三陸海岸の大船渡にリアスホールオープン
荒々しい岩肌の入り組んだ海岸、波の浸食によって洞穴の開いた岩々。岩に打ち付ける波が発するどどぅと迫力ある低音が響く。青森県南東部から宮城県牡鹿半島まで太平洋沿岸に続くリアス式の三陸海岸は、自然の造形や迫力を体験できる場所だ。今回紹介する施設のある大船渡市は岩手県南東部、この三陸海岸沿いに位置する。昨年夏、初めて東北地方で開催された全国海の祭典「海フェスタいわて」のメイン会場でもあったことから、この地名を耳にされた方もおられるのではないだろうか。
この大船渡市に昨年11月中旬、市民文化会館・市立図書館「リアスホール」がオープンした。大ホールを始めとして、マルチスペース、図書館、展示ギャラリー、スタジオ、練習室等、様々な用途の室からなる複合施設である。アクセスは、東北新幹線一ノ関駅から大船渡線の快速で約2時間20分の盛駅から徒歩10分程である。または、東北新幹線の水沢江刺駅から東へ国道397号線の山道ドライブで、天気にさえ恵まれれば1時間10分ほどで到着する。どちらもけっして便がよいとはいえないが、新緑や紅葉の季節には豊かな自然を満喫しながらの移動が楽しめる。
建築設計・監理は新居千秋都市建築設計、施工は戸田・匠特定建設工事共同企業体である。新居千秋氏の文化施設への設計協力は、黒部市国際文化センター、かわもと悠邑ふるさと会館、くにさき総合文化センターに続く4作目になる。ホールと図書館を複合させた施設という形態は、多少の規模の違いはあるが、これまでと同じである。当時、新居氏は「既存の図書館の観点から言えば、矩形の単体の方が良いということになるが、機能を把握した上で、町の規模などを考え複合させた方が、利便性も高く、集客力も高い楽しい公共施設になる」と語られている。本施設では2月1日に入館者が5万人に達したという。人口4万2千人程の市で、開館2か月半でこれほど大勢の方々が来館されたことは、市民に待ち望まれていた施設であることを示している。図書館との複合という形態が大船渡市にも適していることを物語っているのではないだろうか。
大ホールのデザインと室内音響計画
この建物では各所で三陸海岸の豊かな自然の印象が織り込まれた意匠を楽しむ事が出来る。約1100席を収容する大ホールは「三陸の豊かな海から打ち寄せる波が削り出した磯」をイメージされたという。
舞台反射板はプロセニアム形式ながら舞台と客席が一体の空間となるように構成した。舞台から客席へは「空を漂う雲」のような白い天井が連続しており、それらの分割された反射面それぞれを舞台や客席に反射音を豊富に与える角度に設定した。客席側壁やバルコニー手摺り壁は、低音までしっかりと音を反射させるのに適したコンクリートを採用し、その表面は強い反射音を柔らげるために小叩き仕上げとしている。「岩や船団」をイメージしたという大小の客席ブロックが立体的に配置されたバルコニーからは、舞台が見やすく、近く感じられる。また、スピーチ等の催し物に使用する際、響きを抑えて明瞭度を上げるために、側壁上部には電動昇降式の吸音カーテンを設置し、その前面は音響的に透過な横ルーバーで覆ったデザインとなっている。客席椅子は上の写真にあるように座席の背もたれがカーブを描き、青系の濃淡8色のクッション生地と相まって「さざ波」が表現されている。
遮音計画
室間の遮音は、様々な用途の室を抱える複合施設の宿命である。本施設でも各室の同時使用を出来る限り可能にするため、遮音性能を確保することが課題であった。まず、ホールゾーンと図書館、マルチスペース、スタジオ等があるファクトリー・図書館ゾーンの間に、音響的なエキスパンション・ジョイントを設置し、固体音の伝搬を防止した。マルチペースは単独の室として使用する基本形式の他、周囲の廊下や会議室までを一体として使用するなど、催し物に合わせて様々な形式で使用出来るよう計画されたため、下部壁面の大部分を遮音タイプの可動間仕切り壁で構成した。大きな音量を伴う催し物を行う時にはこれらを閉じることで遮音性能を確保することが出来る。また、ファクトリー・図書館ゾーンの2〜3階には、マルチスペースの廻りを取り巻くように図書館や練習室が隣接しているため、マルチスペースの壁面には防振遮音壁を設置した。さらに、スタジオ・各練習室についても防振遮音構造を採用することで、相互室間、およびマルチスペースや図書館間との高い遮音性能を実現している。
写真からもうかがえるように、本施設では複雑な構造や意匠が随所にみられる。館内に足を踏み入れてこの建物の持つ迫力を感じる時、これらの実現に至るまでの設計者のこだわりと施工者の熱意に思いを馳せずにはいられない。これからの新緑の季節、三陸まで足を延ばして催し物と建築探検、美味しい海の幸を楽しむ旅はいかがだろう。(箱崎文子記)
大船渡市民文化会館・図書館「リアスホール」
住所:岩手県大船渡市盛町字下舘下18-1 電話:0192-26-4478
日本福音ルーテル宮崎教会新会堂の響き
旧会堂に隣接して建設が進められてきた日本福音ルーテル宮崎教会の新会堂は10ヶ月の工事を終え、2008年6月7日に献堂式典が行われ、すべての行事は新会堂に移行した。しかし、オルガンについてはその後、ペダルストップの増設、鞴(ふいご)の追加などが行われ、旧会堂からの移設、現地でのヴォイシングを終え、2009年2月15日に行われたオルガン奉献礼拝をもって新会堂プロジェクトは完了した。
新会堂への移設で13ストップとなったとはいえ、エツケスオルガンはこの空間には小さく感じる楽器である。しかし、その気品のある音色、充足感のある低音の響きは聴く人を魅了した。オルガン関係者がヨーロッパの歴史的な聖堂の音と響きを体験し、エツケスオルガンのためにふさわしい祈りの空間を切望したのは自然の流れであった。一方で、耐震強度の点から旧会堂の改修の必要性が取り上げられ、新会堂の建設となったのである。音響設計の方針は下記の通りである。
- 可能な限り、天井高の高い空間とする。
- 天井、周壁はコンクリートとする。
- オルガンはオルガンバルコニーに設置する。
- 吸音は残響時間周波数特性の調整を目的とする。
- 説教の明瞭度は適切な拡声設備を設置することで対応する。
建築設計および監理は株式会社 洋建築企画、施工は株式会社 志多組である。新会堂の平面、断面図を図−1、2に、祭壇、オルガンバルコニー側の写真を図−3、4に示す。
写真から明らかなように、室容積約1000m3、室高最大9mの空間に対して、オルガンは慎ましい存在である。
オルガン設置前後の残響特性を図−5に示す。オルガン設置による残響時間の低減はわずかである。また、同図には会衆80名収容時の残響特性の推定値を示す。参考として木造パネル構造の旧会堂の空室(椅子なし)の残響特性を新会堂の特性と比較して図−6に示す。歴史的聖堂の低音域の豊かな響きに近づけるには、パネル構造では無理であることを示す資料である。
本会堂の音と響きが今後の教会建築とオルガン界の参考になれば幸せである。(永田 穂記)
ホームページ:http://www3.plala.or.jp/miyazaki-luther/
マン・オーディトリアム(イスラエル)の音響改修
イスラエルのテル・アヴィヴにあるフレデリック・R・マン・オーディトリアム(Frederic R. Mann Auditorium)の音響改修を担当することになった。マン・オーディトリアムはイスラエル建国(1948年)後まもなくの1951年に計画・設計が始まり1957年にオープンした。当初よりイスラエル・フィルハーモニック・オーケストラの本拠地として計画され、オーケストラの公演+リハーサルの使用に対して優先権が与えられている。しかしながら同時に、それ以外の空いた時間帯はポップスのコンサートや講演会、舞踊などの公演にも貸しホールとして多目的に利用されている。客席数は2715と大型のホールで、基本的な平面形は扇型、客席部における平均的な天井高はおよそ12-13mとかなり低い。かねてよりオーケストラ側から音響上の不満があがっており、これまでにも幾度か音響の改修が計画されてきた経緯がある。基本的な室形状と低い天井が、これら音響上の問題の大きな原因となっている。
2001年にオーディトリアム全体の改修計画が策定されて以来、具体的な検討が実施されてきたが、その度に建築保存運動によって実現が阻まれてきた。バウハウス様式の建築によるテル・アヴィヴの景観を保存することがユネスコによって宣言されており、このマン・オーディトリアムへの適用も例外ではない。音響的に必要な容積を確保するために屋根を高くすることが受け入れられなかったのである。
今回、建物の外観を変えることなく、すなわち屋根の高さを現状のまま、内装を変更するだけで音響的に必要な改修が可能かどうかの検討を行ってきた。その結果、それらが可能なことの見通しが立ったので実際の改修工事に踏み切ることになったものである。具体的な改修箇所としては、内装天井を高くして15-16mの天井高を確保したこと(断面図参照)、1階席中央前部を低い壁で仕切ってそれらの壁面からの反射音を確保したこと、側壁の角度を変更して客席への有効な反射音を確保したこと、等々である。今後の具体的な設計、工事の工程については現在検討が進められているところであるが、いずれプロジェクトが完了した時点でそれらの結果について報告する予定である。(豊田泰久記)