No.302

News 13-02(通巻302号)

News

2013年02月25日発行
施設内部

新山梨県立図書館

昨年11月11日に、JR甲府駅北口駅前に山梨県立図書館がオープンした。設計は久米設計の野口秀世さんである。永田音響設計はこれまで野口さんが設計されたホール施設の音響計画を多く協力させて頂いている。その度にエネルギッシュで新たな提案がなされており、私どもとしては作業の大変なこともあるが、毎回興味深くやらせて頂いている。この山梨県立図書館の音響コンサルタント業務も新鮮で興味深いプロジェクトであった。

「にぎわい」と「静寂さ」の両立

  一般的に図書館は静かにするところという常識があり、人と話をしていると注意されるイメージがある。しかし、図書館をもっと多くの利用者に親しんでもらい、入りやすくて人の出会いが期待できる施設にしたい、という考えから、本施設のプロポーザルでは、「にぎわい」と「静寂さ」の両立、というテーマが提案された。にぎわいのある一つの大きな空間の中に静寂性を保つ部屋を点在させるというものだ。全体空間では人が自由に交流し、話合うことでにぎわいを持たせる施設とすることにより、図書館をこれまでになく活性化させ、人と人とが刺激し合う場所とする。さらには南口に比べると人気(ひとけ)の少ない甲府駅北口に、人をもっと呼び込みたいという狙いもあったと聞く。

施設内部
施設内部

施設概要

  全体の施設構成としては、にぎわいを持つ交流エリアと書棚の並ぶ閲覧エリアがあり、二つのエリアは大きい開放的な空間の中で一体となっている。その中に静寂を保つ個別の空間としてガラス張りのサイレントルームがあり、静かに読書や勉強をしたい人はそこを自由に利用できる。また、サイレントルーム同様にガラス張りの交流ルームと言う個別の部屋が1階に4室、2階に2室あり、事前に予約して有料で利用することができる。その内の2室は、特殊な防音仕様の防振遮音構造を採用しており、室内で音楽の練習を行っても図書館内にはほとんど聞こえない構造としている。さらに、2階には約200席の多目的ホールがあり、この空間もガラス張りでさらに防振遮音構造を採用しており、中の活動は見えるが、コンサートでも図書館内ではほとんど聞こえない構造となっている。そのほか、500人が収容できる平土間のイベントスペースがあり、開館以来著名人の講演会など様々なイベントがここで行われている。

施設内部
施設内部

閲覧エリアの静寂性

  にぎわいのある交流エリアと閲覧エリアが空間的に一体となっていることで、閲覧エリアに様々な音が聞こえてくることが懸念され、設計段階において交流エリアから発せられる音が閲覧エリアでどの程度聞こえるかについて、空間の大きさと内装や本棚の吸音効果を考慮して音の伝わり具合を検討し、また旧山梨県立図書館のロビーでスピーカから音を出して、閲覧エリア内でどの程度聞こえるかを測定して、その減衰量などを確認し、新図書館での閲覧エリアでの聞こえ方などを予測した。

施設内部
施設内部

オープン後の使われ方

 新図書館を訪れてみると、そこここのコーナーに置かれた机・椅子には、どこも多くの中高生が本を読んだり勉強する姿が見られた。4人掛けのテーブルでは友達同士で会話している姿も多く見られたが、空間が広いために少し離れると会話の内容は全く分からず、気になることもなかった。また、歩行路となる床や階段にはゴムチップ床材が使われていて、足音が全く気にならなかった。閲覧エリアでは、空調騒音以外の他からの音はほとんど聞こえなかったが、閲覧エリアは大型書店と比べて基本的な機能は大きく変わらないので、特別な静寂さは必要ないと考えている。

新しい図書館の館長として、作家の阿刀田高氏が就任された。若いころに国会図書館の職員も経験されているとのことで、図書館に対する思いも明確である。「図書館はそこで誰が何をするかが肝要。無料の貸本屋ではない。」とのこと。人々が交流することを主眼として計画された図書館だけに、館長のご活躍も期待できる。(小野 朗記)

山梨県立図書館: https://www.lib.pref.yamanashi.jp/

シリーズ 古きホール、音響技術をたずねて (6)

レゾネータの使用例

 牛乳ビン、コップなどを耳元に近づけると特異な響きを感じる。昔から図-1に示したような空洞の一部に開口を開けた構造は‘ヘルムホルツの共鳴器’として、楽器の調律に用いられてきた。文献によれば、ギリシャの野外劇場では座席の床下にギリシャ音階に調律されたブロンズの壺が埋め込まれ、その共鳴周波数まで明らかにされている[1]

また中世のスカンジナビアの教会では、響きの抑制を目的に様々な形状の壺を側壁、天井に埋め込んだ詳細な記録が残っている[2]

わが国では一部の能楽堂の床下に甕を転がしているという記録があるが、その効果については明らかではない[3]。さらに、ホールの残響を増やす目的で、様々な共鳴周波数のレゾネータを天井に埋め込み、その共鳴の響きをマイクロホンで収音し、スピーカで再放射するという残響付加装置も実用化されている[4]。図-1のレゾネータは、激しく振動する首の部分の質量をM、その動きに反発する空洞をバネKとして構成される単純な振動系である。さらに音場のエネルギーとの相互作用を考慮した場合には開口部の放射抵抗R1と内部の摩擦抵抗R2の二つに着目する必要がある。放射されるエネルギーを大きくするにはR1≫R2の条件が必要であり、レゾネータを吸音に利用するにはR1=R2が最適な条件となる。このR1は波長に逆比例して小さくなるため、開口面積の小さな小型のレゾネータは吸音に向かない。そこで着目したのが図-2に示したパイプの片方を閉じた閉管(長さλ/4、λ:波長)である。これをポケットレゾネータと呼んでいる。これは、小容積の空間のブーミングの抑制には格好の道具である。

そこで、まだ、信号処理技術で音声信号の残響付加などが未開発だった時代、残響付加装置として理想とされていたエコールームの残響可変装置の低音用吸音体としてポケットレゾネータを利用した。また、吸音特性の周波数範囲を広げる目的で、ポケットレゾネータとは別に45cm立方のグラスウールブロックを室隅に設置した(図-3)。最初は日本教育テレビのエコールームで実施し[5]、ついでNHK放送センターのエコールームにも導入した。図-4はエコールームの残響可変範囲を示す。

今姿を消した旧NHKホールの後壁には共鳴周波数の異なるレゾネータ4個を1ブロックとしてこれを分散配置した記録がある。壁の一部に瓶や壺を埋め込んだ例は東京カテドラル、東京青山の日本ビクタースタジオなどがあり、当時話題となった。しかし、レゾネータの吸音効果についての記録はない。図-4が唯一の資料である。

レゾネータはその有効な周波数範囲がせまく、一般のホールや音楽室の吸音構造としては使いにくい存在である。現在では有孔板の背後に空気層を設ける図-5のような構造が低音域用の吸音構造として用いられている。(永田 穂記)

図-1 ヘルムホルツの共鳴器
図-1 ヘルムホルツの共鳴器
図-2 ポケットレゾネータ
図-2 ポケットレゾネータ
図-3 エコールーム平面図
図-3 エコールーム平面図
図-4 エコールームの残響時間可変範囲
図-4 エコールームの残響時間可変範囲
図-5 有孔板と空気層による共鳴吸音構造
図-5 有孔板と空気層による共鳴吸音構造

[1][2]: P.V.Brüel, “Sound Insulation and Room Acoustics”, p218-219, Chapman & Hall, 1951
[3]: 十倉,松浦, “能楽堂の音響について”, 日本音響学会建築音響研究委員会資料, AA-70-14, 1970
[4]: P.H.Parkin, “Assisted Resonance”, p169, Applied Science Publishers Ltd., 1975
[5]: 永田, “残響可変装置を有するエコールームの音響設計”, p433-441, 日本音響学会誌 23巻6号, 1967

書籍紹介:「最高齢プロフェッショナルの条件」徳間書店取材班 著 徳間書店 定価:1400円

2010年12月、その道を究めた最高齢とされる方々への取材をまとめた「最高齢プロフェッショナルの教え」という本が発売された。本書はその続巻である。学者、音楽家、料理人、文化人、スポーツ選手から飲み屋のママまで様々な職種の方にインタビューを行い、その取材内容を本の形としてまとめたものである。その中には弊社を創設した永田 穂も現役の音響設計家として紹介されており、永田の「音」との出会いから、NHK勤務を経て、今日に至るまでの「音」に対する取り組み、そして「音」への思いが語られている。

本書のターゲットはおそらく就職活動真っ盛りの若者であろう。その書き口はご本人の口調をそのまま反映させているようであり、語り手がどのような人か文章を通じて伝わってくる。その道をゆくプロフェッショナルとして多くの経歴を積まれてきた語り手たちのストーリーの中には、時折、当時の社会情勢なども交えながら内容が展開され、プロフェッショナルたちの言葉を興味深く読むことができる。人によっては物足りなさを感じるかもしれないが、文章自体に難しい言い回しもなく、活字が苦手な方にとってもすんなり読めるのではないだろうか。

「これができれば、好きな仕事で一生食べていける!」表紙に記載されている本書の副題である。新聞やTVで騒がれている、昨今の雇用状況を考えると少し大袈裟な気もするが、紹介された語り手の文章を読んで思ったことがある。「思い立ったら、見よう見まね」「経験によって人は作られる」など、その言葉からイメージできるように、語り手たちは自分の置かれている環境がたとえ逆境であったとしても前向きな姿勢を忘れていない。そして何より、興味や関心のアンテナを常に張り続け、食べたもの・触れたもの・見聞きしたものを財産として蓄積してこられたのだろう。義務感などに駆られていたのでなく、ただひたすらに追いたいことを追い続けた結果、現在では最高齢となったのだ。本書を読んで筆者が最高齢プロフェッショナルたちについて感じた人物像である。

最高齢プロフェッショナルの条件

本書に紹介された人々がその道をゆく人々の尊敬を集めていることは間違いない。しかし、語り手たちが尊敬を集めている理由は最高齢であるからではないように思う。前述した、『興味や関心のアンテナ』に賛同する人々が集まり、慕っているのだ。「感性をおろそかにしたら、いい仕事はできない」本書に記載された永田の言葉であるが、これを読んだとき、「やはり自分も永田さんの『アンテナ』に影響を受けている一人なのだ」と改めて感じ、うれしく思った。最高齢の言葉として本書を読むのでなく、語り手たちがどのようなこだわりをもっているかに注目して読むと、発見がある本ではないかと感じた。(和田竜一記)