No.239

News 07-11(通巻239号)

News

2007年11月25日発行
音楽庁外観

誕生! 深圳音楽庁 −深セン・コンサートホール−

 経済特区として発展著しい中国・深圳市に、“深圳音楽庁”が2007年10月12日にオープンした。深圳市は香港に接する中国本土の地で、1979年にケ小平氏が提唱・創設した経済特区の一つである。経済特区指定当時の人口約30万人が27年後の現在は1,200万人を超えるに至ったのを見ても、その発展のスピードは驚くばかりである。訪れるたびに高層ビルが何棟かづつ増えている。深圳へは香港から“入境”するのが一般的で、東の鉄道ルート、西のフェリールート、中央のバスルートの3つがあり、香港から約1時間である。

 音楽庁が建設された福田区は市人民政府庁舎、市立図書館、人民少年宮(子供のための施設)など公共施設が集まった市の中心地区で、バスルートの入境地点“皇崗”が比較的近い。音楽庁は1年前に開館した市立図書館と対をなす施設で、両施設併せて“深圳文化中心”プロジェクトとして市文化局が発注、市工程指揮部の監理の下に約10年をかけて完成した。建築設計は国際コンペで磯崎新アトリエが選ばれ、永田音響設計は設計から監理までの一連の音響設計を担当した。建築工事は地元中国のゼネコン“第二建筑安装公司”である。

施設概要“黄紅青白黒”

深圳文化中心は長さ300mの南北に長い建物で、中央を貫く道路を挟んで北半分が音楽庁、南半分が図書館で構成されている。外壁には中国の伝統的思想である五行学説に基づいた5つの色彩が取り入れられ、また音楽庁エントランスの金樹(柱)、図書館エントランスの銀樹、演奏大庁内装の赤と白など、中国になじみ深い配色が巧みである。素人写真ではその全体像を紹介できないスケールであるが、文末に紹介した音楽庁のホームページには施設を鳥瞰できるCGが掲載されているのでご覧いただきたい。

音楽庁外観
音楽庁外観

演奏大庁(大ホール)

 客席がステージを取り囲むヴィニヤード型コンサートホールで、客席数は1800席である。室寸法は、客席最大幅:約45m、長さ:約60m、天井高:約25m(ステージ床〜天井)。客席をブロックに分け段々畑状に配置することで生まれる壁を反射壁として有効に利用するのがヴィニヤード型の特徴であるが、本ホールでは客席ブロック間のレベル差を大きくとり、その結果客席内に比較的大きな音響反射面を形成することができた。ステージから見上げる客席構成は非常にダイナミックで、音楽庁ホームページには“峡谷梯田式canyon-terrace shape”と紹介されている。ステージ上部には高さ約15mの位置に30mm厚のポリカーボネート板で構成した音響反射板を設置した。フラットな金属メッシュが下面にあるので、反射板そのものは見えにくい。また、音響反射板を支持するフレームには舞台照明・音響機器もつり込まれている。ホール室形状は、コンピュータ・シミュレーション、引き続き1/10縮尺音響模型実験を経て最終的に固めた。模型実験は2000年に深圳大学キャンパスの1室を借りて行ったが、ビザ取得や実験機材輸送の際に生じたトラブルは今となっては懐かしい思い出である。

 ホール内装は、模型実験でロングパスエコーの原因箇所として確認された客席最後部壁面を除いて反射性である。大天井面は音響的に必要な質量を確保するためにコンクリート材で構成し、表面を細かい凹凸仕上げとした。客席内壁面は軽量コンクリート板をベースとし、表面にランダムな大きさの木の三角柱を横方向に並べて散乱壁を構成した。ステージ床材には針葉樹系木材を提案し、最終的には檜材が日本から輸入・施工された。

演奏大庁
演奏大庁
演奏大庁1/10模型
演奏大庁1/10模型

小劇場(小ホール)

 秋吉台国際芸術村コンサートホールと同様な形態のホールで、客席はフラットなメインフロアと2段の“浮遊座席”で構成されている。客席メインフロアと同レベルのステージには20分割された迫りが組み込まれていて、その組み合わせで様々な形式にステージを設定できる。客席はステージの形式や大きさによって400-580席の配置が可能である。このホールは設計段階ではリサイタルホールとして検討した経緯があるが、施工段階で舞台機構・照明・音響設備が大幅に追加され、最終的には“劇場”の名が付された。ただし、基本的な室形状・寸法や内装は変更されていないので、天井高さは約14mと余裕があり、また響きも長めであることなど、リサイタルホールとしても十分機能する空間である。

 10月12日、オープニングの招待を受けて久しぶりにホールを訪れた。世界的に注目を集めるピアニスト・郎朗(ラン・ラン)氏をコンチェルトのソリストに迎えてのオープニングコンサートで音楽庁の歴史がスタートした。最終の音響測定は未だ実施できていないが、リハーサル中に客席を移動して試聴する機会を得て、基本的に明瞭さと豊かさのバランスの取れた響きであることを確認できた。郎朗氏からは“空中を舞うような感覚でベルリン・フィルハーモニーに似ている”とのコメントをいただいた。近々試聴を含む音響測定を予定しており、その結果は別の機会に報告したい。(小口恵司記)

小劇場
小劇場

深圳音楽庁  http://www.shenzhenconcerthall.com/

遮音設計シリーズ その4 −ホール施設の配置計画−

 先日、珍しく遮音問題がワイドショー的なテレビでも取り上げられていた。東京地裁で10月3日に賠償命令が下った幼児の足音を巡るマンション騒音の問題である。騒音レベルが50〜65dBと大きかったこともあるが、裁判官の“幼児の父親の対応が極めて不誠実であった”という指摘が一番の判決理由だったのではなかろうか。

 さて遮音設計シリーズも4回目、計画施設の音環境条件(発生音量、必要な静けさ)が把握できたら、次の作業はその音環境を踏まえた各室の配置計画と遮音構造の検討である。配置計画によっては、遮音構造の負担も少なくなる。今回はホール施設の配置計画の上で考慮したい項目を概観してみた。今までに「News98-07号」、「News98-09号」でもホールの配置計画を紹介しているので、こちらも参考にして欲しい。

敷地内の建物配置計画

 敷地に余裕のある場合には、基本的に道路交通騒音が大きい道路や発生音を伴う大規模商業施設などから、建物は距離を離して配置すべきである。ホールの客席側は一般的に廊下やホワイエが一皮周りを囲むが、舞台側はフライタワーの大きな壁が外部に直接面し、大型開口となる搬入口も設けられる。搬出入の機能性との兼ね合いもあるが、道路交通騒音が大きい道路に舞台部が直接面する配置は避けたい。

 鉄道・地下鉄については、自動車とは異なりゴムのタイヤではなく鉄輪で走行するため、走行に伴う振動が大きい。軌道から50m以内に計画されるホールは、地盤や走行車両にもよるが何らかの振動対策(浮構造や、地中防振対策など)が必要となることが多い。鉄道・地下鉄が敷地に隣接して走っている場合には、目安として建物を50m以上できるだけ離して配置し、速やかな敷地調査、対策内容の検討をすべきである。

 敷地に隣接して住宅地がある場合にも、基本的にホール施設での発生音の影響を考慮し、住宅との間にできるだけ距離をおきたい。必要に応じて住宅側に窓や外気取入れ口を設けないなどの配慮も行いたい。

複数ホールやリハーサル室などの配置計画

 これらの室はできるかぎり音環境の面で独立し、同時使用に制限のない高い遮音性能を持つことが望ましい。太鼓やロック演奏など極めて大音量かつ低音の大きな音源については、「遮音設計シリーズその2」で紹介しているように配置計画だけでは無理がある。しかし、例えば片方の室で講演会、もう一方で中規模オーケストラやピアノ演奏会の同時使用が可能になる80dB(中音域)程度の遮音性能については、ホール間の距離を20mより離す配置計画によって防振遮音構造を採用することなく、遮音性能の確保が見込める。配置例としては複数あるホールの中間ゾーンに楽屋や事務諸室を設けたり、ホールよりも規模の小さい練習室などに防振遮音構造を設けて中間ゾーンに配置したりといった方法が考えられる。

2つのホールの間に楽屋を配置した例  長岡リリックホール(設計:伊東豊雄建築事務所)
2つのホールの間に楽屋を配置した例
長岡リリックホール(設計:伊東豊雄建築事務所)

建築設備機械室の配置

 施設内で騒音発生源が設置される室として、空調機械室、熱源機械室、電気室などがある。空調機械室はダクトの距離を短くするためにも、ホールの傍に置かれることも多いが、NC-25以下の静けさが望まれるホールでは、廊下やDSを挟んで最低でも壁2枚、スラブ2枚が介在する配置としたい。空調機械室からホールまでにダクト内騒音を消音するための場所も必要であり、また空調機械室がホールに近いと熱源機器からの振動を伴った配管もホール近くへ来ることになり、固体音障害の原因も増える。

 熱源機械室、電気室は騒音だけでなく振動も大きいため固体音対策が重要である。そのためまずは平断面的にホールに直接隣接することを避け、ホールから1スパン以上離した配置としたい。また、少なくとも空調機械室も含め振動を伴う機器が設置される室のスラブ厚は200mm以上の計画とし、個々の機器に応じた防振対策の検討が必要である。構造に関係する面も多いため、基本設計からの早めの検討を行いたい。その他、「News 06-06号」で紹介した便所についても、固体音の影響を考慮しホールとは廊下などを挟んで配置することが望ましい。

舞台設備機械室の配置

 ホール特有の機械室として、舞台機構関係では吊り物・舞台迫りの制御盤室、吊り物が電動式の場合の巻き取り機室、舞台照明関係では調光盤室、舞台音響関係ではアンプ室といった室がある。コンサートホールでは演奏中に吊り物や舞台迫りなどの機構を動かすことはまずないが、オペラや演劇では演出で使われるため騒音対策が必要である。騒音自体はそれほど大きくないため、舞台音響のアンプ室も同じだが、乾式遮音壁で囲えるぐらいの室がスラブ上に計画出来ればよい。なお、アンプ室は発熱量が大きいため、換気・冷房設備が必要になる。それらの設備騒音の影響がないように、ホール内を通過せずにアンプ室へダクトが通じるようなルートの確保を行いたい。

 舞台照明の調光盤室は、電気配線のうなり音の発生による騒音が大きいため、まずホールとの間にはコンクリート壁一枚は確実に設けたい。固体音対策を考慮しホールとは積層せずスラブ厚を200mm以上とすべきである。なお、電気室が調光盤室と離れていて調光盤室内に2次側トランスを設ける場合には、トランスの振動が大きいため、浮き床が必要となることが多い。さらに、強電と弱電の配線ルートの分離も含めて配置の検討を行いたい。

エレベータ、エスカレータ

 バリアフリーの考え方に基づき、エレベータ、エスカレータの設置は欠かすことのできないものとなってきている。これらは運転に振動を伴うため、固体音のホール内への影響に注意が必要である。基本的にホール周りの壁、スラブに直接支持しないこと、一般的にホールから1スパン以内に設置される場合には、機器の防振対策が必要である。

遮音設計説明と管理運用計画

 本来、施設計画とともに管理運用計画も基本設計時点から行われるべきだと考えている。基本設計における配置計画や遮音構造の検討は、遮音設計の重要な項目であるが、同時に「遮音設計の内容をしっかりと説明する」ことも重要であり、基本設計の時点から運用計画と遮音設計を整合性のあるものとしたい。

 現実的には敷地やコストの制限、また和太鼓のような極端に大音量を発生する楽器など、遮音構造や配置計画だけでは賄いきれない内容も出てくる。そのため運用的な配慮を行うことが、どんな施設にも少なからず必要である。冒頭に述べた判決例と結びつけるにはちょっと無理があるかもしれないが、お互い気持ちよく施設を利用したり、暮らしたりするためには、やはり人的な対応が必要だと考える。(石渡智秋記)