高円寺に新しい賑わいの場「座・高円寺」オープン
かじり掛けのチョコレート?それとも焦げ茶色のテント小屋? JR中央線の車窓からも見えるその不思議な建物は、高円寺駅北口から徒歩5分程、中央線の線路と環状7号線の交わるエリアに先月誕生した杉並区立杉並芸術会館「座・高円寺」である。同敷地に建てられていた高円寺会館を改築した劇場コンプレックスで、設計は伊東豊雄建築設計事務所、施工は大成建設である。
施設概要
この建物は全体のヴォリュームの半分が地上に、残りの半分が地下にある。建物内に入ると、外観から想像する以上に館内が広いことに驚かされる。まず、地上階に小劇場「座・高円寺1」、地下1〜2階に区民ホール「座・高円寺2」、「阿波おどりホール」、地下3階に複数の稽古場、アトリエ製作室、衣装室や効果音・映像製作室等が配置されている。また、2、3階には現代劇の戯曲を収集したアーカイブやカフェ・アンリファーブルも併設され、こちらは観劇に関係なく利用することができる。公共の文化施設として、1つの建物の中に250人前後を収容するプロ仕様の劇場と同規模の区民用のホールを併存させているのが、この施設の特徴のひとつである。演劇を中心とすることで、3年前に荻窪にオープンした杉並公会堂と棲み分けをしている。
本施設では、オープンの約3年前、実施設計の完了時期に、指定管理者としてNPO法人劇場創造ネットワークがプロポーザルコンペ、ヒアリングを経て決定された。施工段階では指定管理者の意見を取り入れながら、一部、設計に変更が加えられている。公共ホールでは建設中に使い手の顔が見えないことが多い中で、早い段階で施設の管理・運営者が決まったことは、この施設にとって大きなメリットであった。
芸術監督にはこのプロジェクトに区のアドバイザーとして構想段階から関わられ、世田谷パブリックシアターの芸術監督も務められた佐藤信(まこと)氏が、館長には劇作家の斎藤憐(れん)氏が就任された。
施設全体の遮音計画
この建物は狭い敷地の中に劇場が2室、阿波おどりホール、稽古場等が積み重なって配置されている。各室の同時使用を可能とし、会館が有効に利用されるために、それら各室間に高い遮音性能を確保することが求められた。遮音計画はこの施設の音響設計の中でも重要な課題であり、基本的に全ての劇場・ホールに、遮音性能の確保と鉄道騒音対策として防振遮音構造を採用した。地下2階に配置された座・高円寺2(区民ホール)は、その上下階に座・高円寺1(小劇場)や稽古場1が、同フロアに阿波おどりホールが配置されていることから、コンクリートの防振ゴム浮き床に鉄骨の独立フレームを構築し、そのフレームに防振遮音層を支持するという高性能の遮音構造を採用した。地下2階に配置された阿波おどりホールについても、同様の構造を採用している。右下の写真は、実際にこのホールで阿波おどりの実演をお願いし、遮音の確認を行った際の様子である。地上階の座・高円寺1については、他の室が全て下階に位置するため、天井を除いて椀のように床・壁のみを防振遮音構造とし、そのうち壁の遮音層については、内装仕上げと兼ねて鉄板の背後にガラス繊維補強セメントを打設した構造を採用した。
座・高円寺1(小劇場)
通常の劇場とは異なり、正方形の平面を持つこの劇場は、仮設床を組み直すことで、平土間にも段床形式の劇場にも可変する。上部の技術ギャラリー下には可動パネルが吊られ、その表裏を反射/吸音の組み合わせとすることで、フラッターエコーの防止と演目にあわせた響きの調整を可能とした。
オープニングと今後の運営
座・高円寺は5月1日、「絵本カーニバル+びっくり大道芸」と「化粧 二幕」でオープニングを迎えた。地上階は建物前面の広場からロビー、座・高円寺1までが連続した空間として展開され、子供から大人まで大勢の人たちで賑わい、階下の座・高円寺2では本格的な演劇が上演されて、街のにぎわいの中に劇場があるようであった。
今後、年間1/3は日本劇作家協会企画の現代劇を中心とした作品を、1/3は過去都内で上演されたよい作品をピックアップしての提携公演を、残りは子供たちを対象とした作品を取り上げた主催事業を行うそうだ。また、区内を中心とした企業の協賛を得て、廉価で観劇を提供する回数券「なみちけ」も販売。大学や公共文化施設と連携して、劇場芸術の専門的な知識や技術を学ぶ「劇場創造アカデミー」(二年制)を創設し、人材を育成するという取り組みも始めている。8月末には、約190団体の連が参加し、120万人もの観客が訪れる「東京 高円寺阿波おどり」が開催される。この会館のもたらす賑わいに、しばらく目が離せなさそうだ。(箱崎文子記)
座・高円寺 ホームページ http://www.za-koenji.jp/
拡散と音響効果−1
’拡散’、この言葉からどのような現象を思いうかべられるだろうか? 水の入ったガラスのコップにインクを垂らすと水とインクが混ざり合って薄い青色の液体に変わる。音についても、拡散という状態がある。音の強さが室内いたるところ均一で、しかも、あらゆる点で、あらゆる方向から音が入射している状態をいう。これを拡散音場という。
ところで、この拡散、一体どのような音響効果があるのだろうか。誰しも響きの質を細やかにすることぐらいは思いつくが、はたして、楽器の音色が本質的に変わるのだろうか。それならば、拡散音場はコンサートホールの究極の理想なのだろうか。拡散についての疑問は様々である。今回はホールを中心に拡散と音響効果について話をすすめるが、拡散体や拡散構造は音響設計側にとって重要な設計課題であるばかりでなく、建築設計者にとってもデザインの制約が多いコンサートホールでは、数少ないデザインの対象なのである。
初期の拡散体”ポリシリンダー”
筆者がNHK技術研究所で最初に手にした海外文献の一つに、アメリカのラジオスタジオに設置されているpolycylindrical diffusers という図−1にしめすような拡散を意図した構造体についての論文1) があった。60年前、1940年代の資料である。当時、マイクロフォン収音位置の設定が楽になるということから、アメリカの放送や録音スタジオでは、この種の拡散体が広く用いられていた。戦前のわが国の放送スタジオでは、たしか、パンヤという植物繊維を張り巡らした吸音性の空間であったから、この種の異様な物体の出現は驚きであった。
今日、コンサートホールに入ると、舞台から側壁には山形、屏風状など様々な形の構造体、波打つ天井など、音楽ホールならではの風景が飛び込んでくる。これこそ、ホール空間の拡散を意図した仕掛けなのである。図−2、3は戦後、最初のコンサートホールとして誕生した神奈川県立音楽堂と旧NHKホールである。それぞれ、典型的な拡散壁、拡散体が配置されている。
様々な拡散体
拡散体、拡散構造は音響面からだけではなく建築設計にとってもデザインの上での大きな関心事である。その大きさ、形状、凸凹の程度、配置などは両者それぞれの主張をぶつけ合いながら最終の形を求める。
そのよい例が東京文化会館大ホール前方側壁に取り付けられた木製の拡散体である(図−4)。これは、建築設計者の故前川國男氏、拡散体のデザインを担当された彫刻家向井良吉氏、それと音響設計の総括をされたNHK技術研究所旧音響設計部部長の故牧田康雄氏の共同作品である。この拡散体は将棋の駒の工房、天童木工の製作で、縦方向に厚板を積層した一体型の構造である。その大きさとえぐりの深さは音響側の要求である。来年、東京文化会館は50周年を迎える。50年にわたる音響設計の歴史の原点が刻まれているのである。
建築デザインと音響設計の共同作業からうまれた拡散体の例として、特色ある拡散壁を紹介する。図−5は福島市音楽堂のタイルの拡散壁である。大きな山形壁の一面に細かな山形壁を取り組んだ構造で建築設計は岡田新一氏である。図−6は日本大学カザルスホールのカーテンを思わせる側壁でその実態は本物のカーテンから型をとって製作されたプレハブのコンクリートパネルで建築設計は磯崎新氏である。図−7はうねりの山をずらした波形の壁で、タイル片が細かな散乱効果を与えている。建築設計は槇文彦氏である。
次回は拡散と吸音効果を中心にお話したい。(永田 穂記)
1) J.E.Volkmann, ‘Polycylindrical Diffusers in Room Acoustical Design’, J. Acoust. Soc. Am. 13, 234, (1942)