No.300

News 12-12(通巻300号)

News

2012年12月25日発行
外観

ニュース300号をふりかえって

ニュース発行までのいきさつ

 筆者が現在の永田音響設計を創設したのは1971年である。幸いにも当時の高度成長の波に乗って、ホールの音響設計、音環境の調査などの業務の受注に恵まれ、なんとか事務所の体制を固めることができた。しかし、当時の東京では公共の文化施設も数少なく、かたや、高度成長の落とし子として、騒音問題が噴出していた。

1986年10月、サントリーホールのオープンを契機に、音響設計についての理解とその充実を意図して、永田音響設計ニュース‘静けさ、よい音、よい響き’の発行を決め、その第1号を1988年1月に発行した。今月お届けするニュースがその300号に当たる。25年間に亘る音響設計業務の活動報告である。その内容は技術協力で誕生した国内外のホール約300件の紹介を筆頭に、ホール周辺の話題、書籍やコンサートの紹介、学会、業界の動向など多岐にわたっている。なお、本ニュース発行前に永田音響設計で実施したホールは50件を超える。多目的ホール全盛の時代、多目的利用を考慮しながら、音楽ホールの響きを模索してきたホールである。側方反射音の導入、オルガンの扱い、残響可変の導入、地下鉄振動対策など、様々な工夫が行われた施設である。機会があれば、本ニュースで現在も活躍している文化施設を紹介してゆきたい。

ニュース第1号
ニュース第1号

音響設計技術の成果

 1970年代の初頭、地方のホールで室内の響きを軽減することを音響設計で求められたことがある。また、当時、コンサート専用ホールとして設計したホールで、ピアノの先生方からこんな響きの長い空間では演奏できない、といったクレームまで頂いたこともある。最近では、戦後竣工した沖縄のキリスト教の教会で壁、天井全面に吸音処理をした事例を体験した。

一方、東京近郊の新設の小ホールで、反射音を意図した天井形状、側壁の拡散体、後壁の吸音構造など天井はやや低いがコンサートホールの要素を確実に織り込んだ空間での演奏会を体験した。音楽ホールのエッセンスが建築設計に刷り込まれていることを知ったのである。
空調設備騒音はホールの主要騒音であり、1960年代は音楽ホールの室内騒音の低減目標値としてNC値で25、騒音レベルで30 dBがやっと到達できる静けさであった。しかし、現在、大多数のコンサートホールはNC値で20を十分クリアしている。

都市ホールの最大の振動源は地下鉄である。これによる騒音の防止については、ホール全体を防振遮音構造で支持する工法(浮き構造)が実用化されている。また、課題となるのが、同時使用での問題である。二つのホール間、ホールとその周辺のリハーサル室や練習室間の遮音性能の設計目標も、かつては65〜70 dB(500 Hz)がやっとであったが、現在では80 dBが当然、ときには90 dB以上の遮音性能を達成している現場もある。

以上、示したように‘静けさ、よい音、よい響き’を求めて進めてきた音響設計であるが、さらに時代の趨勢、催物の多様化、建築の制約と建築家の自由なデザインに応えるためには数多くの課題があり、その解決には一層の努力と知恵が必要であると考えている。(永田 穂記)

今後の展開

 これまで、幸いにも数多くの各種施設の音響コンサルティング業務に取り組む機会に恵まれた。約半数近くがホール、劇場、講堂であり、学校施設からスポーツ施設、会議場、教会、議場、展示場、住宅あるいは斎場施設等々、多くの建築空間の最適な音環境作りに積極的に係わらせて頂いたことになる。最先端の施設から身近な空間まで、一つ一つのプロジェクトに全力を注いではきたが、当初は、今日のように音響設計、音響コンサルティングという言葉、その内容、技術もまだ十分に確立したものでもなく、また、その認識の甘さから、ご迷惑をおかけしたことも多々あったかと思われる。しかし、こうした様々な業務を通じて、最適な音環境づくりの基本となる騒音制御から室内音響、電気音響に関する音響技術が培われ、新たな課題挑戦へのエネルギーともなっている。

そして、同時に感じることは、多くの建築空間に対して音環境向上への取り組み、努力が居住環境の快適さへの関心とともに少しずつではあるが、高まりつつあることだ。しかし、まだまだ(ないがし)ろにされている一般の建築空間の現状には満足し難い。

ホール、スタジオ等が高度な音響技術を要する建築空間であることには変わりないし、その音響に関する課題も多い。一方、一般のパブリックスペースの音環境に求められる‘静けさ、よい音、よい響き’の要求水準を考えてみると、厳しい音響条件が求められる施設とその対応の程度が異なるだけであり、安全、安心とともに配慮されるべき事項と考えている。確かに、遮音の技術、設備の騒音防止技術等、ある種の定着した音響技術においては建築、設備技術として一般的に取り入れられてもいるが、まだバランスよく対応できているとは思われない。

とくに、気になる施設が学校、教育施設である。学校の教室での先生の話しやすさ、児童、生徒側の聞き取りやすさは、音響性能の基本である。過日の東日本大震災で避難され、仮設の教室として、避難先の体育館を区画して設けられた教室間のトラブル解消に、「音のものさし」という新聞記事があった。生徒が「静けさはあたりまえと思っていた」と、音に配慮して声の大きさに5段階のものさしを作ったとあった。これまでと違った環境で音に敏感になったのか、日常的にもありそうな状況だけに、被災地でのこととばかりにも思えない。また、学校の体育館は、被災地での臨時的な使用は別としても、スポーツ施設兼講堂という用途に対して、あまりにも音への配慮がなされていないように思う。昨今の学校行事の音楽鑑賞会、発表会などは近くに市民会館などあれば、それらの施設を活用している場合もあるようだが、体育館での実状と子供の多感な成長期という大事な時期を考えると、残念でならない。安全、安心があたりまえの神話の話ではないが、崩れたときでは遅すぎる。それらの問題解決には技術のみでは解決できない様々な問題が内存しているように思うが、多くの経験とそれを支援する実用化された音響技術を役立てられないのがもどかしい。

ホールという特殊な空間の響きをより究める基軸と、対象とする建築空間をより幅広く、日常的な空間の音環境に(こだわ)り続けるという軸とに、明確な視点をもって、これまで得た知見と最先端の研究成果を理解しつつ、それを適応させるべき総合的な英知が求められている。このためにも、永田が常日頃から大事にしている聴取体験、アンテナとしての感性を研ぎ澄まし、今後とも常に新鮮な感覚を持ってホールの響きのみならず、より多くの建築空間の最適な音環境構築のための諸問題に取り組んでいきたい。(池田 覺記)

町田市の鶴川駅前に地域の交流拠点 ポプリホール オープン

この秋、小田急線鶴川駅前に町田市の新しい文化施設が誕生した。ネーミングライツ制度が導入されて付けられた施設全体の愛称は「和光大学ポプリホール鶴川」。芳香のある草花の「ポプリ」と、ラテン語の「Populus(民衆の意)」から、「人々が集い、語らい、活動するさわやかな香りに包まれた空間」をイメージして名付けられたものである。和光大学は鶴川にキャンパスをおく大学で、2022年までの約10年間、本施設のスポンサーとなる。大学名が付いた愛称に大学施設と勘違いしてしまいそうであるが、オープンから半年間は「町田市文化施設」が併記される。

外観
外 観

施設の建築設計は環境デザイン研究所、建築施工は東急建設である。

施設概要

 この施設はホール、図書館、コミュニティの3つの機能が融合された複合施設である。2008年に実施された設計プロポーザルコンペの提案書には、設計理念として“CROSSING”という言葉が書かれている。この理念の下、「鶴川の自然・人・活動をつなぐ」ことを目指して設計が行われ、そのうち“様々な活動をつなぐ”ためのプランニングには、各ゾーンが動線的にも視覚的にも交わるクロスゾーニングの手法が用いられている。

エントランスを入ると、建物の中心に本棚で囲まれたコアがあり、その北側、南側の2つのエリアに吹き抜けのある空間が広がっている。北側のエリアには、カフェが併設されたフリースペースのサロンがあり、ガラスのファサードと白い色調の内装に囲われた明るく開放的な空間が広がっている。吹き抜け越しに2階の図書館が見える雰囲気はブックカフェのようでもあり、図書館に来たつもりでなくても、つい読書を楽しみたい気分になる。南側の吹き抜けは、上階へ行くとガラス張りで線路側へ向かって開放感のある交流スペースや図書館へつながり、階段を下れば地下のホールや練習室へとつながる。最上階の3階には、リハーサル室、音楽演奏・講演会や展示スペースとして利用できる多目的室、エクササイズルームなどの貸し出し施設が設けられている。

北側吹き抜け-図書館からカフェを望む-
北側吹き抜け
-図書館からカフェを望む-
南側吹き抜け-3Fから交流スペースを望む-
南側吹き抜け
-3Fから交流スペースを望む-

施設全体の遮音計画

施設の断面図と遮音構造
施設の断面図と遮音構造

 本施設は小田急線の線路に隣接した敷地に計画されたことにより、ホールなど静けさが求められる室に対しては鉄道軌道からの振動伝搬による鉄道騒音の低減対策が必要であり、また複合施設であることから各室間の十分な遮音性能の確保が求められた。これらについては、ホールや練習室、3Fの多目的室、リハーサル室等に防振遮音構造を採用することで対応した。

また、ホールの直上階はエントランスロビーであり、歩行によって発生する床衝撃音の伝搬を防止することが求められた。これに対し、施工期間中に東急建設技術研究所で数種類の床仕上げ材の床衝撃音レベルの測定が実施され、最終的にゴムシートの下に緩衝材のシートを敷きこむ仕様を採用した。これにより、ホール内ではエントランスロビーの賑やかさが遮断されて、十分な静けさが得られている。

ホールの計画

 地下に配置されたホールは約300席の小規模な多目的ホールである。地下に配置する計画により舞台の天井高が十分に取れないなどの制約があったものの、出来るだけ生音のコンサートにふさわしいホールになるように室形状や内装仕上げを検討した。小規模のコンサート空間では、内装に拡散仕上げを用いることがより重要になるが、本ホールでも側壁を折壁にし、その表面に2種類の奥行のせっ器質タイルを貼ることで音を散乱させるよう意図した。

また、このホールの特徴の一つに、通路沿いに設置された幅の広い椅子があげられる。これは町田市の意向により、小さいお子さんが親子で一緒に座れるように配慮して設置されたものであるが、もちろん一般の方も座ることが出来る。思いがけずこの席になった時には、ちょっと得した気分になれそうだ。

ホール
ホール
幅広の椅子
幅広の椅子

オープニングシリーズ

 ポプリホール鶴川は10月17日にグランドオープンを迎えた。ホールのこけら落としは千住真理子さんのヴァイオリン・リサイタルである。この演奏会では、アルビノーニのアダージョからブラームスのヴァイオリンソナタまで、幅広い選曲でストラディヴァリウスの音色が披露された。また、曲の合間に“ヴァイオリンの音色がこのホールでどのように響くか聴いてみてください”と観客にホールの音響への興味を誘っておられたのが印象に残った。演奏会終了後、千住さんにホールの感想をお伺いしたところ、響きが長すぎないので、静かな曲から力強い曲まで多様な曲を演奏することが出来るダイナミックレンジの広いホール、とおっしゃって頂いた。

オープニングシリーズでは、来年も室内楽、ピアノ、寄席やポピュラー音楽など様々な催し物が企画されている。気軽にホールを訪れていただけたら嬉しい。(箱崎文子記)

和光大学ポプリホール鶴川HP : http://www.m-shimin-hall.jp/tsurukawa/