No.272

News 10-08(通巻272号)

News

2010年08月25日発行
外観(夜景)

刈谷市総合文化センター(アイリス)

 愛知県刈谷市は、トヨタ紡織、豊田自動織機、アイシン精機、デンソーなど自動車関連の大企業をかかえる工業都市として知られる。その刈谷駅の南口に、新たな刈谷の顔となる複合施設「みなくる刈谷」が完成した。本施設は、商業、住宅、公益施設(文化施設)を複合する刈谷駅南地区市街地再開発事業として都市再生機構が施行した。公益施設である「刈谷市総合文化センター」は、本年4月にオープンした。駅前の広場や道路も整備され、駅南口からショッピングセンター、刈谷市総合文化センターまでペデストリアンデッキでつながり周辺環境は一新されている。刈谷市総合文化センターの設計は東畑建築事務所、建築施工は竹中工務店、舞台設備の施工は機構がカヤバシステムマシナリー、照明がパナソニック電工、音響がヤマハサウンドシステムである。

写真1 外観(夜景)
外観(夜景)

建物概要

 刈谷市総合文化センターは、芸術文化と生涯学習を柱とする市民交流の場として計画された。プロセニアム形式の多目的ホールである大ホール(1,541席)、平土間形式で移動観覧席の小ホール(282席)をはじめ、リハーサル室が大小2室、音楽練習室4室、録音スタジオなどの音楽練習ゾーン、そして展示ギャラリー、陶芸室、調理室、創作活動室、研修室、講座室などから構成される総合文化施設となっている。

施設配置図(2階レベル)
施設配置図(2階レベル)

遮音計画

 大小ホール間には、1階レベルより上に構造的なエキスパンションジョイント(Exp.J)を設け、加えて小ホールに防振遮音構造を採用することで遮音性能を高め、同時使用を可能とする計画とした。リハーサル室、音楽練習室、録音スタジオ(全7室)は、大ホール客席とホワイエの階下の地下に集約して配置させているが、いずれの室にも防振ゴムによる防振遮音構造を採用した。廊下に面して大きな窓をとった室ではガラス厚12mm(浮側)と8mm (固定側)の2重サッシとしている。

 これらの対策により大ホールの舞台音響設備による最大レベルの発生音(各オクターブバンドでほぼ110dB)が小ホールにおいて感知できなかった。また、実際の運営状態を想定して、大小ホール間の扉を開放しながら音漏れを確認したところ、各経路につき1枚閉まっていれば、大ホールの発生音は感知できないことが確認された。これはExp.Jにより固体伝搬音、特に低音が有効に遮断されているからであろう。リハーサル・練習諸室と大ホール間は、いずれも85dB(500Hz)以上の遮音性能が得られ、諸室内での発生音はホール内で感知できなかった。

大ホール
大ホール
小ホール(舞台反射板設置時)
小ホール(舞台反射板設置時)

室内音響計画

 大ホール:視覚的な条件を重視した客席幅の広い平面形状の1層バルコニー形式で、バルコニーの両サイドが1階客席を取り囲む形になっている。この壁やバルコニーの軒下からの反射音が1階席の中央部に到達するような壁面形状を基本とした。側壁の舞台照明ギャラリー(3層)には、テラス状のRCスラブを設け、照明技術者の足場を確保するとともに、その軒下に客席に反射音を返す音響庇としての効果をもたせた。このスラブは水平に伸ばされ、客席デザインの基調になっている。さらに、こまかなボーダーを庇状に突き出すことで、その軒下からの反射音が客席で広く有効に働くように考えた。壁面には音響的な拡散効果を期待して幅と間隔をランダムにした縦リブ構造も設けた。残響時間は、満席時の推定値(500Hz)で、反射板設置時が1.8秒、舞台幕設置時が1.4秒となっている。

 小ホール:舞台反射板を設置すると舞台と客席空間が一体となる音楽ホールとして計画された。客席天井部は遮音も兼ねた全面ボード張りであるが、その下に演劇系催物も考慮して技術ギャラリーを4本設置した。その下部にはカーブさせたボードを張り、平土間時のフラッタエコー防止に配慮した。側壁上部2階席の天井は1階客席へ反射音を返すために傾斜させている。側壁下部は平行に対向しているが、奥行きと間隔をランダムに配置した縦リブを設け、音の拡散と平行面によって生じる音響障害の防止を意図した。残響時間は、満席時の推定値(500Hz)で、反射板設置時が1.3秒、舞台幕設置時が0.8秒となっている。

舞台音響設備計画 

 近年、ホールの音響設備はデジタル信号処理技術の導入が著しく進んでいる。ここでも、舞台袖架のマイクアンプ出力からパワーアンプ直前の統合型マルチプロセッサ(EQ/Delay/Dynamics機能)までデジタル音声信号で伝送、処理させている。メインスピーカは、プロセニアム中央、サイド下手/上手の3個所で各々4Way型とした。この他、効果用スピーカ、舞台連絡設備などの充実を図った。

ロビーコンサート
ロビーコンサート

 現在、開館記念事業の催物や様々な市民講座などで賑わっている刈谷、地元の自動車工業の歴史に新たな文化の一頁を開かれんことを心から願っている。
(稲生 眞、小野 朗記)

http://www.kariya.hall-info.jp/pc/index.html

カトヴィツェ・コンサートホールの音響設計

 カトヴィツェ(Katowice)は、人口およそ30数万人のポーランドの中核都市で、ポーランド南部に位置するシロンスク県の県都である。大規模な炭田を有することから古くより工業都市として発展してきたが、第二次大戦後の無秩序な開発によって深刻な環境汚染がもたらされ、その結果としての公害が大きな社会問題となった。1989年に始まる東欧革命以後は環境にも配慮がなされ、教育、文化関連の施策に力が注がれてきている。カトヴィツェにはポーランド国立放送局が設置されており、それに所属するポーランド放送国立交響楽団(The National Symphony Orchestra of the Polish Radio (Narodowa Orkeistra Symfoniczna Polskiego Radia – NOSPR))は、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とともに、ポーランドの2つの国立交響楽団のうちのひとつという重要な地位を与えられている。

施設外観パース
施設外観パース
ホール内観パース
ホール内観パース

 2008年、このポーランド放送国立交響楽団の本拠地ホールとして、1800席規模のクラシック専用コンサートホールの計画が持ち上がり、建築設計者選定の国際コンペが実施された結果、地元のアーキテクトKunior Studio (Tomasz Kunior)が選ばれた(外観パース参照)。音響設計については、地元ポーランド南部のサブジェ(Zabrze、カトヴィツェから15kmの隣町)出身の世界的に著名なピアニストのクリスティアン・ツィメルマン(Krystian Zimerman)の推薦により永田音響設計が指名を受け担当することとなった。

 設計は2009年の9月より開始され、現在、日本で言うところの基本設計が完了し実施設計が進められている段階である。当初、コンペ当選案では典型的なシューボックス型のホールとして提案されていたが、実際に設計協議が進められていくうちにステージの周りにより多くの客席を配置した、いわゆるアリーナ形式の客席配置に近づいて行った。ステージと客席とのより親密な関係が重要視された結果である(ホール内観パース参照)。

 実施設計の進行と同時に、音響模型実験のための1/10スケールの模型の製作が進められ、ほぼ完成したところである(音響模型写真参照)。ホールの室形状が曲線を多用した複雑な形状となったことから、音響模型実験によるエコーチェックが不可欠となった。

音響模型
音響模型

 2011年中の着工が見込まれており、2013年の完成、オープンが予定されている。(豊田泰久記)

http://www.youtube.com/watch?v=OJb7jNxMw4o

音楽プロデューサー竹森道夫さんを囲んで

 去る6月7日(月)に、音楽プロデューサーの竹森道夫さんにお越しいただき、これまでのクラシック音楽関連の様々なお仕事の興味深いお話をお聴きした。

 竹森さんは大学卒業後NHKに入られ、おもに音楽関係の番組を担当されてきた。かつてチーフプロデューサ時代にロシアのサンクトぺテルブルクにキーロフオペラの取材に行かれ、ワレリー・ゲルギエフ氏と出会われた。このNHKの放送がきっかけとなって、当時ほとんど無名だったゲルギエフという天才指揮者は西側諸国に紹介されることとなった。その後世界情勢も代わり、ゲルギエフ氏は言うまでもなく世界中で活躍する指揮者となり、世界で最も忙しい指揮者と言われている。日本での人気も高く来日公演の数は多い。その多忙なゲルギエフ氏も来日すると竹森さんの自邸を尋ねると言う。それだけ竹森さんへの感謝の念は消えないということであり、竹森さん曰く「義理堅い人」。一度、ゲルギエフ氏が来られると言うことで私も伺ったことがある。お鍋に入れるべく用意された乾麺の一本を手にし、目をつぶって指揮をする姿が印象的であった。

 竹森さんはその後NHK交響楽団(N響)に移られた。その頃N響の定期公演はNHKホールだけで行われていた。NHKホールは約4000席の超大型で、クラシック音楽からオペラ、バレエ、歌謡ショー等の様々な公演を行い、放送スタジオ機能も備えている究極の多目的ホールである。このホールは規模の大きさからクラシック音楽に不向き、音響が良くない、ピアニシモが聞こえない、などと言われていた。このN響をより魅力的にするにはどうしたらよいのか。もっと良い音を出せる配置などがあるのではないか、と竹森さんは考えられたという。どうにかしなければ…という意識改革からの取り組みだったという。当時、N響の常任指揮者をされていたシャルル・デュトワ氏の賛同を得て、楽器の配置や雛段の高さ、オーケストラ全体の位置を変えながら試聴を繰り返すことになった。その結果、弦楽器を含めて雛壇を活用し、3分割されているオーケストラピットの2つ目までを舞台レベルとして舞台を前方に拡張し、オーケストラを全体に客席側に出すことを計画した。しかしながら、舞台天井反射板にはオーケストラ録音用のマイクロホン用の穴が開けられていたり、すでにそれまでの配置を前提とした設備の設定がつくり上げられていて抵抗も少なくなかったそうだが、現在はN響定期公演はもとよりベルリンフィルなどの海外オーケストラもこの位置で演奏している。

 竹森さんは現在音楽プロデューサーとして活躍されてるが、本ニュース259261号(News09-07,09号)で紹介したサントリーホールにおけるサマーフェスティバル2009の「グルッペン」もプロデュースされた。ホール内に3つのオーケストラを入れる壮大な演奏会で、これまでなかなか実現できなかった演奏会だが、竹森さんの企画によりN響の演奏での実現となった。竹森さんの今後のますますのご活躍が期待される。(小野 朗記)