東京都立総合芸術高等学校 新キャンパス完成
東京で唯一の公立の芸術系高等学校として、学校創立から40年を迎えた都立芸術高等学校が2010年に改編し、新たに都立総合芸術高等学校として開校した。これまでの音楽科、美術科にさらに演劇と舞踊を専門に学ぶ舞台表現科が加わり3科の総合芸術高校となった。一時、音楽科は目黒区大橋の駒場校舎で、美術科と新設の舞台表現科は新宿区矢来町の神楽坂校舎で運営されていたが、新宿区富久町の旧都立小石川工業高校の跡地に建設工事が進められ、3科が統合された都立総合芸術高校新キャンパスが完成した。
本校は伝統ある芸術系専門の高等学校であり、音楽科からは鮫島有美子さんら第一線で活躍している音楽家を輩出している。余談であるが、駒場校舎(旧都立駒場高校芸術科)は筆者の母校目黒第一中学と隣接しており、中学の窓から見える高校生の風景は、坂本龍一風の長髪男子生徒が屋上でスケッチをしていたり、楽器を演奏していたり、服装も自由気ままで、私たちの目には高校生が随分大人に映り、中学生憧れの学園だった。
施設概要
本施設の設計は松田平田設計、施工は松井建設JVが、防音工事はAGK建築音響が担当した。本校の周辺は新宿駅周辺の開発が及ばない下町の香りが残る閑静な住宅地である。新しいキャンパス計画では、敷地の中央にある旧小石川工業高校の体育館を残し、その西側に音楽ホール棟、東側にRC造4階建ての校舎棟が新設された。体育館は主に舞台表現科の諸室に改修され、劇場として発表会場にも利用できる舞台演習室や一般の練習室などが入っている。校舎棟内の音楽系教室には、レッスン室、アンサンブル室、和楽器練習室などに加え、3学年が合同でアンサンブル演奏ができ、演奏会場としても利用されることを前提とした合奏室・合唱室などがある。
遮音計画
今現在、学校周辺は静かな環境だが、東京都がすでに着手している都市計画道路環状4号線(外苑西通り)が靖国通りよりさらに延伸され、ちょうど学校敷地内の音楽ホールの西側を通ることになっている。道路は切り土で溝の下を通るようになると聞いているが、その騒音の対策として、音楽ホール棟西側RC造の壁の外側にさらに押し出し成型セメント板による遮音壁を設けている。
校舎棟は、各科ごとに建物を4つのブロックに分け、それらをメイン通路で接続している。教室をブロックに分けることにより、音楽科と美術科の相互の音の影響をなくし、さらに音楽科の中でも音の影響を受けやすい室同士を別のブロックに分けるなどの教室の配置計画により、効率よく室間の遮音性能を高めている。また、さらに高い遮音性能を必要とする諸室には防振遮音構造を採用し、経済性と必要性能のバランスを考慮して構造のグレードを4段階に分けている。
音楽ホールの音響計画
音楽ホールは540席収容のクラシック音楽など生音の演奏を主目的にしたホールである。平面的に弧を描いた側壁とサイドバルコニー上部から天井へ向かって立ち上がる白い壁面が印象的な空間であるが、音響的には客席に対して凹面となっている側面からの音の集中を防ぐと共に拡散を意図して、これらの曲面を3種類の角度を持つ平らな面を折れ壁状に連続させて構成した。また上部壁面については、ホール側に凸の曲面とすることで、客席へ一次反射音を返すよう計画した。天井についても舞台・客席へ一様に反射音を返す形状の3つの緩やかな曲面で構成した。また、本ホールは演奏会等のほぼ満席となるような使い方だけでなく、授業や試験など聴衆が少ない状態で使われることが想定されたため、サイドバルコニー席背後の壁に吸音カーテンを設置して、響きの長さを調整出来るよう計画した。残響時間は吸音カーテン収納時に2.1秒、吸音カーテン設置時に1.8秒(いずれも500Hz、空席時)となる。
各科が統合された新キャンパスでは、お互いに刺激を受けながら創造性豊かな活動が繰り広げられることと思う。学生の皆さんの活躍を期待したい。(小野 朗、箱崎文子記)
東京都立総合芸術高等学校 : http://www.sogo-geijutsu-h.metro.tokyo.jp/
山崎奈津子邸ピアノ室−「スタジオ・アデリ-」の音と響き
山崎奈津子邸ピアノ室”スタジオ・アデリ−”は2010年10月25日、東京の西郊多摩市の一角に誕生した床面積約50uの音楽室である。元ベーゼンドルファーにおられた福田多恵子氏を通して、音響について協力の依頼があったのが2009年の夏であった。山崎さんご自身、ご自宅でピアノとサクソフォンを教えておられる音楽家で、楽器としてはベーゼンドルファー225とスタインウェイO-180という名器2台をお持ちである。したがって、音楽室は音楽ホールの基本条件を具備した空間とすべきと考え、音響設計を進めた。
音響計画
音楽室は敷地の傾斜を利用し、前面道路側の地盤を約4m堀り下げ、入口玄関より1.2m下を音楽室の床レベルとして計画した。外壁は200mm厚のコンクリート造、外部に面する窓、扉は2重の遮音構造とした。2階が住居階となっている。天井および周壁はボードの積層張り、床は45mm厚の積層板を木軸組で支持した。
響きについては平均吸音率15%を目標に吸音面を周壁に分散し、反射面は平滑な仕上げを避け、凹凸のある仕上げとした。また、演奏者およびピアノに好ましい環境を実現するために換気と温・湿度調整機能を充実させた。
建築設計、施工は朝日建設株式会社である。
外壁の遮音性能は内外それぞれ1mの点で57dB(500 Hz)であり、近隣への音漏れの障害は全くない。また、正面道路を時々乗用車、中型の商用車が通過するが、音楽室では車の通過音は気が付かない程度の静けさである。室には空調機の他に換気を兼ねた湿度調整機(デシカ−ダイキン製)と天井ファンがある。その発生騒音は各設備の運転条件によって異なるが、最大でNC-30、運転条件の設定によってNC-25以下の静けさが実現可能である。
ピアノ2台を設置した、通常のレッスン時の残響時間周波数特性と平均吸音率を右図に示す。
音響特性
あとがき
筆者の経験をふまえて言えば、個人音楽室の音響には三つの課題があるように思う。まずは、空間、とくに天井高の確保、次いで、使用者の嗜好と使い方からの響きの量と質の設定、3番目が騒音・振動軽減対策を含めた換気・空調設備の設置である。スタジオ・アデリーは限られた条件のなかで、音響上の理想を実現できたという思いである。オーナーである山崎奈津子氏の音響設計に対しての理解と支持、設計・施工を担当した朝日建設株式会社 田中太氏をはじめ設計、施工に関わった方々にお礼を申し上げたい。
スタジオ・アデリーはプロの練習室として、貸し出しを行っている。詳細は下記へお問い合わせ下さい。(永田 穂記)
山崎奈津子 Tel:042-371-7127
コンサートホール音響実験用模型製作の回想−その3
生き残った模型 (新日鉄紀尾井ホール)1993年6月〜9月
この仕事をしていると「響きの良いホールって具体的にどんなホールですか」と聞かれて困る時があります。私共は音響実験のための器を造っているだけであり、音や響きといった抽象的な物に関しては門外漢なのですから…。あえて言えば席に座って演奏中に目を閉じたとき、実際の視覚より一回り大きな音場を感じるような、「豊か」と表現したら良いのでしょうか、演奏者と一体となったその音色に柔らかく包み込まれるようなそんなホールが個人的には好きです、とお答えしております。
溜息のような弦の震えも手に取るように響く、紀尾井ホールはそんなホールです。
このホールの模型を手掛けることとなったのは前述の故菅眞一郎氏の紹介であり、千葉県君津にある新日鉄総合技術センターの広大な敷地の中、サッカーも出来るようながらんとした大きな研究施設の片隅でひっそりと組み上げられました。模型製作の初期段階から打合せに参加させて頂き、いささか緊張いたしましたが、新日鉄の担当の方や意匠設計・音響設計の方は皆様同じ目線で対応して下さり、とても良い環境の中で仕事に打ち込むことが出来ました。デザインも奇をてらうことなく、さりとて古い様式に固執することもなく、模型製作図の作成中から実際の響きが聞こえてくるようでした。環境が良いとついつい走ってしまうものです。紹介していただいた菅氏の御好意にぜひとも答えたいとの気概もあり、細部のスリットやモールディングの形状も可能な限り再現致しました。後に音響設計の方から伺ったのですが、細部を精密に造りすぎたためにスリットやモールディングの隙間などによって高音域が吸収されすぎてしまい、シール材などを塗って調整されたそうです。ご迷惑お掛けいたしました…。
座席もこの模型では合板で一席ずつ製作し、背もたれは曲面で形作ったリアルな物でした(このシートの座面はジグを使いルータで削りだしたのですが、その激しい震動に指が白蝋病になりかけ、何ヶ月もしびれたままでした。)
この紀尾井ホールの模型製作のころからユニットで製作し現地で組み立てるという方向に変わって行きます。バルコニー・拡散体の取りついた側壁や天井ユニットなど現地に搬入し倉庫の壁に並べると、あたかも美術館に行ってデュシャンのオブジェを見ているようで、一人ほくそ笑んでおりました。
携わった方々の生みの苦しみや喜びの詰まった音響実験用模型も、多くの場合実際のホールが完成すれば全て解体処分されます。もったいないと思われるでしょう。しかし大きなホール模型は十六畳ほどの大きさがあり、解体移転・維持管理の費用を考えると採算が取れないのです。「リスニングルームにしたら…」「子供の勉強部屋に…」とおっしゃる方もおりますが、決してお勧めできるものではありません。喜ばしいことに紀尾井ホールの音響実験用模型は私達の手掛けた中、たったひとつだけ保存されていると聞いております。音響実験終了後、意匠の検討にも使われ、照明や細部の質感も再現されていると伺ったことがあります。いつか機会があれば再会してみたいものです。
「せっかく苦心して作ったものが壊されてしまうのはさみしいですね」とよくいわれます。でもそんなことはありません。私達の努力は美しい響きとなって、今も多くの人々を魅了しているのですから。
(海老原工務店:海老原信之記)