広島県三次市に「三次市民ホール きりり」 オープン
広島県三次市は「霧の町」として知られる。残念ながら我々が現場へ行った際に観る機会はなかった。聞くところによると9月から早春までの季節、市のほぼ中央部に位置する高谷山の展望台から眺める景色は、四方を山に囲まれた盆地に「霧の海」が広がり、それは幻想的な風景だそうである。観光財産ともなっている霧をホールの愛称に取り入れた「三次市民ホール きりり」は1006席のホール、150人前後収容可能なサロンホール、及びスタジオ群で構成された施設である。設計・監理は青木淳建築計画事務所、施工は鹿島建設・加藤組共同企業体である。
施設の特徴
敷地付近を流れる馬洗川が過去に幾度か氾濫をおこしていることから、有事の際の避難場所としても機能するような施設として計画され、諸室は全てGL+5mの高さに配置されている。
本施設では来館者がどの空間も多用途に利用できるよう、ホールを一周する回廊が巡っており、一般客が舞台裏にもアクセス可能となっている。そのため、催し物がない場合には楽屋を会議室のような一般の室としても使用することができるように計画されている。回廊の途中に設けた扉を閉めることで出演者やホールスタッフと観客の動線を分け、ホール利用時におけるセキュリティも確保されている。また、回廊が巡るホール棟とは別のスタジオ棟には8つのスタジオと小規模演奏会やレクチャー・展示会等に利用できるサロンホールが配置されている。市民ホールとしての核を「ホール」だけに集中させず、使いやすさや親しみやすさなど「日常」に配慮した施設構成となっている。
遮音計画
ホール棟とスタジオ棟は構造的なExp.Jにより分けられている。また、各スタジオとサロンホールは比較的近接して配置されているが、それらはすべて廊下により離隔させ、室同士が隣接することを避けている。このような配置計画とExp.Jの採用により、各室間の遮音性能を高めている。更に、ロックバンドや和太鼓といった低音域で大音量を発生する演奏等の利用を想定したスタジオ1については、防振ゴム浮床による防振遮音構造を採用し、室内アンサンブルや吹奏楽の練習等を想定したスタジオ2,4,6については、湿式浮床による防振遮音構造を採用した。これらの結果から、スタジオ棟の各室とホール間および遮音構造を採用したスタジオ棟の諸室相互間については遮音等級で全てD-85以上と、計画段階で想定した各室の同時使用が可能となる高い遮音性能が得られている。
ホールの室内音響計画
ホールは2層バルコニーを有するプロセニアム型の多目的ホールで、木を基調とした1階の壁面と赤い椅子が温かみのある雰囲気を演出している。
市民からの要望として、多目的に利用可能でありながらも、音楽演奏に適した響きのホールにして欲しいという声があった。室内音響計画上、適切な天井高の確保は、響きに関わる重要な検討項目である。しかし、前述のように防災計画上の観点からすべての室を2階に配置したことや、敷地周辺の日影環境などの条件により、確保できる天井の高さに限界があった。そのため、波形にデザインされた天井の各面については、なるべく広範囲に多くの反射音を届けるような角度を検討した。また、2,3階サイドバルコニー席のすぐ後ろに舞台側を向いた壁面を設けることで、この壁面とバルコニー席の天井を介する反射音が1階席に到達するように計画した。こういった室形状の検討により、聴感的にも充実した一体感のある響きが得られており、残響時間は反射板設置時の満席時で約1.7秒(500 Hzにおける推定値)であった。
サロンホールの室内音響計画
サロンホールは、平土間の直方体の室に2層のテクニカルギャラリーを設けた構成である。このサロンホールは、音楽発表会やリサイタルなどの音楽ホールとしての催し物から、リハーサル室としての使用や講演会、展示会まで幅広い用途に対応できることが求められた。インテリアの全体を黒く統一しトーンを落とした空間に映えるRC現しのテクニカルギャラリーは、照明の操作等の機能を充実させるためのスペースである。このテクニカルギャラリーの軒下と壁とを経由する反射音が、有効に聴衆に到達する効果を期待し、その高さや側壁との成す角度を検討した。またレクチャーや展示会の会場等多目的利用に対応するため、短手方向の壁の片面には吸音カーテンを設置しており、これを開閉することで響きをある程度調整できるように計画した。
聴感上、音楽ホールとして期待される空間に適した豊かな響きが得られているとともに、講演会などの言葉の明瞭性に対しても支障がないことを確認できた。残響時間は124脚の椅子に満席になるよう人が着席した状態で、カーテン収納時:約1.4秒、カーテン設置時:約1.3秒(500 Hzにおける推定値)である。
三次市に新たに誕生した施設を紹介した。日常的な市民のニーズに対応する動線計画、同時使用に対して十分な各室間の遮音性能の確保、ホールやサロンホールの響き等、使い勝手の良い施設が生まれたと実感している。市民に愛され、親しんで、賑わいの場となればプロジェクトにかかわったものとして本望である。(和田竜一記)
- 三次市民ホール きりり
http://www.kiriri.org/
みなとパーク芝浦 オープン
施設計画の概要
JR田町駅東口で建設が進められていた「みなとパーク芝浦」が、昨年12月22日にオープンした。本施設は、港区役所の支所のほか、港区スポーツセンターや男女平等参画センター(リーブラホール)、介護予防総合センター、消費者センター、地域のコミュニティー施設などからなる複合施設である。 区役所の支所に室内体育施設やリーブラホールなどの平土間になる空間を併設することで、災害時の機能も高められるという。設計はNTTファシリティーズ、施工は、鹿島・きんでん・東洋熱工業・須賀工業共同企業体である。
この「田町駅東口北地区計画」は、港区と東京ガスが都市再生機構を施行者とする土地区画整理事業として実施し、もともと東京ガスの研究所のあった敷地と、その周辺に建てられている港区役所の支所やスポーツセンターの敷地などを換地したうえ、一体的に再開発する計画である。その港区役所の支所や区立のスポーツセンターなどを集約した公共施設が「みなとパーク芝浦」であり、施設の海側には都市計画公園と医療施設「愛育病院」が整備された。さらに、続いて換地された区有だった敷地に、東京ガスと大手不動産会社により、2棟の超高層ビルや商業施設、ホテル等からなる複合ビジネス拠点を構築する計画「(仮称)TGMM芝浦プロジェクト」が進められている。すべての完成は、2019年度に予定されており、東京オリンピック開催に合わせた計画である。この計画が完成するとJR田町駅改札からこれらの施設へは歩行者デッキによりバリアフリーでアクセスでき、「みなとパーク芝浦」「愛育病院」やさらに新設される商業施設へも天候に関わらず行くことができる。施設全体に、買物や飲食も楽しめるモールが形成される予定だそうだ。
全体計画の見直し後の施設構成
計画当初は区役所の支所やスポーツセンターなどを配置した「アリーナ棟」と「サブアリーナ棟」のほか、約600席の劇場やコンサートホールなどを配す「文化芸術ホール棟」も加えた計3棟を建てる予定だった。しかし2011年4月に着工したものの、東日本大震災を受けて、港区は防災対策を優先するなど予算執行の優先順位を見直し、文化芸術ホール棟の整備中止を決めた。
この文化芸術ホールの計画では、機能の充実した劇場や中間階の練習ゾーン、最上階で天井高さを十分に確保できる音楽ホールなど、質の高い文化施設が生まれることを期待されていただけに残念な結果となった。港区では再計画が進められ、整備地としては現行の本敷地よりも、JR浜松町駅前世界貿易センタービルの建替え都市再生特別地区(浜松町二丁目4地区)の区有地の方がより優れているとして、新たな敷地に建設を進めるという。新たな施設には、600席の高機能ホールと練習場を兼ねる100人程度のホール、その他に練習場等を整備するとしている。全体の竣工は2024年とのことである。
遮音計画
みなとパーク芝浦は、全体構成として施設の1~2階の下層階に福祉関係や区役所諸事務室関係、集会施設などがあり、上階にスポーツ施設を集中させている。このため、上階からの発生音や床衝撃音が下階の諸室の運用に支障を与えない対策が必要とされた。基本構造として剛性の高い床スラブに加えて、事務室や会議集会スペースの直上に配置された飛び込みが想定されるプールなどの体育施設については、防振ゴムによる浮き床構造を採用した。1階にある平土間のリーブラホールには、上階からの音や床衝撃音を低減させるために防振遮音天井を設けている。
室内音響計画
1階にあるリーブラホールは、移動観覧席の設けられた平土間の多目的ホールである。このホールでは、車椅子を使う方々が多く参加されるイベントに配慮して、ホール利用の場合でも移動観覧席の後方4列だけを設置し、平土間の部分を広げる設定がなされている。車椅子の方々のグループによる演奏や合唱などにも使い易いホールにしてほしいという現場の声に配慮したものだ。簡単なことのようだが、これまでその採用は少ないらしい。リーブラホールの残響時間は移動観覧席設置時の満席で0.7秒/500Hz、4列設置状態で0.9秒程度になり、多目的なイベントに適した響きに設定されている。
アリーナやサブアリーナ、プールなどの大きい空間については、響きの目安として室内平均吸音率で20~30%が好ましいとされており、本施設においてもこの値を目標値として計画してきた。アリーナの室内平均吸音率の測定結果は27%、残響時間は2.1秒(500Hz)であり、大空間の体育施設として好ましい結果が得られている。
室内水泳プールについては、吸音効果を期待した膜天井を分散させて配置し、さらに壁の上部の一部を吸音仕上げとした。残響時間は約2秒/500Hzである。室内水泳プールの残響時間については日本水泳連盟から指針が示されており、国際基準プールでは3秒以下、一般プールは4秒以下とされている。残響時間は室容積に比例するので、一概に秒数だけでは響きの感じは表わせないが、ここでは大まかな目安とした。この基準を参考にすれば、本プールは十分響きが抑えられた好ましい音響条件が得られていると言える。
港区スポーツセンターには、上記の室空間に加えてバドミントンや卓球の専用アリーナ、柔剣道・弓道のための武道場、トレーニングマシンジムなど、一般に親しまれている室内スポーツのためのほとんどの専用空間が備えられている。冒頭に記したように今後も進められる芝浦プロジェクトにより、田町駅前は大きく様変わりし、住居、医療、福祉などの諸施設が集合する地域完結型の新たな都市の姿が現れるのであろう。(小野 朗記)
港区スポーツセンター:http://www.minatoku-sports.com/