No.291

News 12-03(通巻291号)

News

2012年03月25日発行
ISGM新棟の外観

イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館 – 新棟の完成

 米マサチューセッツ州ボストンにある美術館といえば、まずは世界有数の規模を誇るボストン美術館(Museum of Fine Arts: MFA)を思い浮かべる方が多いのではないかと思うが、そのすぐそばにあるイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ISGM)も、これまた素晴らしい。筆者は本プロジェクトに参加するまでこの美術館については正直ピンと来ていなかったが、周りのアメリカ人の中には「ああ、あの美術館大好き!」と言う人が何人かいた。知る人ぞ知る、実は人気のある美術館である。

 アメリカ人女性イザベラ・スチュワート・ガードナーが1903年に創設した歴史的な建物を実際に訪れてみると、そこは天窓のある中庭を囲むようにデザインされた三階建ての落ち着いた雰囲気で、大変寛いだ気分にさせてくれる。世界的な価値のあるさまざまな美術品の展示のほか、コンサートやレクチャーなどの教育・啓蒙活動も盛んで、美術館中央の庭園の維持については、アーティスト・イン・レジデンスの活動として継続されている。フェルメールやレンブラントなどの大変貴重な絵画が1990年に盗難に遭ったことでも知られ、その捜査は現在も継続されており、FBIの盗難美術品部門における最優先課題となっている。

ISGM新棟の外観
ISGM新棟の外観

 2002年、創始者の遺志を引き継ぎ、年間20万人を超える来訪者に対応するために新棟増築の決定がなされ、2004年には設計者としてレンゾ・ピアノが選定された。新棟には美術、音楽および園芸などの活動をさらに推し進めるための特別展示室、音楽ホール、カフェ、温室およびアーティストの宿泊設備などが計画された。増築計画全体のコストは約1億1,400万ドルで、永田音響設計は当初から音楽ホールの音響設計を担当した。

 音楽ホールは約300席収容で、クラシック音楽のコンサートを中心にプログラムが組まれている。正方形のステージを四方から取り囲むように客席が配置され、本館の中庭と同様に、高い位置の天窓からは自然光が入るように設計されている。ホール全体としてみると立方体に近い。ステージレベルには座席が四方に2列ずつ、三段のバルコニーにはそれぞれ1列ずつしか座席が無い。ステージレベルではミュージシャンと同じ目線で至近距離の演奏が聴けるし、バルコニー席では気兼ねなく手摺りに寄りかかって下のステージを覗き込み、ゆったりとした気分で演奏を聴くことができる。隣り合う椅子の間隔についても、コンサートホールの標準的なものよりも少しだけ大きく取ってあり、実に贅沢な空間、どこに座ってもVIP待遇を味わうことができる。観客どうしが間近に向き合うことになり、コンサート会場というよりも、より社交性を感じさせる劇場のような空間といったほうが近く、小劇場のデザインをラディカルに突き詰めていくと、このような結果に行き着くことになるのかもしれない。天井面と客席の手摺りにはガラスが採用され、従来のコンサートホールとは一線を画する大変ユニークなデザインとなっている。

音楽ホール-メインフロア
音楽ホール-メインフロア

 Calderwood Performance Hall と名付けられたこの音楽ホールで1 月12 日から四日間にわたる最初のコンサートが開催されたのち、美術館新棟は1 月18 日に正式にオープンした。キリ・テ・カナワやヨーヨー・マといったビッグネームに加え、ボロメオ弦楽四重奏団とジュピター弦楽四重奏団、そして気鋭のピアニスト、ジェレミー・デンクとパーヴァリ・ユンパネン、さらには美術館のレジデンスオーケストラ「A Far Cry」など、一流ミュージシャンたちによる素晴らしい演奏を連続して聴くことができた。

 竣工間際の慌ただしさもあって、最終的な音響検査はオープニングのあとに先送りされていたが、つい先日に実施することができた。その結果を含め、ホールの音響に関する詳細はまた機会をあらためて御報告したい。(菰田基生記)

音楽ホール-バルコニーレベル
音楽ホール-バルコニーレベル

HP:http://www.buildingproject.gardnermuseum.org/

熊本市医師会 医師会館・看護専門学校

 ここで紹介する熊本市医師会の医師会館・看護専門学校は、熊本大学医学部附属病院に近い敷地に、別の敷地から移転する形で新しく建て替えられた施設である。2011年3月に竣工した。設計はプロポーザルで選出された早稲田大学教授の古谷誠章氏+STUDIO NASCAと熊本市を本拠とする中川建築設計事務所との共同企業体、施工は松尾建設である。 

 建物は5階建てで、下階に医師会館の各施設、上階に看護学校の教室等が配置されており、3階が共用部となっている。その2階に移動観覧席が設置された450人収容の講堂が配置されている。

講堂
講堂

 講堂の使用目的は、やはり医師会館ということから講演会が主目的である。したがって、明瞭度確保を目的に室内音響設計を行った。上手側(東側)の壁面は広いガラス面で、下手側(西側)の壁はランダムに配置されたリブが連なるデザインとなっている。また、天井は舞台から客席後部に向かって曲線状の杉材のルーバーが流れるように設置されている。天井のルーバーもランダム配置である。このランダムなリブの配置は意匠デザインに音響的な要素を取り入れていただいた結果である。この天井や壁のリブの裏側には残響調整のために、部分的に吸音材を設置した。

 医師会館という名称から想像できるような硬い建物ではなく、道路側の外壁には広い開口部が設けられたり、敷地駐車場側外壁は淡いピンクであったりと、柔らかい雰囲気の開放的な建物である。内部も諸室が整然と配置されているのではなく、とくに看護専門学校のゾーンには、ちょっとした空間に椅子が置かれているなど息の抜ける空間があちこちに見られる。講堂は、熊本大学附属病院に近いことや使いやすい規模であることから、講演会にも多く使われている。(福地智子記)

シリーズ 古きホール、音響技術を尋ねて(2)

山葉ホール −コペンハーゲンリブとの再会−

 山葉ホールは戦後の復興の歩みが始まった1950年代の中半に計画され、1958年、東京銀座7丁目に竣工した日本楽器ビルの最上階にあった小ホールである。建築設計は、A.レイモンド氏、音響設計は三木昭氏、施工は飛島建設および白石建設である。レイモンド氏の設計によるカーテンウオールのモダンな外観は、文化国家を掲げて歩み始めた新しい日本を象徴するシンボルとして話題となった。

 山葉ホールはバルコニー席もつ524席のホールで、天井高7.9m、室容積は1,780m3である。一席あたりの室容積3.4m3、残響時間は空席の中音域で約0.7秒と今日の音楽ホ―ルとしてはデッドな空間である。しかし当時は公共の音楽会場として2,300席の日比谷公会堂しかなかった時代である。1,800m3という空間は残響を感じる空間であり、そこで聴く器楽、声楽の音響効果は新鮮であった。それに、音楽ファンがそれともなく耳にしていたのは側壁を飾る”コペンハーゲンリブ”という格子状のパネルで、このパネルが響きを良くする構造体であるということを聞いていた。

 しかし、当時、この空間の響きが印象的であっただけに、この秘密に包まれたリブ構造は未知なる存在で、今日まで、このコペンハーゲンリブの構造の詳細について知る機会はなく、筆者の頭を時々かすめるだけであった。

 ところが最近、NHK技研時代の資料の中で、’山葉ホールの音響特性’のタイトルの文献、NHK技術研究31(昭和32年6月)の別刷を見つけた。論文発表者は建築音響研究室とあるだけで、担当者の記載はないが、この内容からして、当時の建築音響研究室主任の牧田康雄氏であると容易に推測できた。

図1日本楽器ビル(佐藤陳夫氏提供)
図-1 日本楽器ビル(佐藤陳夫氏提供)
図2山葉ホール(佐藤陳夫氏提供)
図-2 山葉ホール(佐藤陳夫氏提供)
図3ホール断面図
図-3 ホール断面図

 残響時間の測定結果を図-5に示す。また、この文献ではコペンハーゲンリブから、今日ではリブ鳴りとして知られている特異の音色の原因が規則的に配列された格子からの回折現象であることが指摘され、リブ鳴りの短音残響波形が示されている。

 このコペンハーゲンリブであるが、今年の2月、鎌倉の雪の下教会の両側壁に使用されていることを発見した。実物を身近に観測できたのは久しぶりのこと、リブ自体、手でたたくと、ボンボンと鳴り、リブの奥には炭化コルクが貼ってあることを突き止めた。低音域は板振動で、中高音域は炭化コルクでほどほどの吸音特性をもつ吸音パネルであることが推定できた。図-5に示した山葉ホールのバランスのよい残響特性にこのリブ構造が寄与していることが納得できたのである。

 この山葉ホールは、2008年1月に解体され、2010年春、銀座ヤマハホールとして再オープンした。戦後の混乱期に生まれ、高度成長期、音楽文化が花を咲かせた半世紀を銀座の一等地で活躍を続けてきた山葉ホール、そのDNAを引き継いで誕生した銀座ヤマハホール、国際的な名店がたち並ぶ銀座で、次の世代の音楽文化の力強い拠点としての活躍を願っている。(永田 穂記) 

図4a鎌倉雪の下教会側壁
図-4a 鎌倉雪の下教会 側壁
図-4bコペンハーゲンリブ構造断面図
図-4b コペンハーゲンリブ構造断面図
図5山葉ホールの残響時間測定結果
図-5 山葉ホールの残響時間測定結果

参考文献 :
「山葉ホールの音響特性」 昭32.6,NHK技術研究31号
子安勝「吸音材料の歴史と展望」音響技術no.24/oct.1978