カンザス・シティの新ホール −オープニング−
米国ミズーリ州のカンザス・シティの新しいホールがオープンし、去る9月の16-17日の2日間にわたってオープンニングのガラ・コンサートが開催された。Kauffman Center for the Performing Arts (KCPA)というのが新ホールの正式名称で、KCは実はKansas Cityの頭文字ではなく、Kauffman Centerの頭文字である。おそらく両方に引っ掛けて命名したのであろう。施主はKauffman Foundationという民間の財団で、いわゆる公共ホールではない。日本では民間のホールというのは数が少ない。まして大企業ではなく個人的な財団がホールを建設してその運営も行うという例はほとんどないといってよいが、アメリカでは珍しくない。
1800席規模のプロセニアム形式のステージを持つ劇場と、1600席規模のクラシック用コンサートホールの2つのホールを持った大型複合文化施設である。総工費は約415百万ドル(日本円換算約320億円)で、一つのプロジェクトとしてその規模の大きさが注目された。今、世界的に経済危機が叫ばれている中でアメリカの状況も例外ではなく、様々なプロジェクトが中止されたり縮小されたりしている。そのような中で民間の大規模なプロジェクトが当初の予定どおり完成を見たというだけでかなり注目されたのである。NYタイムズなどのメジャーのマスコミも、まさにこの点にスポットをあてて取り上げていた。
カンザス・シティは地図でみてアメリカのど真ん中、日本でいうと地理的には長野あたりになるであろうか。ただし山はなく、周囲は見渡す限りの平原が続く。大規模な酪農によるカンザス・ビーフはとりわけ有名で、市中のレストランで口にするステーキは格別に美味しい。実はカンザス・シティには美味しいレストランが多くあり、ステーキに限らずその味のクオリティが高いことにびっくりさせられる。特にアメリカ中西部あたりの食べ物の味の一般的なレベルを知っている我々日本人にとってはまさに驚きであり、カンザス・シティにおけるレベルの高さは良い意味での例外中の例外といってよい。
食文化のレベルが高いところは他の文化のレベルも高い? 地元カンザス・シティにはリリック・オペラ (Lyric Opera)、カンザス・シティ・バレエ (Kansas City Ballet)、カンザス・シティ交響楽団 (Kansas City Symphony Orchestra)の3つのプロの団体がある。周辺を含めたカンザス・シティ都市圏の人口はおよそ200万人にも及ぶが、カンザス・シティそのものは人口約50万人程の典型的な地方の中核都市である。しかしながら、この規模の都市において、オペラ、バレエ、オーケストラ、いずれもプロフェッショナルの3団体が活動しているという事自体がここカンザス・シティの文化度をそのまま表しているといってよい。それに今回、KCPAの2つのホールがその活動拠点として加わったのであるから、すくなくともパフォーミング・アーツという分野の文化に関しては、他都市も羨む文化都市としての条件がすべて整ったと言ってよいであろう。KCPAはこれら3団体の本拠地ホールとして、公演やコンサートはもちろんのこと、日々のリハーサルまで含めたすべての活動を新ホールで行うことになっている。
プロセニアム劇場(1800席)とコンサートホール(1600席)という2つのメインホールに対して、オープニングのためのガラ・コンサートも各々別に2日間にわたって開催された。まず、9月16日にプロセニアム劇場が幕を開け、引き続いて翌日の17日にコンサートホールが開場した。両日とも終演後はディナーが振る舞われる(特に初日のプロセニアム劇場の方は1800席分全員に対して)という、これもいかにもアメリカらしい演出である。もっともチケットの値段の方も、初日については$5,000、最も安い席でも$1,000(コンサートホールの方は$3,000-$500)という破格の値段であった。ただしこのチケットの価格のうちのおよそ9割方は新ホール運営のための寄付金としてのもので、チケット購入者にとっては税金控除の対象となる。
オープニングは両ホールとも総花的なプログラムで、Placido Domingo, Tommy Tune, Patti LuPone (以上、プロセニアム劇場)、Itzhak Perlman, Bobby Watson + Jazz Orchestra, Diana Krall (以上、コンサートホール) らのビッグネームが顔を並べた。プロセニアム劇場では地元のLyric OperaやKansas City Balletが、また両ホールにおいてKansas City Symphonyがプログラムに組み込まれて大活躍したのはいうまでもない。
ポップス、ミュージカル、ジャズ等が必ずプログラムに組み込まれるあたりはいかにもアメリカらしい。外部から招聘したプロデューサーによって構成されたオープニング・コンサートのプログラムが、バラエティに富んだお祝い的なものになるのはある程度仕方がない。特にプロセニアム劇場の方は、少なくとも音響的には多目的ホールとしての機能、性能を備えており、多岐にわたるプログラムに柔軟に対応可能である。しかしながらコンサートホールにおいては、本来の目的であるシンフォニーオーケストラを中心としたプログラムのみでオープンして欲しかった、というのが設計者としての偽らざる思いであった。そういう意味では、このオープニングの一週間後に行われたオーケストラの新コンサートホールでの最初の定期演奏会が、音響的な意味でのこけら落としコンサートであったと言えるかもしれない。新ホールの音響に関するレポートは、また機会を改めてご報告する予定である。(豊田泰久記)
熊本駅前「くまもと森都心プラザ」のオープン
2011年3月、いろいろな事がありました。地震、津波、原発事故と東日本の大震災は未だに大きな爪痕を残している。その影響もあってか、あまり話題にもならなかったように思うが、九州では新幹線鹿児島ルートが全線開業した。この九州新幹線開通に向けて、JR熊本駅とその駅周辺でもいくつかの新しい開発・整備計画が進められている。新幹線駅舎と西口広場、それに東口の駅前広場と、駅前は新しくなってきたが、在来線の高架化とそれに伴う新駅舎、その周辺の整備事業はまだまだ続くようだ。駅前の「くまもと森都心」と呼ばれる市街地再開発地区も合わせて建設が進み、その中の公共施設である「くまもと森都心プラザ」が2011年10月1日にオープンした。
駅東口広場前の市電の通りに面した再開発地区には、商業・業務+公共施設棟、商業・業務施設棟、高層の住宅棟の3棟が建設され、全館オープンを来年春に迎える。今、駅からはそそり立つ35階の高層ビルが目の前に迫って見える。先にオープンした低層の6階建の複合施設「くまもと森都心プラザ」へは、駅前広場からペデストリアンデッキで直接2階の「観光・郷土情報センター」にアクセスできる。3〜4階は「プラザ図書館」、「ビジネス支援センター」、5〜6階には「プラザホール」等があり、熊本の陸の玄関口である駅前の立地性を活かした情報交流拠点として計画された。設計・監理はアール・アイ・エー 九州支社である。
最上階部のホールゾーンには、客席数489席のプラザホールとホールの舞台ほどの床面積を有し、リハーサル室としても考えられた多目的室、4つの会議室が配置されている。
プラザホールは、プロセニアムと移動観覧席を備えた平土間形式の多目的ホールである。舞台には可動式の反射板もあり、講演会、会議等から小規模のコンサート、演劇等まで幅広く利用できる。設計当初は情報交流施設として、コンベンション系の利用を中心に考えたホールであったようだが、駅前の利便性から市民の幅広い利用を考慮し、舞台部のフライの高さ、天井高さ、舞台反射板の設置等、多目的利用にも十分配慮した計画となった。
ホールの遮音計画では下階の図書館等を含む諸室と、隣接する住宅棟への音洩れが、また、ホール階に大音量を伴う使用が想定される多目的室が配置されているため、ホールと多目的室に防振遮音構造を採用した。室内音響の計画では利便性の高いホールだけに、小規模のクラシック音楽の演奏空間としても、できるだけ質の高い室内音響条件の実現を目指したものの、近接する住宅棟への日影等の建築条件からの建物の高さ、コスト等の制約もあり、幅16m、奥行き30m、天井高さ8m程度の矩形のホールに落ち着いた。内装は緑豊かな熊本をテーマに、木の葉、森の木々をイメージしたという木質系のパネルが音響的配慮から僅かながらの角度を持って取り付けられている。残響時間は舞台反射板−舞台幕設置時、1.2−0.9秒(満席時、500Hz)である。
今春の新幹線開業で繋がった東と西、その大きな明暗に西からの温かい光が射し込んでくれることを願うばかりである。(池田 覺記)
くまもと森都心プラザ:http://stsplaza.jp/
スリット仕上げ吸音構造の実用に向けて
以前、”孔の見えにくい孔あき板”を用いた広帯域吸音内装仕上げを紹介した(本News03-04号)。孔あき板の孔の前面に細長い板を並べた表面仕上げ(スリット)+グラスウール+空気層で構成される孔あき板吸音構造である。前段のスリットと後段の孔あき板、それぞれが構成するレゾネータの共鳴周波数を低中音域と高音域に別けることで広帯域を効率的に吸音する構造が実現できる。
後段もスリットのタイプ
上記の孔あき板は他のタイプのレゾネータ型吸音機構でもよい。本年11月に竣工した島根県浜田市の長浜小学校改築工事では、一般教室の天井に前・後段ともにスリットタイプの吸音構造が採用された。後段のスリットを隠すように細片を並べた600mm角の木製積層スリットパネルが、天井中央部分に市松に配置されている(写真1)。パネル背面には抵抗材の役割を果たすガラス繊維不織布が接着されており、背後にグラスウールを敷き込まなくても0.5以上の吸音率を有している。教室内の同パネルの施工面積は約35m2で、日本建築学会の「学校施設の音環境保全規準・設計指針」に沿って教室に適した室内音環境の実現を目指した。なお、教壇上部の天井は、先生の声を生徒に返すために反射性で生徒席に向けて角度が付けられている。改築校舎にはこの天井パネルも含めて島根県産木材がふんだんに使用されており、自然素材の暖かく柔らかい雰囲気がやさしい。なお、弊社会議室の壁に取り付けられているスリットパネルもこのタイプの吸音構造である。
調音パネルタイプ
オリジナルのスリット+孔あき板の構成の自立型パネルも製品化が進んでいる。写真2はこのパネルを用いた吸音衝立である。こちらは孔の真上に目隠しを兼ねる木細片を並べる仕様で、孔あき板の孔や木細片の支持材の見えないスッキリした表面に仕上がっており、現在、島根県にて生産体制の準備を進めている。(小口恵司記)