No.303

News 13-03(通巻303号)

News

2013年03月25日発行
施設の外観

スタンフォード大学 – Bing Concert Hallのオープン –

スタンフォード大学は、今さら言うまでもないが、アメリカ西海岸カリフォルニア州のサンフランシスコ郊外にキャンパスを持つ世界屈指の名門校であり、理系、文系ともに最先端を行く幅広い研究が極めて高い評価を受けている。シリコン · バレーの中心的な役割を担い、Yahoo!やGoogleの創設者を輩出したほか、AppleのSteve Jobs氏が2005年の卒業式に招かれてあの有名なスピーチを行うなど、枚挙にいとまがない。

学内にはStanford Liveという名前のパフォーミングアーツ全般を包括的に扱う組織があり、教職員と学生だけでなく、外部機関とも協働して催し物のプロデュースやアーティストの育成活動を行うなど、40年以上にわたる実績がある。また、音楽学部はクラシック、ジャズおよび現代音楽などの幅広いジャンルを網羅し、学生オーケストラ等により様々な演奏活動が行われている。キャンパス内のリサイタルホールやメモリアルチャーチでは毎年150回以上のコンサートが開催されてきたが、このたび、待望の新しいコンサートホールがキャンパスの入口近くに完成した。

施設の外観
施設の外観
ホールの内観
ホールの内観

総工費1億1,200万ドルをかけて建設された建築面積約1万m²の建物内には、クラシック音楽の演奏会を主用途とするコンサートホールのほか、リハーサル室、楽屋および事務室等が含まれている。本プロジェクトへの多額の寄付者であるHelen and Peter Bing夫妻の名前を取って、ホールはBing Concert Hallと名付けられた。建築設計はニューヨークの設計事務所Ennead Architects(元Polshek Partnership)で、永田音響設計は室内音響、遮音および騒音防止に関する一連の音響設計 · 監理を担当した。

Bing Concert Hallは842席収容で、この席数だけをみると、コンサートホールとしては小型から中型のカテゴリーに属する。通常であれば室内楽の規模を想定するところだが、施主からの要請によって、このホールはフルオーケストラの演奏会に適するように計画された。これは音響面においても大きなチャレンジであり、ステージの広さや天井高を十分に取った結果、室容積は約17,000 m³となった。例えば、有名なウィーン楽友協会の大ホールが客席数1,680に対して室容積が約15,000 m³であるから、客席数が半分のこのホールのほうがより大きな室容積を持っていることになり、いかにゆったりとした余裕のある空間であるかがわかる。

ホールの平面形状
ホールの平面形状
ホールの縦断面形状
ホールの縦断面形状

ホールの客席配置については、ステージの周りをブロック分けされた客席が取り囲むアリーナ型を基本としている。特に、演奏者と観客の一体感が感じられるよう、ステージの床面を客席最前列の床レベルと同じに設定しているのが大きな特長となっている。すなわち、通常のホールで言うところのステージの高さがゼロである。その結果、ステージの床面がホール内で最も低く、全体がすり鉢状になっており、客席からステージへの親密な距離感や、観客が互いに向かい合うことによる臨場感が得られている。

ホール平面の基本形状が楕円で、音の集中を起こしやすいため、客席上部の壁面は三次元で凸形状の大きな面で構成されている。設計期間中には1/24の縮尺模型を製作して音響実験を行い、エコー等の障害が生じないよう、入念に室形を検討した。また、高音域の拡散を意図して、客席内のテラス壁や天井のほぼ全面にわたって波状の細かな凹凸を配置している。

残響時間(空席時の測定値から推定計算した満席時の値、500Hz)は約2.4秒となっており、この規模のコンサートホールとしては長めの、大変豊かな響きが得られている。また、演奏音のクリアーさについても、いくつかのオーケストラ、室内楽およびソロのリハーサルやコンサートを通じて、十分に確保されていることを確認した。

壁の拡散形状(by courtesy of Jeff Goldberg)
壁の拡散形状
(by courtesy of Jeff Goldberg)
残響時間周波数特性
残響時間周波数特性 

本年1月10日に施設の引き渡し式が、また翌日の11日にはオープニングコンサートが開催され、St. Lawrence String Quartetや、Michael Tilson Thomasの指揮によるSan Francisco Symphony等、素晴らしい演奏が繰り広げられた。その後もEmanuel Ax、Yo-Yo Ma、そして五嶋みどりの演奏会が次々と開催され、いずれも好評を得た。大学関係者、そして誰よりもまずはBing夫妻にホールの完成を喜んでいただくことができて、大変嬉しく思っている。(菰田基生記)

Bing Concert Hall HP: http://live.stanford.edu/bingconcerthall/

弘前市民会館 ~改修工事を前に50歳プレお誕生会~

いまなお音楽の殿堂として愛される東京文化会館と同じ建築家 前川國男の設計によるホールが青森県弘前市にある。1964年に竣工した弘前市民会館である。史跡弘前城(弘前公園)の一角に、これもまた前川の設計による博物館と並んで建っている。コンクリート打放しの力強い外観、ホワイエのシャンデリア(銅パイプ製)の暖かい灯りが印象的な建築である。

ホールはワンフロア形式で客席数1,300席、シンプルなシューボックスタイプで、ホール内部は木仕上げとなっている。音響設計は石井聖光東大名誉教授によるもので、客席壁面には音の拡散を意図した凝った造りの凹凸が配置されている。

ポスター

弘前は前川にとってゆかりの深い土地で、パリのコルビュジェのもとから日本に戻って初めての作品である木村産業研究所、晩年の作の弘前市斎場まで8つもの作品がある。市民による「前川國男の建物を大切にする会」の活動や、駅の観光案内所には前川建築が紹介されたパンフレットの用意もあり、8つの建築は市民の財産として大切に維持活用されている。

現在、市民会館では、舞台設備の更新や客席椅子の交換(拡幅)など、大規模改修工事が行われている。工事による、しばしのお別れを前に、来年迎える50歳の「プレお誕生会」と銘打った催しが1月に行われた。当日はホールの見学や、元 前川國男建築設計事務所員の仲邑孔一氏による説明、ケーナやアコーディオンの演奏などがあり、約150名が訪れた。ふだんお客さんとしては見られない舞台上や奈落、くわえて改修後は電動になるが今まで手動で行われてきた舞台反射板の組み立て作業などが公開された。ホワイエやロビー、もちろんホールを含め、色々な場所でのミニ演奏会を聴きながら館内を廻った来場者達は、各所の響きを楽しんで、またあらためて市民会館への親しみを増したようである。

客席から舞台を臨む
客席から舞台を臨む
見学会の様子
見学会の様子

永田音響設計は改修工事にあたり、前川建築設計事務所に協力している。改修後にまたあらためてご報告したい。(石渡智秋記)

「低周波音」を正しく理解しよう

ここ十数年、新聞やテレビなどで目にするようになった「低周波音」という言葉。具体的にどんな音のことを言うのか、ご存じだろうか。昨年秋に開催された日本音響材料協会主催の技術講習会「住宅における音のトラブルを探る」の中で、小林理学研究所の落合氏より「住宅における低周波音トラブル」についてお話があった。落合氏によると低周波音が原因ということで受けた苦情の約4割は低周波音以外が原因であったと言う。本号では低周波音を正しく理解するため、その定義、影響や原因について紹介したい。

「低周波音」の定義

  一般に人間はおおよそ20~20,000 Hzの音(可聴域という)を聞くことが出来ると言われている。これに対して低周波音とはどれくらいの音の高さを言うのだろうか。その定義は国によって異なるそうだが、日本では環境省発行のパンフレット「よくわかる低周波音」に概ね1~100 Hzと記載されている。つまり、低周波音には可聴域より低く、音として聞こえない周波数範囲の音(「超低周波音」と呼ばれる)が含まれることになる。また、オーディオに親しんでいる方は、低音というと200 Hz程度までの音と認識されていると思うが、「低周波音」はもう少し低い周波数の音を言うのである。

人が音を聞き取れる(感じ取れる)範囲
人が音を聞き取れる(感じ取れる)範囲

「低周波音」の影響とは?

  低周波音が我々に及ぼす影響には、大きく分けて<人の心身に係る影響>、<物的影響>の2種類がある。前者には、睡眠妨害や気分のいらいらなどの<心理的影響>と頭痛、耳なりや圧迫感などの<生理的影響>があり、後者は住居の窓や扉などの建具のガタツキに代表される。右図に示すように、音として聞こえない超低周波音でも音圧レベルが大きくなると、耳まわりの圧迫感や建具のガタツキとして検知される。また、可聴域ではこれらに音としての知覚が加わる。なお、感覚閾値(いきち)(可聴域については最小可聴値)より低いレベルについては、研究者の間では、低周波音による心身的な影響は生じないと考えられているそうだ。

苦情があった「低周波音」の原因とは?

  実際に低周波音が問題となった苦情の発生源には、プラント設備、金属加工工場のプレス機やビルの屋上に設置された空調機器など大型の機械・設備機器が多い。一方、近年注目されている風力発電の風車音については、低周波音ではなく、もう少し高い周波数が卓越していたという事例もある。また、一日中低い音が聞こえるという苦情の原因が苦情者自身の耳鳴りであった例も珍しくないようだ。

環境省のホームページでは前述の「よくわかる低周波音」をはじめ、低周波音問題対応の手引書や事例を見ることが出来る。関心のある方は参考になさって下さい。(箱崎文子記)

環境省HP: 低周波音について