No.236

News 07-08(通巻236号)

News

2007年08月25日発行
ガレリア

「閉じながら、開く」 −東京音楽大学 100周年記念本館−

 今年の春、弊社で担当したいくつかの音楽大学の施設が竣工を迎えた。今号では、本ニュース2007年4月号で紹介した昭和音楽大学の新校舎に引きつづき、東京音楽大学に新しく完成した100周年記念本館について紹介したい。

 東京音楽大学は池袋駅から徒歩15分程、駅周辺の喧騒がうそのような閑静な雑司が谷にキャンパスがある。東京音楽大学の前身、東洋音楽大学は1907年に千代田区猿楽町に設立され、現存する私立の音楽大学の中では最も歴史の古い大学である。この猿楽町の校舎は関東大震災で被害を受け、翌年に現在の雑司が谷へ移転した。本記念館は大学創立100周年を記念して本館校舎を建替えたものである。設計は久米設計、工事監理は安井建築設計事務所、施工は戸田建設が担当した。

ガレリア
ガレリア

施設概要

 本記念館は音楽ホールの「100周年記念ホール」、演奏会場としても使用出来る大・中教室、地下1階から4階に配置された練習室群、教室、スタジオ等からなる。

 「閉じながら、開く」この一見矛盾する言葉は、久米設計の野口秀世氏がプロポーザルコンペ提案書に掲げた言葉であり、この建物の性格をよく表している。閑静な住宅地の中でありながら、校舎内にホールを始めとして数多くの教室、練習室を抱えたこの施設は、周囲に気兼ねなく音を出して練習できること、つまり、音に対して「閉じる」ことが求められた。高い遮音性能を得ようとすると、一般的には閉鎖的な室構成となりやすいが、本施設は建物の中心にトップライトから自然光が降り注ぐ吹き抜け空間(ガレリア)をおき、その周辺にガラスを効果的に用いた教室や練習室を配置することで、視覚的に「開く」空間となるよう計画されている。この5層吹き抜けの開放的なガレリアの周囲には各室が立体的に配置され、それらをつなぐ回廊状の緩やかな階段や廊下からはガラス越しに室内の活動の様子がうかがえる。また、吹き抜けの上部に浮かぶブリッジ状の小練習室群からもガレリア空間を見下ろすことができる。このダイナミックでリズミカルな空間構成はまさに音楽的ともいえる。

4F平面図
4F平面図

100周年記念ホール

 このホールは806席のシューボックス型を基本とした音楽ホールである。舞台の中まで入り込んだ2段のサイドバルコニーや、それらをつなぐように舞台奥の壁に設置した2段の庇は、舞台や客席に豊かな反射音を与える役割を担っている。側壁の折れ壁の舞台側を向いた面は、客席へ有効な反射音を返す角度に設定した。この面を構成したPC板は意匠面から採用されただけでなく、低音までしっかりと音を反射させるのにも適した材料である。一方の客席後方を向く面には厚いガラスが嵌め込まれており、昼間は柔らかな自然光がこの音楽空間を満たして心地良い。ガラスの背面には暗転できるように電動遮光幕が設置されている。客席天井は均等な反射音が得られるように緩やかな曲面形状とし、客席床は重厚な響きを感じられるように総木組の床とした。単板の桧集成材を用いた舞台床には、ピアノのセッティングにあたって床下の木下地の位置がわかるようにしたい、というピアノ専攻の教授の要望により小さな目印が付けられている。

100周年記念ホールの内観
100周年記念ホールの内観

 本ホールの音の響きについては、様々な使われ方に対応することが求められた。授業など少人数で使用される場合には適度に響きを抑えられるように、また、楽器や演奏者の好みによっても調整できるように、上下のサイドバルコニーの間に数枚に分割された手引きの吸音カーテンが設けられている。

 遮音計画としては、ホールと他の練習室や教室との間に吹き抜け空間をはさむことにより距離をおく配置とし、高い遮音性能を実現した。

大・中教室

 大・中教室はガレリアの階段の傾斜に沿った段床を持つ150〜200人規模の階段教室である。これらはミニホールとして、小規模のコンサートにも使用できるように計画した。小さな室の場合、反射音のほとんどが早い時間帯に集中して客席へ到達してしまうため、豊かな響きが得られにくい傾向がある。これに対して本教室では、反射音の時間遅れを大きくするために前後壁の上部や側壁を外倒しとし、さらに凸凹などの拡散形状を用いることで、できる限り豊かな響きが得られるように配慮した。また、周辺室間との高い遮音性能を確保するために、防振ゴム浮き床を用いた防振遮音構造を採用した。外側の固定遮音層、内側の浮き遮音層共にPC板とガラスがストライプ状に配置されているが、遮音層間には人が入れるほどの大きなスペースを確保し、さらにその内部を吸音処理するなどの工夫により、隣接室との間でD-80以上の高い遮音性能が実現した。

練習室群

 音楽大学には数多くの個人練習室が必要となる。本施設では地下階に24室、4階に33室の練習室群が設けられている。大音量を発生する打楽器や金管楽器用の練習室は音漏れの影響をできるだけ抑えるために、ホールや各教室から離れた地下に配置し、比較的発生音量の小さい弦楽器や木管楽器用の練習室は4階に配置した。これらの室はいずれもグラスウール浮き床を用いた防振遮音構造とした。内装仕上げについては壁をすべて反射面とし、吸音カーテンを用いることで利用者が響きを調整できるようにした。

 この新しい記念館が活気あふれる音楽創造の場となることを願ってやまない。(箱崎文子記)

東京音楽大学ホームページ http://www.tokyo-ondai.ac.jp/

福井県手寄地区市街地再開発施設:AOSSA(アオッサ)

 JR北陸本線福井駅は北陸新幹線の平成26年度の開通を目指し、新幹線軌道の建設に先立って架線が高架化され、駅舎が新設された。これにより福井駅の東西両地区に連続性がもたらされ、これまで駅裏といわれてきた東側駅前の手寄地区に賑わいが生まれつつある。その核となる施設AOSSA(アオッサ)が本年4月にオープンした。「アオッサ」はこの地域の言葉で「会おうよ!」という意味だそうだ。

施設概要

 AOSSAは1〜3階が商業施設、4〜6階が福井市の公益施設、7、8階が福井県の公益施設となる官民一体の複合施設である。市の公益施設には図書館、公民館、福祉施設からなる「地域交流プラザ」があり、県の公益施設は7階に放送大学、県民活動施設、8階には県民ホールを収容する。県民ホールは、可動観覧席で客席を構成するプロセニアム形式の多目的ホールである。客席数は最大535席で、老朽化した既存の福井県民会館(636席)の代替施設として計画され、本施設の完成に伴い、その機能が移転された。この施設の設計は松田平田設計、施工は熊谷・鹿島JVで、永田音響設計は県民ホールの建築音響計画と施設全体の遮音計画を行った。

AOSSAの外観
AOSSAの外観

 運営主体の異なる複合施設であることから、各室の使い方により必要となる遮音性能を設定しその構造を決めた。特に、大音量を出す可能性のある県民ホールと市の施設であるレクリエーションルームには防振遮音構造を採用した。

オープニングコンサート

 6月27日(水)にホール主催の「スロータイムコンサート」が行われた。オペラ歌手の加藤信行(テノール)、坂本江美(ソプラノ)、山田武彦(ピアノ伴奏)による歌曲小品集のコンサートで、公共ホールのオープニングとしては、子供から高齢者まで幅広い聴衆に受け入れられる良い公演だった。ピアノの響きも素直で美しく、歌声とのバランスも良かった。またトークの拡声音も明瞭で話しの内容も良く聞き取れた。一方で残念だったのは、折角のオープニングコンサートでありながら観客は150人程度であったことである。主催者の積極的なPRがもう少し必要だったのではないかと思う。

県民ホールの内観
県民ホールの内観

ホールの利用状況

 ホールの利用予約状況を見ると年内はすでに9割ほど埋まっている。利用内容は明確ではないが、音楽会から講演会など様々な目的で利用されるようであり、県民のこのホールへの期待の大きさが伺える。ただ、指定管理者によるホール主催の催物は年4回行う予定、とのことで如何にも少ない。公共ホールには市民に創造活動の場を提供するという使命があるが、舞台芸術を鑑賞する場として積極的に県民に発信することも重要な役割ではないだろうか。(小野 朗記)

AOSSA(アオッサ)  http://www.aossa.jp/

遮音設計シリーズ番外編「騒音に関する法律のはなし」

 先日のニュース番組でも話題になっていたが、アメリカ・ニューヨーク市でこの7月、騒音を規制する条例が施行された。新しい条例では、イヤホンから漏れる音やペットの鳴き声までが罰金の対象となっており、イヤホンからの音漏れには50ドル(約6,000円)、ペットの鳴き声には昼間に10分以上、夜間に5分以上ペットをほえ続けさせると、最高で175ドル(約20,000円)の罰金が課せられる。

 これらはひとつの例であるが、日本でも我々の生活環境を保護するために、騒音に関する法律・条例が定められている。ここではそれらを少し紹介したい。

 環境基本法第16条第1項によると、国民の健康を保護し生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として、いわゆる“環境基準”が定められている。これは公害対策の実施にあたり行政上の改善目標として“受音側”すなわち住民側の音環境の基準を定めたものである。対象となる騒音により、@一般地域・道路に面している地域に対する「騒音に係る環境基準」、A空港周辺の地域に対する「航空機騒音に係る環境基準」、B新幹線沿線の地域に対する「新幹線鉄道騒音に係る環境基準」が定められている。また地域によって必要とされる静けさは異なるため、都道府県知事によっていくつかの地域類型に区分されている。「騒音に係る環境基準」では、基準値は昼間(午前6時から午後10時)と夜間(午後10時から翌日午前6時)の時間帯別に定められており、評価量は原則として全時間を通じた等価騒音レベル(A特性音圧レベル)である。そしてこの評価量をもとに環境が良好な状態に維持されるよう努められている。しかしながら、環境基準は環境汚染の行政上の改善目標値であり、特定の騒音源に対して規制を行うものではない。

 一方、“音源側”の騒音を規制するものとして騒音規制法がある。騒音規制法では、右表に示すような我々の生活の周りにある騒音源に対して規制基準および許容限度が定められている。また規制対象のひとつの“特定工場等”には、いわゆる工場の他に、文化施設等が含まれる場合がある。なぜなら、著しい騒音を発生するものとして定格出力が7.5kW以上の空気圧縮機および送風機などが“特定施設”として定められており、それらを設置している文化施設等は“特定工場等”に含まれるからである。

表 騒音規制法で定められている規制の例
表 騒音規制法で定められている規制の例

 また、例えば拡声機の騒音に対しては、都道府県・市町村の条例として定められている場合がある。実際に我々が実務を担当した物件でも、竣工時に、予想される催し物と同等の大きさの音を施設内で再生し、敷地の境界線において測定または聴感的な確認を行うことがある。文化施設等の音響設計をする上で、外部騒音の施設内に対する遮断を考えるのはもちろんだが、外部の環境によっては施設内の音が外部に対して問題になる場合がある。特に規制する条例がない場合でも、設計段階から外部の環境を十分に把握して、外部への音漏れに配慮することが重要であると考える。(酒巻文彰記)

環境省ホームページ http://www.env.go.jp/hourei/sogo_mokuji.php?mn=07