弘前市民会館 50歳 ますます元気に再始動!
昨年の本ニュース303号(2013年3月)でご報告していた築50年を前に進められた大規模改修工事が終わり、弘前市民会館がリニューアルオープンした。お正月明けの2014年1月5日、雪景色の弘前城址公園を通って市民や工事関係者が集い行われた式典では緞帳披露や改修で新しくなった音響反射板を使用しての記念演奏が行われた。改修の設計監理は新築時と同じ前川國男建築設計事務所、建築施工は地元の堀江組他JVが担当し、永田音響設計は設計監理に協力する形で参画した。
改修工事の目的
今回の大規模改修は、市が平成22年に策定した「弘前市歴史的風致維持向上計画」で提言された、歴史的建造物として市民会館を残して行くための管理に関わるものである。建物の経年変化に対する補修・補強とともに、客席椅子の改修や楽屋の増設などの利用者ニーズへの対応、また省エネ対応や舞台設備の更新など時流に対する適応、さらに前川建築のオリジナル性の復元などが改修工事の目的とされた。
改修と音響
ホールの室内音響については、基本的には慣れ親しみ定評のある響きを維持する事が求められた。新築時の音響設計は石井聖光東京大学名誉教授によるものである。合板で仕上げられた特徴のある側壁は今回の工事で手をつけていないが、客席天井の貼直し、客席椅子の取り替え(幅や背角度の変更)、音響反射板の電動化とコンサート演奏用の床面積を増やすための反射板の奥行き調整など、音響に関わる内容の工事も行われた。反射板の形状については奥行きが変更されたため、音響シミュレーションによる検討を行い新形状としたが、その他の部分の室形状は基本的に音響・意匠とも手をくわえない方針で進め、天井形状ももとどおりとした。仕様の変更により吸音特性が変化する事が予想された客席椅子は、吸音特性を確認するために新旧の椅子について音響測定を行い、その差は天井と壁の取り合い部に貼られていたグラスウールの撤去などにより調整した。
また、市民会館の管理棟に配置されている大会議室は演奏前のリハーサル会場としてよく使用されるため、ロビーや上階の会議室などに対しての遮音性能の向上が求められた。ロビーに面する乾式間仕切り壁や入口扉の遮音仕様を見直し、また内装仕上げ撤去後、基本的な遮音構造であるコンクリート躯体の外壁やスラブの補修、使われず残っていた埋設配管の隙間ふさぎなども行い遮音性能を改善した。
その他、楽屋・多目的室の増設、トランスの更新および台数の追加、エレベータの導入など、城址公園内建築のため増築が許されず、限られた既存建物内スペースのなかで各種変更が行われた。構造上の限界、スペース等の理由により、運用上の対処が必要なところもあるが、トランス振動を原因とする固体音の防止のための床スラブの増打や機器の防振、遮音補強のための防音建具の追加など、ホールの運用に支障をきたさないように、改修・更新内容とその対象箇所に応じて音響的な配慮を行った。
再始動
竣工時と同じく京都西陣で同じ織り方で復元された緞帳、開館から使われドイツの工場でオーバーホールしたスタインウェイピアノ、そしてホール技術者の方達もホールの再始動に戻ってきた。式典では響きをテーマとした地元出身の音楽家による記念演奏会も行われ、ホールの音響は好評に再び迎えられたようである。市民会館では式典後も広く市民と再始動の喜びを分かち合うイベントが続いた。現代に新築したホールと単純に比較すれば不便なところがないわけでもなく、一概に改修保存が望ましいとは思わないが、弘前市民会館には市民会館を市民の誇りとして受け継いで行こうとする人達がいて、温かく建築を見守っていると感じた。(石渡智秋記)
台中メトロポリタンオペラハウス、上棟式を迎える
これまで本ニュース268号(2010年4月)、297号(2012年9月)でもお伝えしてきた台中メトロポリタンオペラハウス(設計:伊東豊雄建築設計事務所)は、着工から約4年が経過し、今年の1月16日に上棟式を迎えた。現場の進捗状況と上棟式の様子をあわせて報告したい。
現場の状況
1月の段階では、建物(地下2階、地上6階)の6階レベルの躯体工事が行われていた。周囲を足場で囲われ、まだ外観全体を見ることはできないが、最上階には空に向かって延びる3次元曲面の構造躯体(通称:カテノイド)が現れてきており、まもなく全体の骨格が完成しようとしている。この建物の主構造であるカテノイドの施工は、配筋の製作・現場組立からコンクリートの打設まで大変手間のかかる作業なのだが、工事が進むにつれて職人さんも慣れてきたのか、工事初期と比べると施工スピードも仕上がりも向上してきているとのことである。
施設内部はというと、2,000席のグランドシアター、800席のプレイハウス、いずれもまだ天井は塞がっていないものの、カテノイド等の躯体で囲まれた空間はほぼ出来上がりつつある。なかでもプレイハウスは、内部の足場が一時的に解体されていて、カテノイドによるダイナミックな空間を見ることができる。内装仕上げや客席椅子が施工されれば印象はまた大きく変わるが、粗い表面のカテノイド素地と、それに光を落とす存在感のある大きな開口部は、天井が塞がる前の今しか見られない光景である。
上棟式
台中に滞在した数日間は日中でも肌寒く感じるほどであったが、上棟式当日は快晴、気温も20℃を超え、上棟式日和となった。台中市長の胡志強氏、伊東豊雄氏をはじめ、多くの工事関係者やメディアが集まった式典では、式辞や祈祷の後、出席者のサインが所狭しと書かれた金色の鉄骨梁が爆竹とともに空へと引き上げられ、晴れて上棟を迎えた。
建物の大部分を占めるカテノイドが出来上がれば、完成に向けて現場が進むスピードは速い。今回、劇場系統の空調設備や地下階の防振遮音工事に関する打合せも行ってきたが、現場では地下階の設備配管の防振吊りが施工されてきている。音響に関する工事監理もこれからが山場である。(服部暢彦記)
拡散と散乱
2009年頃からか、Twitterの流行に伴って「拡散させる」という言葉を使う人が増えてきたように感じる。もともと熱などが自然と広まっていく様を「拡散する」と自動詞で表現していたが、最近は音も含め様々な分野で「拡散させる」という他動詞も使われているようだ。音は、特定の方向から来たものや特定の高さだけが強かったり弱かったりすると、エコーやカラレーションなどの障害になる。それは音を「散乱させる」ことで解消することが多いのだが、これを「拡散させる」と言う人もいるし、私達もしばしば混同して使っている。本ニュースにおいても「拡散」という言葉を何気なく使っていることが多く、また何度も触れている音響のトピックでもあるが(「コンサートホールの内装材料と拡散」136号、「拡散と音響効果-1,2,3-」258号、259号、264号、「音場の拡散性と音のハリネズミ」313号、など)、「拡散」と「散乱」という言葉について、あらためて考えてみたい。
音の「拡散」
1世紀程前に、W.C.Sabineが建物内の響きの長さを数学的に扱うために”Diffuse Sound Field”、「拡散音場」という理想空間を仮定した。その定義は、過渡状態と定常状態のどちらの場合においても「室内のあらゆる点において音響エネルギーが一様であること、そしてその全ての点に対し音波はあらゆる方向から等しい確率で入射する」というもので、それに基づいてまとめられた理論体系は、統計音響理論と呼ばれる。そして音の「拡散」という言葉は “Diffuse”を訳したものであり、音場の特殊な状態を指す。
その後、理論検証のために各国で拡散音場の構築が試みられたが、音の波動性を無視した理想空間の実現はやはり不可能であった。しかし、音場がどの程度拡散音場に近いか、という「拡散性」は、空間の規模、形状、表面仕上げ、音源などにより決まるようだと推測され、可能な限り拡散音場に近づくように「残響室」が作られた。その中では、理想の音場に近づけようと物体を壁面付近に設置してみたり、空中に吊るしてみたり、回転翼のような可動式のものを設置してみたりもしている。追加された物体は、その役割から「拡散体」と呼ばれているが、実質的には音波を「散乱させる」。
音の「散乱」
では「散乱」とは何か。散乱とは、音が反射したりすることによってその波面が乱れることを指す。波面が乱れると、反射音の時間間隔や進行方向が分散されるので、強さも少し抑えられ、偏った特性の反射音が生じにくくなる。そしてどのくらい散乱させることができるかは、その音の波長と散乱させようとする物体の寸法や形状に関係する。ホールの内装材に大小様々な装飾が施されていることが多いのは、あらゆる周波数の音を適度に散乱させるためである。
「散乱」の評価方法は2つもISO規格があり、”Scattering Coefficient”と、”Diffusion Coefficient”という指標で表される。そのため、散乱させる物体の特性は数値で示すことができる。しかし後者は “diffusion”という言葉が付くため、音場の状態を表しているのか?と誤解を招きやすい。さらに日本語では「拡散係数」や「指向拡散度」などと訳が統一されておらず、よけいに厄介だ。できれば、論文などには訳さず記載していただけると嬉しい。
「拡散」と「散乱」の関係
音が散乱することにより、その音場の拡散性がどのような影響を受けるか数値化できたら良いと思う。実際、音を散乱する物体があると、それが無い場合より拡散性が高くなることも示唆されている。ところが、世界中の研究者が拡散性について何をどう測り、どう評価するかということを提案し続けてはいるものの、十分な手法が確立されない。そのため「拡散」と「散乱」の関係を具体的に示すことも未解決のままだ。
以上のように、「拡散」は音場の状態を表し、「散乱」は音波の状態を表す。ホールを「拡散が良い」、「良く拡散した」などと評する人もあるが、もっと適切な表現がないものかと思う。また「拡散壁」、「拡散性壁面」という言葉も使われているが、これは音波の反射指向特性が入射角によらず全方向に一様な、特別な面に対してのみ使うべきだと考える。私は音波を散乱させるような面について「凹凸のある面」、「ざらざらした面」、などと言うように心掛けていて、「拡散体」の形状に着目した「拡散形状」という言葉も、使わないようにしている。
コンサートホールは「拡散音場」を理想とした時期もあるようだが、それに近づきすぎると音像がぼやけるので、拡散性があまりに高いのは好ましくないと思う。またあまりに低いのも野外コンサートに近い印象になってしまうだろう。残響時間のように、拡散性にも催物や空間の規模によって最適な状態があるのではないだろうか。そしてこの最適な状態には、おそらく拡散性がどのように遷移するのかといったことも含まれる。様々な聴感印象と物理現象を結びつけて理解し、経験を理論で裏付けられたものにしていきたいと思っている。(鈴木航輔記)