静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 07-04号(通巻232号)

発行:2007年4月25日

オペラハウスのある音楽大学 ―昭和音楽大学移転開校―


テアトロ ジーリオ ショウワ


ユリホール

 春のこの季節、期待に胸膨らませて大学生となった人達がたくさんいるだろう。昭和音楽大学の新校舎でも夢多き将来のアーティスト達が新しい学生生活を迎えたはずだ。昭和音楽大学はこの4月に神奈川県川崎市に校舎を新築し、厚木市から全面移転した。新校舎は新宿駅から小田急線で約30分、新百合ヶ丘駅から徒歩約5分という交通至便な場所である。

 「のだめカンタービレ」という音大の学生達の青春を描く漫画が昨秋テレビドラマにもなり、最近にわかにクラシックブームが起きているそうである。音大希望者が増えた、という話もある。ドラマの中では音大のキャンパスの他、永田音響設計の担当したホールも登場していた。そんなブームに後押しされているわけでもないだろうが、近頃、一般大学と同様に、音大の校舎改築・増築などが多い。

■昭和音楽大学新校舎
 昭和音楽大学には、いわゆる従来の音大から想像する器楽科、声楽科、作曲科などだけでなく、デジタルミュージック、アートマネージメント、バレエ、音楽療法といった様々な音楽芸術に関わるコースがある。そのため新校舎では、教室をはじめ、359席の室内楽を主目的とする大教室「ユリホール」、各種大小レッスン室、録音スタジオ、バレエスタジオなど多種多様な室が大学棟として設けられ、それらと共に1,265席のオペラ劇場である「テアトロ ジーリオ ショウワ」が講堂棟として併設された。設計は株式会社松田平田設計、施工は鹿島建設株式会社で、永田音響設計は室内音響、騒音防止に関する音響設計を担当した。

■昭和音楽大学とオペラ
 今年1月に行われた建築学会の見学会における昭和音楽大学准教授の古橋祐氏の紹介によれば、同大学はバス・バリトン歌手として有名だった下八川圭祐氏によって1940年に「東京声専音楽学校」を前身として開校した。大学の教育理念として、学則には「・・・総合芸術たるオペラを含む音楽芸術の技能、理論及び応用を教授研究し・・・」と明記されているそうで、昭和音楽大学とオペラとの関係は深いのである。1957年には第一回“声専オペラ”としてモーツァルトの「魔笛」を日本青年館で上演したとのこと。その後、オペラ公演は“学園オペラ”と名前を変えて毎年行われ、最近では新国立劇場やよこすか芸術劇場などで公演されている。その大学に今回、予てから嘱望されていたオペラハウスが誕生した。


テアトロ ジーリオ ショウワの平面図

■テアトロ ジーリオ ショウワの室内音響設計
 テアトロ ジーリオ ショウワは2段バルコニーを持つ馬蹄形を基にしたオペラ劇場で、程良い客席数のためどの座席からも舞台との距離が近く、舞台と客席との一体感を感じる親密な空間となっている。オペラ劇場ではその演目の性質上、歌声や音楽が、明瞭に伝わることと、適度な響きを伴うこと、のバランスが重要である。テアトロ ジーリオ ショウワではそれらを念頭に、低音の豊かな響き、音量感、明瞭性のある響きを目標に音響設計を進めた。コンサートホールと比較して、音量感や明瞭性を得るために初期反射音の中でも早めの時間帯に到達する反射音に、より重点を置いた。室形状の検討はコンピュータシミュレーションを用い、反射音が届きにくくなりがちな客席中央部分にも、ごく短い遅れ時間で到達する初期反射音を十分に届けるために、プロセニアムアーチから続くメインフロア側壁の形状や客席前方天井の形状などを特に考慮した。

 また、低音の充実した温かく豊かな響きを達成するために、内装仕上げの材質・重量等と、各壁面へのそれらの配置を検討した。特に低音域の反射性能を確保するために、側壁はコンクリート打放しによる重量のある仕上げとし、中高音域を拡散させる細かな凹凸を化粧型枠で施すことによって、特に高音域のするどい反射音を和らげることを図った。このコンクリート打放し仕上げの採用は、大学のホールとして華美になりすぎないこと、またコストを抑えるという意味と、音響的な意図がうまく調和したと言える。

■オープニング公演
 テアトロ ジーリオ ショウワの残響時間は1.4秒(500Hz:満席時)で、低音域の響きが長めとなっている。声楽の試唱を聴く機会があったが、歌声は素直かつ明瞭で伸びやかに響き、低音も充実していた。

 4月28日からオープニング公演として「愛の妙薬」が公演される。その後も、ミュージカルや海外からのバレエ公演などが入っており、かなりの公演がすでに売り切れと聞いている。室内楽ホールの「ユリホール」でも、4月26日から「9音楽大学学生による室内楽の祭典」と銘打った公演が、首都圏の音大の日替わり出演で行われる。実際の公演での劇場、ホールの響きが楽しみである。公演の案内詳細は昭和音楽大学のホームページで入手できる。(石渡智秋記)
  http://www.tosei-showa-music.ac.jp/index.html

FBSR会第18回技術研修会開催−デジタル音声伝送システム−


研修会での生バンド演奏の模様


デジタル音声伝送システムの入出力装置


研修会場の様子

 2月14、15日の2日間、蔵とラーメンで有名な福島県喜多方市の喜多方プラザ文化センターでFBSR会の第18回技術研修会が行われた。FBSR会は主に北日本地方の公共ホール・劇場や放送局、プロダクション、PA・イベント会社等の音響技術者が集まり1986年に発足した技術研修会で、毎年この時期に開催している。本ニュースNo.148(2000年4月号)では第12回技術研修会の模様を紹介した。例年であれば一面雪で真っ白な喜多方であるが、今年は暖冬で雪のないなかでの開催となった。

 18回目となる今回のテーマは「デジタル音声伝送システム」である。ポピュラー音楽のコンサートに行ったことのある方は、客席に引き回された黒くて太いケーブルを見かけたことがあると思う。これは複数のマイクケーブルを1本にまとめたマルチケーブル(16回線のものが一般的)で、舞台上の複数のマイクの音声信号を客席内に設置した音響調整卓へ伝送するために一般に使われている。ケーブルが重くて曲がりにくく敷設が大変なうえ、アナログ伝送のため長距離になると高音域の減衰、ノイズの混入などの問題点がある。

 これを置き換えるものとして最近登場したのが、今回のテーマであるデジタル音声伝送システムで、音声信号のアナログ・デジタル変換を行う2台の入出力装置とそれらをつなぐケーブルで構成される。音声信号のデジタル化により、40〜60回線分の信号を細いLANケーブルや光ケーブルたった1本で伝送できるほか、長距離伝送や信号分岐による音質劣化が少なく、ノイズの影響も受けにくいので、従来のアナログ伝送が抱える問題点の多くが解消される。デジタル音響調整卓の普及に伴い、それにつながる伝送経路のデジタル化は当然の流れであり、これらを組み込んでシステム化された音響調整卓も出現している。主にライブコンサート分野での使用を想定して開発された製品だが、ホールや劇場の固定設備にとっても、配線経路が100m近くになることも多く、設備機器からのノイズを受けやすい状況だけに、それらは非常に有効である。現に新国立劇場のオペラ劇場には2003年に光ファイバーによるデジタル音声伝送システムが導入・運用されている。

 多くのメリットをもつデジタル音声伝送システムであるが、信号の伝送方向が決まっている、インカムなど電源を送るものは接続できない、電源が必要など、デジタル化による制約もある。またライブコンサートでは最大出力時の音の歪み感が好まれて使われているアナログ音響調整卓があるが、その最大出力(+24dB)を現行のデジタル音声伝送システムの製品(最大入力レベル+16〜+22dB)はそのまま受けることができず、卓の音質を活かしきれない場合がある。これについては実際にバンドの生演奏を拡声したデモを交えて説明があった。この辺は単なる伝送路であった従来のマルチケーブルとの大きな違いである。講師の岡田辰夫氏(日本舞台音響家協会理事)の「現行の製品はベストとは言えず、メーカにはアナログの良さも取り込んだ製品の開発を期待したいが、もはやデジタル化は避けられず、オペレートにもデジタルを活かすアプローチが必要」という言葉には納得できた。

 デジタル音響調整卓の普及が進み、デジタルマイクも製品が出現した現在では、いずれ伝送系のデジタル化が一般化することは容易に想像できる。しかしデジタル音声伝送システムはまだ価格が高く、PA・イベント会社では、スピーカや調整卓のような花形機器と違い、裏方である伝送系に高額投資しても料金に反映しづらいのが現状とのこと。固定設備の分野でも、まだ全ての回線をデジタル化できずアナログ回線も必要な状況であるため、デジタル音声伝送システム分が追加費用となってしまうのが課題である。普及にはもう少し時間がかかりそうだ。

 FBSR会の研修では実際の催し物同様にバンドの生演奏を用いるのが慣習となっている。また今回は舞台袖にデジタル音声伝送システムを数機種設置し、研修を行った大ホールの客席PAブースのほか、小ホールと楽屋へもバンド演奏音を分配・送出し、別室でのミキシングも体験可能になっていた。新しい技術を実践的な状況で体験でき、また演奏者とも相互に理解を深めながら行われる大変有意義な研修会である。例年の100名を超える参加者に比べ今年の参加者は60名程で、指定管理者制度の影響か、特に公共ホールのスタッフの参加が少なかったのが残念である。(内田匡哉記)


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