静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 08-02号(通巻242号)

発行:2008年2月25日

日田市民文化会館「パトリア日田」オープン

パトリア日田の外観
パトリア日田の外観

 大分県西部、福岡県や熊本県との県境に位置する日田市は、筑後川水系の三隈川沿いに開けた盆地の町である。江戸時代は天領として栄え、今でも市中心部の豆田(まめた)地区には当時の豪商たちの住居や街並みが保存されている。その日田市に市民文化会館「パトリア日田」が完成し、昨年12月23日にオープニングの式典が催された。この「パトリア日田」は旧市民会館に替わるもので、1,003席の大ホール、351席の小ホール、スタジオ4室、ギャラリーおよび創作室等から構成されている。建築設計はプロポーザルで選出された香山壽夫建築研究所、建築工事は鹿島・新成・江藤建設JVである。永田音響設計は、石井聖光(きよてる)東京大学名誉教授監修のもと、建築音響および設備騒音防止について、設計段階の音響コンサルタント業務、音響工事監理および工事完了後の音響測定を行った。

大ホールの内観
大ホールの内観

◆施設の概要
 パトリア日田は、JR日田駅から続く商店街の一角、1964年に建設された旧市民会館に向かい合う形で建てられている(旧市民会館は解体予定)。商店街から垣間見える外観は、素材や色など周辺にマッチするように工夫されている。また、夜間、舞台フライタワーの四隅に照明が灯されると大きな行燈のようにも見え、建物のイメージに温かさが加えられる。内部は大ホール棟と小ホールやスタジオが含まれる棟が吹き抜けのガレリアを挟んで配置されており、初めて訪れる人たちにもわかりやすい配置計画である。大ホールの舞台や客席上部には、このようなホールには珍しく窓が設置されており、外光が取り込めるようになっている。日中は点灯の必要がないくらい明るい。もちろん演劇等の暗転が必要な場合には暗転幕によって暗くすることができる。また、大小ホールの客席やスタジオにはホワイエやガレリアに対してガラス面があり、内外の空間が連続するようなデザインとなっている。日田市は吉野や秋田と並ぶ杉の木の産地である。その杉や地元の小鹿田(おんだ)焼による陶板が大・小ホールをはじめとして随所に使用されている。愛称の「パトリア日田」には、パトリアがイタリア語で「故郷」や「発祥地」を意味することから、誰でも気軽に立ち寄って欲しい、また将来の文化の担い手が育って欲しいという願いが込められている。

◆エキスパンションジョイントによる遮音
 ホールを効率よく運営するためには、大・小ホールをはじめとする各室が発生音の大きさにかかわらず自由に使用できるのが望ましい。パトリア日田でも、大・小ホール、各スタジオの同時使用を可能にするために、大ホール〜小ホール間および小ホール〜スタジオ間に音響的なエキスパンションジョイントを設け、さらにスタジオ各室を防振構造とした。各室間の遮音性能(500Hz)は80dB以上確保されており、特別大きな発生音でなければ同時使用が可能となっている。ところで、遮音確保のために設けたエキスパンションジョイントをガレリア2階から見ることができる。小ホール側の壁とスタジオ側の壁が、なんの支えもなくきっちり離れ、反対側まで素通しで見通せる。眼でも遮音の効果を感じられる。

大ホールの拡散壁  大ホールの拡散壁
大ホールの拡散壁

◆杉の木の拡散壁が特徴の大ホール
「やまびこ」

 大ホールは、演劇、クラシック、ポップス、式典等の様々な催し物に対応できる多目的ホールとして計画された。客席内に使用されている材料には日田らしさが溢れている。客席側壁の杉、漆喰の仕上げ、切り妻屋根そのままの天井形状、そして客席椅子の背や座、肘木にも杉板が使用されている。とくに大小様々な大きさの杉の角材が組み合わされた側壁下部は、音響からの要望が加味されたもので拡散壁として効果的な形状となっている。また杉板の小さな凹凸や漆喰仕上げのラフな仕上げも拡散効果を期待して設置したものである。採光のための客席上部のガラス面は、騒音防止に対して、吸音処理した広い空間を設け2重サッシとした。残響時間は、舞台音響反射板設置時1.9秒(空席時)、1.6秒(満席時)である。

小ホールの内観  小ホールの拡散壁
小ホールの内観と拡散壁

◆小鹿田焼の壁の小ホール「せせらぎ」
 小ホールは、移動観覧席によって椅子設置状態も可能な平土間のホールである。規模から市民利用が多いと考えられ、小ホールも多目的ホールとして計画されている。しかし、客席部分の天井高は11mとこの規模としては高く、舞台反射板設置時にはクラシックコンサートにも充分対応可能となっている。内装仕上げは和風の趣で、客席側壁の下部は小鹿田焼の陶板、上部は木である。陶板は平行面によるフラッターエコーを防止するために下見貼り風(下見貼りの逆)に貼られている。残響時間は、舞台音響反射板設置時1.4秒(空席時)、1.3秒(満席時)である。

◆開館記念コンサートを聴いて
 1月20日(日)、開館記念事業として迫 昭嘉(さこ あきよし)氏による指揮とピアノ演奏、九州交響楽団によるコンサートが大ホールで開催された。迫さんはパトリア日田の工事前から日田市で何度かコンサートを行っており、その関係でこのコンサートが開催されたと聞いている。客席は満席、新しい市民文化会館への期待が大きいことが感じられるコンサートであった。

 日田は、福岡空港からバスで1時間あまり。春は豆田のひな祭り、夏は鵜飼いや祇園祭、秋は天領祭りなど季節を彩る催しが盛りだくさんである。そして周辺には多くの温泉もある。水郷日田の名前の通り水はとても美味しく、サッポロビールの工場も郊外にある。観光とコンサートやお芝居、是非組み合わせて味わっていただきたい。(福地智子記)

「パトリア日田」のホームページ: http://www.city.hita.oita.jp/sisetu_01.html

New World Symphonyの新ホールがマイアミにて起工式

ホール外観のパース(Model by Gehry Partners)
ホール外観のパース
(Model by Gehry Partners)

 去る1月23日に米国フロリダ州のマイアミにて、New World Symphonyオーケストラのための新しいホールの起工式が執り行われ、約2年半にわたる工事が開始された。2011年初めにオープニングが予定されている。

 New World Symphony(http://www.nws.edu/)は、1987年に指揮者マイケル・ティルソン・トーマス(Michael Tilson Thomas (以下MTT))によって創設された、若いミュージシャンを育てるための教育プログラムを持つ世界的にも非常にユニークなオーケストラである。音楽大学を卒業してプロのオーケストラをめざす若いミュージシャンが、3年を限度にこのオーケストラで過ごして色々なことを学んだ後、各方面で活躍している。1987年というのは、故レナード・バーンスタインが札幌のPMF音楽祭(これも音楽教育を目的とした音楽祭)の創設を計画していたのとほぼ同じ時期であり、バーンスタインがその第1回目のPMF音楽祭(1990)の後に急逝した後を引き継いで、MTTがPMFの音楽監督を10年間努めている。当時からMTTがいかに音楽教育、とりわけオーケストラのミュージシャンを育てることに熱意と情熱を捧げてきているかがうかがい知れる。

 我々が最初にこのプロジェクトと関わりを持ったのは2002年のことである。我々が音響設計を担当した札幌芸術の森アート・ホール(1995年完成、http://www.nagata.co.jp/news/news9510.htm)と札幌コンサートホールKitara(1997年完成、http://www.nagata.co.jp/news/news9707.htm)がいずれもPMFのメイン会場として使用され、それらの音響をMTTが非常に気に入ってくれたことがきっかけとなっている。当初は US$30 - 40million 規模のプロジェクトとして考えられていたが、翌2003年にフランク・ゲーリー(Frank Gehry)がアーキテクトとして選ばれて参加し、具体的な建築デザインが進むにつれてその予算規模はどんどん大きくなった。最終的にはオープン後の運用基金も含めて約 US$200million が予定されている。アメリカではこの種の公共建築は一般の民間からの寄付金を基に建設されることが多く、本プロジェクトも例外ではない。ゲーリーがアーキテクトとして参加した後は、ゲーリーがデザインするという事が宣伝にも上手く活かされ、寄付金額とプロジェクトの予算規模はうなぎ上りに増えていった。日本では考えられないアメリカの一面である。

 このオーケストラの特異な性格から、計画されている新ホールは一般的なコンサートホールとはかなり異なっている。聴衆が入った最終的なコンサートよりも日々の活動であるリハーサルがこのオーケストラにとってはより重要であり、さらにクラシック音楽の枠を広げるような新しい試み、色々な形のアンサンブルの追求、より幅広い現代音楽の試みが教育プログラムの見地からも要求され、従来のコンサートホールの枠を超えた実験的な場としての機能も求められた。新ホールのいくつかの特徴をまとめると、

  1. 3管フル編成のオーケストラ用のステージに対して客席数は700 - 800席と小規模。
  2. オーケストラの周りを取り囲むようなアリーナ型の客席配置。
  3. ステージと1階席の両方が可動になっており、かなり自由なレイアウトが可能。
  4. メインステージの他に3カ所の小さなステージが客席部分にも配置されており、ソロや小アンサンブルとの同時演奏、連続演奏などのプログラムに対応可能。
  5. 客席上部空間が360度にわたって全て白い大きな壁面で構成されており、ライティングや映写による様々のプロダクションに対応可能。

ホール内部の模型(Model by Gehry Partners)
ホール内部の模型
(Model by Gehry Partners)

 プロジェクトが始まった当初はこのメインホールだけの施設として計画され、教育プログラムを持つオーケストラとして必要な他の練習室やアンサンブルの部屋などは、既存の施設(Lincoln Theater)を引き続き使用することが考えられていたが、プロジェクトの予算規模が膨らむにつれ、事務室や楽器倉庫までも含めた全ての機能が新ホールの施設に移設されることになった。メインホールの他に大小合わせて30室以上のアンサンブル用の部屋、等々が計画されており、総床面積約8,800uの大プロジェクトとなっている。

 その他、New World Symphonyの大きな特徴として、最新のインターネット技術を使って外部の映像と音声を接続することをすでに試みとして開始しており、例えば遠く離れた場所にいる先生がマイアミの生徒達を指導するマスタークラスなどは、実際にその成果を上げている。New World Symphonyが取り入れているインターネット技術はインターネット2と呼ばれる次世代のもので、現在の一般的なインターネット回線より接続速度がワンランク速い。これは離れた場所での演奏の同時進行を可能にするのに必要な環境であり、現在のインターネット環境では、タイムラグが大きすぎて実用にならないという。ちょっと前までは非現実的で夢物語だったようなことが、マイアミではすでに実用段階に入っているのである。これらのインターネット2環境が新施設に取り入れられているのは当然で、メインホールを含むあらゆる部屋がこれらの回線で接続されている。

起工式の様子
起工式の様子

 起工式は数百名の招待客を集めて盛大に執り行われた。出席者のほとんどが、このプロジェクトに多額の寄付をした人達、あるいは予定している人達であった。式は夕方から始まり数台のブルドーザーが敷地内を動き回り、花火が盛大に打ち上げられるという派手な演出であった。起工式が夕方の時間帯から始められるというのは、アメリカでも滅多に見られない。確かに通常の昼間の時間帯よりは、多くの人達にとってより参加しやすい時間帯である。このプロジェクトに参加する人達が一人でも多く出席して欲しいというMTTの強い意向で計画されたとのことである。(豊田泰久記)



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