No.279

News 11-03(通巻279号)

News

2011年03月25日発行
アトリウム

謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます。

2011年3月11日午後、東北地方太平洋沖で発生しました地震および津波により被災された地域の皆様、および関係の皆さまに、心からお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

横浜山下町に<神奈川芸術劇場KAATカート・NHK横浜放送会館>誕生

 2009年に開港150周年を迎えた横浜は、象の鼻パークの整備やマリンタワーのリニューアルにより、赤レンガ倉庫、大さん橋国際客船ターミナルから山下公園、元町まで各スポットが線や面でつながり、広範囲に散策を楽しめるエリアとなった。そして、今年1月、山下公園と中華街に挟まれた神奈川県民ホールにほど近いエリアに、「神奈川芸術劇場・NHK横浜放送会館」の合築施設がオープンし、あらたな魅力が加わった。本町通り沿いで、みなとみらい線日本大通り駅と元町・中華街駅のどちらからも徒歩5分前後である。

施設概要

 本敷地を含む山下町の一角は以前、かながわドームシアターや神奈川県分庁舎等が建てられていた場所でおおむね、県の所有地であった。この山下町地区の再開発事業では、敷地をA街区、B1街区、B2街区の3街区に分割して、その真ん中に位置するB1街区に神奈川県・NHKによる本施設、両隣の街区に民間施設の建設が計画された。これらの街区は地区全体の調和した街並みや賑わいを創出すると共に、街区内や周辺エリアに存在する多くの歴史的建造物を生かすよう、都市デザインの指針を作成して設計が進められたが、経済情勢などの影響を受け、B1街区が先行してオープンすることとなった。

「神奈川芸術劇場・NHK横浜放送会館」は高さ30mのアトリウムを挟んで、大小2つのボリュームから構成されている。大きいボリュームの1〜3階にNHK横浜放送会館、4階以上に神奈川芸術劇場のホールが配置され、小さいボリュームには神奈川芸術劇場の計4つのスタジオが積層されている。また、敷地の一角には横浜最古の煉瓦建築で神奈川県指定重要文化財の「旧横浜居留地48番館」があり、新築施設の建設と共に、その保存工事も併せて実施された。

アトリウム
アトリウム

 事業者は都市再生機構神奈川地域支社、設計は香山・アプル総合・アプルデザイン設計共同体、施工は鹿島建設である。永田音響設計は室内音響および騒音防止に関するコンサルティングを担当した。また、東京大学名誉教授 安岡正人先生からは音響設計に関し、地下鉄の騒音・振動対策など貴重なご助言を頂いた。

NHK横浜放送会館

 NHK横浜放送局は同じ本町通り沿いにあった築47年の旧横浜放送会館からこの新しい放送会館へと移転し、県の施設よりひと足早く、昨年11月27日に放送を開始した。「ハマる・つながる」をキャッチフレーズとした新放送会館では、来館者との交流のためのスペースとして新しく「NHKハートプラザ」が設けられ、放送体験コーナーやNHK番組公開ライブラリーなど、ぶらりと訪れても楽しめるコーナーになっている。

ホールの客席勾配 急勾配
急勾配
ホールの客席勾配 標準勾配
標準勾配

神奈川芸術劇場KAAT(Kanagawa Arts Theatre)

 神奈川芸術劇場(以下、KAATカート)は、最大約1,300席収容のホール、移動観覧席・可動客席ユニットで220席の段床形式や平土間形式へと可変する大スタジオ、可動遮音間仕切り壁で一室にすることが可能な中スタジオ・小スタジオ(A)、屋上テラスが併設された小スタジオ(B)等からなる。この敷地の2ブロック港側には神奈川県民ホール<大ホール(2,488席),小ホール(433席)>があり、この2つの施設は一体で運営され、客席数の多い県民ホールの大ホールではグランドオペラ・グランドバレエ等の公演を行い、KAATのホールでは演劇、ミュージカル、ダンス等の上演を主に行うなどの棲み分けがされる。

KAATの核となるホールは、3層バルコニーを持つ馬蹄形の劇場である。客席最後部から舞台までの視線距離は25m程度に抑えられ、どの席からも舞台が近く感じられる。ホール最大の特徴はスパイラルリフトによって客席床勾配を可変にしたメインフロアで、列毎の高さ可変により、第1バルコニーへつながる標準勾配、第2バルコニーへつながる急勾配、またフラットにすることで舞台を拡張するなど、演出によって使い分けることが出来る。音響的には台詞の明瞭度を確保するために、連続した曲面天井、フロントサイドタワーやサイドバルコニーの軒下から客席へ初期反射音が到達する形状とした。

[遮音計画と地下鉄騒音・振動対策] このようにKAATのホール・スタジオとNHK放送局という性格の異なる施設が複合する本施設では、施設全体の遮音計画が重要であり、また、前面道路下を通る地下鉄みなとみらい線の騒音・振動対策も求められた。これらに対し、まずはKAATのホールと各スタジオ、NHK放送局の各スタジオに防振遮音構造を採用することで、各室間の高い遮音性能を確保し、地下鉄騒音・振動の低減については、これらの防振遮音構造と建物全体に採用された免震構造による複合的な対策とした。

[芸術監督に宮本亜門氏就任] KAATでは「モノをつくる」(自主事業による芸術の創造)、「人をつくる」(舞台技術者やアートマネージメント等の人材の育成)、「まちをつくる」(NHK横浜放送局や近隣施設と連携した賑わいの創出)の”3つのつくる”をミッションとして掲げている。劇場に足を運べばいつもどこかで創造活動が行われている都市型劇場を目指さすという。昨年、初代芸術監督に演出家の宮本亜門氏が就任され、ホールは宮本氏演出の「金閣寺」で1月29日に柿落しを迎えた。就任以来数多くの取材を受けたという宮本氏は、新しい劇場のオープンに向けて、劇場のスタッフに「みんなで話し合おう、一緒に考えよう」と声をかけ、制作の仕事だけでなく劇場に関わる様々なことに対して、積極的にコミュニケーションを取られているそうだ。宮本氏が就任挨拶の中で次のように話されているのが印象に残った。「演劇やアートでいろいろな人や考え方に出会うことで、人間が持っている可能性は広がり、お互いが豊かになっていく。そこに、ネット社会でできることとはまた別の、演劇や劇場が持つ <ライブ> としての可能性の広がりを感じてやみません。」KAATでは一口に演劇と言ってもミュージカル、ストレートプレイ、人形劇、文楽、落語と様々な公演が行われる。生の演劇の放つエネルギーを感じにKAATに足を運んでみませんか。(箱崎文子記)

神奈川芸術劇場: http://www.kaat.jp/

(株)日本シネアーツ社 新社屋(Arbre d’Or Ichigaya)に試写室完成

 (株)日本シネアーツ社は、1951年に東京神田に設立された映画字幕製作の老舗である。昭和36年に現在の市ヶ谷に移転して約50年が経過した後、同敷地に新社屋「AD市ヶ谷ビル」として建て替えられ、2010年9月に竣工した。敷地周辺は比較的新しいビルが多く、改築前は日本シネアーツ社のビルだけが昭和の香りを残していたのだが、改築後はガラス張りの外観の近代的なビルへと変身した。新社屋は地上11階・地下1階のビルで、地下階に53席の試写室、2階以上はオフィスとなっている。建築設計はアル.パートナーズ建築設計、施工は間組で、永田音響設計は室内音響、遮音、設備騒音防止の音響コンサルティングを実施した。アル.パートナーズ建築設計の代表、橘川雄一氏は、以前、前川國男建築設計事務所に在籍しておられ、そのときに国立音楽大学講堂でご一緒した。その後、独立され、今回が久し振りの共同作業となった。

試写室
試写室

試写室では非常に大きな音が発生するとのことで、その遮音計画は設計当初からの課題であった。まずは配置条件である。できるだけオフィスから離れた位置ということで地下階とした。さらに敷地前面道路の下を地下鉄南北線が走行していたため、その走行時の固体音防止も必要なことから、試写室には防振遮音構造を採用した。完成後の測定における遮音性能は、試写室〜2階オフィス間で100dB以上(500Hz)の遮音性能が得られており、実際の映画上演時の音も上階のオフィスでは全く聞こえなかった。地下鉄走行音も試写室内で全く聞こえなかった。

かねき ひろむね社長
金木啓宗かねき ひろむね社長

試写室では響きも重要である。残響時間は約0.2秒。ほぼ低音域までフラットな周波数特性が得られている。

試写室はスクリーンを見るという静的な空間である。快適性と省エネルギーを考慮して放射空調システムが採用されている。客席椅子は映画館の定番、フランス・キネット社の大型椅子である。これらは、金木啓宗(かねき ひろむね)社長の意向によるものである。機材に関しても最新設備が設置されている。

常設機材

金木社長は技術畑の方らしく、工事の状況や私たちの音響測定にとても興味をもたれ、工事現場を時々ご覧になったり、私たちの振動測定や竣工時の音響測定にも立ち会われた。旧社屋での地下鉄走行時の振動測定では、日常では全く気に留めていなかった音がかなり聞こえることに驚かれていた。完成後の試写室は、自社の使用の他に貸し試写室としても多く利用されており、評判も上々とのこと。

日本シネアーツ社のホームページ(http://www.cinearts.co.jp/index.htm)には、字幕製作の過程や字幕に関する興味深い話しも掲載されている。映画館に行く前には必見。アカデミー賞受賞映画もさらに楽しく見られること確実です。(福地智子記)

余裕のある音とは? …「良い音」へ向けて…

 最近、竣工した小規模ホールで感激するほど良い音に出会った。これは、拡声設備の性能を確認するための最終的な調整段階での試聴における印象である。拡声音が良くない場合には、様々な原因がすぐに思い浮かぶ。それは、周波数特性上にレベルのバラツキで現われる音質的な問題であったり、各機器が持つ固有のクセ、S/N比や動作レベルの不整合という機器接続・設定上の問題、建築に関わるスピーカ設置環境の問題などである。

拡声設備の基本は、客席エリアをスピーカのカバーエリア内に適切に収めることである。カバーエリアとは音圧レベルが中心軸上から6 dB低下するところまでをいうが、実効的な範囲は聴感により確認する。また、直接音は遠くなるほど減衰が大きくなるため遠方席に中心軸を向けるなど、建築図面上で幾何的に検討してスピーカの必要性能や台数を決め、最終調整時にも音圧レベル分布と主観的な拡声音量が均一になるようにスピーカの指向方向を微調整する。これにより、特定のエリアで音量が不足するといった苦情は聞かれなくなってきた。

 計画から施工まで確実な方策を積み重ねて最終調整にたどり着くため、予想した以上の結果が得られた原因を特定することは問題点を探すよりもはるかに難しい。今回の拡声音について、一緒に調整・試聴した施工メンバーとも話し合った結果、パワーアンプの定格出力が大きいことが主因という推測に至る。

Examples of differences in peak SPL depending on the sound source
Examples of differences in peak SPL depending on the sound source

 客席で目標とする再生音圧レベルは、スピーチでは80〜85dB程度、ジャズなどのポップ音楽でも95dB程度である。ロックでは100〜110dBの大音量が必要となるが、これらは平均的な値である。平均値をほぼ一定にした各種音源信号を図に示す。ピーク値(振幅の大きさ)は音源の種類によって様々である。パワーアンプの定格出力は正弦波信号(左端)で求めるため、RMS値とピーク値の差は3 dBにすぎない。冒頭のホールは600席弱と小規模でさらに能率の高いスピーカを使用したため、遠方向きのスピーカに必要な供給パワーは正弦波信号で80W(RMS値)と見積もられた。ところが、スピーチや音楽では平均的なレベルよりも10〜15dB大きなピークが出現するため、パワーアンプの出力パワーとしては5〜16倍となる400〜1,280Wが必要となる。実際にこのホールでは1,000Wのパワーアンプを接続したので、平均レベルとピーク値の差は14dB、正弦波信号に対して12.5倍の余裕を持つことになった。W数では大きく感じるかもしれないが、ライブ収録のCDを再生すると金管楽器や打楽器、生ギターなどがまったく自然に、伸び伸びと聴こえた。その良い音はこの余裕がもたらしたものと言えそうである。(稲生 眞記)