No.308

News 13-08(通巻308号)

News

2013年08月25日発行
改修前の天井裏

ザ・ハーモニーホール(松本市音楽文化ホール)のリニューアル

松本市には、音楽教育プログラムで有名なスズキ・メソードが本部を置き、また毎夏サイトウ・キネン・フェスティバル松本が開催されるなど、クラシック音楽が深く根付いている。同ホールは松本地域における音楽芸術文化活動の拠点として1985年に誕生した。2年後には40ストップのパイプオルガンが設置され、専属オルガニストやホール職員と市民の方々との熱心な運営の姿勢など、“公共ホールらしからぬ雰囲気のホール”として本ニュース1号に紹介した。この雰囲気は今でも変わらない。

2011.3.11の東北地方太平洋沖地震から2ヶ月半経過した6月30日、余震の1つとされる長野県中部を震源とする地震が発生して、松本市内でも震度5強の揺れを観測し、人的も含めて様々な被害を受けた。松本市音楽文化ホール・メインホールの天井もダメージを受け、改修のため利用中止を余儀なくされた。ホール内からは幅の狭い亀裂が見受けられる程度であったが、天井裏では天井を吊っている金属材料の破断が見つかり、崩壊の危険性も想定されたことから全面張り替え工事を行うこととなった。合わせて、客席椅子や舞台音響設備の全面更新、客席床張り替えやステージまわり改修・美装なども行われた。

さて、体育館やホールのような大規模空間では、屋根・構造材から垂直に下ろされた吊りボルトと呼ばれる金属材料で天井全体を吊る“つり天井”工法が一般的である。そして、空調・照明などの設備を収容し断熱・遮音・吸音などの機能を持たせるために、屋根と天井の間はある程度離れている、すなわち天井は人の背丈以上の長さの吊りボルトで吊られているのが普通である。今回のような規模の大きな地震の際には、天井がいわば“ブランコ”のように振れて吊りボルトを含む天井支持材に普段かからない力が加わり、最悪の場合破損が起きる。この揺れ幅をできるだけ小さくし、最大振れても壁に、あるいは互いに衝突しない“スキマ”を設けるのがこうしたつり天井の耐震強化策の1つである。一方で、高く評価されている音響は変えないこと、が今回の改修の命題の一つであった。耐震性と音響の両立を目指した改修天井の概要は以下の通りである。

改修前の天井裏
改修前の天井裏
改修後の耐震天井下地
改修後の耐震天井下地
  • 音響的に重要な天井材は変更しない(繊維混入石膏板12mm厚×2枚貼)
  • 天井に近い位置に新たな鉄骨構造材を設置し、短い吊りボルトで天井を吊る
  • 45°傾斜屋根に沿った構造材からの吊りや折板天井など、複雑な状況に適した支持部材を開発し適用する
  • 衝突防止のために設ける“スキマ”は天井と壁の取り合い部に限定し、折板天井の入隅・出隅は強固に固定する
  • 天井と壁との“スキマ”は遮音シート(厚さ2mm)で塞ぐ

今回の改修では幅の広い客席椅子への全数交換も行われた。その結果客席数は756から693に減っている。ホール内の固定吸音の量で見ると、客席数減は吸音量減、耐震のためのスキマは吸音量増、の要素である。“音響は変えない”という命題に対して、椅子の吸音性能試験やスキマの影響の検討を経て、改修前に設けていた一部天井の孔あき板を他と同じボード2枚貼仕上げに変更し、最終的には残響時間に関して改修前とほぼ同じ特性が得られている。椅子の背の木部が増えたこともあり、改修前に比べて音の明瞭性が上がったとのポジティプなコメントも届いている。以前にも増して親しまれるホールであり続けることを期待してやまない。
(小口恵司記)

ホール 内観
ホール 内観

松本市音楽文化ホール: http://www.harmonyhall.jp/

住宅の中のピアノ室 – サロンコンサートも可能なピアノ室

今年の1月、静岡の住宅に完成したピアノ室をここでご紹介したい。鉄筋コンクリート造3階建ての2階以上は住宅で、その1階に床面積 約27m²のピアノ室が作られた。ピアノ室では練習だけではなく、友人を招いての小さなコンサートもできるように、1階には専用の玄関の他に、キッチン、トイレなども設けられている。建築設計は杉浦英一建築設計事務所、施工は静岡市に本社をおく五光建設である。オーナーはスタインウェイB型のピアノをお持ちで、そのピアノがきちんとした音で響く部屋を希望されていたことから、杉浦さんからの協力依頼によって私どもがお手伝いをすることになった。音響の検討項目としては、上階の住居部分や近隣の住宅へのピアノ演奏音の伝搬防止、前面道路からの交通騒音の低減、空調騒音の低減、そして、ピアノに重点をおいた響きの設計であった。

上階への遮音に関しては、当初、固体伝搬音の防止を意図してピアノ室を浮き床とすることを考えたが、ピアノ室が1階であることからスラブ厚を厚くすることで対応した。外部への騒音伝搬は主として換気ダクトからの音漏れが原因であることが多いため、室内側の空調騒音低減の他に外部への騒音伝搬防止も考慮して、空調機とピアノ室内の制気口および外部の給気・排気口との間に消音エルボを設置した。また、道路交通騒音の低減に対しては、開口部の窓をガラス厚の異なるペアガラスと単板ガラスの2重サッシとした。竣工後、聴感上ではピアノ音は上階でも屋外でも聞こえず、空調騒音はとても静かで、道路交通騒音は低音がたまに聞こえる程度であった。

ピアノ室 内観
ピアノ室 内観
ピアノ室 外壁側
ピアノ室 外壁側

小さめの室でピアノを練習する時、響きが長いと音が飽和してしまい細かな部分を聞き取ることができず練習にならない。逆に響きが短くても練習しにくいことを、多くの方から聞く。今回のピアノ室の基本形状は約4.5m×6mの平面形、天井高さは約3mの矩形で、室容積は約80m³程度とそれほど大きくない。ピアノの大音量が飽和しないように、またフラッターエコーや低音のこもりなどを防止するために、壁を平面的にも断面的にも傾斜させ、さらに反射音の散乱を意図して、45mm~105mmの4種類の奥行きの異なる45mm幅のリブを壁にランダムに配置した。そして、吸音材は天井や壁のごく一部に設置する程度とした。

竣工後、オーナーご自身での演奏の他に、お知り合いの東京芸大在学の学生さんにも試奏していただいた。オーナーには演奏者としても聴衆の立場でもとても満足していただけた。また学生さんからは、見た目の印象とは違い、ほどよく響いて音が室に満ちる感じで良かったということや室内楽などにも使用したいという意見を伺った。私自身もリストのような大曲も音がそれほど飽和せず、視覚的な大きさ以上に音の拡がりが感じられた。

ピアノは寸法が大きいうえに音域も広い楽器である。ピアノの壁からの距離や向きによって響きがガラリと変わる。それほど大きくない室ではとくにそうである。竣工後の調律の際にも音を聞きながら置き場所をいろいろと変えてみたが、つい先日、ピアノとフルートの練習を聴かせていただいた時にも、ピアノの向きを少し変えてみた。ピアノの大屋根側からの反射音が効果的に室内に行き渡るように設置すると、明瞭さに響きが加わり、空間の大きさが感じられるようになった。

傾斜させた側壁
傾斜させた側壁
側壁のランダムリブ
側壁のランダムリブ

オーナーは、単にご自身の練習室としての利用だけではなく、今後はコンサートなども行いたいとおっしゃっている。大きなホールの音響設計とは趣が異なり、楽しみながら取り組めたプロジェクトで、私としては大きな収穫だった。(福地智子記)

セガン島(Île Seguin)「シテ・ミュージカル」 コンペ

パリ近郊(市南西部に隣接)のセーヌ川に浮かぶセガン島の「シテ・ミュージカル」の事業コンペにおいて、日本人建築家の坂 茂氏のチームが当選し、今後の設計、施工からオープン後の運営まで含めた一連のプロジェクトが動き始めることになった。

セガン島はかつて島全体がルノーの自動車工場であったが、1992年に工場は全面的に移転された。その後の跡地利用について、建築家のジャン・ヌーヴェル氏をコンサルタントとした再開発計画が検討され、2010年6月に島全体をコンサートホールを含む「シテ・ミュージカル」(音楽都市)としたマスタープランが発表された。その後の具体的な開発計画は民間投資公共事業(PFI)として委ねられ、事業コンペとして建築設計案を含む事業案が3グループの間で競われた。永田音響設計は、坂 茂氏が率いるShigeru Ban Architects Europe + Jean de Gastines Architectとともに、仏大手ゼネコンのBouygues Batiment IDF 社のグループにデザイン・チームとして参画し、最終的にコンペ当選案として選ばれた。

「シテ・ミュージカル」は、多目的ホール(4,500~6,000席)、クラシック音楽ホール(1,150席)、リハーサル室、オペラ座付属音楽教育施設、レストラン・ショップ、オーケストラ関係者住宅、等々によって構成される。設計延床面積は約36,500m²、工事予算は約1.77億ユーロ(約230億円)で、2014年3月の着工、2016年6月の完成、同年10月のオープニングが予定されている。(豊田泰久記)

セガン島「シテ・ミュージカル」外観全景
セガン島「シテ・ミュージカル」外観全景
多目的ホールの内観
多目的ホールの内観
コンサートホールの内観
コンサートホールの内観

(写真: Shigeru Ban Architects Europe + Jean de Gastines Architectes 提供)