永田音響設計News 06-06号(通巻222号)
発行:2006年6月25日






“杉並公会堂”ふたたび! ――「文化のまち《づくりの拠点として――

Main Hall
 中央線荻窪駅から徒歩5分の交通至便な場所に1957年オープンした旧杉並公会堂は、当時は都内でも珍しいクラシック演奏会の出来るホールとして、また残響可変装置もあり話題になった。その旧公会堂のさよならコンサートが開かれてから約3年、改築された杉並公会堂がふたたびオープンした。5月14日のオープニング記念式典では、日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル)と都立杉並高校吹奏楽部による演奏、詩人谷川俊太郎氏とご子息のピアニストである賢作氏、杉並区の学生と児童による“杉並”に寄せて公募された詩の朗読に映像・音楽を加えたパフォーマンスが行われた。多くの区民が来場し、たいへん賑わった幕開けとなった。

 杉並公会堂改築プロジェクトは旧公会堂の老朽化に伴い“文化のまち”づくりを推進する杉並区の文化拠点にふさわしい施設整備を目的とし計画された。また杉並区は日フィルと1994年から友好提携関係を結び、区内で日フィルの公演・練習等様々な活動が行われている。杉並公会堂は日フィルのフランチャイズとなり、その活動の核となる施設である。

 本プロジェクトは国内初となるホール施設のBOT(Build Operate Transfer)方式によるPFI事業である。2002年末に事業主の選定、2003年4月~2006年1月の設計建設期間を経て、オープン後30年間SPC(特定目的会社)により維持管理・運営が行われる。事業者として選定されたのは大林グループ(大林組、佐藤総合計画、京王設備サービス)で、大林組と京王設備サービスの出資によりSPC「PFI杉並公会堂株式会社」を設立。設計・監理は佐藤総合計画、施工は大林組である。弊社は設計・監理・測定の一連の音響関連業務を担当した。

 杉並公会堂には区民の文化・芸術活動や多種な集会・活動の場を提供する施設としてPFI事業の要求水準書に基づき、大ホール(約1,200席)、小ホール(約200席)、グランサロンと呼ばれるオーケストラ練習等を目的とする平土間スペース、スタジオと呼ばれるコーラスや演劇、ダンスなど様々な利用が想定された練習室5室が併設されている。

 音響設計においては
●旧杉並公会堂の伝統を継承する大ホールのクラシックコンサートホールとしてふさわしい響きの実現、
●限られた敷地内(建築面積約2,300m2)に計画された大・小ホール、グランサロン、様々な活動に使われる練習室5室間の遮音性能の確保、をはじめとする課題があった。

 大ホールの響きは、クラシックコンサートにふさわしい低音の充実した温かい豊かな響きでかつ舞台上の演奏者がアンサンブルのしやすい響きを目標とした。コンピュータシミュレーションによる室形状の検討に基づき、室の基本的な天井高やホール幅、また拡散を図る凹凸などについて意匠設計との検討を重ねた。天井高は舞台上約15m、ホール幅約20m、室容積は12,000m3である。メインフロアー側壁の凹凸は中高音域の拡散を意図したもので、大きい折板形状にさらに小さな凹凸のあるものにして欲しい、という音響設計側の要望がデザイン的に実現された。施工の初期段階において大林組技術研究所の協力による1/10縮尺模型音響実験も行い、聴感での確認も含めた検証結果を施工に反映させている。

 内装については、低音域までのしっかりした反射音特性を得るために、仕上げは重量性の材料を使用した。メインフロアーの壁はコンクリート壁に木仕上げを密着させた構造である。

Variable Acoustic units
Main Hall Proscenium-style stage
 また大ホールはコンサートホールとしての資質を備えるだけでなく、区民ホールとして多くの区民の利用を考えた多機能化が要求水準書に求められていた。そのため、舞台天井および舞台下部側壁は90度回転開閉可能、天井裏に収紊されたバトンを使用し幕設備によってプロセニアム形式の空間も構成できる。また、音響面での対応として残響可変装置がある。可変装置は広い可変幅を得るために設置面積を大きく、また低音域までの効果を考慮し背後空気層を設けたグラスウール製とした。残響可変幅は満席時で約0.3秒(500Hz)、これはほぼ空席時と着席時の違いに相当する。未着席状態のリハーサルでの使用や楽器や演奏形態に応じた対応などにも幅広く使用できる。

 もうひとつの大きな課題は遮音性能の確保であるが、限られた敷地の中に大・小ホールと練習室を併設したことから、かなりの室が積層関係にならざるを得ず、また大きな離隔距離をとることも難しい状況であった。したがって大ホールを除く、小ホールとその他6室はすべて防振遮音構造を採用した。これら室間の遮音性能については物理的な遮音性能の測定を行うとともに、太鼓・ブラスバンド・ロック演奏実演時の透過音の聞こえ方を体感する試演がホール運営者によって行われ、その結果を施設予約等の運用に反映させている。

 大ホールではじめての音だしとなる今年3月4日、日フィルのリハーサルが行われた。指揮者の日フィル音楽監督である小林研一郎氏は出だしのワンフレーズ進むか進まないうちに指揮台から客席に降りてホールの響きを確認された。そして「日フィルの50周年にふさわしいホールをありがとうございます」と関係者に向かって述べられた。オーケストラの方々にも、その後のリハーサル、演奏会をとおしてホールの響きは好印象と聞いている。

 東京近郊で近年、すみだトリフォニーホール(墨田区)と新日本フィルハーモニー交響楽団、ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市)と東京交響楽団という公共ホールとオーケストラのフランチャイズの関係が生まれ、楽しみなコンサートが増えてきている。さらに、日フィルと杉並公会堂(杉並区)も加わり、各ホールのコンサート情報からは目が離せない状況になりそうである。改築された杉並公会堂が旧杉並公会堂のように、これからまた永く親しまれるホールとなることを期待したい。(石渡智秋記)

 杉並公会堂ホームページ http://www.suginamikoukaidou.com/index.html


建築設備の騒音・振動防止シリーズ その2: 便所の騒音対策

 ホールの便所というと、休憩時間での長い列を思い浮かべる方も多いだろう。ホール施設の便所計画ではアクセスルート、便器数、待ちスペース等、運用面からの検討課題も多いが、ホールに近接して配置される便所には騒音・振動対策も必要である。しばしばアクセスのしやすさ等からホールに接して配置される客用便所は開演中でも遅れてきた観客等による使用が考えられるし、複合施設でホールと別ゾーン用の便所がホール近傍に計画された場合、その便所はホールのスケジュールとは全く関係なく使用される。

 便所で発生する騒音には洗浄時の給排水騒音や放尿音等がある。問題になりやすいのは空気伝搬音よりも、配管や便器からの振動が壁や床面に伝搬することによる固体伝搬音の方である。

Strategy for Solid-borne Toilet Noise
 基本的な対策としては、まずは便所をホール等から離す配置計画が望ましいが、限られたスペースの中では設備側の対策もあわせて行う必要が生じる。固体伝搬音を軽減するための対策としては、図のように給排水管や便器の防振が行われている。給排水管の防振支持・貫通の方法については一般の設備振動対策と同様と考えてよいが、給水管の管径が小さいゆえの効果的な防振のしにくさ、漏水、シール材の露出等、検討すべき事も多い。洋便器の防振については、住宅金融公庫の高規格住宅(環境配慮型)用の仕様書にも記述があり、“床上排水便器用防振シート”という製品もある。便器の排水方式には床排水と床上(壁)排水の2種類があるが、一般に集合住宅の場合、床排水式では2重床(置き床)となるため便器の振動が床スラブに伝搬しにくい。一方、床上排水式の場合には、床スラブに直に便器を設置するため振動がスラブに伝搬しやすく、周辺室で放尿音が問題となりやすい。便器用防振シートはこういった背景から、集合住宅の床上排水式便器用に開発されたようである。放尿音対策用ではあるが、便器からの給排水騒音伝搬の軽減対策としても利用できると考える。残念ながら漏水の問題もあり床排水式便器には使用出来ない。

 ホール等の施設でも設備側で騒音・振動対策を行うにあたっては制約が多い。まず、便器の排水方式であるが、床排水の場合でも2重床になるとは限らない。便器の防振対策を念頭において計画する場合には、床上排水式の便器を選定することになろう。また、和便器も漏水の問題から防振出来ないため、採用するかどうかは配置とあわせての検討が必要となる。さらに、床を湿式とし水を流して清掃する場合には、漏水の問題から配管のスラブ貫通部の防振処理が困難な場合があり、カビの発生や洗剤の影響等、防振シートの使用が適さない面もある。給水方式についてはフラッシュバルブ式が一般的であるが、タンク式の方が給水圧は低く発生騒音が小さいため、状況によっては選択肢のひとつとして検討することが考えられるだろう。便所は完工後に騒音が問題となった場合、通常は吐水量の調節でしか対応が出来ないため、計画段階から十分な検討が必要である。

 上記の他にも便所ブースの扉の開閉音、多目的便所の自動扉、エアータオル等、騒音の種は尽きない。便所の騒音については隅々まで配慮をしたいものだ。(箱崎文子記)


2006 FIFAワールドカップ の施設見学

 4月にドイツで見学した2件のサッカーワールドカップの会場を紹介する。ベルリンのオリンピアシュタディオン(74,200人収容)とミュンヘンのアリアンツアレーナ(66,000人収容)である。ベルリンの会場は1936年に第11回オリンピックが開催されたスタジアムを約360億円、4年をかけて改修したもので、2004年に再オープンしている。拡声用として3Way型9台を一体にしたラインアレイスピーカが19ヶ所、観客席の屋根に設置されている。屋根は二層になっており、その間にスピーカが吊り込まれているが、下面は音を透過するメッシュ素材である。機材を供給したTelex Communicationsのプロオーディオ部門であるEVI Audioによると、残響時間(500Hz、空席時)は約4.9秒である。芝生の養生のためにフィールドの上は開いているサッカー場だが響きはかなりある。しかし実際に試合も見たが、選手紹介などのアナウンスや音楽再生は、音量も十分で、聞き取りにくさは特に感じられなかった。

Berlin "Olympiastadion"
Berlin's Line Array Speaker


Munich "Allianz Arena"
 ミュンヘンのサッカー会場は、まず外観に驚かされる。日本製のETFEという半透明の樹脂フィルムをひし形の袋状にした中に空気を送り膨らませ、それをつないで外壁および観客席の屋根としている。試合のある時には、裏側から赤や青の照明で膜を照らすそうなので、さらにユニークさが際立つであろう。設計はスイスのHerzog and de Meuron事務所、建設費は約400億円、竣工は2005年5月である。屋根の下には吸音性の織物による電動のシェードがあり、それを95%広げると残響時間(500Hz、空席時)は約5.3秒となるそうだ。Electro-Voice社製の同軸2Way型+サブウーハを3組、フレームで一体型にしたスピーカが24ヶ所、シェードの下に吊り下げられている。音量はピンクノイズ再生時に105dB前後と十分であり、実際にスピーチやCD再生音を試聴したが、かなり明瞭で音質も良かった。

 共に出力系統の機器はすべてLANで接続されたPCから制御されており、アンプやスピーカの動作設定や状態監視も容易で非常にスマートな印象を受けた。(稲生 眞記)


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