No.233

News 07-05(通巻233号)

News

2007年05月25日発行
ソノリウムのエントランス

ソノリウム(sonorium)[永福町の音楽ホール]

 京王井の頭線永福町駅より徒歩約7分の住宅地にこの4月、観客席約100席の室内楽を主とする音楽ホール、ソノリウム(sonorium)が完成した。ソノリウム(sonorium)とはsonority(音響)とrium(館)を一体とした造語だそうだ。

 ソノリウムは、既に建築雑誌の「新建築」(07-03)や「CASA BRUTUS」(2007.vol.86 May)に掲載され、その詳細について各誌に紹介されている。設計は、本ニュース(News06-10 通巻226号)でも紹介した青森県立美術館の設計をされた青木淳建築計画事務所である。青木氏は上記「新建築」の記事の中でこれまでの建築作品の流れにおけるソノリウムの位置づけ、そしてこの建築における試みなど、本施設計画のコンセプトについて記されている。

ソノリウムのエントランス
ソノリウムのエントランス

建物の概要

 敷地はいわゆる旗竿敷地で、周辺は住宅が密集している。前面道路に面した扉を開け、路地空間から建物の外観をあまり意識しないまま音楽ホール空間に入る。音楽ホールは、天井高約6mの空間で、壁、天井はコンクリートで白い漆喰が塗られている。壁面には大小二つの窓が設けられているが、近隣への配慮として遮音性能を確保するために窓を2重とし、その性能を向上させるためにその間をなるべく広くとり、かつ外側と内側の壁の平行を崩すことを意図し、内側の壁面を室内に傾斜させている。その結果、室内から見える窓の外側、すなわち壁と壁の間は白く明るい空間となり、ホール内には外壁の窓から一旦前室に取り込まれた優しい外光が注ぎこまれている。

ソノリウムの内観(前方)
ソノリウムの内観(前方)

 また、敷地の形状と斜線制限などの制約条件から、結果的に空間は若干いびつな室形となっている。窓のある壁の傾斜やこういった敷地の条件から来る不正形な空間によって、建築的に魅力的な雰囲気を創り出している。さらにそれは、室内音響条件から見てもフラッターエコーやブーミングといった音響障害を防ぐことが出来る形状であり、室内デザインの意図と好ましい音響条件が一致した空間が実現できている。

 床材には、音響条件からステージ部分も含めて木軸組で表面材には単板材を採用することを推奨した。意匠上の検討の結果、本施設のオーナーが見つけてこられた、かつて庄屋屋敷の梁として使われていた200年経った赤松の古材を、厚さ60mmに切り出してフローリング木材として採用した。

ソノリウムの内観(後方)
ソノリウムの内観(後方)

空間の響き

 内装は、壁と天井をコンクリート、床を厚い単板材とし、客席椅子は座部分も木製で、壁の一部に吸音面があるものの内装の多くを反射性材料とした。空席状態の響きは1.3秒/500Hz(測定値)とこの空間室容積としては比較的長めである。さらに100人の聴衆が入ることにより0.7秒/500Hz(推定値)程度になる。不正形な空間は耳障りな音響障害を解消できるが、このような小空間のコンサートホールでは、さらに壁面からの強い反射を和らげるための音の拡散や散乱が必要である。ここでは壁面の漆喰の凹凸により若干の音の散乱を期待した。

オープニング記念コンサート

 2007年4月3日にオープニングの記念として、チェロとピアノの室内楽:金木博幸さんと清水和音さんの演奏会が開かれ、4月20日には第2回として横山幸雄さんのピアノリサイタルが行われた。

 第1回目の演奏会では、金木博幸さんの奏でるチェロの調べにより床の赤松古木は新たなエネルギーを吹き込まれたかのように、長い眠りから醒め朗々と鳴り響いた。また、ピアノの響きについては、壁からの反射音や長い残響の演奏に対する影響も少なく、いずれの演奏者の方も空間を把握され、響きに乗ったすばらしい演奏をされた。

 このソノリウムのオーナーである楠しずよさんはコピーライターとして、多くの広告企画や雑誌のクリエイティブディレクターなどをされてきた。そしてこれまで仕事の中で多くの著名音楽家の方々とも交流ができ、今回のオープニングのコンサートにも日本を代表する演奏家が駆けつけられた。今後は、これまでの広告企画制作のお仕事に加え、ホール運営はもとより、CD企画プロデュースや音楽家のPRマネージメントにも力を入れていかれるとのことである。今後、プロ、アマチュアを問わず色々な方々にソノリウムが利用され親しまれていくことを期待する。(小野 朗記)
 ソノリウム(sonorium) http://www.sonorium.jp/

電気音響設備シリーズ(3)ホールのスピーカ設置環境

 今回は、ホールのスピーカの設置環境について考えてみたい。電気音響設備計画は、何がどのように求められているかというシンプルな命題を考え続けることでもある。拡声音については、音量・音質・音像・明瞭さなどが、催物の内容や使用目的に適して良好なことである。それには使い勝手やコスト、建築意匠的な条件などが伴うために、確固たる方針と柔軟性という相反したものが要求される。電気音響設備計画のベースは、設備を設置する目的や使用条件であり、何をどのように実現するかという方針を明確にすることにある。具体的にはその方針と建築計画、運営計画などの諸条件から設備構成、機器構成へと進む。と同時に、工事費予算を踏まえて修正が行われるという過程を経る。

スピーカの収納設置例
スピーカの収納設置例

 たとえば、スピーチは話者→空間→マイク→ミキサー→アンプ→スピーカ→空間→聴衆と伝達される。電気音響設備計画においては、空間や人間の特性も無視できないのである。我々が目標に掲げる「よい音」とは実際の催物における総体的な音の良さを示すもので、人間の感覚、感性といった、やや、不確定な要素も含まれてはいる。しかし、安定的に「よい音」を得ようと様々な知見を積み上げて、物理特性と関係が深いと思われるものについては、物理的に対処する方向にある。そのような状況の中で、電気音響設備の良否は様々な要素や機材のバランスで決まると強く感じている。○○社の製品を使ったから、○○方式のスピーカだから音が良くなるなどという単純なものではなく、各機器が必要とされる能力を発揮できる組み合わせや設定、設置方法が必要となる。つまり、野球やバスケットボール、サッカーなどのチーム運営に似ているのである。そこで、潜在能力や将来性のある選手(メーカや製品)を見出し、育てるのも我々の重要な業務の一環と考えている。

 機器構成を検討する上ではスピーカに関する比重がもっとも高い。スピーカは、使用目的などの方針→スピーカの性質・周波数特性→台数・配置などの設置方法→直接音の性質→反射音や残響音の影響→総合的な周波数特性→補正・設定→運用操作→十分な音量、良好な音質、それらの均一な分布→「よい音」にたどり着く。こう書くと簡単なようだが、楽器の性質を数値で表現するのがむつかしいように不確定な要素が山積しているので、いまだにスピーカは実際に設置してみなければわからないことが多い。

 日本では建築意匠的にスピーカが舞台周辺に露出することが嫌われるため、天井や壁に開口部を設け、その奥にスピーカを設置する習慣がある。さらに開口部には、ジャージクロスやエキスパンドメタル、リブなどの仕上げ材を取り付け、スピーカをまったく見えなくすることが好まれている。そのため、スピーカの位置と収納スペースの確保には苦労する。我々は、まず直接音を確保しようとして、すべての客席からよく見える位置にスピーカを設置しようとするが、建築家はできるだけ視覚の邪魔にならない位置を求める。また、客席側から舞台方向を照射しようとする舞台照明に対して、スピーカは逆に舞台側から客席に音を届けようとするため光の邪魔になりやすい。これらの調整には、かなりの困難を要す。建築家からは、時折「最近のスピーカは、高性能で小さくなっているのでしょう?」などと質問されるが、スピーカには出力に見合ったある程度の大きさが必要となる現状から、これは否定せざるを得ない。現場で施工する際にも、開口部の寸法と仕上げ材の材質に関して、いつも厳しいやり取りが繰り返される。

スピーカの露出設置例(電動昇降式)
スピーカの露出設置例(電動昇降式)

 狭い場所にスピーカを押し込めると特定の周波数が強調され、いわゆるブーミーな音になる。口にマスクをした上でダンボールに頭を突っ込みしゃべってみると、どんなにひどい音になるか試すことができる。これには、収納部の壁に厚い吸音材を貼る、スピーカは前面に付くグリルをはずして設置する、開口部の表面仕上げ材は極力薄いものを使うなどの対策を行なっている。さらに、より自然な聴こえ方にしようと、デジタル信号処理(DSP)装置等により電気的な補正を加えるなど、依然として聴感を基本とした高度な音質調整技術が要求される。

 現在では、ホールのスピーカシステムは周波数帯域を分割して多数のスピーカを組み合わせて使用することが一般的となっている。また、長細いラインアレイ型のスピーカも出現している。そのため、スピーカ用の開口部は拡大の一途をたどっているのが現状であり、室内音響的にも舞台周辺の重要な位置に吸音面積が増えるというおかしなことにもなっている。スピーカを見えない場所に収納する方法は今や限界に近く、新たな発想が求められている。(稲生 眞記)

パリの新コンサートホールの設計はジャン・ヌーベル!!

 ここ20年来議論され続けてきた、パリの新しいコンサートホールのプロジェクトがいよいよ動き出す。昨年末から建築家を選定するコンペが実施されてきたが、地元パリのアーキテクト、ジャン・ヌーベルのチーム(Atelier Jean Nouvel、永田音響設計はこのチームに所属)が最終的に選ばれた。

 コンペは2段階にわたって実施された。第1段階は誰でも応募できるオープンコンペとして、そして第1段階で選定された6者が第2段階に進み、各々設計案を提出して競うデザインコンペとなった。2段階目に残ったアーキテクト6者は次のとおりである。

  • Jean Nouvel
  • Christian de Portzamparc
  • Francis Soler
  • Zaha Hadid
  • MVRDV
  • Coop Himmelb(l)au

 そして去る4月5日に最終結果が発表され、ジャン・ヌーベルのチームが設計者として選定された。

コンサートホールの外観(コンペ案)
コンサートホールの外観(コンペ案)
コンサートホールの内観(コンペ案)
コンサートホールの内観(コンペ案)

 プロジェクトはフランス政府とパリ市が協同して行うもので、約2400席規模のコンサートホールを中心とした複合施設として計画されており、2012年の完成・オープンが予定されている。建設場所はパリ市内北東部のParc de la Villette(La Cite de la Musiqueのある公園)内の一角である。なお、永田音響設計は同じジャン・ヌーベルのチームに参加しているニュージーランドの音響コンサルタント、Marshall Day Acousticsと協同して一連の音響設計を行うことになっている。(豊田泰久記)