永田音響設計News 06-10号(通巻226号)
発行:2006年10月25日






牧田康雄先生の業績

 本ニュース7月号でお知らせしたように、牧田先生が5月12日におなくなりになった。享年93、まだまだ、教えをいただきたい音と響きの師であった。

 先生は、戦前、東京帝国大学航空研究所、戦後、大阪大学を経て1951年、NHK技術研究所に赴任された。音響研究部建築音響研究所主任、音響研究部部長、放送科学基礎研究所長を歴任、1968年にNHKを退職されるまで、研究テーマの相談、研究の進め方から論文の作成や報告書の書き方まで指導された。一方で、九州芸術工科大学の設立に参画され、国立大学として初めての音響設計学科の基礎を築かれた。1968年音響設計学科教授に就任、1978年に退職されるまで、それぞれの個性、能力に応じた研究指導をされた。牧田塾で育った多くの音響学者、技術者がいま音響界の様々な分野で活躍している。

 先生の教えと指導は多岐にわたっており、先生がおられなくなった今、弟子達は、それぞれ先生の教えをかみしめていることと思う。しかし、公開された先生の業績となると、意外に少ないことに驚くのである。数少ない手元の資料、それにNHK技研時代の音響仲間や九州芸工大の弟子達の力をお借りして、先生が活躍された時代とその背景ごとに先生の著書、文献などをまとめてみた。

 戦時中、牧田先生は東京帝国大学航空研究所の小幡研究室に在籍された。小幡教授は図面の書き方一つにまで厳しい先生であったという話をうかがったことがある。しかし、当時の研究の内容についてうかがう機会はなかった。学府といえども戦時色に彩られていた当時、先生は聴覚に関する論文3編を音響学会誌に提出されている。

 先生がNHK技術研究所に着任された当時、音響界ではステレオが大きな話題であった。先生はステレオ効果の一つである音像の定位に着目され、波面の垂直方向に音像が定位することを解析、これを実験的に検証された。さらに、二つのマイクロホンで収音した再生音場についても検討されている。この結果は1960年の第12回EBU技術大会で発表され、後日、EBUReview誌に掲載された。ステレオ音場についての初めての解析であり、また、先生にとって初めての海外での学会活動であった。

 本ニュース7月号で述べたように、牧田先生の指導のもとで誕生した二つのホール、旧NHKホールと東京文化会館は、戦後のわが国のクラシック音楽界発展の大きな舞台となった施設である。また、これらの音響設計をとおして、わが国のホール音響設計の内容とその進め方が固まったといってよい。旧NHKホールの音響設計については先生の著書"建築音響"に、東京文化会館については"東京文化会館の音響設計"として、牧田先生の総括によってNHK技術研究にまとめられている。"建築音響"は、波動音響から室内音響設計までを網羅した初めての教科書である。"東京文化会館の音響設計"は、計画、設計から工事にいたる一連の建築の流れの中で必要とする音響設計の項目や資料がまとめられたわが国初めての音響設計の指導書である。

 室内の音場には直接音の他に多数の反射音が付随する。その究極は拡散音場とよばれ、これを仮定することで残響理論が生まれ、これが響きの設計に大きく貢献した。しかし、吸音という現象一つを取り上げても、そこには残響理論では説明できない事象がある。先生にとって、この種のあいまいさは放っておけないテーマだったのである。材料の表面に微小厚の境界層と媒質層を仮定し、気体分子運動論を適用し、拡散音場における音の入射に関するこれまでのcos θ 法則の改訂を提案され、これはACUSTICA誌に掲載されている。 筆者はステレオ理論とこのcos θ 法則の改訂という二つの論文が、牧田先生が愉みながら成し遂げられた先生本来の論文ではなかったかと思っている。

 先生がNHK技術研究所に在籍された約10年といえば、NHKが戦後の音響界をリードしてきた時代であり、実務的な研究、開発テーマはいくらでもあった。しかし、先生は一貫して実務面に積極的には踏み込まれなかった。筆者が知るかぎり、JIS制定にあたって先生を委員長として実施した総合研究が唯一のお仕事ではなかったかと思う。

 私自身振り返ってみて、私の力上足で先生がきっかけをつくって下さったいくつかの課題を発展できなかったことが悔やまれる。 先生の教えの心髄は、物事の本質を指向せよ、考えと行動に哲学をもて、ということに尽きるように思う。(永田 穂記)

牧田先生の著書、論文リスト

青森県立美術館 -土と白のコントラスト-

Fig.1 Exterior view
Courtesy of Aomori Museum of Art
Photo by Daici Ano
 美術館計画にも我々音響コンサルタントがお手伝いできる分野がある。例えば、展示空間の“静けさ”を実現するための騒音制御や、音情報が明瞭に伝わることが重要となる講堂の音響設計などである。ここに紹介する青森県立美術館では、映像作品・演劇の上演やレクチャーが行われるシアターと、素材収録や映像上映を目的としたスタジオの音響設計を担当した。建築設計は青木淳さんで、磯崎アトリエで水戸芸術館を担当されていたころからのお付き合いである。

Fig.2 Theater
Photo by Tsunejiro Watanabe
■シアター 青森県立美術館の所蔵作品の目玉のひとつは何といっても、ロシア出身でフランスに移住したシャガールが第二次大戦のアメリカ亡命中に手がけたというバレエ・アレコ(ALEKO)の背景画3点である。背景画1枚の大きさは幅15m×高さ9mで、この背景画3点を常設展示するための部屋が展示空間の中央にある4層吹きぬけのアレコホール(21m×21m×高さ19.5m)である。

 シアターは正面壁がこの大空間アレコホールに面する形で配置されている。そして、この正面壁が下方にスライドするとその奥にアレコの背景画が現れる仕掛けとなっている。シアターはアレコホールの2層上(約7m)にあり、アレコホールから見ると16m×16mの大壁がスライドすることになる。この壁を閉じた場合には当然ある程度の遮音性が要求されるが、最終的に中音域で60dBを超える遮音性能(大音量でなければアレコ鑑賞に邪魔にならない程度)を確保した。また、意匠的に動く壁に見せないようにということでシール機構はすべて壁裏に組み込まれ、アレコホール側正面からは壁上端の目地が見えるのみで普通は動く壁とは気づかないであろう。

 シアター内の色調は黒と茶でまとめられており、壁仕上げのエキスパンドメタル(音響的には透明)の奥に吸音材を全面貼りし、黒塗りの“すのこ”が露出された天井の上部の室周縁に低音の響きをコントロールするための積層吸音材を仕込んだ。さらに椅子もゆったりとしたものが採用されており、響きが少なく明瞭度の高い空間が実現されている。

Fig.3 Studio
Photo by Jun Aoki & Associates
■スタジオ スタジオは映像作品の上映・発表だけでなく音・映像の素材撮りにも使用されるということで、室外からの音・振動の影響を遮断するためにボックス・イン・ボックス構造を採用した。直方体の一面がほぼ全面ガラスという特殊な室であるが中音域で80dBの遮音性能を実現した。こちらも黒い色調の内装仕上げで、壁面に孔あき板吸音構造を分散配置し、やはり控えめの響きの空間である。

 立方体に近いプロポーションのアレコホールは、床が三和土(タタキ)、壁・天井も積層ボード仕上げで響きの長い空間である。展示空間の音響については特に相談されていないが、竣工間際に案内された際この天井の高い空間でコンサートを聴いたら気持ちがよいだろうなと感じた。実際にコンサートが企画され、ベートーヴェンのピアノソナタ演奏会がシリーズで開催されている。シアターでも演劇上演が企画され、館は美術展示にとどまらず様々な芸術活動の展開を目指しているという。

 建物の外壁はレンガ積みカーテンウォールに白の塗装が施されており、平坦なコンクリート壁面への塗装とはちがって微妙な表情がある。また内部の展示空間は白と“土”(美術館は縄文時代の三内丸山遺跡に隣接している)でコントラストがはっきりしているが、人工的に感じられないところが印象的である。アレコの背景画は全部で4点あり、そのうち3点を青森県が所蔵している。もう1枚(3幕)はアメリカ・フィラデルフィア美術館所蔵で本美術館の開館にあたり本年12月までの限定で貸し出され展示されている。4点が揃っているうちに是非訪れてみたいものである。(小口恵司記)

青森県立美術館URL: http://www.aomori-museum.jp/ja/


30周年を迎えた日本騒音制御工学会

 9月20日~21日、愛知工業大学で日本騒音制御工学会の2006年度秋季研究発表会が、開催された。本年は、同工学会が30周年を迎える年ということで、いつもは関東地区で開催される研究発表会が吊古屋で開催された。

 日本騒音制御工学会は、1975年、第4回目の国際騒音制御工学会会議(INTER-NOISE)が仙台で開催されたのを契機に、1976年に発足した。当時のわが国は、折しも高度成長の時代で、大気汚染や交通騒音などの公害問題が新聞紙上をにぎわせていた。そのような背景のもと、実際に役立つ騒音・振動対策の技術の確立を目指した、実務者や自治体での担当者を主な会員とする学会として活動が開始された。

 30周年の記念事業として、これからを担う若い研究者を対象に公募した論説記事「未来の音環境《の入賞者をパネリストに迎えて、シンポジウムが開催された。50年後の交通事情に思いをはせ、その時の騒音問題、高齢者等に対するバリアフリー、サウンドスケープの今後、情報の共有化などをテーマに発表と討論が行われた。若い人たちの奇抜な発想に対して経験豊富な方々の戒めのような発言が好対照だったが、盛り上がったシンポジウムとなった。

 一昔前に比べると、人々が求める静けさのレベルが下がったように感じる。一方で、繁華街には相変わらず騒音があふれている。単純な数値の低減だけではなく、心理的、生理的な影響の有無についても検討が要求される場合も多く、まだまだ騒音制御工学会の役割は終わっていないようである。(福地智子記)

日本騒音制御工学会URL:  http://www.ince-j.or.jp/01/01flame.html


ニュースのメール配信サービスのご案内

 本ニュースのEメールによる配信サービスを希望される方は、(1)配信先のメールアドレス、 (2)お吊前、(3)所属 を記したメールをnewsmail_j@nagata.co.jpまでお送り下さい。




永田音響設計News 06-10号(通巻226号)発行:2006年10月25日

(株)永田音響設計 〒113-0033 東京都文京区本郷 2-35-10 本郷瀬川ビル 3F
Tel:03-5800-2671、 Fax:03-5800-2672

(US 事務所)
2130 Sawtelle Blvd., Suite 307A,
Los Angeles, CA 90025, U.S.A.
Tel: (310) 231-7818, Fax: (310) 231-7816

ご意見/ご連絡・info@nagata.co.jp



ニュースの書庫



Top

会 社 概 要 業 務 内 容 作 品 紹 介