No.280

News 11-04(通巻280号)

News

2011年04月25日発行
施設の外観パース

横浜市鶴見区民文化センター(サルビアホール)

 本年3月5日(土)に鶴見区民文化センター(サルビアホール)がオープンし、JR鶴見駅前に横浜市鶴見区の新しい顔が誕生した。

施設概要

 鶴見区民センターは、旧国鉄清算事業団用地の再開発プロジェクトである鶴見駅東口地区第一種市街地再開発事業としてUR都市再生機構により計画が進められてきた。この駅前再開発施設には、公益施設である鶴見区民センターの他に、JRが運営するホテル、地上31階建ての住宅棟、保育施設、商業・業務施設などがあり、これらは公益施設に先立ち昨年10月にオープンした。さらにJR鶴見駅前では、現在駅前広場の拡幅工事と駅舎の立替工事が進められており、これらの開発により駅周辺は大きく様変わりする。この駅前再開発施設全体の愛称は「シークレイン」といい、海「sea」と鶴「crane」とをあわせた造語。その中の公益施設である鶴見区民文化センターの愛称が「サルビアホール」である。いずれも一般公募案から選ばれた。

施設の外観パース
施設の外観パース

 本施設の基本設計は、建築:石本建築事務所、設備:森村設計、舞台コンサル:空間創造研究所、音響コンサル:永田音響設計が担当し、実施設計からは特定業務代行者の竹中工務店の設計・施工で進められた。さらに上記設計チームは、公益施設に対し、設計意図伝達業務ならびに内装監理業務として施工の監理を行った。

遮音計画

 建設地は、JR京浜東北線鶴見駅と京浜急行線鶴見駅にはさまれており、鉄道からの騒音・振動の影響が予想された。そのため、更地の段階で騒音・振動調査を行い、その結果から施設全体と各室の遮音計画を行った。遮音構造はまず、地中連続壁(SMW)と地中躯体との間に緩衝材を挟む地中防振構造を採用し、住宅棟も含む施設全体を防振することにした。さらに、公益施設内の多目的利用のホール、音楽ホール、練習室、リハーサル室には各室間相互に必要とされる遮音性能を確保するためBOX in BOXの遮音構造を採用した。竣工時の音響測定により遮音性能は、ホールと音楽ホール間(平面的に柱1スパン離れている)でD-85以上、練習室群(3室が隣接)の室相互間でD-85以上、各ホールと練習室間でもD-85以上であった。計画時に横浜市より、練習室での和太鼓の演奏音がホールで聞こえないように…、という要望が出されていたが、現実には和太鼓の演奏音を同一建物内でまったく聞こえなくすることは難しく、その旨、理解を頂いていた。竣工検査時に市からの要望により、神奈川県立鶴見総合高校の和太鼓部の部員に演奏をお願いし、各ホールと練習室における和太鼓演奏音の他室での聞こえ方を確認した。部員の多くが女子高校生であるにも拘らずパワフルな演奏で、平均レベルが100dBA,ピークで115dBAという発生音で、立会った建設スタッフを驚かせた。それだけの大音量であったが、練習室での演奏は音楽ホールやホールでほとんど聞こえなかった。

和太鼓の演奏
和太鼓の演奏

ホールの室内音響計画

 公益施設の中核となるホールは、横浜市で各区に整備を進めている一連の文化劇場の一つとして位置付けられていた。一方、このホールは既存の鶴見会館の代替施設としての計画でもあり、地域市民からは同規模の施設が要望されたため、既存ホール(934席)よりは小さいが既に市内18区にある施設の中で最大の規模の550席となった。ホールのインテリアは「鶴」に因んだ鶴の姿の緩やかな曲線をモチーフとした端正なデザインである。音響的に質の高い音楽空間を要望される一方、賀詞交歓会や展示開場に利用するため平土間にできることが条件とされ、写真にあるように移動観覧席を採用した。移動観覧席には揺れやすい簡易な機構というイメージがあるため、市からはその改善を求められた。そこで、床面に合板を追加するなど全体に強度を上げ、椅子のデザインも固定椅子に近い仕様としたので、一般の固定段床客席に劣らない品質にすることができた。

 音楽ホールは舞台の壁、天井が固定の専用ホールで舞台と客席の一体感があり、一般の市民に使いやすい100席という規模から、貸出受付間もなく数ヶ月先までピアノ、ギター、リコーダなどのリサイタルやコーラス、室内楽など様々な音楽会の予約が入っている。

ホール:段床形式
ホール:段床形式
ホール:平土間形式
ホール:平土間形式

運営

 サルビアホールは、開館6日後に東日本を襲った大地震とその後の計画停電により相次いで公演中止を余儀なくされ、出鼻を挫かれた。世の中の情勢を見れば、致し方ない。新しい文化施設での今後の活動により、市民の生活に活気を取り戻すことができれば文化施設としてもその存在意義は大きいように思う。

音楽ホール客席
音楽ホール客席

鶴見の土地柄

 鶴見の名前やその歴史についての解説が横浜市のホームページにある。古くは鎌倉時代、新田義貞の鎌倉攻めの際、北条高時と相見えた「鶴見の戦い」という記録があり、また「吾妻鏡」にもその名が記されている。しかし名前の由来について、前述の内装デザインや施設名シークレインの拠り所となっている「鶴」にまつわる話は見当たらない。鶴見の歴史を見ると、ここは明治時代まで漁村であったらしい。その後大正時代には、後の浅野セメントを創設した浅野総一朗らによる埋立て事業が始まり、京浜工業地帯の中核的な地域として開発された。今の鶴見駅周辺はその従業員の居住地となり、商店街や盛り場が発展した。浅野総一朗はその後、浅野造船所(後の日本鋼管、現JFE)などを設立し浅野財閥を築き、埋立地には鉄道を通し京浜工業地帯の発展に大きく寄与してきた。その鉄道は、現在も工業地帯に勤める社員の足、鶴見線として活躍し、これらの関連会社は鶴見に集中している。なお、鶴見線には「浅野」という駅があり浅野総一朗の名を残している。また他にも浅野の娘婿で日本鋼管の初代社長の白石元治郎から「武蔵白石」、安田財閥の安田善次郎から「安善」、渋澤栄一の娘婿で王子製紙の基礎を築いた製紙王大川平三郎から「大川」、地主の小野伸行から「鶴見小野」などの駅名がある。鶴見線の駅名をたどるだけでも鶴見が明治以降の日本の経済発展の地として大きく貢献し、何人もの歴史に名を刻む経済人が活躍してきたことが窺える。この鶴見線の旅が最近鉄道マニアの中で人気のようだが、駅に降り立っても改札からは企業の敷地内で出られない駅も多い。サルビアホールでのコンサートの前に、ぶらり鶴見線の旅、とはいかなそうだ。(小野 朗記)

サルビアホール:http://salvia-hall.jp/

ハルピン(哈爾浜)コンサートホールの音響設計を受注

 中国・ハルピン市で1200席のオーケストラホールと400席のリサイタルホールからなるコンサートホールを建設することになり、昨年末設計者を選ぶコンペが実施された。その結果、磯崎新アトリエ・上海現代設計研究院・永田音響設計からなる設計連合体が選ばれた。

 ハルピン市は中国最北の省、黒竜江省の省都で人口1000万弱を有する大都市である。19世紀末東清鉄道建設とともに人口(特にロシア人)が増加し、今でも欧風の町並みが残っている。旧満州時代には様々な意味で日本との関係も深い。音楽の面でも日本との繋がりは濃く、戦前にはハルピン交響楽団というプロのオーケストラがあり、朝比奈隆氏が終戦までの2年間音楽監督を務めている。また、ロシア革命を嫌ったロシア人音楽家がハルピンに逃れ、さらに来日して日本の西洋音楽文化の発展に大きく寄与した。

 敷地はハルピンの北側を流れる松花江南岸の新しい開発区域である群力新区にあり、博物館や劇場などの文化施設の一角を担う。コンサートホールは”氷の結晶”をイメージさせるガラス箱の中に収容されており、ガラス面の一部はオーケストラホールの壁面を兼ねている。このガラス面の遮音や室内音響に関する検討など、チャレンジングなプロジェクトである。

 駐車場が多くを占める地下部分の施工がまもなく始まり、現在地上部分の初歩設計が進行中である。(小口恵司記)

中国廈門アモイ市訪問 …アジア太平洋地域の新製品発表会…

 アジア太平洋地域の人たちが集まり、ボッシュ社のプロサウンド部門の新製品発表会が中華人民共和国福建省廈門市で開催されるというので参加した。ボッシュ社は、自動車などのエンジンの点火装置や燃料噴射装置を発明したロバート・ボッシュ氏の創立で独シュトゥットガルトを発祥の地とするが、自動車産業の発展と共に世界中に進出し、現在ではグローバルな会社となっている。この会社は今でも自動車部品の開発・製造が主体となっているが、2002年に独フィリップス社の一般放送機器と監視カメラ部門を買収しセキュリティシステム部門を設立した。さらに、2006年には米エレクトロボイス(E.V.)やダイナコードといったプロオーディオメーカを擁する米テレックス社を買収してプロサウンド製品も製造・販売することになったのである。今年、ボッシュ社は創業125周年、日本進出100周年、また、エレクトロボイス社日本進出30周年という節目の年であるそうだ。

廈門国際会議センター大会議場
廈門国際会議センター大会議場

 しかし、なぜボッシュ社はE.V.やダイナコードといったプロオーディオメーカまで必要としたのだろうか? 私が思うには、インターカムなどのコミュニケーション製品に強みを持つテレックス/RTS社を統合することでセキュリティ部門を強化しようとしたのではないか。さらに、大きな空港の拡声設備にしろ議場の会議システムであれ大型の拡声用スピーカは不可欠なので、一石二鳥だったのかもしれない。

 業務用スピーカは、高音用ドライバーをホーンに、ウーハをエンクロージャに取り付け、さらにそれらを組み合わせて設置する時代が長く続いたが、80年代から90年代にかけて高音用と低音用のユニットを一つのエンクロージャに組み込んだ一体型の製品を何台か組み合わせる方法に移行してゆく。さらに、90年代の中頃には一体型のスピーカを縦につなぐライン型スピーカが登場し、今日まで普及の一途をたどっている。しかし、一体型のスピーカは様々な出力や指向特性の製品がシリーズ化され、価格帯も広く、選定の自由度が高いため、使いやすさの点ではライン型より優位な面もあり、E.V.やJBL、EAWといった歴史の長い大手スピーカメーカはそれらの製品群にも力を注いでいる。

 今回の発表会でE.V.は、発展を続ける中国市場に向けてシンプルでコンパクト、比較的低価格の商品を中心に紹介していた。また、アリーナなどの大規模施設に適した最新式のデジタルオーディオネットワーク(Audinate Dante)なども紹介され、音を再生してのデモンストレーションでは各地から集まった音響設備関係者が真剣な眼差しで聴き入っていた。

 最後に、広大な会場の中にある大会議場を見学し、拡声音を試聴させていただいた。音は、意外にと言うと失礼かもしれないが、音響調整卓がアナログ卓だったこともあり、適度な明瞭さと良好な音質バランスが自然で好ましい印象であった。 (稲生 眞記)