ラジオ・フランス新コンサートホール(パリ)がオープン
昨秋11月14日、パリにラジオ・フランスの新しいコンサートホールがオープンした。9月〜11月の3ヶ月の間に4つの新しいホール(上海、カトヴィツェ、ルイ・ヴィトン、ラジオ・フランス)がオープンするというラッシュが続いたが、このラジオ・フランスの新ホールで一段落することになる。
ラジオ・フランスはパリに本部を置くフランスの公共ラジオ放送局で、傘下に2つのオーケストラを擁している。イギリスのBBCやドイツの放送局のように異なった地域に各々別のオーケストラを組織している例はあるが、ラジオ・フランスのように一つの放送局が2つの、しかも両方ともフルサイズの大オーケストラを運営している例は他にはない。例えば日本で、NHKがN響を2つ抱えるというのはちょっと想像しにくい。ラジオ・フランスの音楽関係分野に対する懐の深さを思わせる。
この2つのオーケストラというのは、フランス国立管弦楽団(国立管)とフランス放送フィルハーモニー管弦楽団(放送フィル)であり、組織もメンバーも全く別のオーケストラである。両オーケストラとも普段のリハーサルは、Studio 104というラジオ・フランス施設内の大型スタジオ(約300席の客席付き)で行い、コンサートは各々別のホール会場で行っていた(国立管の方はシャンゼリゼ劇場、放送フィルの方はサル・プレイエルを使用)。このStudio 104に隣接する形で新設されたのが今回オープンした新ホール(名称: Auditorium)であり、両オーケストラとも、そのリハーサルと定期公演の会場を新しいホールに移すことになっている。
コンサートホールのプロジェクトは当初1500席規模としてスタートしたが、設計の途中段階で、パイプオルガンを導入することが決定され、それに伴う客席減によって最終的な客席数は1460席となった。建築設計は地元パリの組織事務所のArchitecture-Studioが担当し、永田音響設計が新コンサートホールの室内音響設計を、そして地元パリの音響コンサルタントLamoureux Acoustiqueが遮音+騒音制御を各々担当した。
本コンサートホールの設計上の大きな課題は二つあった。ひとつは敷地面積が非常に限られていたことである。およそ40m四方 (40m x 40m) の敷地内に1500席を詰め込もうというのであるから、客席の構成は必然的に高さ方向に積み上げることになり、多段バルコニー形式にならざるを得ない。音響的に難しいバルコニー下の客席は増やしたくないので、できるだけ浅いバルコニーにする必要がある。そうするとバルコニーの数は増えていく。音響的に必要な室容積を確保することと、有効な初期反射音を効率的に得られるような室形状の検討が重要であり、コンピュータによるシミュレーション・スタディを中心にこれらの検討作業を行った。
もうひとつの課題はホール後壁などの壁面からの反射音の集中によるエコー障害である。あらゆる客席をできるだけステージ近くに配置したいという観点から、ステージの後方や側方にも客席を配置する、いわゆるアリーナ方式の客席配置を採用することは、建築デザイン側からの要望でもあり、限られたスペースに客席を効率的に配置した結果としてホール全体が円形に近くなり、音響的なエコー障害の解決が必要となった。
エコー障害は、コンピュータによるシミュレーション・スタディだけでは十分な検討はできない。多少コストは掛かるものの、1/10スケールの音響模型実験が現時点における最良の方法であり、本プロジェクトへの導入も不可欠であった。実際の音響模型実験においては多くのエコー障害が確認され、形状の変更や吸音材導入の検討を行った。実際に壁面に多用した形状は、円柱の一部を切り取った凸形状のもので、内側に大きな凹曲面の表面に付加することにより反射音の集中を避けるのに有効である。結果として、有害なエコーをすべて取り除くことができ、客席全体にわたって自然で均一な反射音分布を得ることができた。完成後に測定した残響時間は約2.0秒(500Hz、空席時において)、満席時における計算値は約1.8秒(500Hzにおいて)である(室容積:約14,500m3)。
工事完成後の初めてのリハーサルは、オープニング直前の1週間、2つのオーケストラによって交互に行われた。オーケストラの個々の楽器の音が明瞭に聞こえると同時に、ホール空間が豊かな響きによって満たされているのを実感できた。特に、ピアノ、ピアニシモの繊細な音がホール空間を漂うのを楽しむことができる。一方でフォルテシモ等の強奏部分では、音量過大の感があり、ステージへの距離が近いだけにそれが強調される。特にリハーサルの最初の頃はその傾向が強かった。オーケストラは強奏時には力んで演奏しているようであるが、音響的に敏感な響くホールにおいては、これらの力みは過剰に強調される。力を抜いてリラックスして演奏するには、慣れの時間が必要であり、時間が経つとともに力まずに演奏できるようになることは、これまでのいずれの新しいホールにおいても経験してきたことである。新しいホールのオープニング前には、十分なリハーサル時間が必要なのである。どのくらいの時間を用意しておくべきかは、必ずといっていい程聞かれる質問である。このくらいなら大丈夫という明確な基準があるわけではないが、最低でも2-3ヶ月はみておくことが望ましいとアドバイスしている。(豊田泰久記)
臺中國家歌劇院:National Taichung Theater 落成式
何度か本ニュースで紹介している台湾中部の都市、台中市で建設が進んでいる臺中國家歌劇院(設計:伊東豊雄建築設計事務所)で、2014年11月23日に落成式が行われた。当日は天気にも恵まれ、エントランス前庭において、関係者、また市民の見守る中、馬総統、台中市長らの祝辞、國立臺灣交響楽団の演奏に引き続いてテープカットが行われた。その後、大劇場において明華園戲劇總團による台湾オペラ「猫神」が記念公演として行われ、落成を祝った。
このプロジェクトは台中市のオペラハウスとして、「台中メトロポリタンオペラハウス」の名前で進められてきたが、国が2014年4月に始動した「國家表演藝術中心」プロジェクトにおける3つの施設(他の2つは、台北にある國家兩廳院、高雄に建設中の衛武營國家藝術文化中心)のひとつとして位置づけられ、名称も“臺中國家歌劇院”として国が運営することになった。今回の落成式は台中市が主催しており、国に運営が移る前のイベントであった。
昨夏の終わり頃から、現場の仮囲い、外壁足場が外れ、模型やCGで見てきたままの建物外観が現れると、足を止めて建築を見上げる人が増えてきていた。さらに落成式に先立つと月前ぐらいから、建物のライトアップや建物壁面へのプロジェクションマッピングのイベントなども行われ始めた。イベント時にはたくさんの市民でにぎわい、交通渋滞が発生することもあったそうだ。建物周囲にはいろいろなアート作品も配置され、建物を見ながら周囲を散策するのも楽しい。落成式から、しばらくいろいろなイベントも行われていたようであるが、台湾のお正月である春節過ぎからは国に運営が移り、劇場としての本格的な用意を進めていくようである。グランドオープンは今年の秋ごろが予定されている。(石渡智秋記)
書籍紹介:「古都のオーケストラ、世界へ」
著者の潮さんの本はこれで2冊目である。1冊目は、本ニュースの301号(2013年1月)でご紹介した「オーケストラは未来をつくる」(アルテスパブリッシング、2012)という本で、指揮者マイケル・ティルソン=トーマスと彼が音楽監督を勤めるサンフランシスコ交響楽団のチャレンジを紹介したもので、様々な苦戦が続くオーケストラ活動における一つの成功例として、綿密な取材を基に我々の面前に解き明かして見せてくれた。本ニュースでご紹介した際には、これを是非、日本のオーケストラの関係者に読んで欲しい、そして、オーケストラ運営の参考にして欲しいと願った。しかしながら、その後日本のオーケストラの関係者から聞かれた声は「これはアメリカのオーケストラだからこそ可能なことで、そのバックグラウンドや環境が全く違う日本のオーケストラでは、こう上手くは行きません。」という声であった。著者の潮さんのところに届いたメッセージも同様のものが多かったという。ならば、日本のオーケストラを取り上げようということで、著者が送る「オーケストラへの提言」シリーズ第2弾である。
これを読むと、岩城さんという不世出の指揮者は、本当にオーケストラというもの、そしてオーケストラの周りの風景が「見えていた」人だったのだとつくづく感じる。個人的にも岩城さんを存じ上げている部分もあるので、岩城さんがらみのくだりでは涙が止まらなかった。 「すみません。まだ本は読んでないのですが・・・・ぜひ読みますが・・・・こんどアンサンブル金沢の取材をしていただけないでしょうか?」著者が受け取ったこの井上道義さんからの最初のメールは、いかにも「井上道義」さんらしい。
終章で著者が示した日本のオーケストラについての分析からは、多くの示唆が読み取れる。今度は日本の他のオーケストラの人達はこの本をどう読むだろうか。(豊田泰久記)
岡田新一先生を送る会
建築家 岡田新一先生が昨年10月27日にお亡くなり、「送る会」が12月12日、ホテルオークラ東京で建築関係者をはじめ多くの方が参列して行われ、遺影に献花し、先生を偲んだ。昨年の春で400件の設計実績が、とのことでしたが、弊社と岡田新一先生とのご縁は永田穂の音響コンサルティング事務所設立のころまで遡る。最高裁判所大法廷の音響設計に始まり、その後、警視庁本部庁舎、そして、多くの文化施設のホールを、至近では東北大学星陵オーディトリアムをお手伝いさせて頂いた。岡山のオリエント美術館には、機能の集積された美術館とホール棟が、ホールは音楽にも対応できるよう形作られている。創造活動の場として、小規模な多目的ホールと練習室群からなる先進的でもある新潟市音楽文化会館では、ホールの内部空間を広場と位置付けられ、慣習的なデザイン越えた建築が斬新であった。また、ヨーロッパの古い町のたたずまいをイメージしたといわれる福島市音楽堂、パイプオルガンを備えた本格的な音楽専用ホールは、豊かな響きとともに美しいタイルが印象的で、指揮者 岩城宏之氏もその響きを絶賛したという。都市型文化複合施設といえる中野区もみじ山区民ホール。上野の杜の音楽教育・研究の場である東京藝術大学 奏楽堂、ここでは過去の建築様式にとらわれず音がのびやかに息づくような音楽を奏でる空間を追求し、また、多様な音楽ジャンルに対応すべく天井可変を導入している。オフィスビルに融合し、豊かさを育むトッパンホール等々、まだまだある。いずれも建築と音響の調和が厳しく問われ、チャレンジ多きプロジェクトであったことが思い起こされる。(池田 覺記)