され、日本人指揮者の大山平一郎が1997年まで初代の音楽監督を務めた。イツァーク・パールマンやヨーヨー・マをはじめ、これまで数々の有名な演奏家たちがそのステージに登場してきており、国際色豊かな活動が定着している。期間中は、サンディエゴ現代芸術美術館のホールを中心に、地域内の図書館や公園なども会場として、観客とアーティストが交流しながら、室内楽、ファミリー・コンサート、美術展示、ワークショップ、ディスカッションおよび講演会など、様々な催し物が開かれている。今年も8月5日から28日にかけて、現在の音楽監督で台湾生まれのヴァイオリニスト、チョーリャン・リンによる指揮・演奏を始めとした幅広いプログラムが組まれている。

 このたび、既存の美術館のホールに代わる新たな活動拠点として、The Conrad Prebys Performing Arts Centerと名付けられた施設の新築プロジェクトが開始された。施設内には500席のコンサートホール、キャバレーと呼ばれる150席の多目的スペース、LJMSの新しいオフィス、リハーサル室および大きな中庭などが計画されている。トップレベルのミュージシャンによるコンサートに加え、各種教育プログラム、会議、その他諸々、結婚式に至るまで、地域の様々な文化活動の拠点となることが期待されている。

新しい施設の外観
新しい施設の外観
500 席のコンサートホール
500 席のコンサートホール
キャバレー
キャバレー
内庭
内庭

 特に500席のコンサートホールについては、観客と演奏者の関係ができる限り親密なものとなるように、というデザインコンセプトが設定され、ステージと客席を単純に相対させるのではなく、客席をできるだけ馬蹄形に近い形でコンパクトに配置することによって、お互いの視線がより近く感じることができるようになっている。

 ホールを形作るリブ状の壁のほとんどは音響的に透過な面としてデザインされており、一階客席出入口の開口も合わせて、背後の空間と繋がっている。図の白い部分が実質的な空間のボリュームで、内側の馬蹄形のラインが視覚的な境界となる。建物の高さの制限がある中で、できるだけ多くの室容積を確保するための工夫である。そのため、ホールの内観は一見すると馬蹄形の劇場のように見えるが、音響的にはシューボックスの形に近い。

 クラシックの室内楽の演奏会だけでなく、そのほかの多様な催し物にも対応できるように、壁上部の背後にはほぼ全面に電動の吸音カーテンを装備、また、ステージの壁の背後には手動で吸音カーテンを設置できるようにして、ホール客席からは視覚的に気付かれることなく、細かく音響条件を変えられるようにしている。

 本プロジェクトの建築設計は、セイジオザワホールなどを手掛けたAlan Joslinが率いるEPSTEIN JOSLIN Architects (マサチューセッツ州ケンブリッジ)が担当し、永田音響設計はコンサートホールを中心とした室内音響、遮音および騒音防止の音響コンサルティングを担当している。現在は基本設計がほぼ完了し、2017年秋の完成を目指してプロジェクトが進められており、2018年夏のサマーフェストの会場としてオープンする予定である。(菰田基生記)

ホール1階席平面図
ホール1階席平面図

茅ヶ崎にスタディオ・ベルソー オープン −湘南の文化活動を支援する施設に−

 この季節、茅ヶ崎と言えば、サザンビーチ。マリンレジャー、浜降祭や花火大会など、湘南の夏を楽しまれた方もいらっしゃるのではないだろうか。そんなアウトドアのイメージのある茅ヶ崎だが、明治以降、鉄道敷設と共に別荘地として発展し、文化芸術が育まれてきた街でもある。

 今年の5月、茅ヶ崎駅の南口から徒歩1〜2分、アルコナード南本通り商店街に面した新築の建物「ル・ベルソー(Le Berceau)」に、「スタディオ・ベルソー(Studio Berceau)」がオープンした。ベルソーというのはフランス語で揺りかごという意味だそうである。

 このスタディオ・ベルソーを主宰するのは茅ヶ崎市在住の小杉道子さん。小杉さんは、湘南地域の文化芸術活動を支援し、若い世代の育成と活動を支援する施設を開設することが夢でした、と仰る。また、この施設を運営するための組織として「スタディオ・ベルソー友の会」を立ち上げられ、その会長も務められている。建築設計は茅ヶ崎市美術館や藤沢リラホール等、湘南エリアを中心に数多くの建築を設計されている洋建築企画(代表:山口洋一郎氏)、施工は匠建設である。弊社は主にスタディオAの音響設計を担当した。

ル・ベルソーの外観
ル・ベルソーの外観

施設の概要

 ル・ベルソーは地上5階建てのビルで、1〜3階はレストランやヘアサロン等が入っており、4〜5階がスタディオ・ベルソーのエリアである。5階には移動椅子95席を収容し、グランドピアノを備えたミニホールのスタディオA、4階には電子グランドピアノを備え、キッチンが併設されたサロンタイプのスタディオBなどがある。スタディオBは、スタディオAで演奏会を行う際のホワイエやパーティ会場としても使える空間になっている。

 スタディオAの音響設計を行うにあたり、最初に伺ったのは、小杉さんのご趣味がシャンソンで、このホールでシャンソンを愉しみたいというご要望であった。生音の演奏からシャンソンのように音響機器を用いる催し物まで幅広い演目に対応するために、天井高を出来るだけ高くした上で、舞台正面および側壁に吸音カーテンを設けて、室の響きをコントロール出来るよう計画した。また、敷地の近傍を通る東海道本線からの騒音対策および他のフロアへの音洩れを防止するための遮音対策の両方から、この室に防振遮音構造を採用し、必要な遮音性能を確保した。

スタディオA
スタディオA
スタディオB
スタディオB

開設式と記念演奏会

 5月中旬に行われたスタディオ・ベルソーの開設式では、ステージに立たれた小杉道子さんから、夢の実現に向けて、2年ほど前に旦那様の小杉芳夫氏がスポンサーになることを引き受けられたこと、また、建築家の山口洋一郎氏と出会い、価値観が共通していることから設計を委ねることにされたこと、など様々な思い、エピソードをお伺いした。また、芳夫氏からは、茶道・洋裁・フランス語・・・と趣味多彩な道子さんの一面が披露されると共に、若手を育てていきたい、演奏会をお聴きになる方が和やかに過ごせる場所にしたいという施設への思いが語られた。

 この開設式の後半には記念演奏会が行なわれた。ソプラノ歌手による中田喜直氏の歌やハバネラ、女性ヴォーカルによるマリアッチやタンゴは、小さな空間だけに歌い手の放つエネルギーがそのまま聴き手に伝わってくるようであった。また、チェロによる白鳥やハンガリア狂詩曲では、思った以上にチェロの音がよく響いていたのが印象的だった。

 また、チェロの伴奏をされたピアニストの渡辺久仁子さんからは、ピアノ選定にあたってのエピソードも披露された。渡辺さんが「ピアノ探しの旅」と表現されたように、小杉さんや調律師の方と共にいろんな場所に赴いてピアノを試奏しながら、帯に短し襷に長しと、ぴったり感覚が合って質もよいピアノになかなか巡り会えずにいたところに、知り合いの方からベーゼンドルファーでよいピアノがあると話を頂いたという。そうして巡り会ったのは、1961年製の小型のグランドピアノ。暖かな響きで品格があり、姿形・音共に気に入られたそうである。

 この開設式で皆さんのお話を伺い、あらためて、様々な出会いの重なりがあって誕生した施設なのだと感じる。今後はこの空間で演奏者や観客との出会いの時間が積み重ねられていくことと思う。音楽を趣味にされている方にも使いやすい規模のこのホール、今はホームページ立ち上げの準備中ということなので、ご興味のある方はスタディオ・ベルソー友の会までご連絡ください。(箱崎文子記)

  • スタディオ・ベルソー友の会
    0467-38-8988(FAX)
小杉さんご夫妻
小杉さんご夫妻
チェロの演奏 チェロ:浦川うららさん ピアノ:渡辺久仁さん
チェロの演奏
チェロ:浦川うららさん ピアノ:渡辺久仁さん

追悼:野口秀世さん

 久米設計 執行役員 設計長 野口秀世さんが亡くなられた。野口さんとは、1989年に竣工した品川区総合区民会館(きゅりあん)で初めてご一緒させて頂いてから、後に中断してしまった施設を含めて10件の計画に声を掛けて頂いた。主に公共文化施設を手がけられ、2006年には「北上市さくらホール」で日本建築学会賞作品賞を受賞された。2002年のとぎつカナリーホール以降の作品では、インドア化した自由空間の中で展開される文化活動のプロセスが重要であるということを意識し、その活動がいかに施設の利用者の生活に浸透して活気のあるものにできるかということを常に念頭に置かれていたと思う。そういった設計思想の中で野口さんは、私たち技術コンサルタントのいうことをいつも熱心に聞いて下さった。プロジェクトの技術的なことはもとより、建築と音楽の関わりやコンサートなどの話をすると、ちょっとしたことも話し終わるまで熱心に聴いて下さった。逆に野口さんの話は長いが面白かった。無類の音楽好きでそのジャンルは幅広く、特にブルックナーとレッドツェッペリンの大ファンと伺った。野口さんと私は住まいが近く最寄り駅が同じで、その駅から長崎県時津町の現場までご一緒したことがあった。その間の話題は主に音楽で、もっぱらブルックナーの話だった。長崎空港から時津町までは大村湾を船で渡るのだが、大しけで船が大きく揺れる中でも、野口さんは時津に着くまでドイツ音楽の話を熱心にされていた。建築にも音楽にも職業にも偏見がなく、何事にもフェアな方だった。次に続く方々ももうすでに第一線で活躍されており、野口さんの建築思想を受け継いでいかれることであろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。(小野 朗記)