No.285

News 11-09(通巻285号)

News

2011年09月25日発行
Fig1 Helsinki Music Centre (illustration by LPR)

ヘルシンキ・ミュージック・センターのオープニング

-ヴィニヤード型コンサートホール-

 本ニュース282号(2011年6月)にてオーケストラによる最初のリハーサルの様子をお伝えしたフィンランドのヘルシンキ・ミュージック・センターHMC(Helsinki Music Centre)がこの8月31日にオープンした。1704席のコンサートホールは地元フィンランドを代表する2つのオーケストラ(ヘルシンキ・フィルハーモニック、フィンランド放送交響楽団)の本拠地ホールとなり、両オーケストラはこれまでの本拠地ホールFinlandia Hall (HMCに隣接)から引っ越して来た。HMCにはフィンランド唯一の音楽大学であるシベリウス・アカデミーの一部も同居することになっており、用途の異なる6つの小ホール(オーケストラ・リハーサル・ホール(240席)、室内楽ホール(240席)、オルガン・ホール(140席)、ヴォーカル・ホール(206+78席)、ブラックボックス(225-400席)、オーディトリウム(82席)の他、アンサンブルやソロ用の多数の練習室を併設している。

Fig1  Helsinki Music Centre(illustration by LPR)
Fig1 Helsinki Music Centre
(illustration by LPR)

 1999年から2000年にかけて建築設計者を選定するデザイン・コンペが実施され、永田音響設計はその前年の1998年から音響コンサルタントとして本プロジェクトに参画した。設計コンペの概要とその経緯については、本ニュース155号(2000年11月)にてお伝えしたのでそちらをご参照いただきたい。建築設計者の選定は2000年には終了したものの、実際の設計が始まったのは2005年に入ってからであった。そして1/10音響模型実験を含む設計のプロセスは2007年の後半まで続き、その後2008年の後半に実際の工事が始まった。音響模型実験の様子は、本ニュース230号(2007年2月)にて、また、遮音工事の途中状況についてはその一部を同じく本ニュース262号(2009年10月)にてお伝えした。工事がほぼ完了したのは今年(2011年)の春頃である。設計開始からでも実に6年の歳月が過ぎた。

 2000年のデザイン・コンペによって最終的に選ばれた設計案は、ヴィニヤード型のホール形状、客席配置が採用されたものであった。実際の設計のプロセスを経て細かい部分はかなり調整・修正されたが、基本的な考え方は変わっていない。ステージの周囲を客席が取り囲み、また客席はいくつかのブロックに分割されて、各客席ブロック間に段差を設けて配置することによって生じる壁面を音響的に有効な反射面として利用するというものである(Fig-2)。一方、客席全体の平面形状は一般的な矩形が採用されており、ヴィニヤード型ホールの元祖ともいうべきベルリン・フィルハーモニーのような複雑なものでもなく、あるいは札幌コンサートホール(キタラ)のような扇形というわけでもない。これはヴィニヤード型ホールの大きな特長であって、客席全体の平面形状に対しては非常にフレキシブルに対応可能なのである。シューボックス型ホールの平面形状が必ず横幅の狭い矩形となるのとは対照的である。

施設概要
施設概要

 ヴィニヤード型が採用されたのは、シューボックス型に比べて各客席からステージまでの距離をより短く設定でき、ステージと客席の間の親密感をより増すことができること、さらにステージを取り囲むような客席配置によって向い側の聴衆の顔を直接見ることができるようになり、聴衆どおしの視覚的な親密感・連帯感を期待できること、等々の理由による。果たして、8月31日のオープニング・コンサートで初めて客席に聴衆が入った時の満席状態のホール内の印象は圧巻であった。ホール内を見回すとぐるりと聴衆の顔が並んでいる(Fig-3)。素晴らしいコンサートが繰り広げられた時、満席の聴衆がそれを楽しむ様子が直に伝わってくること、これこそがヴィニヤード型ホール形状、客席配置の醍醐味であろうことを実感した。

 オープニング・コンサートは2つのレジデント・オーケストラによる演奏を中心としたもので、両オーケストラメンバーの混成オーケストラ(ユカ=ペッカ・サラステ指揮)によるシベリウスの「フィンランディア」で始まった。合唱団がホール客席の通路部分に配置され、有名な中間部分を高らかに歌い上げた。フィンランドではほとんど国歌に準ずるといえる程に広く親しまれている曲で、ホール内が歌声で満たされた瞬間は、フィンランド人でなくとも感極まった。当夜のハイライトは、何といってもプログラムの最後に演奏されたフィンランド放送響(サカリ・オラモ指揮)によるストラヴィンスキーの「春の祭典」であろう。変拍子と不協和音が連続して複雑に入り組んだこの難曲中の難曲が、十分な迫力で、しかも曲の隅々までクリアに聞こえた。音が豊かに、しかも非常にクリアに聞こえること−このしばしば相反する2つの音響的に重要な要素が高い次元で両立すること−が重要であり、音響設計段階での大きな目標の一つである。豊かな音響に対しては長めの残響が有効であろう。しかしながら、残響を長くすれば、一方で音の明瞭さは失われる。音の明瞭さの確保に重要な役割を果たす初期反射音が適切に得られるような設計が重要である。初期反射音に対しては室の形状が大きく影響する。ヴィニヤード型コンサートホールはこれらの重要な初期反射音を効率良く得るのに、より適したホール形状ではないかと考えている。

Fig-2  コンサートホール平面
Fig-2 コンサートホール平面

 ヘルシンキにおけるオープニング・コンサートの後、引き続きウィーンに飛び、かのムジークフェラインスザールにおいて3日間、別のコンサートを聞いてきた。典型的なシューボックスタイプの名ホールであり、その豊かで素晴らしい音響はいつ行っても圧倒される。しかしながら、こと音の明瞭さに関していえば新しいヴィニヤード型コンサートホールの方がより明瞭であり、音楽の構造がくっきり聞こえてくる。少なくともストラヴィンスキーのような近代物、現代物にはより適しているとの思いを強くした。(豊田泰久記)

Fig-3 オープニングの様子
Fig-3 オープニングの様子

「からきだ菖蒲館」オープン − 地域の和を育む拠点として −

 今年の春、小田急多摩線唐木田駅近くの緑豊かな住宅地に「からきだ菖蒲館」がオープンした。街路樹の間から顔を出す柔らかな曲面のコンクリート打放しの外壁に、こんもりと起伏のある丘のように緑化された屋上。いったい何の建物だろう?と想像をかきたてられるこの建物は、唐木田地区のコミュニティーセンター、図書館、児童館が複合された東京都多摩市の施設である。館内は外壁と同様に凸のラインと四角くデザインされたPコン(コンクリート打設時に型枠を固定するために使う部品で、通常は円柱形)の凹みで変化がつけられたコンクリート打放しの壁と、ランダムに配置された天井の照明器具とが合わさって、リズミカルな印象である。菖蒲館という愛称は、かつてこの地が花菖蒲の里として初夏を彩り、人々の目を楽しませてきたことに由来するようだ。

からきだ菖蒲館
からきだ菖蒲館

 建築設計は新居千秋都市建築設計、施工は三浦・朝倉建設共同企業体である。弊社は主にコミュニティセンターエリアに計画されたホール、音楽室および遊戯室についての音響コンサルティングを行った。

 ホールは平土間形式、移動椅子で約100名を収容するスペースである。講演会、集会やピアノ・合唱等の発表会など多目的に利用出来るよう計画した。また、エクササイズにも使用したいという要望もあり、直下の図書館への影響を考慮して、スラブの床衝撃音遮断性能を向上させるようなスポーツフロアを選定した。子供達が駆け回って遊ぶことを想定した遊戯室についても、同様にスポーツフロアを選定した。音楽室はバンド練習等による大音量の発生を想定した室で、同じフロアに配置されたホールや会議室、直下の図書館に対して音漏れの影響がないように防振遮音構造を採用し、同時使用に耐え得る遮音性能を確保した。

ホール
ホール
遊戯室
遊戯室

 オープンから4ヶ月程経った8月初旬、夏真っ盛りの時期に施設を訪れてみたが、館内は元気に遊びまわる子供達や、親子連れ、カフェでくつろぐ人達で大変賑わっていた。ホームページによると、ホールだけでなくエントランスロビーでもジャズなどの音楽イベントが開催されているようだ。掲載されているイベントレポートから、その愉しそうな様子が伝わってきて、住民でなくても参加してみたくなる。今後も地域活動の拠点として賑わいの絶えない施設であって欲しいと思う。(箱崎文子記)

 からきだ菖蒲館ホームページ :http://www.karakida.org/

劇場コンサルタント 近江哲朗氏をお迎えして

 7月の終わりに、劇場コンサルタント、A.T.Network代表の近江哲朗氏を事務所へお迎えし、話を伺った。

 近江さんは、日本大学理工学部修了後、佐藤武夫設計事務所(現:佐藤総合計画)に入社され建築設計者としてキャリアをスタート、その後、A&T建築研究所を経て独立され、劇場コンサルタントの仕事をされている。自分らしい個性のある仕事をしてゆきたい、という方針から、法人化はせず個人として仕事を続けているそうだ。今年で独立から20年を迎えられる。永田音響設計が、ご一緒させていただいたプロジェクトだけでも、熊谷文化創造館、キラリ☆ふじみをはじめ、近作では文化総合センター大和田(渋谷区)で10件になる。

近江哲朗 氏
近江哲朗氏

 今回の主な話題は、ホールのハード作りと同時進行する開館までのホール運営支援についてであった。まずは、プロジェクトのはじめにいつも提示なさるという、開館までの時間の流れに沿って検討すべき項目がまとめられている資料を見せて下さった。運営計画、事業計画、開館準備の様々な内容が、いつまでに決めなければならないのか、がわかるように示されている。近頃、ホールのオープンまでの工期が短くなっている中で、的確に各段階の仕事を進めるには重要な資料である。

 近江さんのアドバイスは事細かに、多岐に渡る。直営なのか?指定管理者制度における管理代行なのか?などの運営スタイルの話からはじまって、運営組織構成や運営コスト、施設料金設定。また、チケットの相場調査に、売り方、今では必要不可欠とも言える施設のホームページに掲載する情報の種類、中にはこけら落としの際にしばしば行われる三番叟について、というような資料もあった。三番叟の由来、そして種類。たしかに、まずは内容を知ってもらわなければ、やるかやらないかも決まってゆかないだろう。

 ホールの予約時期についての話で、「行政では1年単位で物事を考えていて、12ヶ月前からの受付が多い。それだと年に1回の公演をしている団体が、来年はいつどこで公演をやりますよ、とまだ予約が取れていないから言えない。もし、もう少し柔軟に予約受付期間を13ヶ月前からとすれば宣伝できるのに。」と近江さんは言われた。いろいろなところに気配りのある方だなぁと思った。たくさんの資料を作成して、提案をして、その中で実現していくのは1割ぐらいかな、とのこと。基本的にホール運営は地方公共団体などにとって前例なき業務であり、なかなか迅速に決断は進まないようである。

お話しを伺っていると、仕事上関わられたホールだけでなく、近隣のホール、興味ある公演など、頻繁に出かけていらっしゃるようであった。3月の震災の際にも、車にガソリンが補給出来てすぐ、ご自分の関わられたホールを廻られたそうだ。ホールに対する近江さんの篤い想いが感じられた。(石渡智秋記)