No.271

News 10-07(通巻271号)

News

2010年07月25日発行
施設外観

新潟市北区文化会館オープン

 2010年6月、新潟市北区文化会館がオープンを迎えた。新潟市北区文化会館は新潟駅からJR白新線で北東へ約20分の「豊栄(とよさか)」駅の南側、徒歩15分程のところにある。この辺りは、2005年に豊栄市が新潟市に合併され、2007年に新潟市の政令指定都市への移行を受けて、新潟市北区の中心的な地域となったところである。

施設概要

 施設は549席のホールを中心に、小ホールとしても利用可能で100人程収容できる第1練習室、合唱やダンスの練習等に適した第2練習室、電気楽器の練習に利用できる第3練習室、和楽器やお茶、日本舞踊の練習を想定した第4練習室(和室)、その他会議室、保育室等からなり、すべての主要な室は同じフロアにある。練習室をはじめ、ホワイエ空間など施設全体には多くのガラス壁が採用されており、明るく開放的な印象である。設計・監理は松田平田設計、建築工事は本間・近藤・島津特定共同企業体である。

写真1 施設外観
施設外観

遮音計画

 ホールの周りに配置された練習室については、各室間の遮音性能の確保のため、第1〜3練習室に防振遮音構造を採用した。特にホールとの同時使用が考えられる第1練習室と、電気楽器による大音量の発生音が想定される第3練習室には、よりグレードの高い遮音構造(防振ゴム浮床の上に独立の鉄骨を組み、押出成型セメント板で遮音層を形成する構造)を採用した。また、第2練習室は防振ゴム浮き床と繊維混入石膏板8mm厚×3重の遮音層による防振遮音構造とした。また、第1練習室と第3練習室に採用されたガラス壁面については、ホール側はガラス3枚(浮き遮音層側に1枚、固定遮音層側に2枚)、ホールと反対の外部側はガラス2枚(浮き遮音層側に1枚、固定遮音層側に1枚)とした。ホールと第1〜3練習室との間の遮音性能はいずれも90dB以上(500Hz)である。

写真2 施設配置
施設配置

練習室の室内音響計画

3つの練習室の最大の特徴は対向する2辺に採用された大きなガラス壁面である。反射面が平行になっているとその間でフラッターエコーが生じることから、3つの練習室ともにガラス面全体を外倒しとした壁面(片側3〜6度)とした。さらに、天井も床と平行にならないように、大きく角度をつけた。また、部屋の用途に適した響きとするための必要な吸音面は、残り2辺の壁面と天井に分散して配置した。

第1練習室のガラス壁面(ホール側から望む)
第1練習室のガラス壁面
(ホール側から望む)

ホールの室内音響計画

 クラシックコンサートから、講演会や式典、演劇まで様々な催し物に対応できるよう計画されたホールは、ワンスロープの客席をもつ多目的ホールである。特に生音の演奏にふさわしい空間とするため、舞台空間と客席空間を音響的に一体とすることを意図し、プロセニアム開口の高さは舞台面から11.5mとした。また、同時に十分な室容積を確保することで余裕のある響きを目指した。舞台先端から客席最後部の座席まで22mとコンパクトに収められている一方で、客席数を確保するために側壁の最大幅が24mとやや広くなっている。そのため、当初の設計案では、客席中央部で側壁からの反射音が得られにくい形となっていた。それを改善するため、客席前方の側壁には段をつけて、それらの面を経由した初期反射音が客席中央部に届きやすい角度とした。舞台反射板と客席側壁には庇を設け、そこから遅れ時間の早い反射音を得られるよう意図した。

ホール(舞台反射板設置時)
ホール(舞台反射板設置時)

 内装材料は、ボード多層貼りとし十分な重量を確保することで、クラシックコンサートのための低音の豊かな響きを目指した。また、舞台幕に転換した時に低音の響きを抑えるため、舞台内壁の吸音には背後空気層を確保してグラスウールを設置した。残響時間は、舞台反射板設置時で約1.8秒(満席時/500Hz)であり、低音域も長めのクラシックコンサートに適した特性である。また、舞台幕に転換した時の残響時間は約1.3秒(満席時/500Hz)であり、低音域の残響時間も抑えられている。

 6月7日にはこけら落とし公演として東京ヴィヴァルディ合奏団の演奏会が催された。残念ながら演奏を聴く機会を得られなかったが、鑑賞希望者が多く抽選になった程だと聞いている。会館のホームページを見ると、すでに自主事業を含め多くの市民イベントの予定が入っている。このホールが新しい文化交流の場として、市民のみなさんに親しまれることを願っている。(酒巻文彰記)

新潟市北区文化会館 http://www.kitaku-bunkakaikan.com/

海外で出会った音響材料2 − 吸音プラスター −
蛭石吹付け吸音構造
建築音響工学ハンドブックp.288

 今回は”吸音プラスター(Acoustic Plaster)”を紹介する。かつて日本にも吸音プラスターが存在した。1964年刊の建築音響工学ハンドブック(日本音響材料協会編,技報堂発行)に、蛭石吹付け仕上げ(図)が紹介されている。蛭石は原鉱石(vermiculite)に熱を加えると膨張して多孔性となるので、園芸用土としてよく用いられている注)。多孔性という性質は吸音材としても有用であるが、建築仕上げ用吹付け材として用いられなくなったのは、もっぱら使われていた特定産地の蛭石に不純物としてアスベストが含まれていたからである。(注: 園芸用に流通している蛭石にアスベストは含まれていない。) 

蛭石吹付け吸音構造建築音響工学ハンドブックp.288

 さて、本年3月に訪れたのはスイスのBASWA Acoustics社である。同社はグラスウールをベースとする吸音プラスターの仕上げ材BASWAphonを提供している。工場では、製造工程をつぶさに見学することができた。繊維どうしが絡み合って簡単には剥離しない特殊なグラスウールを用い、この片面にリサイクル・ガラスのビーズとバインダーを混ぜた層を塗布し乾燥させるとBASWAphon acoustic panelができる。このパネルをコンクリートまたは石膏ボードに接着固定し、大理石の粉を混ぜ込んだプラスターで左官仕上げすることで目地の無い大面積の吸音面が完成する。ガラスビーズ層とプラスター層は適度な通気性を有しており、したがって背後のグラスウールの吸音性がある程度保たれる。仕上げ面の滑らかさについてBase, Fine, Classicの3種類が提供されており、Classicは2回塗りで表面は間近で見てもかなりスムースである。吸音特性は中音域にピークを持つ山型で、高音域でも0.5以上の吸音率を有しているので、響き過ぎを抑えるための天井・壁の吸音仕上げに適している。意匠および音響(吸音)の質を保つために、パネル貼りから左官仕上げまでの一連の施工工程を訓練するコースが開講されているのが興味深い。
Baswa (http://www.baswa.com/)

BASWAphon fine
BASWAphon fine
BASWAphon fineの吸音特性(パネル厚28mm、コンクリート下地)
BASWAphon fineの吸音特性
(パネル厚28mm、コンクリート下地)

なお、調べてみると、他の国でも”吸音プラスター”が市販されている。(小口恵司)

Fellert (http://www.fellert.com/)
decocoat (http://www.decocoat.fi/index.php)
Sto (http://www.sto.co.uk/evo/web/sto/24888_EN-Acoustics-Sto-Acoustic_Plaster.htm)

音楽愛好家向マンション:ミュージション野方

音楽愛好家向けマンションのミュージション (MUSISION:MUSIC+MANSIONの造語)は、これまで永田音響設計が音響技術協力を行ってきており、最初のミュージション川越(本誌154号:2000年10月)からここで紹介するミュージション野方で5物件目となる。

建物概要

 ミュージション野方は、西武新宿線野方駅から徒歩5分ほどの環状七号線に面した敷地に建てられた。建物はRC造地上6階建てで1階は心療内科診療所とオーナーの音楽室、2〜4階が貸室で、5〜6階がオーナーの住居となっている。各階に住居は4戸、全体で12戸の小ぶりなマンションである。因みに、1階音楽室にはスタインウェイのピアノが置かれており、オーナーご家族の音楽練習やコンサートに使われ、さらにまた、入居者にも貸し出されている。

ミュージション野方
ミュージション野方

音響計画と性能

 貸室は全てグラスウール浮床による防振遮音構造(いわゆるボックスインボックス)で、貸室間の遮音性能はいずれの隣接室間、上下室間でもD-70を確保している。これまでのミュージションでは、外部サッシは1重とし小さく聞こえる外部騒音により隣からの楽器演奏音をマスクさせることを意図したが、ここでは環七に面する室については外部騒音が大きいため全て2重サッシとした。それでも外部騒音は小さく聞こえる。

音楽室
音楽室

企画・設計・施工

 企画は潟潟uラン、設計は、主に京都を中心として活躍されている澤村昌彦氏で、かつて澤村氏が設計されたミュージション志木はグッドデザイン賞を受賞している。最近の2件のミュージションは潟潟uランで施工も行っている。現場担当者は、いわば自社製品の製作部門であり、ゼネコンとして建設工事での収益を上げるだけでなく、今後の収益に繋がる一般ユーザーからの信頼性を確保するために建物の品質の高さも求められた。そのため、音響上の様々な与条件に対し入念な施工管理により精度高く、能率的に工事が進められたことで、品質のばらつきが少なく、高い遮音性能が得られた。

一般的にマンションは「駅から何分、広さ、築年数、家賃」という情報で選ばれるが、入居者が生活を楽しむための+αの価値をどのように設定するのか。ミュージションの場合は、低コストで高い遮音性能を確保する設計と施工技術、デザイン、建設コストと収益性、そしてクレームを出さないための運用等のバランスを考慮しながら進められてきた。これまでの一つ一つの経験がノウハウとなって次のプロジェクトに活かされてきている。(小野 朗記)http://www.musision.com/