No.307

News 13-07(通巻307号)

News

2013年07月25日発行

マン・オーディトリアムの音響改修、オープニング(イスラエル)

世界の名門オーケストラ、イスラエル・フィルハーモニックの本拠地であるテル・アビブのマン・オーディトリアムの音響改修工事が完了し、去る5月25日に再オープンした。マン・オーディトリアムの音響改修計画はかなり以前から進められてきていたが、2003年にテル・アビブの街並みがユネスコの世界遺産に登録されて以来、マン・オーディトリアムの建築の保存も検討の対象となり、少なくともその外観・内観の変更は原則不可能となった。建物外部はもとよりホール内部の建築意匠についても基本的に変えることなく、音響的な変更のみにより音響改修を実現することが本プロジェクトの大きな課題となったのである。我々のところにプロジェクトの依頼があったのは2007年10月のことである。その後の音響改修計画については、2009年4月の本ニュース(通巻256号)においてレポートしているのでそれを参照されたい。

実施した音響改修の主要なポイントを取りまとめると以下のとおりである(図-1参照)。

  1. 既存の内装天井(金属パネル)は音響的に透過なエキスパンドメタルとして、その上部に新たに音響用の天井を設けた(断面図参照)。その結果、10m前後であったステージ部分の天井高は15-16mとなりホール全体の室容積はかなり増加した。
  2. 客席1階席中央前部を低い壁で仕切り、それらの壁面からの反射音を確保した。
  3. ホール側壁の角度を変更して客席への有効な反射音を確保した。
-改修前- マン・オーディトリアム
-改修前- マン・オーディトリアム
-改修後- ブロンフマン・オーディトリアム(ステージ上天井は未完成)
-改修後- ブロンフマン・オーディトリアム
(ステージ上天井は未完成)

改修工事は、2011年8月のオーケストラのシーズン・オフを待って開始され、2012年10月のシーズン開始前までに完工する14ヶ月の予定で実施された。しかしながら、実際の改修工事はやや遅れて、オーケストラを迎えての初めてのテスト・リハーサルは2013年3月に、そして正式なオープニングは5月25日までずれ込んだ。ステージ上部のメタル天井(音響的に透過)等の工事は間に合わず、一部工事未完の状態にてオープニングを迎えた(写真参照)。オーケストラは当初、2011-2012の1シーズンのみ定期演奏会を外部の代替え施設において行う予定であったが、延長を余儀なくされた。

図-1 改修前と改修後の室形状の比較
図-1 改修前と改修後の室形状の比較

音響改修後のオープニングはオーケストラのシーズン中に特別コンサートの形で行われ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:イツァーク・パールマン)、マーラーの交響曲第5番がイスラエル・フィルの終身音楽監督であるズービン・メータの指揮によって演奏された。改修以前のホールの音響は、一言でいうと“ドライ”で響かない印象で、客席とステージの距離が音響的にかなり遠く感じられたが、改修後は一変したと言ってよい。ステージ上のオーケストラが音響的にかなり近く感じられ、ホール内全体で響く印象が強く感じられるようになった。“ドライ”な印象が“ライブ”になったといえる。メータ氏を始めオーケストラ奏者の多くのメンバーからも、ステージ上の音響が大きく改善され、演奏し易くなったとのコメントが寄せられている。今後、演奏者が新しい空間に慣れてくると、さらにアンサンブルに磨きがかかってくることが期待される。

3月にオーケストラによる初めてのリハーサルが行われた際に、残響時間の測定を行った。結果は、中音域(500Hz-2,000Hz)において約2.2秒(空席時)であった。この数値から満席時における残響時間を推定計算すると、約1.9秒(満席時)となる。改修前の満席時における残響時間が約1.55秒(Beranek: Concert Halls & Opera Houses より)と報告されているので、かなり長くなっていることが確認された。

マン・オーディトリアム(Fredric R. Mann Auditorium)は、今回の改修を可能にした多額寄付者の名前を冠して今後はチャールズ・ブロンフマン・オーディトリアム(Charles Bronfman Auditorium)と呼ばれる。(豊田泰久記)

仙台市宮城野区文化センター オープン

昨年10月、仙台市宮城野区文化センターがオープンした。宮城野区文化センターはJR仙石線で仙台駅から約10分の「陸前原ノ町」駅徒歩1分という敷地に計画されたこの地域の文化拠点で、駅の反対側には宮城野区役所があり、この駅周辺が宮城野区の行政と文化の中心となっている。

2011年3月11日に起きた東日本大震災の際には、まさに現場は工事中で、午前中にコンクリートの打設を終えたその午後に地震が起き、打設したばかりのコンクリートが流れてしまい、それらの撤去作業や天井耐震構造の見直しなどでかなりの工事延期を余儀なくされた。このような大きな困難のなか、現場のご担当の並々ならぬ努力により、無事に竣工を迎えた。そして、これまで仙台市で唯一、区のホールが整備されていなかった宮城野区にとって、待望の文化センターのオープンとなった。

施設外観
施設外観

施設概要

 施設は、384席の音楽ホール(パトナホール)、198席の演劇ホール(パトナシアター)、リハーサル室、音楽練習室などからなる文化センターと、会議室、和室、体育館などからなる宮城野区中央市民センター、宮城野区情報センター、宮城野図書館、原町児童館(のびすく宮城野)から構成された複合施設である。設計・監理はNTTファシリティーズ、建築工事は鹿島建設・奥田建設・阿部和工務店共同企業体である。

遮音計画

 敷地が駅前であり、地下を走る鉄道軌道が施設のすぐ横を通っているため、鉄道走行時の固体伝搬音の影響が予想された。敷地での振動調査の結果より、ホールはじめ各室の遮音構造の検討を行い、音楽ホールと演劇ホールには防振遮音構造を採用した。また、同時利用の際の各室間の遮音性能の確保のために、リハーサル室、音楽練習室にも防振遮音構造を採用した。竣工検査では、鉄道軌道に近い演劇ホールでは、鉄道騒音は小さく聞こえるものの空調騒音よりも低いレベルになっており、音楽ホールでは検知できなかった。

パトナホール(客席より)
パトナホール(客席より)
パトナホール(舞台より)
パトナホール(舞台より)

音楽ホール(パトナホール)

 音楽ホールは384席のワンスロープの客席を持つ、リサイタル、室内楽などの小規模音楽を主目的とするコンサートホールとして計画された。平面形状はシューボックス型を基本とし、舞台上の天井を高く設定した(舞台先端で舞台床より14.5m)。客席後方に行くにつれて天井高がなだらかに低くなっているのが最大の特徴である。この天井形状により、小規模ホールでなかなか得にくい比較的遅めの反射音を多く得られるよう計画した。側壁上部は分割された凸面で構成し、天井とそれらの面からの反射音が均等に客席に分布するよう、角度を調整した。また、その側壁上部曲面の下端面を有効な反射面とし、その下端面と側壁を経由する早い時間帯の2次反射音を確保している。側壁下部は、そこからの反射音を散乱させるため、横リブを採用した。完成した音楽ホールの残響時間は、満席時において約2.0秒(500Hz)と、この規模のホールとしては長めの響きであるが、艶やかな響きで、リサイタル、室内楽の演奏にふさわしい響きが得られている。

パトナホールの客席側壁
パトナホールの客席側壁

演劇ホール(パトナシアター)

 演劇ホールは、演劇を主目的とする198席の小規模ホールである。可動観覧席を持ち、舞台幕でプロセニアムを構成することで、平土間形式からプロセニアム形式まで対応可能である。真四角の平面形状であるが、客席側壁には拡散形状として横リブを採用し、フラッターエコーを防止している。

パトナシアター
パトナシアター

施設は昨年のオープンより、リサイタルや発表会など、区民の皆さんの様々なイベントに利用されている。今後さらに、より多くの市民の方に広く利用される文化拠点となることを心から願っている。ぜひ一度、足を運んでみてください。(酒巻文彰記)

施設HP: http://www.stks.city.sendai.jp/hito/WebPages/sisetu/miyagino/index.html
宮城野区文化センターだより(ブログ): http://blogs.yahoo.co.jp/miyaginokubunka

八丈島の新庁舎と多目的ホールが完成

東京から南方へ約290km、太平洋に浮かぶ伊豆諸島の1つである八丈島は、西に八丈富士、東に三原山という2つの火山をもち、椰子の並木、防風林や石垣で囲まれた平屋建ての民家、海を望めるリゾートホテル等、東京都とは思えない南国ムードたっぷりの島である。この島に、八丈町の新庁舎と多目的ホールが完成した。

施設概要

 八丈町の旧庁舎は、築50年を超え、利便性や耐震性の向上が求められていた。新庁舎と多目的ホール(462席)は、それらを改善し、町の賑わいの中心として、さらに防災施設としても計画された複合施設である。真っ青な空と緑に囲まれ、照り返す日差しが眩しいほど白いタイル貼りの外観の建物で、庁舎、ギャラリー、研修室、多目的ホールが中央の広場を取り囲むように配置されている。施設の建築設計は新居千秋都市建築設計、施工は竹中工務店である。

施設外観
施設外観

多目的ホール

 「来て下さい」を意味する島の言葉「おじゃれ」と名付けられたホールは、舞台に回転式の側面音響反射板、客席に分散型の技術ギャラリー、座り心地や歩行時の揺れが改良された移動観覧席を備えている。コンサートや演劇利用のほか、移動観覧席を舞台奥に収納した平土間状態では、イベントスペース、災害時の避難場所にもなる。また、ホールとホワイエ間の移動遮音間仕切り壁も収納することで、ホール、ホワイエ、広場が一体の空間となり、夏祭りのように島民で賑わう大きなイベントも行うことができる。

八丈の海と光をイメージした室内は、溶岩地形が残る海底のような凹凸・開口をもつコンクリート、海にふりそそぐ光のようなトップライトが特徴的である。このような意匠計画に対して音響面では、舞台・客席に反射音を得るための反射面(舞台音響反射板、客席のコンクリート壁)の形状、ロングパスエコー防止のための仕上げについて検討した。

多目的ホール(客席より)
多目的ホール(客席より)
多目的ホール(舞台より)
多目的ホール(舞台より)

ホール全面にわたるコンクリート壁は、強い反射音を避けるために小叩き仕上げとし、さらに適度な凹凸をもたせた。ロングパスエコーの発生が懸念された後壁エリアには、照明デザインとあわせた丸い吸音構造(アルミ繊維不織布 + GW)を多数配置した。また、トップライトは屋外へ筒状に長く伸びる形状になっており、屋外騒音の低減と共鳴の防止のため、筒型構造の側面を吸音した。なお、敷地が八丈島空港から近く航空機騒音の影響が懸念されたため、設計段階での調査結果と運行本数等からガラスを2重とした。

新庁舎は既に5月から使用を開始し、ホールは8月にオープンする。東京から飛行機で約1時間、リゾートも兼ねて是非訪れてみてほしい。(服部暢彦記)