No.235

News 07-07(通巻235号)

News

2007年07月25日発行
郷の音ホール外観

三田市さんだし総合文化センター “さとホール” いよいよオープン!

 7月1日、兵庫県三田市の市民待望の文化センターが、こけら落としを迎えた。公演は三田市民太鼓グループ23名と三田市在住の和太鼓奏者、時勝矢じしょうや 一路いちろ氏による太鼓演奏「雄渾ゆうこん」で始まった。この曲は開館記念作品として時勝矢氏に委嘱されたもので、総勢24名の一糸乱れぬ豪快な演奏は圧巻であった。演奏メンバーは、昨年9月にこの公演のためにオーディションで選ばれた10代〜70代までの男女で、約9ヶ月のワークショップで時勝矢氏から直接この日のために指導を受けてきた。そのほとんどは太鼓初心者で、時勝矢氏も練習の成果をほめていた。引き続き、京都市交響楽団によるマイスタージンガー等の演奏、続いて時勝矢氏と京都市交響楽団で本ホールの音楽アドバイザー三枝成彰氏作曲の太鼓協奏曲「太鼓について」が演奏された。この曲は太鼓の起源の物語が謡曲で語られるパフォーマンスがあり、能狂言師の茂山良暢しげやまよしのぶ氏によって演じられた。アンコールで再び市民太鼓グループも加わっての演奏となり、観客席は次々とスタンディングオベーションが続いた。

郷の音ホール

 三田市は豊かな田園風景を持ちつつも、大阪からJR福知山線快速で約40分と近く、大阪・神戸のベッドタウンとして近年人口が増加してきた市である。文化センターはJR三田駅を降りて徒歩約10分、春には桜がきれいな武庫川沿いに建てられた。

 施設の愛称は“郷の音ホール”。公募で決まったこの名前の「郷」と「音」を組み合わせると「響」という字になる。“ふるさと”三田で様々な“音”がひびきあう、そんなセンターになればいいな、という思いが込められている。

郷の音ホール外観
郷の音ホール外観

 郷の音ホールには市民の文化活動を支援する場として、大小ホールをはじめ、リハーサル室、練習室3室、会議室、展示室、和室等の様々な室が設置されている。また、屋外には三田の夏の恒例イベント、三田祭りのステージとして使用される屋外ステージも用意された。設計は日本設計関西支社、施工は大林組である。

大ホール

 集会や式典から演劇、クラシックコンサートまで多彩な催し物の上演を目的として計画された大ホールは、974席ワンスロープの多目的ホールである。舞台端から客席最後部の座席まで27mとコンパクトに収められているが、一方で客席数を収めるために、最大幅30mと少し幅が広くなっている。このような幅の広い形状では客席中央部で側壁からの音響的に有効な反射音が得られにくい。そこで客席を3分割して左右の座席ブロックを中央部より高くし、この壁からの反射音を利用できるようにした。また、反射板を設置したときに舞台と客席空間がスムーズにつながり、一体となった音響空間として機能するようにプロセニアム開口高さは高めに設定し、可変機構を設けた。音響反射板は走行式である。ただし、舞台床内部に内蔵されたレールを走る方式ではなく、たたまれた反射板は舞台上部の上下かみしもを走るレールに吊るされて舞台奥に収納される。この方法であれば舞台床のレールを隠すための蓋を開け閉めする必要もない。客席側壁の下部は落ち着いた印象の木仕上げ、上部はボードで作られた軽やかに波打つ曲面形状である。音響的には、下部の音源に近い壁の背後にはモルタルを詰めてしっかりとした反射音が得られるように、また上部の曲面の壁は反射音の拡散を、それぞれ意図している。

大ホール
大ホール

小ホール

 客席数358席の小ホールは、小編成のクラシックコンサートを主目的としながら、講演会などにも対応できる形態と設備を持つ多目的ホールである。こちらも反射板設置時には、舞台から客席へ天井がなめらかにつながるワンボックス形状となっている。余裕のある響きを目指し、気積も約11m³を確保した。下部の客席に近い側壁は表面がざらざらとした手触りのタイルが曲面形状で躯体に直接貼られており、しっかりとした反射性能が得られるのと同時に中高音域の拡散も意図した。

小ホール
小ホール

遮音計画

 郷の音ホールには、ホール以外にも多くの室が併設されていることから、それらの間の遮音性能については、できるかぎり円滑に運営ができるように配慮した。2つのホールは離れた配置とするとともに構造的に別棟とした。2つのホールの中間ゾーンに設けられたリハーサル室、練習室については、各室とも防振遮音構造(浮構造)を採用し、ほとんどの催し物の同時使用が可能な高い室間の遮音性能を確保した。室間の遮音性能は、ホールの運営に際して重要な事項である。そこで本ホールでは、施工中に決定した指定管理者に対して、市、設計事務所とともに、運営に生かすために音響設計に基づいた運用上の注意事項について完成を前に説明会を持った。また準備期間中には、太鼓等の演奏音について実際の聞こえ方を運営者自身で体感していただいている。

配置図
配置図

ピアノリサイタル

 小ホールも大ホールと同日の夜、地元在住の中野慶理けいり氏のピアノリサイタルでオープンした。豊かな響きのホールに迫力のある演奏が充ちた。中野氏の「市民の一員としてこれからも三田の文化活動に協力したい」といった主旨の挨拶に満員の客席から大きな拍手が寄せられた。ぜひ、市民のみなさんとホールの末永いお付き合いが続いて欲しい。(石渡智秋記)

 三田市総合文化センター 郷の音ホール http://sanda-bunka.jp/

本の紹介「一枚のディスクに −レコード・プロデューサーの仕事−」

井阪 紘 著  春秋社 定価:2000円+税

 いま、量販店のオーディオコーナーではiPodで代表される携帯用録音再生機が主役である。一方で数百万円というスピーカやアンプが一部のハイエンドユーザーの関心を呼んでいる。また、LPに代わる音楽ソフトとして期待の中で登場したCDもその市場は急速にしぼんでしまった。とくに、クラシック音楽についてはその落ち込みは著しく、取り扱っている店は限られている。ディジタル音響技術は小型軽量化、多プログラムの記録など、マイクロホンに収音された後の音響信号の処理に集中している感がある。スタジオにおける演奏の収録という人間の感性に関わる作業は霞んでしまっている。放送局やレコード会社にとってスタジオでの制作時間の切りつめは大きな課題であり、市場に流れるクラシックのCDはかっての名演奏の復元盤か、演奏会場におけるライヴ録音が主流となっている。国内版のCDの3,150円という価格は、一般のオーディオファンにとって決して安いという印象ではないが、オーディオ店にはオーディオコードですら、一本数万円の品が並んでいる。これがオーディオ界の現状である。

 演奏家との対話、ときには激しいやりとりの中で、演奏家が自己の音楽をとことんまで追究し、これを電気信号として記録し、一枚のディスクに仕上げる、これがレコードプロデューサーの仕事であり、SP,LP,CDそれぞれの時代をとおして幾多の名盤を生んできた。レコード文化、レコード芸術の誕生である。これが、いま、消え去る運命にある。

 著者の井阪さんは日本ビクターの音楽プロデューサーを経て、音楽ソフトの会社、カメラータ・トーキョウを設立、レコード制作、コンサートや音楽祭の企画から実務まで、クラシック音楽界に根を下ろした活動を続けておられる方である。今年27周年を迎える草津音楽祭も井阪さんの頭と汗で今日の発展を迎えてきた、といってよい。

 本書はその副題が示すように、一枚のディスクの誕生までの物語である。レコード制作の意義にはじまり、音楽家とのやりとりの内容、レコード制作界の名プロデューサーとの交流、録音の現場の紹介、スタジオと音響機器に対しての注文など、レコード制作に懸けた井阪さんのオーラを感じることができる。

 LPが市場に登場したのは1960年代である。当時、一枚3,000円前後だったと記憶する。一枚のLPレコードの購入にもちょっとした興奮があった。私見であるが、LPが誕生し、CDが頂点を迎えた1980〜2000年という時代がクラシック音楽がもっとも輝いていた時代ではなかったろうか。クラシックCDの減退の理由はいろいろ考えられるが、その一つは、各地にコンサートホールが誕生し、生のコンサートをよい響きの中で聴ける時代になったこと、生のコンサートとオーディオ装置からの音の質の違いが明確になったことなどをあげることができる。といっても、私は今日でもLPやCDを愛用している。これらの名盤には演奏会とはちがった音楽の世界があるからである。本書を読んで、改めて、手元のLPやCDに凝縮された音楽と向き合って見たいと思っている。(永田 穂記)

 *本書は第19回ミュージック・ペンクラブ賞最優秀著作出版物賞を受賞している。

メトロポリタン歌劇場 新総裁ピーター・ゲルブ氏講演

 世界最大規模のオペラ劇場(約3,800席)、ニューヨーク メトロポリタン歌劇場(以下MET)の新総裁として昨シーズンより登場したピーター・ゲルブ氏の講演が、本ニュース07-04号で紹介した昭和音楽大学テアトロジーリオショウワで6月13日に行われた。昭和音楽大学オペラ研究所は、文部科学省の「オープン・リサーチ・センター整備事業」の特別補助を受け、「海外主要オペラ劇場の現状調査・比較分析に基づく、わが国のオペラを主とした劇場・団体の運営と文化・芸術振興施策のあり方の調査研究」を行っている。本講演はその一環として、国内外のオペラ劇場関係者を招聘して行われてきた公開講座の第19回として開かれた。講座は一般の方々も無料で聴講できる。講演はほぼ満席で、地元の方々も多く来場していたようである。

 講演の題名は「メトロポリタン歌劇場の未来戦略 メディアと劇場の融合」。昨シーズン初日のオペラ「蝶々夫人」では、ニューヨーク、タイムズスクェアの一角にパブリックビューイングの座席が設けられ、さながらMETが街角を占拠したような状況だったようだ。スクェアの大型ビジョンに中継されたオペラを、たくさんの人が観劇する様子は日本のニュース番組でも報道されていた。それを仕掛けたのがこのゲルブ氏である。講演の中でゲルブ氏は、総裁選出の際の面接で市民のMET離れなど、METの現状を批判したことが選出につながったのだろうと話された。日本でも若年層のクラシック離れが危惧されるが、ゲルブ氏が仕事をし始めた時にMETから見せられた過去5年の入場者アンケートによれば、入場者の平均年齢は65歳、さらにその前5年間の入場者の平均年齢は60歳だったそうだ。聴衆の高齢化、また聴衆の新規開拓がないことを裏付ける結果である。

 それらを踏まえ、昨シーズンから精力的にいろいろな事を始められているということである。例えば、世界の映画館への高解像度生中継によるMET公演の配信や(16もあるユニオンとの交渉が大変だったそうだ)、ニューイヤーホリデー期間に教育プログラムとして英語で行われた「魔笛」の新演出公演、パトロンの寄付により100ドル席を平日に20ドルで提供(格安チケットを購入した人の32%はオペラが初めて、50%は30歳以下だった)等々である。昨シーズンは前シーズンに比べ入場者数が7.1%増になったそうだ。

 ゲルブ氏は10代の時にMETの客席の案内係のアルバイトをしていたそうである。その頃、いつかは総裁として…と夢を抱いていた、夢はかなった、でも重たい夢だ、とおっしゃった。METのこれからが楽しみである。

 公開講座では、次回「ヨーロッパのフェスティバル運営」(仮題)としてエヴァ・ガードナー氏の講演が今秋に企画されるそうである。詳しくは昭和音大オペラ研究所のホームページをご覧いただきたい。(石渡智秋記)

 昭和音楽大学付属オペラ研究所 http://www.tosei-showa-music.ac.jp/orc/