帯広の森屋内スピードスケート場(明治北海道十勝オーバル)
帯広市は、長野オリンピックで金メダルを獲得した清水宏保選手をはじめ2006年トリノオリンピックには10人の選手を送り出しているスピードスケート王国である。この帯広に9月、屋内スピードスケート場が帯広の森運動公園に完成した。この「帯広の森」は406.5haの広大な敷地で、体育館、野球場、プール、陸上競技場など12の運動施設が整備された道内最大の運動公園である。これまでのスピードスケート場は屋外で、国内の強化トレーニングを行う主力選手はこの屋外施設に結集していた。このたび屋内のスピードスケート場ができたことで強化練習期間も長くなり、地元では来年のバンクーバーオリンピックの成果にも期待が高まっている。
施設概要
本施設は、長野オリンピックの競技会場となったエムウェーブに次ぐ国内2番目の屋内スピードスケート場で、リンクの形式は日本スケート連盟スピードスケート競技特別規則に規定された幅15m、リンク長さ400mの標準ダブルトラックとなっている。中地(なかち)と呼ばれるリンクの中央部分は、スケートに使われない夏季期間にその他のスポーツにも利用できるよう多目的広場として整備されている。
建築デザインと音響計画
リンクの長円形がそのまま建物の基本平面形であり、その形状が外観に表れている。天井の空調吹出口から出る空気はリンクの走行方向に吹き出されている。コーナーの壁が半円形に沿ってカーブしていることで空気が流れやすく、そこを選手が走行することで細やかな空気の旋回流が起こり、選手の後押しをするのだそうだ。選手にとっては記録が出やすい室形で好評のようだ。選手に好評のカーブした壁は音響的には反射音が集中して障害となる可能性があり、全面吸音処理している。結果、無事障害は起こらなかった。
電気音響設備計画
電気音響設備の課題は、中地多目的広場と観客席に明瞭な拡声音を提供することであった。本施設は機能上、床面は反射性の仕上げで、主要な吸音面は天井に限定される。吸音の面積は広いものの大空間故に響きが長い。長い響きの空間で明瞭度を得るための対策として、多数のスピーカを分散配置して各スピーカのカバーエリアを小さくし、受聴エリアとの距離を短くすることで各スピーカの出力を抑えて余分な残響の発生の低減を図った。また、床面で反射した拡声音が反射性の壁ではなく、吸音性の天井面に向かうようにスピーカを配置することで、余分な反射の抑制を図った。具体的には、中地用スピーカは中地を取り囲むように設置された天井のキャットウォークに20台を分散配置し、各スピーカは水平から約60度下向き(対向するスピーカのカバーエリアが、中地中央で僅かに重なる程度)に設置した。観客席用スピーカも同様に、観客席上部のキャットウォークに9台を分散配置した。いずれのスピーカも指向性が遠くまで安定して得られるように、大型のホーンを有する機種を採用したが、これが良い結果につながった。
音響調整では、ハウリングと低音の抑制が中心となった。開会式などでは、中地、すなわちスピーカのカバーエリア内でマイクを使うことになるため、特にハウリング周波数の抑制は綿密に行った。また指向性の制御が効かない低音の抑制には、明瞭さと音質とのバランスに注力した。結果、声の温かみを失うことなく、明瞭さを確保することができたと考えている。(小野 朗、内田匡哉記)
防振遮音構造を下から眺めてみました−地震のない国の防振工事−
現在ヨーロッパで、いくつかのコンサートホールプロジェクトの工事が進行中である。それらの模型実験等室内音響設計に関しては本ニュース230号で紹介した。本号では、同プロジェクトのホール内の”静けさ”を確保するために行われている遮音対策に関して、日本では見慣れない光景を紹介したい。本ニュースの遮音設計シリーズでも取り上げているが、屋外の騒音・振動源も含めてホール周辺からの騒音・振動の影響を断ち切るために、防振ゴム等の柔らかい材料を介して床・壁・天井を支える防振遮音構造が採用される。鉄道が縦横に走る都内のホールでは、狭い敷地を有効に活用するためにも、何らかの防振遮音対策が採用されているといってよい。
ヘルシンキ・音楽センター
本センターは、ヘルシンキ・フィルハーモニックとフィンランド放送交響楽団の本拠地となる1,650席のコンサートホールと音楽大学シベリウス・アカデミーで構成される施設である(図1、本ニュース155号参照)。
敷地西側のマンネルハイム通りをトラムが走っており、事前調査ではホール他の室への固体伝搬音の影響が予想された。トラムに近い側にはオーケストラ、オルガン、室内楽、ボーカルおよびブラック・ボックスの各リハーサルホールが配されており、各室毎に室全体を浮かせるボックス・イン・ボックスが採用されている。工事は浮き床の上に壁コンクリート版取り付け→コンクリート天井吹き付けの順番で進み、現在、ほぼ内側(浮き側)ボックスが完成した段階である。床下には十分なスペースがあり、防振支持の状態を確認できる。日本では地震の横揺れによるズレを防ぐための”触れ止め” が工夫されるが、地震の無いヘルシンキでは触れ止めが不要で、内側ボックスは細い柱の上に敷き込んだ防振材(発泡ポリウレタン)の上に載っている(図2)。太い柱と梁に支えられたコンクリート構造を見慣れた我々にはいかにも頼りなげに見えるが、鉛直方向を支えるための柱の太さはこの程度でよいのだそうである。コンサートホールはトラムから少し離れている(水平距離で約40m)が、固体音の影響が懸念されるので、ステージを含むメインフロア床のみ浮き構造が採用されている。こちらの床はいくつかのブロックに分かれたヴィニヤード配置で複雑なので、工事中の横ずれ防止のために柱頂部に触れ止め用の鉄筋が埋め込まれている。
エルブ・フィルハーモニー・ハンブルグ
本ホールは大・小ホール(約2,150席,約550席)とコンドミニアム、ホテルを合わせた施設で、エルベ河畔の旧倉庫の上層に建築中である(図3、本ニュース204号参照)。屋外騒音の遮断とホール間およびホールとコンドミニアム、ホテルとの遮音を兼ねて両ホールにボックス・イン・ボックスが採用されている。
ホール南を流れるエルベ川は大型船が航行し、とくに年2回大型客船クイーン・メリー2世号が訪れてホール東側に停泊する。船舶が出航する際の汽笛は大型船ほど低い周波数と決まっていて、その汽笛を遮断するために防振ゴムより固有振動数を低く設定できる(すなわち低音域でより大きな遮音性能が期待できる)スプリングによる”建物防振”が採用された。具体的には、厚さ約200mmのコンクリート箱の内側にスプリングで支えられたもう一つのコンクリート箱(こちらも厚さ約200mm)を設置し、その内部にホール内装を施すというものである。設計固有周波数は3.5Hzである。国内で多く見られる免震構造の免震装置をスプリングで置き換えた構造ということができる。免震と建物防振の違いは、免震が横方向の揺れを対象にしているので鉛直方向のバネは比較的硬いのに対して、建物防振のスプリングは鉛直方向にも柔らかいことである。そのため地震国日本では固有振動数5Hz以下の建物防振が採用された例はない。ハンブルグでは現在、小ホールの防振工事中である。こちらも内側ボックスを下から確認することができる(図4)。床上には工事用足場や資材等完成時より大きい荷重がかかる可能性があるので仮設の支保工も多数見える。完成後にはスプリングだけで支えられた図5のような床下を確認できるはずである。(小口恵司記)
ヘルシンキ・音楽センター:http://www.musiikkitalo.fi/musiikkitalo.php
エルブ・フィルハーモニー・ハンブルグ:http://elbphilharmonie-bau.de
上海交響楽団音楽庁(仮称)プロジェクト
上海交響楽団は1879年に創設されたアジアで最も古い歴史を誇るオーケストラで、今年130周年を迎える。1842年に創設されたウィーン・フィルやニューヨーク・フィルは別格としても、ベルリン・フィル(1882年創設)やアムステルダム・コンセルトヘボウ(1888年創設)、ボストン交響楽団(1881年創設)、シカゴ交響楽団(1891年創設)等々の欧米の名だたるオーケストラよりも古い歴史を持っている。日本で最古のN響の前身である新交響楽団の創設は1926年を待たなければならない。
この上海交響楽団は、1998年に完成した上海大劇院の大ホール(1,800席多目的ホール)を本拠地として定期演奏会を行っているが、日々の練習は自前の練習場とはいえ古い木造の建屋で行われており、音響環境としては劣悪といえる程のひどい環境にある。
これらの状況を改善するため、2008年6月、この上海交響楽団のための専用リハーサルホールを新しく計画・建設することが上海市政府によって決定され、ただちに建築設計者選考のコンペが計画された。地元の上海から、そして日本やアメリカからも参加を募った国際コンペが実施され、最終的に日本からの磯崎アトリエが建築設計者として選ばれた。永田音響設計は、施主である上海市ならびに上海交響楽団の音響コンサルタントとして、コンペ段階の音響アドバイザーを含めて設計から工事監理までの一連の音響設計を担当している。
建設予定地は、伝統ある上海音楽学院にも隣接した街中の至便なところである。リハーサル専用ホールとはいえ小規模のコンサートも行えるように約800-900席規模の客席を備えたホールとして設計が開始されたが、設計が進むにつれてその規模が拡大され、最終的には1,200席規模のコンサートホールとなる予定である(外観、内観パース参照)。
現在、初歩設計(日本でいうところの基本設計+実施設計の最初の段階)を終了し、これから拡大設計(詳細設計)に入る段階であるが、一方で現場では基礎工事が着工されたところである。万国博覧会が予定される2010年までに躯体工事の完了が予定されているが、その後の完工までのスケジュールは未定となっている。今の中国、特に上海では、あらゆることが万博を基準に進んでいる。(豊田泰久記)