コペンハーゲンに新コンサートホール誕生
デンマークのコペンハーゲンに新しいコンサートホールが去る1月17日にオープンした。新ホールはデンマーク国立放送局(DR, Danish Radio)に所属するもので、かねてより計画が進められていた放送局全体の移転に伴って新築されたものである。日本でいえばNHKホールのようなものであるが、多目的ホールではなくクラシック音楽専用のコンサートホールであることに特徴がある。DRコンサートホールは放送局所属のデンマーク国立交響楽団(Danish National Symphony Orchestra)の本拠地となる。なお、このコンサートホールは、永田音響設計として西ヨーロッパ地区でオープンする初めてのホールとなった。
新ホールの計画は2001-2002年の設計コンペに遡る。2001年に世界各地のコンサートホールの視察を行ったDRの新ホール建設委員会は、2001年秋から2002年初めにわたって建築設計者を選ぶコンペを行い、フランスの建築家ジャン・ヌーベル(Jean Nouvel)氏を設計者として選定した。音響設計者の選定、および建築設計者との組合せをどのようにすべきかについては様々な議論のあるところで、世界中で同種のプロジェクトが計画される度に同様の議論が交わされる。DRのプロジェクトにおける設計者選定プロセスについては、本ニュース2002年4月号でその詳細を紹介した。結果としては、建築家が音響コンサルタントを選び、チームとしてコンペを競う形となった。なお、その記事にもあるように、本プロジェクトは当初2006年中に完工の予定であったが、諸事情により2年近く遅れて2009年1月のオープニング直前の完工となった。
ヌーベル氏によるデザインはユニークである。ブルーの薄いクロスですっぽり覆われた外観は、それ自身が映像を映し出す スクリーンとして機能する。昼間は一見、建設中の仮囲いかと見紛うほどであるが、 コンサートが始まる時間になって周囲が暗くなると、外部に設置された強力なプロジェクタによって具象、抽象の映像が映し出されて幻想的な景色に一変する。これはまさに夜のためにデザインされたコンサートホールの外観である。コンサートホールとして機能するのは基本的に夜であること、コンサートのシーズンである冬季は北欧では特に夜の時間が長いことなどを考え合わせると、これは実に当を得たデザインといえるかもしれない。
ホール内部は1800席規模のいわゆるヴィニヤード形式の客席配置。ホール室形状として音響的に良いとされるいわゆるシューボックス型(箱型形状)ではなく、ステージの周囲を客席が取り囲んだヴィニヤード形式を採用することが、設計コンペ以前の計画段階 からDR側によって提示された。ステージを囲んだ聴衆がお互いの顔を見ることができるこの客席配置によってもたらされる視覚的、音響的な親密感、臨場感が何よりも優先された結果である。客席配置こそベルリン・フィルハーモニーをベースとして計画されているが、内装のデザインはこれまたユニークである。木をふんだんに使った客席周りのブロック壁や天井、側壁面は流れるような美しい曲線でデザインされている。全体的に 赤っぽい暖色系の色彩が暖かさ、親しみやすさを感じさせる。
建設工事は遅れに遅れて、2008年秋の完工予定がオープニング直前までずれ込んでしまった。オーケストラなどの演奏者にとっては、新しい音響に慣れるための時間が必要である。建設工事完了からホールのオープニングまでの準備期間は最低でも3ヶ月、音響の立場からいうと長ければ長いほど良い。本ホールにおいて、オーケストラがほとんどリハーサルの時間を取れなかったのは実に残念であった。しかし、デンマーク国立交響楽団の新しい環境(音響)への適応は非常に早く、オープニングではほとんど問題を感じさせない程度に仕上がっていたことを報告しておこう。
オープニングのガラ・コンサートで演奏された曲の作曲家の一覧は次のとおり。
- Andy Pape (1955- , Denmark)
- C.F.E. Hornemann (1840-1906, Denmark)
- Henri Tomasi (1901-1971, France)
- Ambroise Thomas (1811-1896, France)
- Camille Saint-Saens (1835-1924, France)
- Rued Langgaard (1893-1952, Denmark)
- Charles-Marie Widor (1844-1937, France)
- Carl Nielsen (1865-1931, Denmark)
- Jules Massenet (1842-1912, France)
- Maurice Ravel (1875-1937, France)
地元デンマークの作曲家が4名とあとフランスの作曲家が6名である。途中のサン・サーンスによる白鳥(チェロ+ピアノ)と最後のラベルによるボレロを除くといずれも初めて聞くマイナーなプログラムがずらっと並べられていた。ガラ・コンサートと称されたコンサートにしてはあまりに地味なプログラムである。会場が沸いたのは最後のボレロくらいであった。マーラー:交響曲第2番「復活」、ベートーベン:交響曲第9番「合唱付き」、ストラヴィンスキー:3大バレエ曲、等々のオープニングとしても相応しい大曲が、ガラ・コンサート後の定期公演で次々に取り上げられただけに、なおさらその印象は強かった。
筆者はそれらの大曲のコンサートのうち、マーラーの「復活」を聞くチャンスを得た。4楽章冒頭のアルトが静かに歌い出すところ、5楽章で初めて合唱が歌うところなどで 聞いた音響は鳥肌が立つほど感動的で、音が空間を漂うのを実感した。このプロジェクトの成功を確信した瞬間であった。
工事の遅れから、最終的な音響測定等の実施はオープニング後に見送られて現在に至っている。近いうちに実施予定の物理的な音響データの測定後に、またそれらの結果を報告したいと考えている。(豊田泰久記)
ホームページ:http://www.dr.dk/Koncerthuset/inenglish/koncerthuset_1.htm
電気音響設備シリーズ(5) 音響設備へのノイズ混入対策
10年程前から音響設備に混入するノイズの問題がよく聞かれるようになった。その内容は、本番中不規則にノイズが入る、公演を録音したテープにノイズが入る、インカムにノイズが乗る等の他、まれにプロジェクタの映像が滲む、縞模様が入る等で、運用に大きな支障や制約が生じているホールもある。電源周波数を可変しモータの回転数を制御するインバータ装置の普及や、施設の高度な複合化・集積化によるノイズ源の増加と、音響機器のS/Nの向上やホール空調騒音の静寂化などにより、ノイズの問題が顕在化してきたように思う。今回は、これまでの経験から得られた基本的なノイズ対策方法を紹介する。
ノイズの発生源と混入経路
電気音響設備、特にマイク回線では微弱な電圧を扱うため、他の設備機械からのノイズを受けやすい。当然、音響設備ではノイズ防止対策を行うが、その効果には限界があり、ノイズ源が増大・近接した現状ではノイズ源側での発生・漏洩防止対策も重要である。主なノイズ源は、電源トランスや舞台照明の調光器等の強電機器と、空調機や昇降機等のインバータ装置、およびそれらの配線である。ノイズの伝わり方は次のように大別される。
- 伝導−電源線や接地線、信号線を通じて伝わる。
- 放射−ノイズ源の機器や配線から放射される不要な電磁波が空中を飛来して伝わる。
- 誘導−近接する他の電線が生じる磁界により自分の電線に電圧が誘起され伝わる。
なお一般のEMC対策と異なり、音響設備へのノイズ対策では可聴帯域(20Hz〜20kHz)が対象となることに注意が必要である。
具体的な対策例
建築計画 : 最も単純な対策は、ノイズ源と音響設備を離すことである。電気容量の大きい機械室や調光器盤室などとその強電幹線は、舞台や調整室から遠ざけた配置・ルートとすることが基本となる。
電源設備 : 電源線と接地線からの伝導ノイズを防止するため、音響設備用の電源トランスは単独にする必要がある。この時トランスの保安用接地も単独にすることが重要である。改修等でトランスの単独化が困難な場合は、ノイズカットトランス(NTC)を挿入して音響用負荷を接続するが、NTCはうなり音や熱が発生するので設置場所に注意が必要である。音響用電源の幹線は、他の電源幹線からの誘導ノイズを避けるため、共通のケーブルラックに入れずに単独配管とする。(図1)
信号用接地 : トランスの保安用接地とは別に、音響機器の信号用接地(機能用接地)を単独に用意する。調整室に近い位置に接地極を埋設し、単独配管で調整室まで配線するのが良い。そこから各所の音響機器や音響用電源コンセントへ分配し、スター型の1点アースを構築する。この単独接地を活かすためには、音響機器の収納架は電気絶縁体を挿入して躯体に固定する必要がある。
なお最近は建物内の接地を全て構造躯体に統合し、建物全体を等電位とする統合接地(等電位接地)の採用が増えており、今後主流となりそうである。統合接地において、これまで他設備と電気的な分離を図ってきた音響設備の接地がどうあるべきか、明確な回答がなく思案中である。現状では、万が一ノイズ障害が発生した場合の対策手段を残す意味で、統合接地の他に音響用単独接地も用意し、切り替えられるようしておくべきと考える。
配管配線 : 配管においても、他設備の強電幹線を音響機器や配線から十分に離すことが基本である。ホールでは音響と舞台照明・強電の配線ルートを、音響調整室や調光器盤室の配置により下手側と上手側に分けている。やむを得ず同一ルートとなる部分は、配線同士をできるだけ離し、長距離の平行配線を避け、交差部は直交させて誘導ノイズの低減を図る必要がある。音響配線は全て金属管か金属ダクトを原則とするが、他設備の幹線も、音響配線と近接する範囲にはシールドを施す必要がある。
舞台照明設備 : 舞台照明の調光器は3次を主とする奇数次の高調波を高レベルで発生するため、その電源線と負荷線には”より線”を使用し、磁界の相殺による放射ノイズの低減を図ると共に、原則全て金属管などでシールドする必要がある。バラ線では、電線が生じる磁界によってケーブルや金属ダクトの蓋が振動し、騒音の問題にも発展することが多い。舞台照明の配線は機能上舞台内を通るため、特に注意が必要である。図2は調光器の一次側電源幹線(舞台床上20mの高さにシールド無しで配線)から、放射によって舞台上のマイクケーブルに混入した調光ノイズの例である。
インバータ装置 : 最近では様々な設備に使われるインバータは、キャリア周波数と同じ周波数のノイズを発生する。複数の装置のキャリア周波数が同一だとノイズが加算され大きくなるため、キャリア周波数を変更できる機種を選ぶことが重要である。図3は空調機のSA/RAファンのインバータ装置において、同一だったキャリア周波数をずらしてノイズを低減した例である。また必要に応じて、装置や配線のシールド処理や接地の単独化などの対策が必要である。
図3 キャリア周波数の変更による空調機インバータノイスの低減例
ノイズの混入状況はノイズを発生する側と受ける側の様々な状況によって変わり、定量的に掴めていないのが現状である。しかし、最近ではノイズに無縁な工事部門はなく、またノイズが混入してからの対策は困難で多大な費用が掛かる。そのため、当初から全関係部門がノイズ防止を配慮した、適切な設計、施工を行うことが重要である。(内田匡哉記)