ルイ・ヴィトン財団美術館(パリ)がオープン
去る10月27日、パリにおいて新しい美術館がオープンした。ルイ・ヴィトン財団美術館(Fondation Louis Vuitton)である。パリ市内の西方、ブローニュの森の一角に完成した新美術館は、ルイ・ヴィトンがそのメセナ、文化活動のために設立したルイ・ヴィトン財団(2006年)の拠点として建設したもので、現代美術の展示を中心とした今後の文化活動が予定されている。建築設計はフランク・ゲーリー(Frank Gehry)が担当した。数多くのゲーリーの作品の中でも、ビルバオのグッゲンハイム美術館(1997年)や、ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホール(2003年)に続く大型の文化施設である。ヨットの帆をイメージさせるガラスの曲面パネルを組み合わせたユニークで大胆な、いかにもフランク・ゲーリーといったデザインで、その外観はパリの新しいシンボル足りうる十分なインパクトを放っている。(Photo-1)
総建築面積約11,700uの建物内には11の大小展示スペースが設けられている他、コンサート等のパフォーミングアーツのための350席規模(客席数可変)のオーディトリウムが併設された。永田音響設計は、このオーディトリウムの音響設計を担当した。オーディトリウムのメインフロアーは可動式になっており、各客席列毎に床レベルと客席の有無(客席床を反転させることにより、固定客席と客席無しのフラット床を選定可能)を自由に設定できる。これらの機構により、段床の傾斜角度も自由に変更可能であり、最も急傾斜の設定にした場合、正面に設置されたバルコニー席と繋がるようになっている。また、メインフロアにおいては、ステージの大きさ、場所、客席のレイアウトがかなり自由に設定でき、多目的使用に対してフレキシブルに対応できるようになっている(Figure-1〜Figure-6 参照)。
オーディトリウムの音響設計は、広範囲なプログラムが想定されたことから、できるだけ幅広く多目的使用に対して対応可能なように、カーテンの開閉等による残響可変機構を導入した。(Photo-2〜Photo-3 参照) 一方でクラシック音楽等、電気音響設備を使用しない、いわゆる生音に対しても高いレベルの音響性能が求められ、室形状の検討、内装材料配置の検討にも十分な配慮を行った。特に内装材の配置設計は、建物全体の建築デザインのコンセプトから、内装壁面の多くにガラスを多用することが求められ、音響面の調整が大きな課題となった。一般的に、ガラス面からの反射音は高音域成分を多く含む極めてシャープな特性となるため、それらの強い反射音が客席に直接届くことは避けなければならない。そのため、強い反射音をもたらす平面のガラス面は側壁の上部のみに限定して、ガラス面からの反射音は、一旦天井等の他の部所に反射した後に客席に届くようにした。また、反射音が直接客席に届く側壁下部分については、凸形状の曲面を組み合わせることによってガラス面からの反射音ができるだけ拡散されるように検討を行った。これらの個々の反射音に対する音響的な工夫は、残響時間等の定量的な音響の数値には直接結果としては現れないが、上質なクオリティの残響成分を得るためには重要である。残響時間の測定結果は、残響カーテンを格納した最もライブな条件(クラシックコンサート想定時)において約1.2秒(500Hz、空席時)、残響カーテンを設置した最もデッドな条件(ポップス等、電気音響設備使用想定時)において約0.7秒(500Hz、空席時)であった。
建設工事が進むにつれて、ホール運用サイドからはオープン後のクラシックコンサート重視の運用方針が伝えられ、多目的ホールとしても高い室内音響性能が期待された。事実、工事完了段階の最初の音響テストは、クラシック関係の様々な楽器奏者を集めて行われた。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、弦楽四重奏、クラリネット、ソプラノ、等々の各楽器、アンサンブルである。各奏者からの反応は総じて好評であった。残響時間の数値そのものは、多目的ホールという性格からクラシック関係の演目に対してはやや短めな設定となっている。音響リハーサルにおいてはいずれの演奏者からも、残響時間に関するコメントは特に無く、残響のクオリティに対するポジティブな評価が目立って多く聞かれた。ガラス面からの反射音についての処理に工夫を凝らしたことが良い結果に繋がったと考えている。美術館のオープンの翌日(10/28)にオーディトリアムのオープニング・コンサートが行われ、ラン・ランのピアノソロが満場の客席を喜ばせた。(豊田泰久記)
神奈川県立音楽堂 − 60周年を祝う
11月初旬、神奈川県立音楽堂の開館60周年を祝う”還暦記念週間”が開催された。コンサートは“音楽堂で聴く聲明” に始まり、“大野和士のオペラ・レクチャーコンサート” 、”合唱の殿堂県立音楽堂”、 ”60周年記念オーケストラ・コンサート”と続いた。そして”音楽堂建築見学会特別編“と題した講演会と鼎談とピアノコンサートという名建築としての音楽堂ならではの会も企画された。この特別篇にはスペシャルゲストとして音楽堂の音響設計を担当された石井聖光東大名誉教授が登壇され、音楽堂の音響設計のお話を伺うことができた。ステージ天井は、板振動による低音吸収を少なくするために厚さ”一寸三分“の木製です、というお話が強く記憶に残っている。
本ニュース読者の方々には釈迦に説法ではあるが、県立音楽堂は後に京都会館や東京文化会館を設計した前川國男氏の音楽ホールの第一作目である。当時建築設計の第一線で活躍していた坂倉順三氏や丹下健三氏ら建築家5名による設計コンペで選ばれた。そして、前川氏は当時東大の大学院生であった石井先生を音響設計担当に指名した。前川氏と石井先生は、内山岩太郎県知事の音楽堂建設構想に協力していた音楽評論家・野村光一氏の指示で、オープン間もないロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホール(RFH)を視察に訪れている。RFHの2900席に対して音楽堂は1331席と客席数はずいぶん違うが、ステージと客席の連続性、客席の2列目から始まる段床、急傾斜で客席に向くステージ天井注)、客席の波型天井はRFHによく似ている。また、音楽堂の仕上げには近年のホールに見られない特徴もある。客席後壁の上部が客席側に大きく傾斜しており、客席側壁の一部に孔あき加工が施されていることである。いずれも施工途中で実施した音響テストを経て決められ、音響テストは5回に及び、テストとその結果に基づく設計変更の費用は計上されていたとのことであった。
音楽堂は“木のホール”として知られている。響きの長さは短めであるが、明瞭で柔らかい響きである。これからも長くその響きを伝えて欲しい。(小口恵司記)
神奈川県立音楽堂: http://www.kanagawa-ongakudo.com/
注)2007年の改修でステージ天井は下向き曲面に改修された参考資料:石井聖光:音響学会誌Vol.11(2)、松隈洋:神奈川芸術プレスvol.111(2013.4&5)
50周年を迎えた国際放送機器展(Inter BEE 2014)
幕張メッセで2014年11月19日(水)から21日(金)まで開催された国際放送機器展について報告する。この国内最大規模の放送関連機器の展示会は今回50周年の節目を迎えた。主催は日本の電子工業界を統括する一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)、後援は総務省、日本放送協会(NHK)、一般社団法人 日本民間放送連盟(JBA)、一般社団法人 電波産業会(ARIB)となっている。
国際放送機器展は、約60×110mの展示ホールを6室使用する機器展示会を中心に、隣接する国際会議場棟の各室においても一般社団法人 日本エレクトロニクスショー協会(JESA)の企画により放送関連の技術的なフォーラムやセッション、シンポジウム、セミナーなども開催された。展示ホールは、映像・放送関連機材、プロオーディオ、プロライティング、ICT/クロスメディア(ソフトウェアやコンテンツ系)の4部門にエリアが分かれている。幅が40mぐらいになる大型の展示ブースから2m角の小型ブースまで約460ブースが出展登録されていた。プロオーディオ部門は、20年ほど前には3ホールぐらい占拠していたが、今では90ブース弱と数が多いわりに中小ブースが中心で、残念なことに1ホールに満たない広さになってしまっている。
プロオーディオ部門におけるトピックスは、国内2社から同時に主力の新デジタルミキサーが発表されたことである。ヤマハ株式会社からは、2001年に発売されたPM1Dというフラッグシップ機を刷新したRIVAGE PM10が、ローランド株式会社からはM-5000「OHRCA」という新製品が発表された。両者の特徴は、サンプリングレート96kHzで動作することに加えて、TWINLANe(Yamaha)、Dante、MADI、REAC(Roland)などのマルチチャンネル伝送路を主体とする音声ネットワーク環境を現場の状況に合わせて大小規模のシステムをフレキシブルに構築できることである。また、オペレータの負担を軽減しようとする操作性についての配慮もみられた。音声ネットワークは、長所短所それぞれに特徴があるため、用途に応じて組み合わせて使用できるのは良いことだ。この2機種は今後、世界各地の運用テストを経てブラッシュアップされて現場に投入されるであろうが、その時が楽しみである。
50周年記念のイベントもあった。展示ホールの隣にある直径約90mのアリーナ、幕張メッセイベントホールにおいて第1部:ラインアレイスピーカ体験デモ、第2部:アニバーサリー・ライブパーティーが開催された。ラインアレイスピーカを本来の設置方法である吊り下げた状態で比較試聴するのは、国内展示会で初めての試みである。対象とするスピーカは3Wayで低音域ユニットが10インチ以上の中型6機種、2Wayで低音域ユニットが8インチ以下の小型3機種であった。いずれも、床置きのサブウーハを伴うため3〜4Way構成となっている。各メーカ30分の時間配分の中、スピーカの説明、スピーチや音楽CDの再生に加えて、生バンドの演奏も試聴できた。天井高30mになる大空間で試聴したスピーカの拡声音は、劇場・ホールにおけるそれとは違った、開放感のある音であった。(稲生 眞記)