No.293

News 12-05(通巻293号)

News

2012年05月25日発行
舞台(改修前)

「オリックス劇場」(旧大阪厚生年金会館)オープン

 1968年の施設竣工以来、40年以上にわたって親しまれてきた大阪厚生年金会館が、今年の4月8日にオリックス劇場としてリニューアルオープンした。

改修の経緯 

 多目的ホールを併設する厚生年金会館は全国に7施設(北海道、石川、東京、愛知、大阪、広島、九州)あったが、その財務問題により民間へ売却されたことで、新しい所有者のもとで存続するホールがある一方、残念ながら解体されてしまうホール(東京、愛知)もあった。大阪厚生年金会館の場合、オリックス不動産株式会社が新たな所有者となり、既存の芸術ホール(1,100席)やクラブ棟(結婚式場、文化教室等)は解体して分譲マンションとし、大ホール(2,400席)や楽屋からなる大ホール棟は改修(一部増築)して残す方針となった。この大ホールは、主にポップスコンサートに利用されることが多かったのだが、改修を機にクラシックコンサートやオペラにも積極的に使用したいという要望があり、既存ホールの改修という制約のなか、可能な限りクラシックコンサートに対応させることが本計画のメインテーマとなった。大ホール棟改修工事における設計・監理は久米設計で、弊社は改修設計から工事完了までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。本計画では、改修前に行った事前調査の結果から、主に以下のような音響的な改修を実施した。

舞台(改修前)
舞台(改修前)
舞台(改修後)
舞台(改修後)
客席(改修後)
客席(改修後)

室内音響計画 

 クラシックコンサートでは舞台反射板を設置した状態で豊富な初期反射音と長い響きが求められるが、旧ホールの場合、舞台天井反射板と客席天井が急傾斜で、舞台反射板周囲の隙間も大きかったため、特に1階席における初期反射音が少ない傾向であった。また、竣工当時からの客席椅子が改修されているためホールの響きは竣工時よりも短く、反射板周囲の大きな隙間の影響で、反射板設置時の響きが舞台幕設置時に比べてあまり長くならないという、多目的ホールとしては音響的な可変性の乏しい状況でもあった。

 ホール室形状については、特徴的な磁器タイルで覆われた旧ホールの側壁形状は変更しない方針であったため、舞台天井反射板と客席天井の形状を緩やかな傾斜(図1)に変更することで、特に1階席の初期反射音を増やした。また、ポップスコンサート等を行う反射板収納時は旧ホールの短い響きを維持し、クラシックコンサートを行う反射板設置時には改修前よりもなるべく長い響きとなるように、反射板周囲の隙間を減らす反射板機構の採用、客席椅子による吸音過多の防止を行った。

図1 断面図
図1. 断面図

 反射板は、フライタワー内の収納スペースに制約があるため、収納時は改修前とほぼ同じ大きさで、設置時には中央の側面反射板から前方の側面反射板がスライドして出現するシステムを採用し、隙間を軽減させた(図1)。客席椅子は上張り部分だけを交換して再利用しているが、2,3階席(1,145席分)の椅子に対しては、ハイバック部分の布地裏にラミネートシートを貼って吸音力を抑える工夫をした。その結果、反射板設置時の空席時の残響時間(500Hz)は改修前の1.6秒から1.9秒まで長くなり(図2)、満席時(推定値)についても1.5秒と、音楽専用ホールまでの響きはないが、改修前よりも0.2秒程度長くなっている。

 また、旧ホールでは拡声設備を使用した時に客席後壁から顕著なロングパスエコーが生じていた。経験の浅い歌手にとって歌いづらい原因にもなっていた、この「大阪厚生年金会館のエコー」も、客席後壁をしっかりと吸音することで、解消させた。

図2. 残響時間周波数特性(反射板設置時)
図2. 残響時間周波数特性(反射板設置時)

騒音防止計画 

 旧ホールは、空調設備騒音がNC-25〜31、隣接する電気室からはトランスによる騒音も聞こえており、クラシックコンサートを行うにしてはうるさい環境であった。空調機器本体は改修前の機器の再利用であったが、更新した空調ダクトの防振、消音器の数量・配置の見直しにより空調設備騒音をNC-20まで低減させた。また、トランス騒音や外部騒音の遮断のために、トランスの防振、舞台周りや電気室の防音建具のグレードアップを行った。

舞台音響設備計画 

 改修前のスピーカシステムはプロセニアムスピーカ、サイドスピーカ(上手、下手)から構成されていたが、30年以上使用してきたプロセニアムスピーカは音量・音質ともに十分ではなく、10年程前に改修したサイドスピーカだけに頼っている状況であった。しかし、そのサイドスピーカも上手と下手で音質が異なっており、音質の異なる拡声音が重なる客席やスピーカのカバーエリアから外れる客席もあった。そのため、プロセニアムスピーカをサイドスピーカと同機種のスピーカで再構成し、既存のサイドスピーカも、ユニット交換、台数追加、設置角度の再調整等を行った。

オープニング公演 

 オープニングは、宮川彬良氏、下野竜也氏の両指揮者と新日本フィルハーモニー交響楽団による演奏会であった。大阪をテーマとした宮川氏の選曲とトーク、下野氏によるベートーベンの交響曲第7番等、オープニングにふさわしい盛り上がりをみせた。終演後は隣接する桜満開の公園でもうひと盛り上がりするお客さんも多かったのではないか。(服部暢彦記)

 オリックス劇場:http://www.orixtheater.jp/

シリーズ 古きホール、音響技術をたずねて(3)

建築音響計算尺―佃計算尺− 

 一見複雑に見える室内の響きの仕組みについて、科学的なメスが入ったのは19世紀末のことである。ハ−バード大学の物理学者、セービン(W.C.Sabine)は音が停止してから、空間の音の強さが100万分の1になるまでの時間を残響時間RT(秒)として定義し、残響時間が建築空間の室容積V(m3)、総表面積S(m2)、それと空間の吸音状態の指標である平均吸音率 によって下記の(1)式で表せることを明らかにした。セービンの残響式である。

セ−ビンの残響式 : RT=0.161V/Sα   (1)

 吸音率αとは、ある面に入射した音の強さIと反射してくる音の強さRとの比である反射率r(=R/I)を1から差し引いた指標1−rで、完全吸音であればα=1、完全反射ではα=0である。

 平均吸音率αとは空間の吸音の程度を表す指標で、コンサートホールではおおよそ0.2〜0.25、劇場では0.25〜0.30、録音スタジオでは0.3〜0.4程度である。

 ところで、上記 (1)式は空間のV、S、αの3項が分かれば残響時間は簡単に算出できることを示しており、ホールやスタジオの響きの設計の基幹となる理論式として今日でも広く用いられている。ところが、このセービンの式にも問題がある。それは、αが1、つまり、完全吸音になっても、残響時間は0にならないことである。吸音が多くなってくると、(1)式では長めの残響時間が求まることになる。これは、拡散音場という理想的な音場での音の特定の入射条件によるもので、この矛盾を解消するために、生まれたのが下記のアイリング(Eyring)の式である。

アイリングの残響式 : RT=0.161V/(−Sloge(1-α ))    (2)

 (1),(2)式の違いは分母のαと−loge(1-α)との違いである。この違いはα=0.1で5%、0.2で12%であるが、0.3では19%、0.4では28%とαとともに大きくなる。当時のNHKのラジオスタジオといえば、かなりデッドな仕上げでα=0.3以上であった。したがって、NHKとしては空間の響きの設計にはアイリングの式を用いることで今日に至っており、永田音響設計でもこれを踏襲している。

 残響時間の設計が音響設計の通常業務として定着してきた1960年代は、アイリングの式の−loge(1-α)の計算が一つのネックであった。いま、事務所の書架の片隅に眠っている建築音響ハンドブック(日本音響材料協会編、昭和38年3月技法堂出版)の残響式の解説記事には2ペ−ジにわたって、αと−loge(1-α)の換算表が載っている。

 前書きが長くなったが、この計算を長さ150mm、幅29mmの計算尺にまとめたのが、ここで紹介する室内音響計算尺、開発者の名前をとって、佃計算尺と呼ばれている。(写真-1参照)

写真-1佃計算尺
写真-1 佃計算尺

 佃温敏君は私よりわずかに年下の建築家で、NHKの建築課を経て1950年頃、技術研究所音響研究部に赴任した。何事にもじっくり取り組む性格で、反射音の軌道の追跡など、彼の手になる音線図は音の視覚化の奔りとして、報告書に輝きを与えていた。

 写真-1の建築音響計算尺は、中央のスライド部分の真ん中にあるV/Sの値を下の固定尺のV/Sにあわせると、平均吸音率αと残響時間RTとの関係がたちどころに読みとれる道具である。今日でも筆者は個人の音楽室などの必要な吸音面の検討に利用している。さらに、スライド尺の左端のmを使って、大空間で考えなければならない湿度補正を行うこともできる。

佃温敏氏
佃 温敏氏

 手元に使い方を示した書類がないこと、また、筆者の今日の使い方が限られているので、この計算尺の機能の紹介は以上である。

 計算尺が技術畑に登場したのは1960年頃、関数卓上計算機の登場によって、1970年頃には販売市場から姿を消した。計算器具は戦前のそろばんに始まり、タイガー計算機、卓上計算機、パソコンへと技術革新の歩みにのって大きく変動した。現在、卓上計算機は100円ショップに転がっている。計算尺はいまや死語となったと思っていたが、ネットで購入できる。(永田 穂記)

オルガンコンサート「オルガンエンターテインメント5」ご案内

 昨年、東日本大震災で中止したオルガンコンサートですが、今年は会場を横浜みなとみらいホールに移して開催することになりました。2004年の第1回目から数えると11回目となります。オルガニストは、今までのコンサートにも登場した山口綾規氏。これまでの会場のトリフォニーホールのオルガンとはまたひと味違った響きの横浜みなとみらいホールのオルガン。愛称ルーシーで知られている朗らかな音色で、クラシック音楽や映画音楽をお楽しみ下さい。無声映画に音楽をつけるなどの新しい試みも行います。平日の夜の公演ではありますが、港を望むおしゃれなホールで楽しい一時をお過ごしになりませんか?(福地智子記)

演奏 : 山口綾規
日時 : 7 月30日(月) 19:00 開演 (18:30 開場)
場所 : 横浜みなとみらいホール 大ホール(チケットセンター:045-682-2000)
チケット(全席指定): 一般 2,500 円、学生・65歳以上 1,500 円