新潟市江南区文化会館オープン
10月6日、新潟市江南区に新しい区民会館がオープンした。江南区と言うとまだなじみのない方もいらっしゃるかもしれないが、新潟市は2005年に近隣13市町村と合併、2007年に政令指定都市となり、その際に設置された行政区の1つが江南区である。合併前の旧亀田町一帯の地区であり、柿ピーでお馴染みの亀田製菓の亀田と聞けば、うなずいて頂けることと思う。
施設概要
江南区文化会館は亀田駅から車で10分程の亀田総合運動公園の一角に建設された複合施設で、音楽演劇ホール、亀田地区公民館、図書館、郷土資料館の4つの機能を備えている。公民館ゾーンには音楽練習室や多目的ルーム、講座室などが設けられている。建築設計は新居千秋都市建築設計、建築施工はフジタ・秋葉・北本特定共同企業体である。
音楽演劇ホール
ホールは約400席の多目的ホールである。天井から壁面へ続く幾筋もの白く柔らかな曲面が各面の段差部に設けられた間接照明で帯状に浮かびあがる印象的な空間である。この曲面は繊維混入石膏板3枚貼りで構成したもので、その面には意匠性と音響上の拡散・吸音効果を意図した〔リング〕がランダムにはめ込まれている。このリングは金属製、奥行き66mmで、直径45mm、75mm、100mm の3つのサイズに対して、表面にアクリル板をはめて背後にLEDを組み込んだ〔照明リング〕、アクリル板のみの〔反射リング〕、表面にパンチングメタルをはめて背後にグラスウールを設置した〔吸音リング〕の3つのタイプがある。これらのリングは側面反射板から客席の後壁に向かって流れが広がっていくように配置されている。反射板、側壁には反射リング、後壁には吸音リングがはめ込まれ、全体に照明リングがちりばめられている。合計6,000個以上になるこのリングの施工は、金属部分の接触でビリツキが生じないよう注意を払って行われ、さぞ気の遠い、根気のいる作業であったことと思う。
客席椅子は背もたれの上部まで布張りされた吸音力が少し大きめの仕様であり、施工段階で実施した吸音力の測定結果を反映して、後壁の吸音範囲を調整した。椅子には黄緑の地に茶や橙など数種類の色が織り込まれた布地が使われている。余談であるが、本施設竣工時の音響測定を実施した8月末、新潟の田園地帯は実りの時期を迎え、頭を垂れる稲穂で黄緑と黄金色の混ざりあった美しい田園風景が広がっていた。この客席椅子はそんな風景を思い出させる色合いである。
ホールのもう一つの特徴として、コンサート形式時に移動式の正面反射板によって舞台奥行きを可変する機構があげられる。壁面から支持された反射板がアームで押し出される仕組みで、奥行約8mの標準仕様に加え、約11mの大編成仕様を備えており、小規模なホールであるが、大きな編成のオーケストラなどの公演にも対応出来る計画である。
音楽練習室
2つ設けられた音楽練習室は、どちらも電気楽器等の大音量を発生する演奏に使用出来るよう防振遮音構造を採用した室で、それぞれに特徴がある。スタジオ仕様の音楽練習室1は調整室が併設されており、多面体の壁面に天井が立体的に組み上げられた空間である。音楽練習室2は学習室としての利用も想定して直方体形状が採用されている。2室ともアルミ繊維吸音板に木リブを取付けた意匠であり、吸音板背面へのグラスウール設置の有無等で響きを調整した。また、音楽練習室2では等間隔に配置されたリブによって生じる癖のある反射音の影響を低減するため、厚みを変化させたリブを用いた。
先月のオープニングイベントでは、N響トップメンバーによる弦楽五重奏や、市民参加の歌舞劇「亀田郷龍神伝」などが行われた。このホールはコンサート形式では余裕のある響きが、劇場形式では明瞭度のよい拡声が得られており、その名の通り、音楽・演劇共に楽しめるホールである。舞台と親密感のある空間で、大規模なホールとは違って公演を間近で見ることが出来る、ちょっと贅沢な時間を味わって頂けたらと思う。(箱崎文子記)
江南区文化会館HP : http://www.city.niigata.lg.jp/konan/torikumi/bunkakaikan/index.html
チャップマン大学の多目的ホールプロジェクト・着工
チャップマン大学は1861年創立、アメリカ・カリフォルニア州の中でも由緒あるキリスト教系私立大学のひとつで、現在の生徒数は約7,000人とのこと。芸術に関するカリキュラムが充実し、映画関連のコースもそのひとつ。ハリウッドに送り込むスペシャリストの育成に力を入れている。
キャンパスはロサンゼルスのダウンタウンから南に車で一時間ほどの距離にある風光明媚な観光地オレンジ・カウンティに位置し、白、ベージュおよび煉瓦色を基調とする建物が整然と並んでとても綺麗な敷地内は、まるで青春学園ドラマの映画のセットのようである。このたび、舞台芸術部門のコースの拡充と地域振興を目的とする新しい施設が、キャンパスの一角に加わることになった。
Marybelle and Sebastian Paul Musco Center for the Artsと名付けられた新しい施設は、約7,700m2(約83,000 sqft)の建築面積を持ち、1,050席の多目的ホールのほか、音楽練習室、楽屋、および録音室や映像編集室等から構成されるプロダクション部門を含む。
ホールは多目的ではあるが、クラシック音楽を中心としたプログラムが予定されており、高い音響性能が求められている。演劇、ダンス、オペラなどの催し物にも対応できるようなプロセニアム開口、フライ・タワーおよびオーケストラ・ピットを備える劇場スタイルを基本形状としながらも、オーケストラ等によるクラシック音楽のためのコンサートホールとして十分に機能するよう、いくつかの工夫がなされている。特に、舞台装置として用意される音響反射板については、その重量および形状に細心の注意を払ってデザインを進めた。また、オーケストラ・ピットの床面をステージの床面と同じレベルまで上げられるようにして、フル・オーケストラ用のステージ面積を確保している。
建築設計はPfeiffer Partners Architectsで、永田音響設計は多目的ホールを中心とした室内音響、遮音および騒音防止のコンサルティングを担当している。
去る9月6日に約300人の関係者が集まる中行われた起工式には、現在ロサンゼルス・オペラの芸術監督を務めるオペラ・スター、プラシド・ドミンゴ氏が特別ゲストとして列席され、鍬入れが行われた。
建設コストとしては約6,400万ドルが見込まれており、工事は2015年の前半に完了、その年の後半には新しい施設としてオープンする予定である。
周辺には既にSegerstrom Center for the Artsが車で15分、また昨年の本ニュース11月号で紹介したSoka Universityのホールが30分ほどの距離にあり、さらにこのホールが加わることにより、オレンジ・カウンティ一帯は南カリフォルニアの音楽ファンにとって益々魅力的なエリアになるであろう。(菰田基生記)
チャップマン大学 起工式 : http://blogs.chapman.edu/happenings/2012/09/07/center-for-the-arts-groundbreaking/
日本音響学会2012年秋季研究発表会
2012年9月19日から3日間、長野県の信州大学工学部キャンパスにて日本音響学会の研究発表会が開催された。この発表会のために、JR長野駅の出口には「ようこそ長野へ!!」という綺麗な看板が掲げられ、街中を走るタクシーにも同様のステッカーが貼られていた。この歓迎ムードは、関東で行われる春季の研究発表会では見ることのない光景であった。
日本音響学会では、今年の春から発表会前日に会員向け企画「技術動向レビュー」を始めている。2回目となる今回は、「パラメトリックスピーカの基礎と実際」という題目で、前半は電気通信大学の鎌倉友男氏がその原理や現状の問題点などについて、後半は実際に商品化を行っている三菱電機エンジニアリングの酒井新一氏が、その技術や利用例について紹介された。パラメトリックスピーカとは、超音波と、空気振動の非線形性を利用して音に鋭い指向性を持たせることができるシステムであり、特定の狭い範囲にのみ音を伝達することが可能なものである。現在は観光施設や交通案内などに利用され、今後も応用が期待される研究対象となっているそうである。私は普段、可聴帯域内の、線形性を仮定できる大きさの音のみを対象として音波を取り扱っているため、この講演は非常に新鮮で興味深かった。パラメトリックスピーカの音を実際に聴かせてもらうことができれば実感が持ててより充実していたように思うが、次回からの技術動向レビューも楽しみである。
さて、今回2日目の午前に開催された建築音響分野のポスターセッションは、9件の音響設計に関わる事例紹介を中心に賑わいを見せていた。我々も「文化総合センター大和田の音響設計」と「神奈川芸術劇場の音響設計」という2件を発表している。ポスターセッションの中で私が特に興味を持ったのは、吹き抜け空間や通路などがつながった空間の音場評価に、残響時間ではなく時間重心を用いていた鹿島技研の発表であった。時間重心はもともと、音声などの明瞭度を空間情報のみから算出できる画期的な指標として提案されているが、近年では実際に計算されている例が少ない。完全拡散音場では残響時間と完全相関を取るこの指標が、仮想的に拡散音場として取り扱っているコンサートホールなどにおいてどのような違いを示すのか、とても興味がある。
最終日には、聴覚分野で企画されたミネソタ大学のAndrew J. Oxenham氏による特別講演”A right time and place for pitch perception?”を聴講した。氏の研究グループは、キメラ音(Auditory Chimera)を用いた音の知覚に関する研究論文が総合学術雑誌「Nature」に掲載されたことで有名である。講演は聴覚の時間説・場所説に関する知見紹介とともに、ミッシングファンダメンタルやキメラ音などの簡単なデモもあり、どういう音をどのように耳が処理しているかを視覚的及び聴覚的に確認させてもらえる有意義な内容であった。
ヒトが音をどのように知覚しているのか、少しでも多くの情報を得ることは人工内耳や補聴器などの発達にも不可欠であり、物理現象とヒトの感覚を結びつける際の手助けにもなると考えられる。より多くの人に「静けさ、よい音、よい響き」を体感してもらうためには、こういった研究からも目が離せない。今後も建築音響に限らず、他の分野の知識を積極的に取り入れていこうと感じた4日間であった。(鈴木航輔記)