堺市美原文化会館(アルテベル)のオープン
2009年11月に大阪府堺市美原区に新しいホールがオープンした。堺市の政令指定都市への移行に伴って美原区が2006年に誕生したのを機に、新区役所、ホール、生涯学習施設、スポーツ施設などの建設が進められた。今回紹介する文化会館は新区役所と一緒に複合施設として建設された。美原文化会館は、区役所ゾーンに設けられた音楽室や工芸室、その他の生涯学習施設と、ホール、リハーサル室からなる。設計は佐藤総合計画、施工は栗本建設JVである。永田音響設計は文化会館部分の音響コンサルティング業務を行った。
演劇を主目的とした多目的ホール
ホールは541席の多目的ホールである。堺市が整備してきた本施設と同規模のホールは、それぞれ特色のある計画がなされており、本ホールは演劇を主体として計画された。客席最大幅約24m、舞台端から後壁まで約18mと、演劇ホールとしては程良い大きさで、客席から舞台がよく見えるように十分な勾配がある。
室内音響的な考慮としては生音で行われる演劇に際して、台詞の十分な音量感や明瞭さが得られるように、初期反射音の中でも比較的早い時間帯の分布が良好に確保できることを目標とした。客席幅が広いため側壁からの反射音が届き難い客席も出てくるため、天井からの反射音が十分にそれをカバーできるように天井形状には特に留意した。設備満載の演劇ホールではないが、シーリングやピンスポット室、またプロセニアムスピーカなどの舞台設備のために、天井がいくつかの部分に分割され段差が生じざるを得なかった。そこで、客席への反射音が効率よく十分に得られるように、天井は曲面形状とし、それぞれの位置で効果的な曲率等を提案した。図-2に天井および側壁からの1次反射音線図を示す。天井高は最高部で約11m(舞台上から)、図に示す1次反射音は直接音から遅れ時間30ms程度までの早い時間帯に客席に到達する。
多目的への対応
演劇主目的とはいうものの区民の幅広い活用のために、本ホールには舞台音響反射板が設けられている。内装仕上げも演劇専用ホールに見られるような、黒い印象ではなく木仕上げを基調としている。舞台音響反射板は客席の内装が連続して舞台に入り込んで行くようなデザインとなっており、舞台と客席空間の視覚的な一体感があり、晴れの場の雰囲気が醸し出されている。音響的にはやはりクラシック音楽を主体としたホールのような豊かな響きは望めないが、音量感や明瞭性のあるしっかりした響きである。
残念なことにまだ公演に訪れたことはない。文化会館のホームページを見ると、演劇の公演は掲載されていないが、ジャズの公演がシリーズで組まれ始めているようである。ホールの音響には、ふさわしい催しではないかと思う。身近な雰囲気で手軽に多くの人が集まるホールになってくれることを期待したい。(石渡智秋記)
音場支援システムACSを試聴して
音場支援システムとは電子・電気的に室の響きを調整するシステムをいう。具体的には、演奏者の近くに設置したマイクロホンで演奏音をピックアップし、電気信号段階で時間遅れや反射音列を付加して壁・天井のスピーカから再生するシステムである。実用化された最初の例はRoyal Festival Hall, London(2500席)で、マイクロホン(レゾネータに組み込み)−アンプ−スピーカで構成されるチャンネルを多数天井に埋め込んで低音域の残響時間の伸長を行った(AIRO社Assisted Resonance-AR)。日本でも劇場や会議場など響きの短い空間の残響時間をコンサートに適した長さに、またコンサートホールの響きをパイプオルガン用にさらに伸ばす目的で、ARやヤマハActive Field Control-AFCが導入されている。
昨秋、いくつかある音場支援システムの中で未体験のACS(Acoustic Control System、 社名も同一、http://www. acs.eu)を試聴する機会を得た。同社はオランダに本拠を置き、システムは欧米を中心に既に50以上のホールに導入されている。多数のマイクロホンとスピーカを用いるのはARと同様であるが、プロセッサを介してマイクロホンとスピーカの間を複雑に繋いでいるようである。残響時間伸長のほかに、初期反射音付加とその応用である音声明瞭度補強、仮想舞台反射板の構成、という機能も設定できる。今回はアムステルダムに近いZoetermeer市 の市立劇場(800席)とデルフト工科大学の講堂(1300席)に案内いただき、ハーグ・レジデンツ・オーケストラのトランペット奏者Malcolm Morton氏の演奏をパターン(主に残響時間)を変えて試聴した。Zoetermeer市立劇場はプロセニアムタイプの劇場で、マイクロホンはプロセニアム上辺に、スピーカはプロセニアムアーチも含めて客席壁・天井に配置されていた。デルフト工科大講堂は音楽演奏のステージとなる客席平土間上部のトラス組にマイクロホンとスピーカが混在で配置されていた。どちらもシステムOFFの残響時間は1秒程度であるが、ONの場合3秒を超えるモードも設定されていた。
デモンストレーション演奏を聴いて”かなり自然な響き”というのが第一印象であった。デルフト工科大ではマイクロホンとスピーカのほとんどが近接していたが特にハウリングも感じなかった。また、”スピーチ”モードという初期反射音付加機能では、マイクロホンを構えたり装着しないでもシステムONで音声の明瞭度が向上したのは興味深かった。
どちらもそれほど大きな空間ではないが残響時間が長いモードでは空間が大きくなった印象も感じられた。このような”人工”システムには拒否反応を示す音楽家も多いが、導入・紹介の仕方次第では、小さな空間へのシステムの導入は有効だと感じた。(小口恵司記)
スピーカを試聴する! −森の中に道を見い出す−
電気音響システムにおいて重要な機材は何かという問いには、昔も今も変わらずマイクとスピーカという答えがもっとも妥当と思われる。なぜなら、それは空気中を伝わる音を電気信号に変換し、また、その逆に電気信号を音に変換するという、システムの入口と出口の大きな関門に相当するからである。特にスピーカは、広い空間で多くの聴衆が聴き、感じ、評価する拡声音を供給する源となるため、システムの要と位置付けられる。
スピーカより発せられた音は、直接、耳に届くものと建物空間や椅子、人などから反射し、また反射を繰り返して届く音が混然一体となる。直接音の性状は、スピーカ自身の性質と配置や組み合わせ方といった選定・設置方法に依存するが、反射音は建築の幾何学的な形状や内装材料にも大きく依存する。また、音響システムを操作するオペレータ、話者や演奏者などの人間がその音に大きく関わっている。無意識であっても、拡声音に反応するという点では、聴衆や観客もその中に含めてもよいだろう。これを俯瞰的に見ると、人や物理的なモノ、機材などが相互に影響し合うフィードバックループが形成され、一体となって作用しているように見受けられる。
電気音響設備の設計者や施工者から「スピーカは良く理解できなく、むつかしい」という声をしばしば耳にする。また、建築家からは「意匠的にその形は満足できない」とか、試聴会では運営サイドの音響技術者から「使いものになるかなぁ?」かなりポジティブでも「使える…かもしれない」などと疑問や要望、感想が噴出する。これに対して私は、電気回路は真空管からトランジスタ、IC、LSI(デジタル)と進化してきたが、スピーカは20世紀初頭からほとんど変化がなく、空気を大きく震わせるためには適度な大きさが必要で、空気と人間の耳が変わらない限りスピーカは変わらない、スピーカは使い方によるなどと、根拠の薄弱な言い分けや励ましの言葉を連発する。
「良い音」を求めるという目標は全員一致するのであるが、その先は暗い森の中を手探りで進むことになる。そこで、森の中の広場に集結して意見を交換し、方針や進路を決めるために様々な試聴会が催されるものとなる。たとえば、サントリーホールの20周年の改修では、スピーカの機種選定のための試聴会を何度か開催した。スピーカを舞台上に設置しCDの再生と話者のスピーチを拡声して、ホールの企画・運営部門、現場技術者、外部の音響スタッフと聴き比べた。どんな室でも、スピーカを設置する場所によって拡声音がモヤモヤしたり、クリアに聴こえたりする現象がみられる。ここでは機種の比較試聴という目的を重視して、舞台の中央部からはずれるが、もっとも良好に感じられる位置とした。最終的に残った2機種については、スピーカを実際に設置する舞台と客席の境目あたりの中央上部(舞台床上12.5m〜天井内)にアルミトラスを仮設しスピーカを吊り込んで比較試聴して、関係者全員で協議して機種を決定した。
一般的に、試聴会は機種選定や販売促進のために開かれるが、目的を明確にすべきである。そして、その目的に応じた会場を選び、機材をセッティングし、試聴用ソースを選択することが望ましい。劇場・ホールに設置するスピーカを選定する条件は、聴感上の印象のみならず能率、周波数特性、最大出力音圧レベルなどの物理特性、寸法・形状、取付け方法、組み合わせ方、コストなど様々である。バンド演奏を披露することも否定はしないが、コンサートの良し悪しに意識が向いてしまい焦点があやふやになってしまう。逆に、メーカーによっては、物理特性の良さが強調されることもある。しかし、私の現場における調整経験からは、聴感的に良好な場合には特性も良いことがほとんどなのであるが、単に良好な特性が観測されただけでは聴感的に満足できる拡声音が得られにくいという非可逆的な性質があるようだ。拡声音の性質を表す要素に欠けるものがあるのか、特性を観測する手法の問題なのか、今後も詳細な検討を続けてゆく必要性を感じている。
現状では物理特性の観測における精度や再現性を確認しつつ、これと交互に繰り返す拡声テストにおいても常に同一CDソフト、同一マイクを使用して聴感的な評価を行ない、調整の完成度を高めてオーナーとオペレータに引き継ぐ。これら拡声音の源として重要な、スピーカに関連する業務があまり認識や理解をされていない点は残念ではあるが、劇場・ホール計画と実際の企画運用、それらをバランス良く結合し支えること、それが我々音響コンサルタントの使命でもある。(稲生 眞記)
オルガンコンサート「オルガンエンターテインメント3」のご案内
2004年の第1回目から数えて今回で10回目となるオルガンコンサートのご案内です。今回は「オルガンエンターテインメント3」と題して、一昨年、昨年に続くシリーズの第3弾です。オルガニストは今までと同様、山口綾規氏です。第1部はフランス音楽、第2部は映画音楽などを大きなスクリーンに映し出される手や足の動きとともにお楽しみ下さい。(福地智子記)
演 奏 : 山口綾規
日 時 : 4 月 18日(土) 14:00 開演(13:30 開場)
場 所 : すみだトリフォニーホール 大ホール(03-5608-1212)
チケット(全席指定): 一般 2,500 円、学生(4歳以上可)・65歳以上 1,500 円
(トリフォニークラブ会員、墨田区在住・在勤・在学のかた、ピティナ会員割引あり)