No.237

News 07-09(通巻237号)

News

2007年09月25日発行
改修後の大ホール

サントリーホールのリニューアルオープン

 1986年10月に開館したサントリーホールでは、20周年を機に大規模な改修工事を実施し、このほど9月1日にリニューアルオープンした。本ニュースの第1号(1988年1月発行)は、永田による「サントリーホールの一年」という巻頭記事で始まっている。この記事は、最初の一年間の利用状況や音響設計関係の文献リストをとりまとめたものであるが、その後も頻繁にニュースに登場する。これは、当事務所にとって、サントリーホールの成否は、その当時、研究を進めていた反射音に注目する音響設計手法の成否につながるものでもあり、永田にとっては我が子の成長を願うという気持ちが強かったのである。1988年6月発行の第6号には「ホールの音は変わるのか」という興味深い記事がある。一年半ほどの運用を経て、演奏者や聴衆から音が変わったという声が上がってきたのであった。私もオープンから数年後に、久々にコンサートを聴いたときにその違いに気づいた記憶がある。明瞭さや繊細さが増し、大空間に響きが漂うように消えてゆく快感、これは私の個人的な感想。永田はその記事の終わりを「幸いなことに、変化は必ずよい方向に向かう」と結んでいるので、きっと良い感触があったに違いない。

改修後の大ホール
改修後の大ホール

 さて、今回のリニューアルプロジェクトを陣頭指揮した竹田洋太郎副支配人によると、計画は5年ほど前から始めたそうである。昨秋からの20周年記念事業を無事に終え、本年4月1日から完全にクローズし、本格的な改修工事に入った。建設当時と同じく設計は安井建築設計事務所、施工は鹿島建設、電気音響設備の施工は不二音響が担当した。今回の改修の主眼は、舞台設備や建築設備の更新、建築的な美装およびトイレの増設、車椅子対応などを充実させるユニバーサルデザイン(UD)対応である。舞台は、大小ホール共に迫りを追加し、より幅広い演奏形態に対応できるようになった。大ホールは壁面の木部の張替え、天井塗装、椅子の生地の張替え、クッションの交換などであるが、建設時と同じ材料、同じ工法とし音響的な変化を生じないことに配慮した。小ホールは、舞台側壁の一部を手動開閉式にして、舞台袖の空間を設けられるようにした。これは任意の角度で設定できる音響反射板としても使用できるように考えた。

小ホール開閉式袖壁
小ホール開閉式袖壁

 音響設備については、建設当時はコンサートホールにスピーカは必要ない、と言い切る人もいたほど一般的な認識がない時代であった。ところが、近年ではレクチャーコンサートなどのエデュケーションプログラムの企画が増えており、スピーチの質が重要なポイントになってきている。そこで、スピーカシステムの更新にあたっては、特にきめ細かな検討を行なった。

 実現目標として、楽にスピーチが聴き取れる明瞭さと同時に、高い品格が感じられ、ホールの響きに良くマッチする拡声音を得ることを考えた。まず、ホール創設者の佐治敬三氏にならって、”聴いてみなはれ”と各社のスピーカを実際に大ホールに持ち込み、比較試聴評価会をくり返した。最終的には、音響的な中心をできる限り一点に集中させて良好でクリアな音質を得る同軸タイプの米EAW社のAXシリーズと、音源が線状になるようにユニットを結合させて高い明瞭さを得るラインアレイタイプの米E.V.社のXLVCシリーズとの一騎打ちとなった。数十人の関係者によるアンケートから、ほとんどの人たちはラインアレイタイプを好ましいとしたが、一部の音響技術者から同軸タイプも捨てがたい、という声もあって迷った。協議の後、明瞭さの確保を優先するという本来の目的に沿ってラインアレイタイプに決定した。

旧メインクラスタスピーカ
旧メインクラスタスピーカ

 大ホールでは、メインクラスタを天井に収納した状態でも使用するため、シーリングスポット部や後部天井の陰などに補助スピーカを増設した。システムは私が基礎調整を行なった後に、舞台設備の運用を担当するNHKアートが運用調整を加えた結果、非常に良質で明瞭な拡声音が得られていることが確認できた。メインクラスタは、昨秋の20周年記念事業において、頻繁にスピーチに使われることが予想されたため、サントリー首脳陣の理解を得て、一足早く昨年の夏のメンテナンス期間に更新工事を実施していた。

新メインクラスタスピーカ
新メインクラスタスピーカ

 サントリーの佐治信忠社長は、若年層向きのプログラムを推進したいという方針から、特に小ホールにフレッシュなリニューアルを求められた。そこで、資料提示に必要なビデオプロジェクタはフルハイビジョンタイプとし、さらにDVDなどの5.1チャンネルサラウンド再生ができるようにスピーカを大量に増設した。小ホールの落ち着いた内装デザインに合わせて、音質もグレードアップを図り、スピーカは独d&b audioTechnik社のCi,Eシリーズでそろえた。

 新館長は、佐治信忠社長からバトンタッチされたチェリストで桐朋学園大学学長でもある堤 剛氏である。子供たちからお年寄りまで、今後、益々楽しめるプログラムが充実することは間違いない。さあ、みんなでサントリーホールに行こう!(稲生 眞記)

千葉市美浜文化ホール

 千葉市が市内全区に整備を進めている地区ホールが今年美浜区に誕生し、7月1日にこけら落とし公演が行われた。

 美浜区は、千葉市の最も東京寄りの東京湾沿いに位置し、区の全てが埋め立てによる造成地で計画的なまちづくりが進められてきた地域である。施設周辺は大規模な団地が整然と建ち並ぶ住宅地域であり、その中心に市民が主体的に利用できる施設として本施設が計画された。設計は、小泉アトリエ・C+Aと村井建築設計共同企業体、建築施工は奥村組、旭建設共同企業体である。

施設の外観
施設の外観

施設概要

 この施設は、美浜文化ホールと保健福祉センターとの二つの機能を一体とした複合施設として計画された。このような全く管理も運営も利用者も異なる複数の機能をもつ施設を計画する場合、それぞれホール棟、健康福祉センター棟に分けるか平面的あるいは断面的に動線を分けてゾーニングするのが一般的に考えられることである。しかしながら設計グループは「融合する建築」と称し、専門的特殊施設を独立・区分せず、様々な立場や目的の異なる利用者が出会い、自然の交流によりそれぞれが身近に感じられる施設として、相互に行き来出来る一体化された建築を目指した。融合といっても単に一色短にすることではない。文化ホールと保健福祉センターそれぞれにおける類似の利用形態を持つ諸室、すなわち職員が主となる昼間の時間帯に主に利用する事務室、会議室などの諸室に対し、文化ホール側の2つのホール、スタジオ、それに保健福祉センター側のボランティア活動室など市民利用を前提とした夜間までの利用が想定される諸室を一体として考え、フロアごとにゾーン分けをしている。ボランティア活動で訪れた市民がホールでの活動や催し物に接する機会ができ、またホールに芝居を観に来た市民が保健福祉のボランティア活動を知る機会が得られることになる。

 文化ホールには、メインホール(354席)と音楽ホール(152席)の2つのホールがあるが、両ホールは建物の両端に配置されている。ホール運営スタッフにとっては両ホールの行き来がしにくいように思えるが、各ホールのホワイエは互いに見通せる広いロビーで繋がっており、運営スタッフの動線は明快で動きやすい。さらに文化ホールの付属施設として防振遮音構造のリハーサル室、スタジオ2室などがある。

 メインホールは、演劇や舞踊、ポピュラー音楽、講演会といった拡声設備を用いる催しを主体とする、プロセニアム形式の多目的ホールであるが、市の意向で演劇の利用を重視し、舞台吊り物機構の中に可動式音響反射板はなく、簡易的な移動式の反射板で対応している。今後の催しとしてプロのクラシックの音楽会がいくつか予定されているが、演劇主体といえども今後簡易反射板での対応でよいのか心配なところである。一方、音楽ホールは白い漆喰で仕上げられたシンプルなシューボックス形状としている。客席への反射音の分布や遅れ時間のコントロールは、波型の天井、側壁の4層のフィンとその間の壁の角度によっている。

通路越しにメインホールのホワイエを見る
通路越しにメインホールのホワイエを見る
メインホール
メインホール
音楽ホール
音楽ホール

音響特性

 メインホール(室容積3,200m3):残響時間(空席時500Hz)…1.4秒(舞台幕設置状態)1.5秒(簡易反射板設置状態)、音楽ホール(室容積1,500m3):残響時間(空席時500Hz)…1.4秒

管理運営

 同ホールの建設費は約26億円。施設委託料と維持費などで年間1億円以上の税金が投入されるそうだ。管理運営は、指定管理者として、民間企業体「アートウインド運営共同体」があたっている。オープニングの公演「美浜に吹く風」ではプロの芸能人が出演したほか、オーディションで一般市民も選ばれ共演した。市民が観るだけでなく、公演に主体として参加し、愛着が生まれればホール運営のボランティアに、さらには保健福祉のボランティアにも参加することもあろう。今後の管理運営に期待したい。(小野 朗記)

千葉市美浜文化ホール  http://www.mihamahall.jp/

シンポジウム「参加する劇場から愛される劇場へ」に参加して

 今年の日本建築学会の大会が福岡で開催されたこともあって、その関連行事として大分県の日田市民文化会館(愛称:パトリア日田)の見学会と標記シンポジウム(主催:日本建築学会 建築計画委員会 劇場・ホール小委員会)が9月1日に行われた。日田市民文化会館は12月23日のグランドオープンを前に竣工したばかりの外構工事中という状況。ここでの開催の狙いはこの会館が市街地中心部に建設された最新の市民会館であると同時に、市民参加を柱としたこれまでの施設計画にある。シンポジウムではこの文化会館と2002年、2005年にオープンした可児市文化創造センターと茅野市民館(本ニュース05-11号で紹介)を題材に市民参加の試みを振り返り、これからの劇場の有り様を考えようというものであった。なお、日田市民文化会館については別途本紙でご紹介する予定である。

 この見学会+シンポジウムは劇場演出空間技術協会も後援しており、施設の計画説明、舞台設備のデモンストレーションの後の施設見学では、建築コースと舞台中心のコースに分かれて設計、施工者とともに見て回った。その後、シンポジウムのために会場を隣の旧市民会館別館に移し、パネリストとして迎えられた3つの施設に関係された香山壽夫氏、倉田直道氏、清水裕之氏、それぞれの、建築家、プロジェクト・プランニング的な役割を果たした専門家としてのコメントでシンポジウムがスタートした。

 そこでは公共建築の有り様といった話題提供から、茅野市民館立ち上げにおける市民参加の取り組みと意義、パブリックシアターとコミュニティーシアターという観点からの劇場の位置づけ、そして劇場の計画から運営に至るまでの住民参加の現状と、箱物と言われてきた文化施設の存在意義を今後ユーザーである市民とどのように作り上げるかということ、などについて専門家の役割とともに考えていこうというものであった。現状では、劇場・ホールの計画、運営に市民参加は必要不可欠として定着してきているようだが、その実態は複雑で単なる計画手法としてのみ捉えられ、共同作業を通して親しまれる文化施設づくりに直結させるための体系、行政支援、継続性等の欠如は否めない。構想・計画段階での想定と実際の利用実態のズレをいかに縮められるかがこれからの課題であることは間違いないが、さらにこのシンポジウムで問いかけられた「愛される劇場」、いやむしろ利用者を主役とした「愛する劇場」にはまだ長い道程があるようだ。最近のPFI事業、指定管理者制度といった経済合理的な物差しでの文化施設の計画、建設、運営とは違って、可児や日田では設計段階からの現地設計室開設を通しての市民との積極的な対話とその姿勢が、茅野では市民と行政、設計者との信頼関係の樹立等、その背景にある市民の参加意欲と設計者のコミュニケーション能力が住民参加型プロセスに大きな役割を果たしたという。市民と劇場・ホールの主役争いに専門家の大いなる役割を期待したい。(池田 覚記)