No.330

News 15-06(通巻330号)

News

2015年06月25日発行
左側が礼拝堂「言館」、右側が資料展示室「光館」

同志社大学 京田辺会堂 献堂

 3月30日、同志社大学京田辺キャンパスに、「京田辺会堂」が献堂された。この施設は東西2棟から構成されており、西側は収容人数、約250名の礼拝堂、東側は大学創立者である新島襄に関する資料展示室になっている。それぞれ、礼拝堂が「言館(KOTOBA-KAN)」、資料展示室が「光館(HIKARI-KAN)」と命名されている。これら2棟は、道路を挟む形で向かい合って建てられており、それぞれの道路側の外壁は全面ガラスになっている。そのため、建物は別棟であるにもかかわらず一体感が感じられる。両方の建物のガラス面のすぐ下には水がたたえられており、それは「新島襄の海」と名付けられている。設計者曰く、新島襄が国禁を破った後に、大決断をしてはるばる海を渡ったことに由来しているそうである。設計者は、2013年に実施された国際コンペで、応募作379点の中から選ばれた柏木由人氏(ファセット・スタジオ・ジャパン1級建築士事務所+Facet Studio Australia代表)である。柏木氏は、日本とオーストラリアに事務所を構えて、ワールドワイドに仕事をされている新進気鋭の建築家である。その分野は建物だけではなく、家具等のデザインにも及び、本施設の説教台や椅子、展示棚なども設計されている。永田音響設計は、礼拝堂の室内音響や遮音、電気音響設備の音響コンサルティングを実施した。

左側が礼拝堂「言館」、右側が資料展示室「光館」
左側が礼拝堂「言館」、右側が資料展示室「光館」
新島襄の海(手前)から礼拝堂をのぞむ
新島襄の海(手前)から礼拝堂をのぞむ

 同志社大学の今出川キャンパスには、重要文化財にもなっている礼拝堂(チャペル)などの宗教施設があるが、京田辺キャンパスには、この京田辺会堂が初めての宗教施設となる。しかし、写真をご覧いただいてもわかるように、正面には十字架もなく、礼拝堂のイメージは強くない。これは、柏木氏の考えによるもので、同志社大学でのキリスト教主義は、その主義に基づいた徳育を通じて良心のある若者を世に送り出すことだと判断したためとのこと。2棟の間の道路を通行する学生は、必ずと言ってよいほど礼拝堂の中を覗いていく。興味がわいてブラリと中に入ってみようかと思わせることができれば、柏木氏の目論見通りなのだろう。

 京田辺キャンパスも今出川キャンパスと同様に、茶色いレンガ作りの校舎でほぼ統一されている。その中で、京田辺会堂の外装は青っぽい灰色のタイルである。コンペ時の提案もこのような配色の外装だったのだが、最終的に決まるまでには手続きが大変だったと聞いている。正門を通り過ぎると少しづつこの会堂が見えてくるのだが、とくに違和感は感じない。

 礼拝堂の平面形は、幅/約24m×奥行き/約14mの四角形である。天井は、コンクリート直天の下に木ルーバーが設置されており、コンクリートまでの高さは約6.5〜7.3mと正面から後方に向かって高くなっている。木ルーバーは高さ約6mのところに水平に設置されているので、視覚的には矩形に見える。ガラス側が正面で、そこに少し段差をつけて石貼りの聖壇が設けられている。後方にはオルガンバルコニーがあり、将来パイプオルガンの設置が予定されている。

 大学からは、長めの残響も必要だが、明瞭度を確保して欲しいと要望された。そこで明瞭度を阻害しない程度に、残響を長くしたいと考えて音響設計に取り組んだ。豊かな響きを得るには、高い天井高が必要である。コンペ時には最終高さよりはもう少し高かったのだが、コストを含めた諸条件から最終的な高さが決まった。しかし、前述したように天井仕上げが木ルーバーだったことで、音響的な空間容積が少しでも稼げたのは好都合だった。木ルーバーは2種類の長さのものが、交互にほぼ均等に設置されている。ルーバーの設置方法についてはランダムな配置が好ましかったのだが、意匠とのせめぎ合いの中でルーバーの間隔や寸法が決まった。意匠的には、壁、天井をフラットな面で構成したいという希望があったので、その意図を音響的に可能な範囲で活かすように考えた。側壁は正面から見ると正方形の中央部が空いている空洞ブロック積みである。このブロックで創られる面もフラットである。空洞ブロックの凹凸でフラッターエコーは軽減できるだろうとは思ったものの、その確実な防止と拡散を意図して、空洞ブロックの奥のコンクリート面に高さの異なる格子を設置してもらった。1階後壁は木リブとして吸音処理し、2階は将来のオルガンのためにコンクリートの凹凸とした。いずれも均等配置である。最終の音響測定での結果は、残響時間(500Hz)は空席時1.7秒(測定値)、満席時1.3秒(計算値)で、低音が長めの周波数特性であり、聴感的にも満足のいくものだった。また、均等配置に起因するような音響的な障害は全くなかった。電気音響設備に関しては、当初はスピーカを柱に分散配置するなどの提案もしたのだが、この柱は意匠的に重要な意味があるので、これには取り付けたくないということから、天井の木ルーバー内に分散配置した。拡声音の明瞭度に関しても良好な結果が得られている。

礼拝堂(言館)から資料展示室(光館)をのぞむ
礼拝堂(言館)から資料展示室(光館)をのぞむ
礼拝堂内部
礼拝堂内部

 献堂式後には、定例のチャペルアワーの他に、講演会や合唱などのサークルのコンサートが行われている。まだ実際のコンサート等は体験していないのだが、音響的な評判は良いと聞いている。礼拝堂という言葉からイメージされる空間とは異なるが、やはり非日常の雰囲気が漂う。一歩足を踏み入れると、ガラス越しに日常は見えるものの、気持ちが引き締まる。京田辺会堂が学生たちの建学の精神の学びの一助となることを期待している。(福地智子記)

別府アルゲリッチ音楽祭の新拠点「しいきアルゲリッチハウス」オープン

 九州では、20年程の歴史を持つクラシック音楽の音楽祭がいくつか開催されている。その中でも、ピアニストのマルタ・アルゲリッチを総監督に迎えた「別府アルゲリッチ音楽祭」は、他の地域で類を見ない現役の演奏者の名を冠した国際的な音楽祭だ。その会場は別府ビーコンプラザやiichiko総合文化センターがメインだが、東京や韓国など、九州以外での企画も多い。音楽祭が近づいてくるとあちこちにポスターやバナーが見られるようになるが、今年は特に、街中が赤・白・青の音楽祭カラーに染まっていたようだった。なぜなら今年は、その新たな拠点となる「しいきアルゲリッチハウス」がようやく竣工を迎えられたからである。オープンは5月15日で、音楽祭の一環として竣工式とこけら落としコンサートが行われた。こけら落としコンサートにはアルゲリッチ自身が出演し、若手の音楽家とともにシューマンのピアノ五重奏曲op.44を奏でた。

大分空港出発ロビーにも設置された広告
大分空港出発ロビーにも設置された広告

 この施設は、ビーコンプラザ北側の道を挟んだ場所に建てられた平屋の建物で、その中央に演奏用の空間「サロン」がある。サロンの平面形は一辺約13.5mの正方形に近く、その北側と西側に楽屋やピアノ庫、南側に事務室、東側にはエントランスから続くホワイエが配置されたシンプルなレイアウトだ。サロンは150人を収容できる小さな平土間の空間で、白い天井に大分県産の杉の無垢材をふんだんに使った壁がよく馴染み、小規模ながら圧迫感を感じさせない。施設はアルゲリッチ音楽祭を開催当初からサポートしている椎木正和氏の寄付によって建設されたもので、建築設計は東九州設計工務(株)+(株)水野宏建築事務所+(株)佐伯建設、施工は(株)佐伯建設が担当した。私たちは水野宏氏より依頼を受け、2013年の後半ごろからサロンの室内音響設計を中心に協力してきた。

外観
外観

 サロンは、聴衆が演奏者を取り囲むような配置、演奏者側と客席側を分けた配置など、催し物ごとに自由な雰囲気作りができる。アルゲリッチ音楽祭では、ホールでの演奏会だけでなく、子供達がピアノを取り囲むようにして音楽を聴くことのできる「ピノキオ・コンサート」という演奏会も行われており、このサロンはその会場としても使われる予定だ。音響設計ではその自由な配置に十分対応できるよう、サロン内のどこでも演奏しやすく、あらゆる場所で音がクリアに聴けるような空間を探求してきた。

 そこでまず課題となったのは、天井高である。音響的には、ピアノや小編成の弦楽アンサンブルに余裕のある響きを持たせるため、天井を高くとり室容積を大きくしたい。天井高が低い小さな室内では、ピアノのような大音量の楽器は近くにいると音が飽和したような印象を受けやすく、人が150人もいれば音は吸収され響きにくくなる。この敷地では景観上の理由から建物の高さは15m以下に抑える必要があり、また地面を掘って床面を地下まで下げて天井高を稼ぐのも厳しい状況にあった。そこで天井高は約10mを上限として、室のベストな形を探ることにした。様々な位置での演奏を想定し、サロンのあらゆる位置に対して適切な反射音が密に届くようにすること、「鳴き竜」のような特殊な響きが付かないよう床と天井や壁同士など、平行に向き合う面を作らないことを条件とし、水野氏と連絡を取りながら入念に室形状を決めていった。

 見た目ではそこまで高く感じないが、天井は高さが約9mで、風車状の照明部分の中心を約50cm下げた逆ピラミッド型。壁には床から5mの位置に出幅が約1mの水平な庇を設け、それよりも上と下で意匠を変えている。上部は上向きと下向きに若干傾けた面で構成し、建物の外観にもこの形が現れているのが見て取れる。下部は屏風状に折れた面としたが、対向面同士を平行にせず、折れ方も周期的にならないよう折れる位置や角度を一つ一つ僅かに変化させた。こういった微妙なずれは壁の施工方法も考慮する必要があり、形を確定できたのは工事が既に始まった昨年11月末のことであった。最終的に、唯一平行面が向き合っているのは床と庇だけになり、概ねキューブのような空間ではあるものの、とても複雑な形になっている。

サロン
サロン

 サロンは、外からの騒音の遮断や演奏音が外部に漏れるのを防ぐため鉄筋コンクリート造とした。天井と壁の上部は石膏ボードにリシン吹付け、下部は短冊状にした4種の厚さの杉板をランダムに並べたパネルを取り付けている。このパネルは、床から2mまでは板同士をホゾによる連結で隙間ができにくくし、その上は所々細い角材を用いて隙間を設け、部分的に吸音構造としている。

 サロン内の舞台、客席は自由に配置できるとはいえ、楽屋のある西側が演奏者側、ホワイエのある東側が客席側、というような設定にすることがほとんどだろうと施設の運営者から伺っていた。実際、固定設備としての拡声用スピーカやプロジェクタ用のスクリーンも楽屋側の壁に設置することになったため、その対面となるホワイエ側の壁には吸音構造を比較的多めに採用し、遅れた反射音が演者に返らないようにした。

 さて出来上がったサロンは、空室時の残響時間が1.7秒(500Hz)である。測定をしたのは客席椅子が納品される前だったが、一番響きの長いその状態で、どこにいても話し声は非常に鮮明に聞こえ、音がこもるような印象もなかった。ただ、椅子はサロン内で一番大きな吸音要素だ。設置後に響きの状況は全く変わるため、オープン前に是が非でもその確認をしておきたかった。通常ホールが竣工してから開館まで、最低でも2、3ヶ月は準備期間として見たいものだが、ここはなんとたった2週間。オープン当日の式典直前、スタッフがバタバタしている中でそれはようやく叶い、ピアノ5重奏のリハーサルを3、4分だけ聴くことができた。いろいろな席で聴いたりはできなかったが、その明瞭な響きにホッとすることができた。こけら落としコンサートを聴いた方によると、まるで自分も舞台上にいるかのような体験ができたそうだ。演奏者の息づかいが間近に感じられ、アンサンブルの駆け引きやそこから生じる緊張感など、大きなコンサートホールとは違う臨場感に溢れる演奏会だったと仰っていた。

 アルゲリッチ氏の友人で音楽祭の総合プロデューサーを勤める伊藤京子氏からは、アルゲリッチ氏もこのハウスをとても気に入ってくれていると伺った。初めてサロンで音を出した時には「ドライな響きだ」と言っていたが、その後弾き込んでいくうちに印象が変わったようで、楽しそうにしばらく一人で弾き続けていたそうだ。このお話を伺ったときは本当に嬉しかった。

 しいきアルゲリッチハウスは、サロン文化やパトロンの精神を次世代に受け継いでいくことも期待されている。今後様々な企画が考えられるだろうし、運用面でも新たな試みが生まれることを期待せずにはいられない。音楽と温泉に浸りたくなったら、別府へ足を運んでみてはいかがでしょう。(鈴木航輔記)